一歩千金
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十六夜は木々を飛び移り己の背を追う面の黒獣から距離を取りつつ素早く印を結ぶ。
「氷遁・氷牙弾ーーー!」
かぱりと開いた面の口元から黒獣に向かって放たれる氷の牙。次々と襲い来る氷の牙を雷撃で撃ち落とす面の黒獣。
「後ろがガラ空きだ…風遁・圧害」
「ッ!氷遁・魔氷鏡ッ!」
己の直ぐ背後に現れた角都ともう一体の面の黒獣。突如吹き荒れる突風に十六夜は体勢を立て直し、氷の鏡を作り出すと第一撃・二擊をどうにか防ぐ。しかし続く猛攻に氷の鏡は衝撃を反射し切れず無惨にも砕け散り、己の身を守る物を失った十六夜は次に襲い来るであろう衝撃に固く目を瞑った。
だが一向に衝撃が己の身を襲う事は無く、寧ろ温かな温もりに包まれた十六夜が固く閉ざされた瞼を恐る恐る持ち上げれば、己の身体は眉間に皺を刻み込んだ角都の腕の中にあった。
「か、角都様…ッ!」
「魔氷鏡は、実戦ではまだ使い物にならんな…あれは氷分身で躱せ。魔氷鏡で受け切れる攻撃か、もう少し早く判断しろ。その判断の遅さが命取りになるぞ」
「は、はい…ッ!」
「…休息を取る。町へ降りるぞ」
「はい!」
角都は十六夜を腕から下ろすと脱いでいた外套を羽織り、町の方角に向かって足を向ける。十六夜もまた枝に掛けていた外套を手に取ると角都の後を追って駆け出した。
ーーー角都が十六夜の命を拾い、早数週間の月日が流れた。霧隠れの追い忍の始末に、十六夜の療養、角都の資金調達の為の賞金首狩り…忙しない日々が漸く落ち着き十六夜は今現在、角都との修行に明け暮れていた。
角都と共に町へ降りて来た十六夜は顔を覆っていた面を外すとそれを懐に仕舞い、急に明るくなった視界に微かに目を細める。首元では一本筋の入った額当てが鈍く輝いていた。
「金は渡した物がまだ残っているな…好きに使え、半刻後に修行を再開する。町の入口で待っていろ」
「…もし、お許しを頂けるのであれば角都様と昼餉を共にしとうございます」
「…好きにしろ」
「ありがとうございます!」
角都は途端に猫の様にちょろちょろと己の周りを彷徨き始めた十六夜に呆れた様な表情を浮かべると、十六夜の外套の首元を掴み己の元へと引き寄せる。
「彷徨くな、鬱陶しい…お前は時々、年相応に餓鬼臭くなるな」
「申し訳ございません…私は家族以外で、誰かと共に食事をした事が無くて…なので、角都様と共に食事をする事を許されて幸せにございます」
「…物好きな女だ」
「ふふ…角都様は何が食べとうございますか?」
十六夜が角都を見上げながらそう問うと、角都は少しの思案の後何でも良いと首を横に振った。編笠に付けられている鈴が小さく音を奏でる。
「お前の好きな物を選べ」
「では…蕎麦など如何でしょう?」
「ああ、それでいい」
角都は短くそう答えると手近にあった蕎麦屋の暖簾を潜り店の敷居を跨いだ。角都に続き十六夜も暖簾を潜ると、店主がおずおずと言った様子で二人に声を掛ける。
「い、いらっしゃい…!」
「…」
「天蕎麦二つお願いします」
「へ、へい!」
十六夜は店主から湯呑みを二つ受け取ると店の奥の机に着き、一つを角都に差し出した。ビンゴブックの頁を繰っていた角都はとある頁を開くとそれを十六夜の眼前に突き付ける。
十六夜はビンゴブックを手に取ると頁に目を遣り口を開いた。
「次のターゲットですか?」
「ああ…この賞金首はお前が狩れ、十六夜」
「…私、一人でですか?」
十六夜が驚きを隠せないと言った表情で角都を見つめれば、角都は呆れた様な表情を浮かべて十六夜を見つめ返す。
「お前は元は霧隠れの暗部だろう、この程度の首が取れんなどとはほざくなよ…お前に足りんのは戦闘経験だ。暗部時代は暗殺が主な任務だったのだろうが、昔の戦い方のままでは犬死するだけだ」
「…」
角都の言う通りだった。
十六夜がこれまで身を置いて来た暗部と言う組織では時代背景も相俟って、主な任務と言えば専ら諜報活動であった。勿論暗殺任務も数多く熟しては来たものの、そもそも暗殺と言う場面では、如何に目標や周囲に対して悟られる事無く暗殺を遂行出来るかが求められるかであって、決して正面から戦いを挑む事が目的では無い。任務によっては個人の技量が試される場面にも遭遇した事はあるが、十六夜が所属していた舞台ではその様な場面に立たされる事の方が稀であり、第一、十六夜はまだ若輩である。
「戦場に身を置き経験値を上げろ、それは幾ら修行を積んだとて得られん」
