bang-dream
[Plush bear]
「ただいま」
「千聖ちゃん、おか……わぁっ!?くまさんだ!!」
帰って来たばかりの千聖ちゃんを出迎えると、彼女の腕の中に、存在感がありすぎる大きなくまのぬいぐるみが佇んでいた。
藍色の瞳はくりくりと輝き、触り心地がよさそうな毛皮がふんわりと整えられている。ハロハピでDJをしているミッシェルよろしく、愛らしくも大きなフォルムをしたむいぐるみを見ると、幼い子たちが抱き着きたくなってしまうのも頷ける。
私も、押さえきれない衝動のままに、勢いよくその柔らかな巨体に抱き着く。ぽふんっ、と優しく跳ね返ってくる感触が気持ちいい。
「どうしたの、これ!!ふわふわ!!もふもふ!!」
「……彩ちゃん」
「私達よりも大きいんじゃない!?うわぁ、かわいい!!」
「彩ちゃん」
一心不乱に腕の中の柔らかさを堪能していると、突然、ひょいっと、くまちゃんを取り上げられた。
なにするの、と抗議しようと顔を上げると、むすっとした顔で私をみる千聖ちゃんと目が合う。それから綺麗すぎるくらい完璧な笑顔に変えて、私をなじってきた。
「彩ちゃん、ただいま」
大変不服そうな声色で言われた言葉に、ああ、なるほど……と納得する。
私が千聖ちゃんよりもくまちゃんに気を取られちゃって、ちゃんと“おかえり”って言わなかったから、拗ねているんだ。
世間では、世界にも名だたるトップクラスの大女優だと言われて、敬愛され、敬遠され、良くも悪くもその圧倒的な魅力で他人の目を引いて、それ故にどこか近寄りがたい存在として注目を集めている人なのに。
そんな世界を虜にする大女優「白鷺千聖」が、たったこれだけのことで小さな子供みたいにむすっと口をすぼませてたりすることなんて、夢にも思わないはずだ。
本当に、なんて可愛い人なんだろう。
「おかえり、千聖ちゃん」
「ただいま、彩ちゃん」
私から求めるものが返ってきて満足した千聖ちゃんが、緊張を解く様に顔をほころばせてくれる。
そして、いつものように、正面からぎゅっと千聖ちゃんの体を抱きしめると、いつものように、優しく抱きしめ返してくれて、唇にキスを落してくれた。これが私たちの帰宅の挨拶だ。
外は雪が降るほど寒いと言うのに、千聖ちゃんのコートや体はあまり冷えていなかった。きっと、さっきまでタクシーに乗っていたから、それほど外気に触れていなかったからだと思うけれど、私が千聖ちゃんを暖めてあげたかったから、少しだけ残念だな。
「そうだ!それより、そのくまちゃんだけど、どうしたの?」
さっきから聞きたくてうずうずしていたことを、聞いてみる。
「今日のロケ先で買ったにしてはとても大きいし、そもそもそういうところで売り出されているようなものではなさそうだけれど……もしかして、ぬいぐるみ屋さんに寄り道してから帰って来たの?」
「いいえ、これはロケ先で買ったものよ」
「そうなんだぁ」
聞けば、ロケが終わった後に、プロデューサーから紹介された地元の人たちから、観光案内をしてもらったらしい。
この地域は、最近になって観光客がよく訪れるようになったので、以前よりもまちづくりやものづくりに力を入れるようになったので、ぜひ観に行ってほしい、と。
以前に訪れた時と比べると、工芸品や美術品、グルメやスイーツなどといった、目を惹くものがたくさん増えていて、どれも興味深いものだったわ、と話す千聖ちゃんはどこか楽しそう。
「その中でもね、このくまのぬいぐるみのように、小さな子供や女の子の感性に親しみを持たせるお土産が特に目立っていたのよ。今まで、あの観光地に訪れていた人たちは、ご高齢の……私達より年上の方がほとんどだったから、若い人たちが好みそうなもの、それこそ、このぬいぐるみのようなものが数多く作り出されていることには、多少驚かされたわ」
「そっか、観光客が増えたって事は、若い人もたくさん来るようになったから、それに合わせた特産品も作っていったんだね」
「ええ。もともと、上質な綿がよく育つ土地だったこともあったみたいで、それをうまく利用していたわ。……そして、お土産屋さんの前で、地元の方々の話を聞いている時に、1つ提案されたのよ」
「なにを?」
「大切な人への贈り物に、これを1つどうかって」
「えっ、それで買っちゃったの?!」
思わず声をあげてしまったら、千聖ちゃんはむすっとした顔になる。
「ええ、そうよ。私だって最初は買うつもりなんてなかったけれど、買ってしまったものは仕方ないじゃない。くまのひとつやふたつ、家にあっても問題ないと思うのだけれど、彩ちゃんにとっては都合が悪かったかしら?」
