33.追想
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花火大会から数日後
「警察に相談してきました⋯」
「とにかく⋯怪我がなくて何よりです!」
浮かない顔をしてカウンターに座った緑さんに
安室さんは珈琲を差し出した
緑さんが浮かない顔をしているのには原因がある
それは⋯
「ストーカーに心あたりは?」
安室さんのその言葉に緑さんはゆっくりと首を横に振った
そう、緑さんがストーカーされたのだ
「妃先生はなんと?」
安室さんがそう尋ねると緑さんはコーヒーカップをぎゅっと握りながら眉を寄せた
「相談したいんですけど⋯
先生は今難しい案件を扱っているので
自分のことで煩わせるわけにはいきません⋯」
「緑さん⋯」
自分だって凄く怖い思いをしているのに
英理さんの事を想って⋯
こんなに優しい緑さんにこんな顔させて⋯
ストーカーなんて⋯許せない
そんな事を思っていたら緑さんがコーヒーカップをコトリと置いて顔を上げ
「だからというわけではないんですが⋯
私立探偵の安室さんに、お願いがあります!!」
そう言ってガタッと立ち上がり
「どうか私に護身術を教えてください!!」
安室さんにそう言った
緑さんがそう言った後
とりあえず手荷物でどうにかできる物はないかと
緑さんの持ち物をカウンターに広げた
カウンターに並べられたのは財布にポーチ
折りたたみ傘にハンカチ、ティッシュ、キーケース⋯
「持ち物はこれだけ⋯
さて、暴漢に襲われたらどうしましょうか⋯」
安室さんがそう言うと緑さんはうーんと考える仕草をした後
鞄と折りたたみ傘を手に取り
「防犯ブザーを鳴らしたり、傘で距離をとったり⋯
鞄で身を守ったり、
色々できると思いますけど⋯」
そう言いながら鞄で身を守りながら折りたたみ傘を前に構えた
それを見てふと、私があの時刺された時の事を思い出した
もし、私がまたあの男と遭遇したら何ができるだろう⋯
魔法で反撃する?
ううん⋯きっと、できない⋯
ミラージュであの男の幻を見た時
頭が真っ白になって魔法を使って男に反撃しようなんて考えすらなかった
ただただ、怖くて、逃げなきゃ⋯って
そんな事を考えているとふと梓ちゃんが前に出てきて
シュッ!と左手を打ち出した
「打撃は、手首や指を痛めやすい握りこぶしよりも、掌で鼻の下や顎めがけて!」
「わっ、梓ちゃん!!」
「び、びっくりした⋯それって⋯護身術の1つ?」
「うん、実は前に怖い目に遭って調べたことがあるんです⋯」
「凄い!他にもあったら教えて!」
そういえば⋯梓ちゃんも前に怖い思いをしてたんだよね⋯
「指を開いて相手の顔に向いてはらえば、目つぶしになりますし⋯
鍵など固いもので、胸骨をグリグリしたら痛みで悶絶らしいです!」
「覚えてストーカー撃退しなくちゃ!」
梓ちゃんの肩に手を置いて嬉しそうに声を上げた緑さんに
安室さんが静かに声をかけ
「素晴らしい⋯どれも効果的です⋯
しかし訓練を受けていない人間が、とっさにできる事は少ない⋯
なので⋯」
そして
「何かあったら、
逃げてください!」
にっこり笑いながらそう言った
「相手をひるませようだとか、時間をかせごうなどは二の次です!
でも追いつかれたら⋯また逃げて下さい!
助けを求めながら、『火事だ』と叫んでもいい⋯
噛みついてでも、つねってでも
踏みつけてでも
とにかく逃げるんです」
安室さんの言葉に2人が少し不安そうに目を合わせたのを見て
私も1歩踏み出して緑さんの手を取った
「私も⋯逃げるのが1番だと思う」
「桜ちゃん⋯?」
「緑さんには言ってなかったけど⋯
実は私通り魔に襲われた事があって⋯」
「えっ!?」
「私はあの時⋯
恐怖で叫ぶことすらできなかった⋯」
今だって鮮明に思い出せれる
声を出そうとしたけれど
恐怖で喉が震えてまともな声が出せれなかったあの瞬間
「だからお願い、反撃しようなんて考えないで
何がなんでも⋯逃げて、」
目をしっかりと見ながらそう言うと
「桜ちゃん⋯」
緑さんは小さく頷いてくれた
それから安全の為、安室さんが緑さんを送るという話になり
ポアロを閉め梓ちゃんと緑さん達と別れた後路地裏に入り胸元から夢の鍵を取り出した
「『夢の力を秘めし鍵よ
真の力を我の前に示せ!
