3-B
暑すぎて蝉も鳴かない夏ど真ん中。
Bluetoothで繋いだカーステレオから爆音で流れるのは丸井が選んだJ-POPとヒップホップの間みたいな曲ばかり。
親に借りた軽自動車は仁王が膨らませてきた浮き輪のせいでいつも以上に狭かった。
「なんで酒飲めないやつが免許ないんだよ」
「まあ、教習所通ってるんだしそのうち取れるよ」
「風呂の後は絶対ビールだったよな〜」
今回は全員フェアに飲まないということで着地したはずの話を後部座席で仁王が寝ているのを良いことに丸井が蒸し返す。
助手席の丸井は次の曲を選びながら炭酸を飲んでいた。
窓の外はえげつないほど晴れていて、サングラス持ってくればよかったと思った。
大学3年の夏休み、私と丸井が交代で運転して大きいレジャープールのある施設に向かっている。
ことの発端は私が友人たちとプールに行った日にSNSに載せた写真からだった。
「俺らも行こうぜプール」
「夏っぽいことしよーぜ」
「プール行こうぜ」
「運転するし、こことかどうよ」
地図アプリのURLが2、3個送られてくる。
と丸井から次々に送られてくるメッセージ。
圧がすごくて、一度見なかったことにしたくらいには連投されていた。
忘れた頃に見返すと、仁王が変なキャラクターのスタンプで「行く」とだけ返していた。
同性の友人複数人と行くのと、異性の友人2人と行くのでは何か意味が違う気がしてさらにメッセージを寝かせる。水着持ってないことにして断ろうかなー。とかバイト忙しいと嘘をつこうかな。とか色々考えていたら丸井から電話が来た。反射的に出てしまった。
「お、出た。メッセージ見たか?いつ予定空いてる?」
「い、や〜…見てないですね。」
誤魔化すのが下手すぎて敬語が出てしまった。
電話の向こうで笑っているのがわかる。
「見てないですか?プールに行こうよってお誘いだったんですけど、ご都合いかがですか?」全て見透かされたうえで敬語で喋ったのをイジられている。
「あ〜…プールですか、ちょ、っと追って連絡します。」
「そしたら、次の飲み会で予定詰めましょうか、それではまた後日。よろしくお願いします〜」ケラケラと笑う丸井が「じゃーなー」と電話を切る。
そうだった、プールのことを有耶無耶にできないタイミングで飲み会があるんだった。
友人と行った時はSNSに載せる用というか少し可愛らしいデザインのものをお揃いで買った。
それをあの2人の前で着るのが恥ずかしいとか、意識しすぎかもしれない。
「ラッシュガード買おうかな〜…」という独り言が7月の気温に溶けていった。
飲み会でもプールの話が中心だった。
丸井も水着を新調しただの、この前海で使ったでかい水鉄砲があるだの、こっちの施設は何が美味しい、こっちは風呂が広いと、行かないなんて言わせないという圧がすごくて「うーん。」とか「ふーん。」とか適当な相槌をしながら現実逃避にモヒートのミントをマドラーでつつくことしかできなかった。
チラリと仁王を見ると酒も飲んでないのに上機嫌で、行く気満々なのがわかってしまう。
人混みも苦手、暑いのも苦手なあの仁王が、夏休みのプールを楽しみにしている訳がない。のになぜ…。
丸井がトイレに立ったので、一時休戦。
チーズいももちを食べようと箸を伸ばす。
「なあ、この前の写真…」
「え?、」
仁王が何かについてきたクリームチーズの皿をつつきながらこちらも見ずに話しかけてきた。
ガヤガヤとうるさい居酒屋で机の向かいの仁王の声を拾うため少し身を乗り出す。
「あの水着、似合っとったな」
「…あ〜、りがとう」面と向かって言われて普通に喰らう。
あの冬の飲み会で隠さない宣言されてから、彼らが私に可愛いとか、似合うとかストレートに褒める発言が増えた気がする。そして毎回、律儀に喰らう。
