ポーカーフェイス

今日も目が合うと、彼女は小さく会釈をしてくれる。
焦茶の髪がさらりと揺れる。



朝の少し涼しいホーム。
いつも同じなのに、少し落ち着かない。
カフェで拾った電車で見かけるだけの彼女の忘れ物がカバンの中で少し浮いていた。
読みかけの文庫本にかかるブックカバーは、新しいものではなさそうで(気に入っとるんやろな)なんてほんのり思った。

電車の中で視線だけで車内を見渡し彼女を探す。
同じ制服ばかりで目が滑る。

(あ、おった)

人の波を強引とは真逆の力で進む。
(俺が一方的に知ってるだけで、急に話しかけたらキモいやろか)なんて今更考えても遅い。
ふわっと彼女の前に立って声をかける。
「これ、自分のちゃう?」
目があった彼女は少し驚いていた。
知らないやつに話しかけられた事になのか、なくしたと思っていた本を差し出された事になのか、
(どっちもやろな)と心の中で笑ってしまう。

「え、あ、そうです!ありがとうございます…」
混み合う車内でパタパタと慌ただしく本を受け取る彼女の視線は本に向けられていて、まつ毛が長いと思った。

本屋のカフェに忘れとったよ。をちゃんと教えるべきか、これ以上は口を開かないほうが良いか悩む。
多分彼女も、聞きたいことがあるのだろう、時折視線を感じる。
そんな俺たちとは無関係に電車は進む。
彼女らの降りる駅はもう次だった。

「あの、ありがとうございました」
彼女が控えめに声を出す。
「いや、今度は気ぃつけや」

背中を見送る。カバンについたマスコットが白かった。



あの日から彼女は、俺と目が合うと会釈をしてくれるようになった。
初めこそ戸惑ったものの、いつのまにか会釈をされる、返すのが当たり前になっていた。

(名前も知らないままやのに)
そう思うと少し面白かった。
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