「そうじゃないよ。ただ、千聖ちゃんはストイックだから、こういうのは買わなさそうだったから、びっくりしただけ」
へらりと笑えば、千聖ちゃんの眉間の皺がゆるやかになったので、心の中でそっとため息をつく。しかし、まんまと営業されている恋人に苦笑いした。
もちろん、ぬいぐるみは好きだし、こんなに大きなものは今まで買ったこともなければ見たこともないから、嬉しいのは嬉しいけれど。
こういうと惚気になってしまうけれど、千聖ちゃんは私のことになると一気にチョロくなってしまうところがある。だから、こうしてインパクトのある手土産を持って帰ってくれる来てくれることが、ちょくちょくあるのだ。
「私はあまり、こういったものに関心が沸かないけれども、彩ちゃんは好きでしょ?」
そしてこのセリフ。自分それほど興味のないものでも、出かけた先で私のことを想ってくれるその気持ちが、物よりも、何よりも嬉しくてたまらない。
そういう気持ちを込めて、元気よく返事をした。
「うん!大好き!」
「……彩ちゃんのためにと買ってみたものだけれども、はっきりと返されると少し面白くないわね」
「えー?千聖ちゃんが聞いたのに」
「さっきも、私よりこのくまさんにご執心だったじゃない」
「目の前にこんなにも大きなふわふわのくまちゃんが現れたら、みんながああなっちゃうよ」
「私はならないわ」
「本当に?」
千聖ちゃんはああ言ってるけれども、ふわふわのくまちゃんを抱きしめている手は健在だ。今だって、私以上に抱きしめ続けているのに、自分のことは棚に上げているんだもん。なんだか羨ましい。
女の子はみんな、ぬいぐるみが大好きだと思っているし、千聖ちゃんもそうだと思うけれど、幼さを隠したいという彼女の矜持もあるのだろう。
「千聖ちゃんはそうかもしれないけれど、私は違うもん」
そう説明しても、納得いかないという顔をしている千聖ちゃん。わからなくてもいいからと、未だ千聖ちゃんの腕の中にとらわれて続けているくまちゃんに向かって、両手を広げて伸ばす。
早く、もう一度あのふわもこを感じたい。
「そのくまさん、私へのお土産じゃなかったの?それとも、意地悪してるの?」
つづく
「ただいま」
「千聖ちゃん、おか……わぁっ!?くまさんだ!!」
帰って来たばかりの千聖ちゃんを出迎えると、彼女の腕の中に、存在感がありすぎる大きなくまのぬいぐるみが佇んでいた。
藍色の瞳はくりくりと輝き、触り心地がよさそうな毛皮がふんわりと整えられている。ハロハピでDJをしているミッシェルよろしく、愛らしくも大きなフォルムをしたむいぐるみを見ると、幼い子たちが抱き着きたくなってしまうのも頷ける。
私も、押さえきれない衝動のままに、勢いよくその柔らかな巨体に抱き着く。ぽふんっ、と優しく跳ね返ってくる感触が気持ちいい。
「どうしたの、これ!!ふわふわ!!もふもふ!!」
「……彩ちゃん」
「私達よりも大きいんじゃない!?うわぁ、かわいい!!」
「彩ちゃん」
一心不乱に腕の中の柔らかさを堪能していると、突然、ひょいっと、くまちゃんを取り上げられた。
なにするの、と抗議しようと顔を上げると、むすっとした顔で私をみる千聖ちゃんと目が合う。それから綺麗すぎるくらい完璧な笑顔に変えて、私をなじってきた。
「彩ちゃん、ただいま」
大変不服そうな声色で言われた言葉に、ああ、なるほど……と納得する。
私が千聖ちゃんよりもくまちゃんに気を取られちゃって、ちゃんと“おかえり”って言わなかったから、拗ねているんだ。
世間では、世界にも名だたるトップクラスの大女優だと言われて、敬愛され、敬遠され、良くも悪くもその圧倒的な魅力で他人の目を引いて、それ故にどこか近寄りがたい存在として注目を集めている人なのに。
そんな世界を虜にする大女優「白鷺千聖」が、たったこれだけのことで小さな子供みたいにむすっと口をすぼませてたりすることなんて、夢にも思わないはずだ。
本当に、なんて可愛い人なんだろう。
「おかえり、千聖ちゃん」
「ただいま、彩ちゃん」
私から求めるものが返ってきて満足した千聖ちゃんが、緊張を解く様に顔をほころばせてくれる。
そして、いつものように、正面からぎゅっと千聖ちゃんの体を抱きしめると、いつものように、優しく抱きしめ返してくれて、唇にキスを落してくれた。これが私たちの帰宅の挨拶だ。