それを見ると丸井は「慣れろよ」と笑うし、仁王はニヤニヤと嬉しそうな顔をする。
:
そんな飲み会を経て今に至る。
あれから少しダイエットもしたし、水に濡れても落ちないメイクを研究したりした。自分の乙女ちっくな部分が彼らに対して出るというのが、いまだに気持ち悪い。
車を降りると後部座席で荷物の一部になっていた仁王がサングラスをしていて、彼はいつも変なところでノリノリなんだよな。と笑ってしまった。
夏休みだから平日なのに人が多い。
「おい、におー自分の荷物持てよ!この浮き輪デカくて邪魔なんだよ!」ほぼ全ての荷物を抱えた丸井が叫ぶ。
浮き輪もそうだが、丸井が持参した水鉄砲もかなり大きくて車の中で邪魔だった。
自分のカバンを丸井の手から受け取ろうとすると、「お前は良いよ」と甘やかされる。そういうわけにも、と手を伸ばす。「じゃあこれ」と水鉄砲を持たされそうになる。
「やだよ、手ぶらで水鉄砲持ってたらプールすごい楽しみみたいじゃん」自分の荷物を奪い取る。
「楽しみじゃねーの?」ニヤニヤと顔を覗き込んできた丸井と目が合って、答えわかってるくせに。と目を逸らす。
「じゃ、着替えてプールサイド集合な」と更衣室の前で別れたのは良いものの、一度1人になると水着姿で2人の前に戻るのが、なぜか猛烈に恥ずかしいことのように感じて足が進まない。
よく考えれば、水泳の授業は男女別だし、このメンバーで海にも行ったことがない。水着姿を見るのも見せるのも初めてか…とどんどん恥ずかしくなってくる。
ええいままよ!とプールサイドまで来たはいいものの、人が多くてとりあえず壁際に寄る。反響する騒めきや塩素の香りを感じつつ、この人混みで出会えるかな…とキョロキョロ見回す。
「…あ。」視線の先で肌の面積が広いお姉さんに話しかけられてる2人。そう言えばあの2人はカッコいいんだった。
丸井の身振り手振りで何を喋ってるか想像する、その横でつまんなそうに浮き輪を持ってる仁王。
(あれ、長くなるかもな)手前の家族連れに視線を移す、小さい男の子たちがギャハギャハ笑っている。
高い窓から降り注ぐ太陽の光が水飛沫に反射してキラキラしていた。
「気づいてたなら助けんしゃい」
めんどくさそうにこちらに向かってきた仁王が文句を言いながら浮き輪を渡してくる。めっちゃいらない。
「あ、おつかれ〜。邪魔しちゃ悪いかと思って」
ぐいぐい押し付けてくる浮き輪を押し戻しながらヘラヘラ返事をする。
「邪魔ってなんだよ、お前が来れば話早かっただろい」
「私が行ってもどうしようもないって」
男友達がナンパされてる現場に行っても何もしてあげられない。
「まあ、良いや。あっち流れるプールとかウォータースライダーあるっぽいぜ」
丸井が歩き出す、ついて行こうと歩き出した私に背後から仁王が浮き輪を被せる。
「…わ、何。うきわ、いらないんだけど、」
振り向いた先で仁王が顔を手で覆ったまま「…背中」
反響の大きいプールの騒めきのなかで小さく聞こえた。
そう呟いた彼は心なしか耳が赤い気がする。
「あ。あー…」言葉に詰まる。
(そう言えばSNSには正面しか載せてないっけ)
友人と合わせて買ったこの水着はワンピースタイプで、前はちゃんと覆われているのだが、背中側は割と広めに開いている。
「いつまでそこい、る。うわーいいじゃん。」
進まない私たちに気づいた丸井が戻ってくる。
私の背中を見ていいじゃんと言う彼は仁王に「むっつり〜」と人差し指を向ける。
「むっつりでもよか、浮き輪で隠しといてくれ…」そう言いながら歩き出す。
ずっと浮き輪持たせようとしてたのも、浮き輪で私を隠そうとしてたのか…?と遅い答え合わせをする。
見たくないのか、見せたくないのか。まで考えて顔が熱くなる。自惚れすぎか…?
