3-B

駅のホームで電車を待っていた、イヤホンからはクラシックギターの優しい音が聞こえる。正直な話、アコギと何が違うのかはわからないけどこっちの方が今の気分に合う気がした。
街にかき氷のメニューと、ぶどうを使ったスイーツのメニューが混在する。こういうのを処暑というのかなと思った。
楽しみにしてたはずの飲み会、足が進まない。
それぞれバイトも忙しいし、仁王は教習所に真面目に通っているらしい。
3人で集まるのは、プール以降久しぶりだった。

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プールから帰った日の夜、さっき別れたばかりの丸井から「2人で出かけるのいつにする?」「本気だからな」と絵文字もスタンプもないメッセージが届いていて、逃げ場のなさを実感する。せめてもの抵抗で一晩寝かせてから返事をした。

待ち合わせ場所に向かうと、彼が嬉しそうに手を振る。
「それ下パンツ?」
「…そんなわけない。ショートパンツ履いてる。」
オーバーサイズのTシャツをミニワンピースみたいにして着たのが間違いだった。開口一番セクハラだとは思わなかったけど、おかげで普通に喋れる。
「んじゃ行くか」と手が差し出される。
デート、という言葉の重みが押し寄せてくる、この手を取ったらいつかの自分には戻れない気がした。
見なかったフリをして歩き出す。
丸井が「おい〜、照れんなよ」と私の後頭部にチョップを喰らわす。痛くはないけど居心地は悪かった。

人気のかき氷の店は並んではいたものの丸井と話をしていたら時間はあっという間に過ぎた。
「オレこれにする。マンゴーミルク。」
席につくなり即決で、ちょっと待ってと焦る。
「ゆっくりで良いよ」ずっと余裕の表情でなんかムカつく。少し悩んでミルクティーに決めた。
決めた〜。と顔をあげると今まで見たことがないくらい優しい視線とぶつかり、少したじろぐ。
知らないだけで、彼はずっとこんな顔で私を見ていたのかもと思うと、嬉しい気持ちを申し訳なさが少し上回る。
この申し訳なさが、どこに向いているのかわかるのが怖かった。
外の空気が大袈裟に冷やされていて、少し寒い。
寒いね、と言おうか悩んで、かき氷が溶けないためなのかもな。と思い口をつぐんだ。
器から溢れるほど盛られたかき氷をスプーンですくう、溢した先で受け止めるための皿を敷くくらいなら最初から溢れない皿にすれば良いのにと思ってしまう私はかき氷を食べる資格ないかも、なんて考えながら食べてもかき氷は美味しかった。
「めっちゃ美味しい、並ぶ甲斐あるわ。」
素直に感想を述べる。丸井も美味いと笑っている。
「そっち一口くれよ。これも一口やるから」
「え、やだ」
「別にアーンとかしねえよ?」とニヤニヤしている丸井。
アーンするとか、されるとか考えたこともなかった。
今の自分がその土俵に立っていることを自覚するたびに照れと恥ずかしさ、そして負い目を感じる。
「なんの話、あ。勝手に、あー。」
丸井が勝手にスプーンを差し込む、綿雪みたいな氷の山がボロボロこぼれる。あーあ、もったいない。
「ほれ、マンゴーミルク、天才的に美味いから」皿を寄せてくる。早く取れよという顔でこちらをみている。スプーンで慎重に一口分すくう。確かに天才的に美味しかった。異性と食べ物をシェアするなんて初めてではないのになぜか少し照れている自分に笑ってしまう。
丸井からのむき出しの好意が胸に刺さるからだ、ということに気づきたくなかった。

店を出てから、近くの公園をぶらぶら歩く、取り止めのない会話、時折肩がぶつかり合う微妙な距離感。
「お、ソフトクリーム。食べる?」丸井の指さす方に目をやると割と遠くのソフトクリームランプを見て喋ってるらしい。めざといとか食いしん坊とかそういう言葉より先に「嘘でしょさっきかき氷食べたばっかりだよ。お腹壊すよ」普通に驚きと心配が出た。
「オレは食う!暑いしお前もなんか飲む?」
多分カフェのドリンクとか、を想定して聞いてくれたんだろうけど手近なコンビニを見ながら答える。
「水」「可愛くねえ〜」「じゃあ炭酸水」「レモン味?」
なんでも良いけど、と自動ドアをくぐる。ここで飲みたくもないジュースを頼むことができたら可愛い女なのかもと思ったけど、好きでもない甘い飲み物で満たされたくなかった。
コンビニに貼られた花火大会の有料席チケットのポスターから目を逸らす。予定を決める時に流石に花火大会は断った、昼間に出かける方が幾分か心が楽な気がした。
炭酸水をレジに持ってゆくと丸井が小銭をくれた。
「いらないよ、あるもん丁度。」「かき氷も飲み物も奢らせてくれねえの」と笑っている。
この状況の奢られを回避することで、借りというか、丸井に対して負い目を増やしたくなかった。

ソフトクリーム食べる丸井と並んで歩く、気温が高くてあっという間に溶けていく。
「やべー、手ベッタベタ」笑っている丸井にウェットティッシュを差し出す。さんきゅ〜と手を拭いているのを眺めていた。
駅に向かって歩いていると、いつもより人が多いきっと何かのイベントがあるんだろう、同じような服を着た人の波に逆らって歩く。
「なんのイベントだろうね」私の言葉が声になる前に、
「おー、丸井じゃん」「え、ほんとだブン太だおつかれ〜」と聞こえた。
「おー、おつかれ〜。これあれか、言ってたライブか」
知り合いらしき数人の男女と話す丸井を一歩後ろから観察する。彼は本当に友達が多い、しかもいろんなジャンルの人と仲良くできるのをほんとに尊敬している。
丸井のことを下の名前で呼び、楽しそうに喋ってる女の子は割と派手な感じで、私の人生とは交わらないタイプだなと思った。
彼の友人たちとは二言、三言挨拶を交わしてあとは黙っていた。なにを喋っていいかわからなかった。
「じゃ、デート中だから。また連絡する〜」と手を振り友人と別れる丸井。歩き出してから「ごめんな、」なんて言われて「全然、大丈夫」としか言えなかった。

