短編

「私といるより楽しそうだね」

そう言ってゆるく笑う彼女を見上げる。
言葉が出てこない。手を伸ばした先にいる彼女にさわれなかった。
:
嫌な汗をかいて目が覚めた。最悪の夢。
無駄に伸ばした襟足の毛が首筋に張り付いて嫌だった。
(あいつはそんな事言わん)
ペタペタと裸足で床を踏み台所で水を飲む。
夢に見るほど彼女にそう言われたいのか、言わせてしまうほど自分が不誠実なのか考えてしまう。

2ヶ月前に俺から告白して付き合った。
クラスの女子、大人しめで可愛らしい小動物みたいな子。
メッセージのやりとりも控えめで色の淡いキャラクターのスタンプを使っている。
「可愛ええのぅ…」
彼女と目が合うたびにギュッと潰してしまいたくなる。
そのせいですぐに逸らしてしまう、良くないとは思いつつギュッとしてしまうよりはマシだと信じている。
丸井には「そう言うのキュートアグレッションって言うんだぜ」と言われたし、確かにそうだと思う。

時間を確認するべく携帯の画面を光らせる、流れるように通知が来ていたメッセージアプリを開く。
無機質な青白い光の中で彼女からの「おやすみ」というメッセージすら可愛かった。
深夜2:30、さすがに返事をするには遅すぎるか、と既読だけつけて布団に潜り込む。次はもっと幸せな夢を見たい、彼女に触れてみたい。 

:

授業中も休み時間も彼女を眺めてたら終わる。
黒板とノートを往復する視線が真剣で可愛い。
友達と喋って、くすくすと笑う横顔が可愛らしい。
そんな俺の視線に気づかないところも可愛い。

全部が愛おしくて、壊さないようにじわじわと距離を詰める。彼女は必要以上にベタベタしてこない、多分俺と付き合ってると誰にも言ってない、まあ、俺も言いふらしたりはしてないが。
デートの誘いも、放課後の予定を聞くのも全部俺から。
(もしかしたら付き合っとるけど、俺の片思いなんか…?)
なんて考えがよぎるくらいには、彼女から何かをされたことがない。

さらに、今日に至っては彼女と目も合わない。
そう気づいたときにはもう放課後で、必死に姿を探す。
捕まえた時には部活の時間が迫っていた、ポケットの中で着信のバイブレーションがうるさかったけどそれどころではなかった。

「…電話、大丈夫?」真田くんとか怒ると怖いんじゃない?なんて彼女が視線を逸らす。

「今日なんか避けとらん?」
彼女が心配してくれたのを無視してしまう。
そんなことを言われるために探したんじゃない。
彼女の泳いだ視線が誰かの机の落書きに止まる。
そんなどうでもいいものを見るなら俺を見てくれと心から思う。
こちらを見ずに「…仁王くんって、みんなと仲良いよね」と言うから、ほんの少しだけ腹が立つ。
「そんなことなか。」
返事もちょっとぶっきらぼうになってしまう。
こんな会話がしたいんじゃないのに。
「…そっか、」なんて、彼女の少し泣きそうな気配にたじろぐ。「みんなと仲良いなって、ちょっと思っただけなんだ。」困った眉毛でそう言う彼女が今朝の悪夢と重なる。
夢と同じで言葉が出ない。
そんな俺を知ってか知らずか、彼女がポツポツと話しだす。

「…仁王くん、誰とでも楽しそうに話すし」
「私と目があっても、すぐ逸らすし…」
「既読だけの時あるし…」

続く言葉を聞くのが怖い、全部無自覚だったのが辛い。
誰とでも楽しそうなんて、今までと変わらないその場のノリみたいなもので、特定の感情があるわけじゃない。
目をすぐ逸らすのは、ギュッと潰したくなるからで、既読無視は、

「…付き合ってる意味、あるのかなって、ちょっと思っただけ」

彼女が震える声で呟く、放課後のぬるい教室で言葉を探す、なんて言えば伝わるのか、正解なのか、ちゃんと頭が回らない。
俺は何も言えないまま彼女が
「…なんて、仁王くんのこと困らせたりしないよ」
と潤んだ瞳で笑うから、抱きしめずにはいられなかった。
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