「オレも隠すの賛成〜。めっちゃ似合ってるけどな!」
固まってる私の手首を掴んで歩き出す丸井。
健康的に日焼けした腕が思ったよりがっしり太くて、心拍数が上がる。
「あとであそこのアイス食おうぜ」とか
「あれなんだろうな、水出んのかな」とか流れるプールに向かう道すがら色んなものを指差しては話しかけてくれるけど、繋がれたままの手首のせいでほとんど耳には入ってこなかった。
流れるプールの中も夏休みで溢れてて、私は人混みに流されていつのまにか2人の姿を見失った。
私としては流れに乗っていただけなのに、なぜか意識は違う場所にあった。今も、あの冬の居酒屋でも。
(水の中、涼しいな)降り注ぐ太陽でうまく目をあけていられないが、前を見ないと浮き輪ごと人にぶつかる。
前を泳いでいたはずの小さい女の子がいつのまにか後ろにいる。ピンクの浮き輪のラメがキラキラしていて可愛かった。
(どこかで合流できるかな)売店に売っていたスマホを入れとくジッパーバッグみたいなポーチを信頼できないから連絡手段が手元にない。あの2人は持っているんだっけ?まあ、彼らは目立つからそのうち出会うだろう。
そんな事を考えながら、ただひたすらに流れに身をまかせてぷかぷか浮いていた。
急に後ろからクンと引っ張られて体勢を崩す。
「ぉ、すまん」と身体を支えられる。
声で仁王だと分かった。
「びっ、くりした、声かけてよ」
振り返ると仁王の顔が近くて驚く。
長いまつ毛には水滴が付いていて、夏の日差しの下でキラキラしていた。
「おまんは、もう少しはぐれたことを気にしんしゃい」
白い髪の毛が水に濡れて首筋に張り付いてた。
「…そのうち会えるかなって」
抗えない流れの中で浮き輪に乗り直す、うまくいかなくてもたもたしてたら仁王が助けてくれた。
伸びてきた腕は細いのに筋肉はちゃんとあって、昔からずっと白い肌が眩しい。
「足の爪も色ついとるんじゃね」
今日のために塗り直したフットネイルを見られて、少し恥ずかしい。仁王に見つかってから心臓がうるさい。
「…水着も爪も、よく似合っとるよ」
水飛沫に紛れて「かわいい」と聞こえた気がしたけど、聞き直す勇気も、顔を見る余裕もなかった。
水の中に入ってしまえば何も気にならなくなるかと思いきや、普段より距離が近くて何も解決しなかった。
水は冷たかったが、ぶつかった肩がなぜかとっても熱かった。
:
そこから帰路までは、あんまり記憶にない。
アイスも食べたし、丸井が見知らぬ男子小学生と水鉄砲で戦ってるのを日陰から見てたりもしたが、それ以上に2人のアプローチの数々が、私の脳みそを煮詰めていた。
帰りの車は、プールの後の心地よい倦怠感と仁王が選んだ洋楽のせいで少し眠かった。
助手席は西陽が眩しくて、目を瞑りそうになってる私に何度も「別に寝ても良いんだぜ」と笑う丸井。
「仁王も寝てるしな」とバックミラー越しに後部座席を見たらしい。「なら曲変えようか」とカーステレオの設定をいじる。Bluetoothで自分のスマホを繋げつつ「何が良い?」「眠くないやつ」「これとか?」と短い会話をする。
眠いのは丸井も同じなので、話し相手にならねばな。と話題を絞り出す。友人の話、スタバの新作、今流れてるこのアーティストのこの曲が良いとか、来週の花火大会とか。
取り止めのない話をしながら、窓の外を見る。
ぐんぐん流れる景色がオレンジに染まっていてすごく夏だなーと思った。