2人で出かけた次の日は朝からバイトで、しかもちょっと忙しかった。忙しいからなのか、昨日のことを考えてしまうせいなのかいつもよりミスが多かった気がする。
少し遅れて入った休憩時間、もそもそと賄いを食べる。
「今日どしたん?なんか疲れてる?」仲の良い先輩に話しかけられて初めて、疲れを自覚した。
(昨日の私は、自然ではなかったんだな)と思ってしまうとなにかの答えが出てしまう気がして「全然元気ですよ〜」笑って誤魔化す。先輩は「無理しないんだよ」と最後まで心配してくれていた。

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駅の改札を出たタイミングでメッセージアプリの通知が鳴る。3人のグループに丸井からの「電車遅れてる、先はいってて〜」の吹き出し、ごめんのスタンプも付いていた。歩きながら既読をつけようと操作する。
クン、と後ろからカバンの紐を引っ張られる。よく知ってる香水の匂いがふわっと香って姿を見なくても誰だかわかった。
「仁王、普通に声かけてよ」とイヤホンを外しながら文句を言う。
「免許取れたぜよ」と小さくピースをひらひらさせている彼を可愛いなと思って、脳内で否定する。「よかったじゃん」顔を見ると満足そうに笑っている。
「あ、じゃあ」とメッセージアプリを開く。
「歩きながらスマホするのやめんしゃい」嗜める声を無視してスタバギフト700円分を仁王に送る。隣で通知音が聞こえた。「それお祝い。またみんなで出かけよーね」カバンにスマホをしまいながら話しかける。
微妙な顔してこちらを見る仁王と目が合って「スタバ行かない?別のが良かった?」先に聞けば良かったごめん〜と適当にあやまる。「いや、ありがとう」彼は微妙な顔のままなぜか少し速度を上げる。
なんの顔だよと思いながらついて行く。それでも居酒屋は少し遠かった。丸井のメッセージに返信をするのは忘れていた。

飲み物を頼む前に丸井も合流して、相変わらずテーブルからあふれるほど料理を頼むのを見て安心する。
久しぶりに酒を飲むと仁王がファジーネーブルを頼んだ。珍しいなと顔を見てると、「見過ぎじゃ」と笑われた。

話題は本当にたわいのないことばかりで、心地が良い。
こう言うことばかり話していたい、3人で。と願いにも似た考えが頭をよぎる。
外が暑すぎることと、夏休みが終わることに対しての嘆き、就活の話、バイトの愚痴、仁王の免許の話、最近食べた美味しかったもの。

「かき氷、美味かったな〜」丸井の言葉に固まってしまう、聞こえなかったふりをしてトマトを食べる。
「また甘いもんか、」と呆れてる仁王の声、グラスにぶつかる氷の音。口に入れたトマトがぬるかった。
私の返事を待つような静寂、ここが居酒屋で良かった、遠くの席で何かが倒れる音、そしてざわめき。私が喋らなくても周りの喧騒が隠してくれる。
無言の私への2人からの視線を感じつつ見たくもないメニューを見る。
ここでへー、どこの。とはぐらかすのも丸井に失礼だし、美味しかったよね。と肯定するのは仁王に2人で出かけたことを知られる訳で、どちらもできなかった。
「あー。あとサークルの奴らと行ったカレーも美味かったぜ」
とスマホの画面を見せてくる丸井、仁王が短い返事をしていた。
なにも言わない彼らが優しすぎて悲しくなった。

私のせいだけど、変な空気になった飲み会を乗り切るためにいつもより早いペースでお酒を飲む。
どうでもいい話をどうでもいいやという気持ちでしたり聞いたりした。ほんとうにもうどうでもよかった。

帰る前にお手洗いへ寄る。色々なことを元には戻せないままここまで来てしまった。今時間を戻せるとしたら私はどこからやり直せばいいんだろう。
トイレから出ると仁王が立っていた、目が合って必要以上にヘラヘラしてしまう。
「…大丈夫か」眉間にしわが寄っている。心配してる顔なのか、怒っているのか、私にはもうわからなかった。
「大丈夫。そんなに酔ってないよちゃんと帰れる。」とすれ違おうと一歩踏み出す。
「そうじゃなか…」仁王の言葉が耳に届く前に手首を掴まれていた、ぶつかった視線の先で優しい瞳が揺れていた。なんでそんな目で見るの、泣きたいのは私だよ。
「いたいよ、」動揺した気持ちを隠すため痛くもないのにそう言って離してもらう。
「…すまん」
謝らせたいわけじゃない。悪いのは私なのに。
「うん…。戻るね、トイレ行っといで。」
もう自分のつま先しか見れなかったけど、涙を堪えた自分を褒めてあげる。大丈夫、私は大丈夫。

駅で2人と分かれる、最後まで「大丈夫かよ」とか「ちゃんと帰れるんか?」とか口々に言われてバカにしすぎ、帰れます。と小さく手を振って歩き出す。
イヤホンが欲しくてカバンの中を手探りで探す、どうしていつもぐちゃぐちゃに絡まるんだろう。
解きながらもうダメだろうなと思った、有線イヤホンも3人の関係も。ホームに吹く風は少し秋の匂いがして、泣きたくなった。
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