契約の元桜が命じる
封印解除(レリーズ)!』」
安室さんが一緒に居るから大丈夫だとは思うんだけど⋯
何となく嫌な予感がしてルシッドとフライトを使い
緑さんと安室さんの後を追った
2人が歩いて行った方をしばらく飛んでいると2人の姿を見つけて
少し上を飛びながら後を着いていった
「いつもと違うルートで帰るのも新鮮でいいですね!」
「行動をパターン化するとストーカーに狙われやすくなりますから⋯」
「明日から走りやすい靴にしようと思います!」
こうやって見てるとほんと2人って美男美女だから
並んで歩いてるとお似合いだなぁ
そんな事を考えていると
ズキンッ⋯
「⋯ん?」
ふと胸が痛み
胸元に手を当てて不思議に思ってると、2人は踏切前で立ち止まった
「ここまでありがとうございました!」
「もう少し人通りが多い所まで送りますよ」
「すぐ通りにでますから!
すみません、遠回りさせちゃって⋯」
「お気になさらず!」
「安室さんも気をつけて!」
緑さんはぺこりと頭を下げると踏切を超えて行く
「おやすみなさい!」
その時カンカンカンッと遮断機の音が鳴りだしてバーが降りだした
私はこのまま緑さんを家まで見送ろうと踏切を超えて緑さんの隣へと降りた瞬間
「安室さん後ろ!!」
緑さんのその叫び声に咄嗟に後ろを振り返ったら
安室さんの後ろに男がいて
その男が包丁を振り上げている所が見えた
「っ!!」
その2人の姿は電車が通り一瞬で見えなくなる
「安室さんっ!!」
慌てて電車を超えて安室さんの所へ向かえば
「って⋯へ⋯?」
安室さんは男を取り押さえて男の手を後ろ手にし結束バンドをつけて拘束していた
一瞬の出来事にポカンとしていると
安室さんは男を脇の草むらに投げ飛ばし軽く服を整えるとさっきまで立っていた場所へ移動した
安室さんが元の場所に戻った瞬間、電車が通り過ぎて行き
驚いた顔でこっちを見ている緑さんと目が合った
「え!?」
「ん?どうかしましたか?」
「い、いえ⋯今、安室さんの背後に怪しい人影が⋯」
「気のせいでしょ?気をつけて帰ってくださいねー」
安室さんは何事もなかったかのようににっこりと笑いながら手を振りそう言い
緑さんは不思議そうにしていたけれど
もう1度ぺこりと頭を下げると去って行った
緑さんが見えなくなってから安室さんは携帯を取り出すと電話をかけた
「風見か?今、米花町の踏み切りの前で不審者を拘束した!
悪いが引き取りに来てくれないか?
ある女性のストーカーで、僕がその女性の交際相手だと勘違いしたらしい⋯
警察の方で灸を据えてやってくれ!」
ピッと安室さんが通話を切ったと思ったら
「そこに居るんですよね?桜さん」
ふと安室さんがそう言った為
ルシッドを解除して安室さんの隣に降り立った
「⋯気づいてたんですか?」
「いえ⋯何となく桜さんなら着いてくるだろうなと思ってましたから」
にこっと笑ってそう言った安室さんに何だか考えを見透かされているようでつい視線を下に降ろしたら
さっきの男が持っていた包丁が落ちていて
それがキラリと街灯に照らされて光り
ビクリと肩を揺らした
それに気づいた安室さんが私の手を引き
私の視界から包丁を見えないようにしてくれた
「⋯安室さん、怪我は?」
「僕は大丈夫ですよ」
安室さんは安心させるように繋がれている反対の手で私の頭をそっと撫でてきた
その手の暖かさに安心はするけれど
まだ胸のざわつきが収まらない
すると
「うぅ⋯」
唸り声が草むらの中から聞こえてきて
ハッと顔を上げると、男と目が合った
その男は安室さんを恨めしそうに睨んでいて
その瞳を見て、私の中で何かが音を立てた
私は⋯私達はいつまで苦しめられないといけないんだろう
梓ちゃんが以前に怖い思いをして護身術を調べたように
被害者は何時だってふとした時にその恐怖を思い出してしまう
それは時間の経過と共に薄れていくかもしれない
けれど、それを覚えている限り
その恐怖と一緒に生きていかなくてはいけない
被害者は⋯私は、
いつまで⋯この恐怖に苦しまないといけないのっ⋯?