知らない曲のイントロが長くて車内が静かになる、エンジン音と仁王の寝息が大きく聴こえてさっきまでとは違う空気が流れた。なんの曲かとダッシュボードに置いたスマホに手を伸ばしたとき、
「次は2人で出かけような」
花火大会とか。と静かに言うから驚いて顔を見てしまった。
丸井は前を向いたまま、綺麗な横顔が西陽に照らされていた。
「…そんなんデートじゃん」茶化したいわけじゃないけど、ストレートに受け取るなんてできなくて、冗談みたくしてしまう。
「そのつもりで誘ってるけど?」
やっぱりこちらを見ないまま、いつもみたいにヘラヘラもしてなくて、こまる、てれる、言葉につまる。
「…考えとく。」これが精一杯の返事だった。
恥ずかしさからか、変な汗をかく、顔どころか身体中が熱い。エアコンの温度を下げようと手を伸ばすと丸井の手とぶつかる。元々そこにあったのか、丸井もエアコンを操作しようとしたのかはもうわからなかった。
慌てて引っ込めようとした手を丸井に掬い取られる。
「ぎゃっ…」
「なにその可愛くねぇ声」
声は笑っていたけど顔は笑っていなかった。
手汗がじんわり出てくる、離してほしい。
エアコンの温度も下げられていない、熱い。
離してほしいと思うけど、振り解いたりもできなくて、矛盾した自分に戸惑う。大人しく丸井に手を握られる。
丸井って意外と手、でかいんだな。とか考えないようにすればするほど感触に意識がいく。
運転中だから、離して。なら自然かな…と思ったけど口にはしなかった。もうオレンジ色が沈む窓の外しか見れなかった。
後部座席で荷物が揺れた。
Bluetoothで繋いだカーステレオから爆音で流れるのは丸井が選んだJ-POPとヒップホップの間みたいな曲ばかり。
親に借りた軽自動車は仁王が膨らませてきた浮き輪のせいでいつも以上に狭かった。
「なんで酒飲めないやつが免許ないんだよ」
「まあ、教習所通ってるんだしそのうち取れるよ」
「風呂の後は絶対ビールだったよな〜」
今回は全員フェアに飲まないということで着地したはずの話を後部座席で仁王が寝ているのを良いことに丸井が蒸し返す。
助手席の丸井は次の曲を選びながら炭酸を飲んでいた。
窓の外はえげつないほど晴れていて、サングラス持ってくればよかったと思った。
大学3年の夏休み、私と丸井が交代で運転して大きいレジャープールのある施設に向かっている。
ことの発端は私が友人たちとプールに行った日にSNSに載せた写真からだった。
「俺らも行こうぜプール」
「夏っぽいことしよーぜ」
「プール行こうぜ」
「運転するし、こことかどうよ」
地図アプリのURLが2、3個送られてくる。
と丸井から次々に送られてくるメッセージ。
圧がすごくて、一度見なかったことにしたくらいには連投されていた。
忘れた頃に見返すと、仁王が変なキャラクターのスタンプで「行く」とだけ返していた。
同性の友人複数人と行くのと、異性の友人2人と行くのでは何か意味が違う気がしてさらにメッセージを寝かせる。水着持ってないことにして断ろうかなー。とかバイト忙しいと嘘をつこうかな。とか色々考えていたら丸井から電話が来た。反射的に出てしまった。
「お、出た。メッセージ見たか?いつ予定空いてる?」
「い、や〜…見てないですね。」
誤魔化すのが下手すぎて敬語が出てしまった。
電話の向こうで笑っているのがわかる。
「見てないですか?プールに行こうよってお誘いだったんですけど、ご都合いかがですか?」全て見透かされたうえで敬語で喋ったのをイジられている。
「あ〜…プールですか、ちょ、っと追って連絡します。」
