詐欺師

気づいたらコートでラケットを握っていた。
記憶がない、こんなに上手に記憶が消せるならあの雨の日の帰り道も消えてくれれば良かったのにと心から思う。

「プレーが雑だぞ仁王!集中せんか!!」

真田の怒号に適当に返事をしてベンチに寝転ぶ。
まだ何か言ってたがどうでも良かった。

6月の空は眩しく、ただひたすらに流れる雲を見ていたいのに反射的に目が閉じてゆく。自分以外の返球音がパコパコと響くのが耳に心地よかった。

「おーい、仁王。生きてるかー?」
「……死んどる」
「そりゃ良かった。おまえ、最近変だぞ」

バレている。もう全てがダメだと思った。

「何があったか知んねえけど、早く解決しねぇと。このままだと真田に殴られるぞ」

「……ブンちゃん。俺は何者じゃ。どう見える」
「え?あー。仁王雅治?コート上の詐欺師じゃねえの?」
「…ちゃんと騙せているか?」

「何言ってるかわかんねー」と笑いながらガムを膨らませる赤毛はそれ以上何も言わずに隣にいてくれた。
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