009

雪が降らないのが不思議な曇り空の下、意味もなく水の溜まったプールの上を歩いていた。
いつのまにかポケットに入ってたガラスのかけらをプールサイドに並べている時、手や指は確かに切れて血が出てたけど全部夢だからどうでもよかった。

遠い昔に手放したはずの、制服のスカートも日本での生活ももうこんなに色褪せて、でも赤だけが鮮やかだった。

(こういう映画あったな)

血液でペタペタの指先に舌打ちをして、
冷たくは無いが綺麗でも無い水に足を晒した。
そこでやっと靴を履いてないことを知った。

(気づいたところで何の意味も無いのだけれど)

手近に落ちてた石を拾い、空にぶん投げてプールに落として、水飛沫が燃えた鳩になるまで永遠を繰り返す。時間を引き伸ばす、永遠も平和も全部嘘だから。

プールの入り口に赤いコートの彼が立ってても
今更、驚けなくなっていて、どうでも良いから
より大きな石を空に放る。

あの頃のまま大きな目は、昔と違って真っ直ぐ私を見ていた。

(すげームカつく)

あの頃、一度しか合わなかった目を今になって合わせるつもりはない。先に拒絶したのはそっちだろ。

いつの間にか手に触れていた赤い煉瓦を力任せに彼めがけてぶん投げる。

十分に距離が有ったのに綺麗な彼の顔面にきちんとぶつかった。

(これは夢なの、だからほら、やっぱり彼は死ななかったじゃん。)

私が夢だと知っている事に彼は驚いた顔をしたけど、
ちゃんと殺せなくてごめんね、手首が痛いよ。
夢なのにね、君が大好き、大好きだったよ。
死んじゃえよ、あーきみが好き大好き、大嫌い。
わたしには君がいないと駄目だった、でも死んでよ。
わたしのために?違うよ、君にはもう価値はない。
私はもう忘れたし、君が君だから死なないし、
わたしは夢を見てるから君を殺せない。つまんない。

愛してるって言って。最後まで言わないで。
ああ、なんか赤いよね君っていつも。
最初に見た時も赤いコートでさ、渡り廊下で初めて目があってチョコレートみたいだなーって、あーあ、もう私を見てくれる君はいないんだよ?生きてるのに?

水から足を抜く、ちゃんと温度を感じた。
人より白い足には赤い枯れ葉がへばり付いて不快だった。あの頃よりずっと不快だった。大嫌い。

塩素の匂いに混じって、あの日のチョコレートが沈んだ、浮かんだ。君から血は出なかったけど、雪は降ったしきっとそれだけ赤く無いんだね。人間じゃ無いから、人でなしは君ってわけ?私は何にもなれないまま?なんで君なの?私って誰?

(彼の血が止まらなくなれば良いずっとずっと流れれば良い。そして私のことを知らないまま生きていけば良い。)

そう思った途端、あの日のチョコレートは彼になり、プールに浮いていた枯れ葉は彼の死体から流れ漂う血液に変わり、私の恋と共に皆んな死んだ。

(ざまぁみろ。恋なんて、愛なんて、全部嘘なんだ)

プールの栓を抜く、抜き方なんて知らないのに
夢でなら何でも出来て、現実じゃなくて良かったと思った。

(これは夢だから、彼も死なないし、私は恋を忘れない。忘れなくても大丈夫。)

赤黒いプールの水が抜け切る直前、最後に見た時計は9:99で「ぜんぶ夢なら良かったね」ってマフラー巻いた見覚えのある女子に言われた。
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