「そしたら、次の飲み会で予定詰めましょうか、それではまた後日。よろしくお願いします〜」ケラケラと笑う丸井が「じゃーなー」と電話を切る。
そうだった、プールのことを有耶無耶にできないタイミングで飲み会があるんだった。
友人と行った時はSNSに載せる用というか少し可愛らしいデザインのものをお揃いで買った。
それをあの2人の前で着るのが恥ずかしいとか、意識しすぎかもしれない。
「ラッシュガード買おうかな〜…」という独り言が7月の気温に溶けていった。
飲み会でもプールの話が中心だった。
丸井も水着を新調しただの、この前海で使ったでかい水鉄砲があるだの、こっちの施設は何が美味しい、こっちは風呂が広いと、行かないなんて言わせないという圧がすごくて「うーん。」とか「ふーん。」とか適当な相槌をしながら現実逃避にモヒートのミントをマドラーでつつくことしかできなかった。
チラリと仁王を見ると酒も飲んでないのに上機嫌で、行く気満々なのがわかってしまう。
人混みも苦手、暑いのも苦手なあの仁王が、夏休みのプールを楽しみにしている訳がない。のになぜ…。
丸井がトイレに立ったので、一時休戦。
チーズいももちを食べようと箸を伸ばす。
「なあ、この前の写真…」
「え?、」
仁王が何かについてきたクリームチーズの皿をつつきながらこちらも見ずに話しかけてきた。
ガヤガヤとうるさい居酒屋で机の向かいの仁王の声を拾うため少し身を乗り出す。
「あの水着、似合っとったな」
「…あ〜、りがとう」面と向かって言われて普通に喰らう。
あの冬の飲み会で隠さない宣言されてから、彼らが私に可愛いとか、似合うとかストレートに褒める発言が増えた気がする。そして毎回、律儀に喰らう。
それを見ると丸井は「慣れろよ」と笑うし、仁王はニヤニヤと嬉しそうな顔をする。
:
そんな飲み会を経て今に至る。
あれから少しダイエットもしたし、水に濡れても落ちないメイクを研究したりした。自分の乙女ちっくな部分が彼らに対して出るというのが、いまだに気持ち悪い。
車を降りると後部座席で荷物の一部になっていた仁王がサングラスをしていて、彼はいつも変なところでノリノリなんだよな。と笑ってしまった。
夏休みだから平日なのに人が多い。
「おい、におー自分の荷物持てよ!この浮き輪デカくて邪魔なんだよ!」ほぼ全ての荷物を抱えた丸井が叫ぶ。
浮き輪もそうだが、丸井が持参した水鉄砲もかなり大きくて車の中で邪魔だった。
自分のカバンを丸井の手から受け取ろうとすると、「お前は良いよ」と甘やかされる。そういうわけにも、と手を伸ばす。「じゃあこれ」と水鉄砲を持たされそうになる。
「やだよ、手ぶらで水鉄砲持ってたらプールすごい楽しみみたいじゃん」自分の荷物を奪い取る。
「楽しみじゃねーの?」ニヤニヤと顔を覗き込んできた丸井と目が合って、答えわかってるくせに。と目を逸らす。
「じゃ、着替えてプールサイド集合な」と更衣室の前で別れたのは良いものの、一度1人になると水着姿で2人の前に戻るのが、なぜか猛烈に恥ずかしいことのように感じて足が進まない。
よく考えれば、水泳の授業は男女別だし、このメンバーで海にも行ったことがない。水着姿を見るのも見せるのも初めてか…とどんどん恥ずかしくなってくる。
ええいままよ!とプールサイドまで来たはいいものの、人が多くてとりあえず壁際に寄る。反響する騒めきや塩素の香りを感じつつ、この人混みで出会えるかな…とキョロキョロ見回す。