くやしいっ⋯
グッと拳を握りしめて
気づいたらその男の前に1歩踏み出していた
「あなたはっ⋯あなた達はっ!!
自分の気持ちばかりでっ⋯
恐怖に怯える被害者の気持ちなんて考えないっ!!
最低よっ!!」
男を睨みながらそう言った私の目からはいつの間にか涙が溢れていて
ポロポロと頬を伝った
するとグッと手を引かれて男が視界から外れ
「桜さん、大丈夫⋯大丈夫ですから」
安室さんの暖かい腕の中に抱きしめられて
ぽんぽんと優しく頭を撫でられた
その後すぐに風見さんがやってきて男を連れて行ってくれた
それから数日後
ポアロにやって来た緑さんはすっかりストーカーは表れなくなったと話してくれた
「そうなんですよー
最近ストーカー出なくなっちゃって⋯」
「良かったじゃないですか!」
「でもせっかく梓ちゃんに掌底を教わったのに
宝の持ち腐れですよ〜っ!!」
悔しそうにそう言う緑さんに3人で苦笑いしていると
緑さんがハッとして私の手を握ってきた
「そういえば桜ちゃん前に通り魔に刺された事があるって言ってたけど⋯犯人は捕まったの?」
「え?あー⋯それがまだ捕まってなくて⋯」
「えっ!?それって大丈夫なの?」
「刑事さん達が犯人を探してくれてるから大丈夫だよ」
「そうじゃなくて⋯桜ちゃんの心がって事」
「え⋯」
「私は未遂だったけど桜ちゃんは被害に遭ってる訳だから⋯
桜ちゃんの方がショックが大きいと思う
だからその犯人が捕まってないなら
不安じゃないのかなって思って⋯」
「緑さん⋯
正直、少し前までは不安でたまらなかった
けど⋯
⋯こんな私を
守ると言ってくれた人がいるから⋯」
視界の端でテーブルを拭いていた安室さんの手がピタリと止まった
「だから、今は⋯不思議と前にくらべて不安な気持ちは
あんまりないかな」
緑さんの顔をしっかりと見てそう言えば
緑さんは少しだけ手を握る力を弱めた
「桜ちゃん⋯」
「それにね⋯
実は私、刺されてからしばらく包丁を握れなかったの」
「えっ⋯」
「普段の生活ならまぁ包丁を使わなくても何とかなってたんだけど
ポアロの仕事だとそうもいかなくて⋯
何とか握れるように頑張ってたけど
あの日の事を思い出してどうしても手が震えて⋯
そんな時梓ちゃんが言ってくれたの」
ふと梓ちゃんを見ればきょとんとした顔をしていて
梓ちゃんに微笑みかけた
「『無理しなくていいんだよ
出来ないことは私がフォローするから
大丈夫だよ』
⋯って
梓ちゃんは私を気遣って言ってくれた何気ない一言かもしれない
でも私はその『大丈夫だよ』が嬉しかった
前を向いて
頑張ろうって思えた
あの時はありがとね
梓ちゃん」
そう言って梓ちゃんに微笑みかけると
梓ちゃんは照れたように頬を赤らめてはにかんだ
「私には心強い味方がいるから
だから⋯『大丈夫』」
緑さんの目をみてそう言えば
緑さんは目を丸くした後ホッとしたように微笑んだ
「そっか⋯それなら良かった⋯
でももし何かあったらすぐ相談して!
私から妃先生に相談してみるからっ」
「うんっありがとう⋯緑さん」