「はい!」
「あの、お待たせしました…天蕎麦二つ、お待ちしました」
「!ありがとうございます、」
会話の切れ目だと察したのか、厨房の入口付近で盆を持ったまま立ち尽くしていた店の女将がそっと机に近付くと、十六夜はパッと表情を明るくして女将から盆を受け取った。人懐っこい十六夜の様子に女将は明らかにほっとした様子で息を吐くと、丁寧に会釈をして厨房へと戻って行く。その様子を横目で伺っていた角都は小さく鼻を鳴らした。
「お前は誰にでも愛想を振りまくな」
「無闇に波風を立てれば、却って悪目立ちしてしまいますから」
「フン、」
「…目障りでしたか?」
角都に箸を差し出しながら不安気にそう言葉を紡げば、角都は一笑し十六夜から視線を丼へと移した。
「…構わん、好きにしろ」
「ありがとうございます」
十六夜は頂きます、と両の手を合わせると湯気の立つ丼に手を付けた。ずるずると麺を啜る十六夜の耳に掛けられていた一房の髪がするりと落ち、十六夜は鬱陶しそうにそれを手で払い除ける。その様子に角都が眼前の少女に視線を移せば、初めて出会った時に己が頭刻苦で焼いた十六夜の黒髪が手入れがなされぬまま適当に結い上げられていた。
「…餓鬼とは言え、少しは見目に気を遣え。髪くらい整えろ」
「…自分で整えようとはしたのですが、後ろが見えなくて…もう少し伸びたらクナイでバッサリ切るつもりでした」
「…」
角都は十六夜と出逢い溜息と言うものを吐く様になった。里抜けをしてから暁と言う組織に属するまではたった一人で忍界を息抜き、暁にその身を寄せてからも単独で行動する事が常であった。リーダーからの命を熟すに当たって充てがわれる相方の存在はあったものの、角都の里抜けの主因であるが、彼は他人に対して信頼を置く事を厭う節があった。故にこれまでに組んで来た相方は皆、角都の手によって命を落としているのである。その一方で生来は思慮深い質があるようで、己が一目置いている他の組織のメンバーや各地に潜伏させている部下に対しては一定の理解を示しているのも事実である。
角都は一口麺を啜ると不思議そうな表情を浮かべる十六夜に手を動かす様に促すと続いて言葉を紡いだ。
「…修行を再開する前にオレが整えてやる、早く食え」
「……はい!」
角都の思ってもみなかった申し出に十六夜はへらりと表情を緩めると先程よりも箸を動かす手を早めたのだった。
「氷遁・氷牙弾ーーー!」
かぱりと開いた面の口元から黒獣に向かって放たれる氷の牙。次々と襲い来る氷の牙を雷撃で撃ち落とす面の黒獣。
「後ろがガラ空きだ…風遁・圧害」
「ッ!氷遁・魔氷鏡ッ!」
己の直ぐ背後に現れた角都ともう一体の面の黒獣。突如吹き荒れる突風に十六夜は体勢を立て直し、氷の鏡を作り出すと第一撃・二擊をどうにか防ぐ。しかし続く猛攻に氷の鏡は衝撃を反射し切れず無惨にも砕け散り、己の身を守る物を失った十六夜は次に襲い来るであろう衝撃に固く目を瞑った。
だが一向に衝撃が己の身を襲う事は無く、寧ろ温かな温もりに包まれた十六夜が固く閉ざされた瞼を恐る恐る持ち上げれば、己の身体は眉間に皺を刻み込んだ角都の腕の中にあった。
「か、角都様…ッ!」
「魔氷鏡は、実戦ではまだ使い物にならんな…あれは氷分身で躱せ。魔氷鏡で受け切れる攻撃か、もう少し早く判断しろ。その判断の遅さが命取りになるぞ」
「は、はい…ッ!」
「…休息を取る。町へ降りるぞ」
「はい!」
角都は十六夜を腕から下ろすと脱いでいた外套を羽織り、町の方角に向かって足を向ける。十六夜もまた枝に掛けていた外套を手に取ると角都の後を追って駆け出した。
ーーー角都が十六夜の命を拾い、早数週間の月日が流れた。霧隠れの追い忍の始末に、十六夜の療養、角都の資金調達の為の賞金首狩り…忙しない日々が漸く落ち着き十六夜は今現在、角都との修行に明け暮れていた。
角都と共に町へ降りて来た十六夜は顔を覆っていた面を外すとそれを懐に仕舞い、急に明るくなった視界に微かに目を細める。首元では一本筋の入った額当てが鈍く輝いていた。
「金は渡した物がまだ残っているな…好きに使え、半刻後に修行を再開する。町の入口で待っていろ」
「…もし、お許しを頂けるのであれば角都様と昼餉を共にしとうございます」
「…好きにしろ」
「ありがとうございます!」
角都は途端に猫の様にちょろちょろと己の周りを彷徨き始めた十六夜に呆れた様な表情を浮かべると、十六夜の外套の首元を掴み己の元へと引き寄せる。
「彷徨くな、鬱陶しい…お前は時々、年相応に餓鬼臭くなるな」