外は雪が降るほど寒いと言うのに、千聖ちゃんのコートや体はあまり冷えていなかった。きっと、さっきまでタクシーに乗っていたから、それほど外気に触れていなかったからだと思うけれど、私が千聖ちゃんを暖めてあげたかったから、少しだけ残念だな。
「そうだ!それより、そのくまちゃんだけど、どうしたの?」
さっきから聞きたくてうずうずしていたことを、聞いてみる。
「今日のロケ先で買ったにしてはとても大きいし、そもそもそういうところで売り出されているようなものではなさそうだけれど……もしかして、ぬいぐるみ屋さんに寄り道してから帰って来たの?」
「いいえ、これはロケ先で買ったものよ」
「そうなんだぁ」
聞けば、ロケが終わった後に、プロデューサーから紹介された地元の人たちから、観光案内をしてもらったらしい。
この地域は、最近になって観光客がよく訪れるようになったので、以前よりもまちづくりやものづくりに力を入れるようになったので、ぜひ観に行ってほしい、と。
以前に訪れた時と比べると、工芸品や美術品、グルメやスイーツなどといった、目を惹くものがたくさん増えていて、どれも興味深いものだったわ、と話す千聖ちゃんはどこか楽しそう。
「その中でもね、このくまのぬいぐるみのように、小さな子供や女の子の感性に親しみを持たせるお土産が特に目立っていたのよ。今まで、あの観光地に訪れていた人たちは、ご高齢の……私達より年上の方がほとんどだったから、若い人たちが好みそうなもの、それこそ、このぬいぐるみのようなものが数多く作り出されていることには、多少驚かされたわ」
「そっか、観光客が増えたって事は、若い人もたくさん来るようになったから、それに合わせた特産品も作っていったんだね」
「ええ。もともと、上質な綿がよく育つ土地だったこともあったみたいで、それをうまく利用していたわ。……そして、お土産屋さんの前で、地元の方々の話を聞いている時に、1つ提案されたのよ」
「なにを?」
「大切な人への贈り物に、これを1つどうかって」
「えっ、それで買っちゃったの?!」
思わず声をあげてしまったら、千聖ちゃんはむすっとした顔になる。
「ええ、そうよ。私だって最初は買うつもりなんてなかったけれど、買ってしまったものは仕方ないじゃない。くまのひとつやふたつ、家にあっても問題ないと思うのだけれど、彩ちゃんにとっては都合が悪かったかしら?」
「そうじゃないよ。ただ、千聖ちゃんはストイックだから、こういうのは買わなさそうだったから、びっくりしただけ」
へらりと笑えば、千聖ちゃんの眉間の皺がゆるやかになったので、心の中でそっとため息をつく。しかし、まんまと営業されている恋人に苦笑いした。
もちろん、ぬいぐるみは好きだし、こんなに大きなものは今まで買ったこともなければ見たこともないから、嬉しいのは嬉しいけれど。
こういうと惚気になってしまうけれど、千聖ちゃんは私のことになると一気にチョロくなってしまうところがある。だから、こうしてインパクトのある手土産を持って帰ってくれる来てくれることが、ちょくちょくあるのだ。
「私はあまり、こういったものに関心が沸かないけれども、彩ちゃんは好きでしょ?」
そしてこのセリフ。自分それほど興味のないものでも、出かけた先で私のことを想ってくれるその気持ちが、物よりも、何よりも嬉しくてたまらない。
そういう気持ちを込めて、元気よく返事をした。
「うん!大好き!」
「……彩ちゃんのためにと買ってみたものだけれども、はっきりと返されると少し面白くないわね」
「えー?千聖ちゃんが聞いたのに」
「さっきも、私よりこのくまさんにご執心だったじゃない」
「目の前にこんなにも大きなふわふわのくまちゃんが現れたら、みんながああなっちゃうよ」
「私はならないわ」
「本当に?」
千聖ちゃんはああ言ってるけれども、ふわふわのくまちゃんを抱きしめている手は健在だ。今だって、私以上に抱きしめ続けているのに、自分のことは棚に上げているんだもん。なんだか羨ましい。
女の子はみんな、ぬいぐるみが大好きだと思っているし、千聖ちゃんもそうだと思うけれど、幼さを隠したいという彼女の矜持もあるのだろう。
「千聖ちゃんはそうかもしれないけれど、私は違うもん」
そう説明しても、納得いかないという顔をしている千聖ちゃん。わからなくてもいいからと、未だ千聖ちゃんの腕の中にとらわれて続けているくまちゃんに向かって、両手を広げて伸ばす。
早く、もう一度あのふわもこを感じたい。
「そのくまさん、私へのお土産じゃなかったの?それとも、意地悪してるの?」
つづく