「…あ。」視線の先で肌の面積が広いお姉さんに話しかけられてる2人。そう言えばあの2人はカッコいいんだった。
丸井の身振り手振りで何を喋ってるか想像する、その横でつまんなそうに浮き輪を持ってる仁王。
(あれ、長くなるかもな)手前の家族連れに視線を移す、小さい男の子たちがギャハギャハ笑っている。
高い窓から降り注ぐ太陽の光が水飛沫に反射してキラキラしていた。
「気づいてたなら助けんしゃい」
めんどくさそうにこちらに向かってきた仁王が文句を言いながら浮き輪を渡してくる。めっちゃいらない。
「あ、おつかれ〜。邪魔しちゃ悪いかと思って」
ぐいぐい押し付けてくる浮き輪を押し戻しながらヘラヘラ返事をする。
「邪魔ってなんだよ、お前が来れば話早かっただろい」
「私が行ってもどうしようもないって」
男友達がナンパされてる現場に行っても何もしてあげられない。
「まあ、良いや。あっち流れるプールとかウォータースライダーあるっぽいぜ」
丸井が歩き出す、ついて行こうと歩き出した私に背後から仁王が浮き輪を被せる。
「…わ、何。うきわ、いらないんだけど、」
振り向いた先で仁王が顔を手で覆ったまま「…背中」
反響の大きいプールの騒めきのなかで小さく聞こえた。
そう呟いた彼は心なしか耳が赤い気がする。
「あ。あー…」言葉に詰まる。
(そう言えばSNSには正面しか載せてないっけ)
友人と合わせて買ったこの水着はワンピースタイプで、前はちゃんと覆われているのだが、背中側は割と広めに開いている。
「いつまでそこい、る。うわーいいじゃん。」
進まない私たちに気づいた丸井が戻ってくる。
私の背中を見ていいじゃんと言う彼は仁王に「むっつり〜」と人差し指を向ける。
「むっつりでもよか、浮き輪で隠しといてくれ…」そう言いながら歩き出す。
ずっと浮き輪持たせようとしてたのも、浮き輪で私を隠そうとしてたのか…?と遅い答え合わせをする。
見たくないのか、見せたくないのか。まで考えて顔が熱くなる。自惚れすぎか…?
「オレも隠すの賛成〜。めっちゃ似合ってるけどな!」
固まってる私の手首を掴んで歩き出す丸井。
健康的に日焼けした腕が思ったよりがっしり太くて、心拍数が上がる。
「あとであそこのアイス食おうぜ」とか
「あれなんだろうな、水出んのかな」とか流れるプールに向かう道すがら色んなものを指差しては話しかけてくれるけど、繋がれたままの手首のせいでほとんど耳には入ってこなかった。
流れるプールの中も夏休みで溢れてて、私は人混みに流されていつのまにか2人の姿を見失った。
私としては流れに乗っていただけなのに、なぜか意識は違う場所にあった。今も、あの冬の居酒屋でも。
(水の中、涼しいな)降り注ぐ太陽でうまく目をあけていられないが、前を見ないと浮き輪ごと人にぶつかる。
前を泳いでいたはずの小さい女の子がいつのまにか後ろにいる。ピンクの浮き輪のラメがキラキラしていて可愛かった。
(どこかで合流できるかな)売店に売っていたスマホを入れとくジッパーバッグみたいなポーチを信頼できないから連絡手段が手元にない。あの2人は持っているんだっけ?まあ、彼らは目立つからそのうち出会うだろう。
そんな事を考えながら、ただひたすらに流れに身をまかせてぷかぷか浮いていた。
急に後ろからクンと引っ張られて体勢を崩す。
「ぉ、すまん」と身体を支えられる。
声で仁王だと分かった。
「びっ、くりした、声かけてよ」
振り返ると仁王の顔が近くて驚く。
長いまつ毛には水滴が付いていて、夏の日差しの下でキラキラしていた。