「申し訳ございません…私は家族以外で、誰かと共に食事をした事が無くて…なので、角都様と共に食事をする事を許されて幸せにございます」
「…物好きな女だ」
「ふふ…角都様は何が食べとうございますか?」
十六夜が角都を見上げながらそう問うと、角都は少しの思案の後何でも良いと首を横に振った。編笠に付けられている鈴が小さく音を奏でる。
「お前の好きな物を選べ」
「では…蕎麦など如何でしょう?」
「ああ、それでいい」
角都は短くそう答えると手近にあった蕎麦屋の暖簾を潜り店の敷居を跨いだ。角都に続き十六夜も暖簾を潜ると、店主がおずおずと言った様子で二人に声を掛ける。
「い、いらっしゃい…!」
「…」
「天蕎麦二つお願いします」
「へ、へい!」
十六夜は店主から湯呑みを二つ受け取ると店の奥の机に着き、一つを角都に差し出した。ビンゴブックの頁を繰っていた角都はとある頁を開くとそれを十六夜の眼前に突き付ける。
十六夜はビンゴブックを手に取ると頁に目を遣り口を開いた。
「次のターゲットですか?」
「ああ…この賞金首はお前が狩れ、十六夜」
「…私、一人でですか?」
十六夜が驚きを隠せないと言った表情で角都を見つめれば、角都は呆れた様な表情を浮かべて十六夜を見つめ返す。
「お前は元は霧隠れの暗部だろう、この程度の首が取れんなどとはほざくなよ…お前に足りんのは戦闘経験だ。暗部時代は暗殺が主な任務だったのだろうが、昔の戦い方のままでは犬死するだけだ」
「…」
角都の言う通りだった。
十六夜がこれまで身を置いて来た暗部と言う組織では時代背景も相俟って、主な任務と言えば専ら諜報活動であった。勿論暗殺任務も数多く熟しては来たものの、そもそも暗殺と言う場面では、如何に目標や周囲に対して悟られる事無く暗殺を遂行出来るかが求められるかであって、決して正面から戦いを挑む事が目的では無い。任務によっては個人の技量が試される場面にも遭遇した事はあるが、十六夜が所属していた舞台ではその様な場面に立たされる事の方が稀であり、第一、十六夜はまだ若輩である。
「戦場に身を置き経験値を上げろ、それは幾ら修行を積んだとて得られん」
「はい!」
「あの、お待たせしました…天蕎麦二つ、お待ちしました」
「!ありがとうございます、」
会話の切れ目だと察したのか、厨房の入口付近で盆を持ったまま立ち尽くしていた店の女将がそっと机に近付くと、十六夜はパッと表情を明るくして女将から盆を受け取った。人懐っこい十六夜の様子に女将は明らかにほっとした様子で息を吐くと、丁寧に会釈をして厨房へと戻って行く。その様子を横目で伺っていた角都は小さく鼻を鳴らした。
「お前は誰にでも愛想を振りまくな」
「無闇に波風を立てれば、却って悪目立ちしてしまいますから」
「フン、」
「…目障りでしたか?」
角都に箸を差し出しながら不安気にそう言葉を紡げば、角都は一笑し十六夜から視線を丼へと移した。
「…構わん、好きにしろ」
「ありがとうございます」
十六夜は頂きます、と両の手を合わせると湯気の立つ丼に手を付けた。ずるずると麺を啜る十六夜の耳に掛けられていた一房の髪がするりと落ち、十六夜は鬱陶しそうにそれを手で払い除ける。その様子に角都が眼前の少女に視線を移せば、初めて出会った時に己が頭刻苦で焼いた十六夜の黒髪が手入れがなされぬまま適当に結い上げられていた。
「…餓鬼とは言え、少しは見目に気を遣え。髪くらい整えろ」
「…自分で整えようとはしたのですが、後ろが見えなくて…もう少し伸びたらクナイでバッサリ切るつもりでした」
「…」
角都は十六夜と出逢い溜息と言うものを吐く様になった。里抜けをしてから暁と言う組織に属するまではたった一人で忍界を息抜き、暁にその身を寄せてからも単独で行動する事が常であった。リーダーからの命を熟すに当たって充てがわれる相方の存在はあったものの、角都の里抜けの主因であるが、彼は他人に対して信頼を置く事を厭う節があった。故にこれまでに組んで来た相方は皆、角都の手によって命を落としているのである。その一方で生来は思慮深い質があるようで、己が一目置いている他の組織のメンバーや各地に潜伏させている部下に対しては一定の理解を示しているのも事実である。
角都は一口麺を啜ると不思議そうな表情を浮かべる十六夜に手を動かす様に促すと続いて言葉を紡いだ。
「…修行を再開する前にオレが整えてやる、早く食え」
「……はい!」
角都の思ってもみなかった申し出に十六夜はへらりと表情を緩めると先程よりも箸を動かす手を早めたのだった。