「おまんは、もう少しはぐれたことを気にしんしゃい」
白い髪の毛が水に濡れて首筋に張り付いてた。
「…そのうち会えるかなって」
抗えない流れの中で浮き輪に乗り直す、うまくいかなくてもたもたしてたら仁王が助けてくれた。
伸びてきた腕は細いのに筋肉はちゃんとあって、昔からずっと白い肌が眩しい。
「足の爪も色ついとるんじゃね」
今日のために塗り直したフットネイルを見られて、少し恥ずかしい。仁王に見つかってから心臓がうるさい。
「…水着も爪も、よく似合っとるよ」
水飛沫に紛れて「かわいい」と聞こえた気がしたけど、聞き直す勇気も、顔を見る余裕もなかった。
水の中に入ってしまえば何も気にならなくなるかと思いきや、普段より距離が近くて何も解決しなかった。
水は冷たかったが、ぶつかった肩がなぜかとっても熱かった。
:
そこから帰路までは、あんまり記憶にない。
アイスも食べたし、丸井が見知らぬ男子小学生と水鉄砲で戦ってるのを日陰から見てたりもしたが、それ以上に2人のアプローチの数々が、私の脳みそを煮詰めていた。
帰りの車は、プールの後の心地よい倦怠感と仁王が選んだ洋楽のせいで少し眠かった。
助手席は西陽が眩しくて、目を瞑りそうになってる私に何度も「別に寝ても良いんだぜ」と笑う丸井。
「仁王も寝てるしな」とバックミラー越しに後部座席を見たらしい。「なら曲変えようか」とカーステレオの設定をいじる。Bluetoothで自分のスマホを繋げつつ「何が良い?」「眠くないやつ」「これとか?」と短い会話をする。
眠いのは丸井も同じなので、話し相手にならねばな。と話題を絞り出す。友人の話、スタバの新作、今流れてるこのアーティストのこの曲が良いとか、来週の花火大会とか。
取り止めのない話をしながら、窓の外を見る。
ぐんぐん流れる景色がオレンジに染まっていてすごく夏だなーと思った。
知らない曲のイントロが長くて車内が静かになる、エンジン音と仁王の寝息が大きく聴こえてさっきまでとは違う空気が流れた。なんの曲かとダッシュボードに置いたスマホに手を伸ばしたとき、
「次は2人で出かけような」
花火大会とか。と静かに言うから驚いて顔を見てしまった。
丸井は前を向いたまま、綺麗な横顔が西陽に照らされていた。
「…そんなんデートじゃん」茶化したいわけじゃないけど、ストレートに受け取るなんてできなくて、冗談みたくしてしまう。
「そのつもりで誘ってるけど?」
やっぱりこちらを見ないまま、いつもみたいにヘラヘラもしてなくて、こまる、てれる、言葉につまる。
「…考えとく。」これが精一杯の返事だった。
恥ずかしさからか、変な汗をかく、顔どころか身体中が熱い。エアコンの温度を下げようと手を伸ばすと丸井の手とぶつかる。元々そこにあったのか、丸井もエアコンを操作しようとしたのかはもうわからなかった。
慌てて引っ込めようとした手を丸井に掬い取られる。
「ぎゃっ…」
「なにその可愛くねぇ声」
声は笑っていたけど顔は笑っていなかった。
手汗がじんわり出てくる、離してほしい。
エアコンの温度も下げられていない、熱い。
離してほしいと思うけど、振り解いたりもできなくて、矛盾した自分に戸惑う。大人しく丸井に手を握られる。
丸井って意外と手、でかいんだな。とか考えないようにすればするほど感触に意識がいく。
運転中だから、離して。なら自然かな…と思ったけど口にはしなかった。もうオレンジ色が沈む窓の外しか見れなかった。
後部座席で荷物が揺れた。