bang-dream
[Dear my sugar]
彩ちゃんが私のお家に泊まる時、いつもより甘えたさんになる。
彩ちゃんと出会った頃の私は、甘えるのも、甘えられるのも苦手だったはずなのに、彼女は見事に私の心の扉をひらいて入り込んできた。彩ちゃんと一緒に過ごしていく時間が増えていくほどに、彼女に心をほぐされていく。そうして骨抜きにされた私は、「千聖ちゃん」と、彩ちゃんに身体全体で甘えられてしまうと、おとなしく白旗をあげるしかなくなったのだ。そんな私を知ってか知らずか、自分の望みが叶った彩ちゃんはふわふわと無邪気に笑う。その笑顔にまた心がほどけていって、彼女のことを好きになっていく。その事実に気付いたころには、私は彩ちゃんにずっと敵わないまま、この先過ごしていくのだろうと、頭の隅で悟ったものだ。惚れた方が負けとはよく言ったものである。
それでもいい。それがいい。そう思うようになって、そして、いつからか、彩ちゃんが笑うたびに、私はもっとその笑顔をみたいと思うようになった。ステージの上で高らかに笑顔を見せる姿も好きだけれど。それよりも希少で特別な、彩ちゃんが、私だけに向けてくれる可愛い笑顔を、より一層みたいと思うようになってしまった。
そう思い至り、いざ行動に移そうとすると、自分の身体が見えない鎖で繋がれていることに気付く。彩ちゃんが喜びそうなことは分かっているのに、それができない。人前では彩ちゃんを甘やかすことに躊躇してしまう自分が存在していて、足を引っ張って来る。「白鷺千聖らしくあれ」と、今までの周りからの評価や私に貼られたレッテルが、私を思い通りに動かしてくれない。
それでも、どうにかこうにか溢れる想いのままに動いてみれば、分かったことはある。それは、彩ちゃんの心につけ入る抜け道。
私の隠したい弱みや後ろめたさに対しては目ざといくせに、私の持つ下心にはかなり疎いらしい彩ちゃん。きっと、天才的な感性をもつ日菜ちゃんや、客観視と冷静な目を持つ聡明な麻弥ちゃんがいたら、すぐにバレてしまう算段も、彩ちゃんには気づかれることなく、真心で受け止めてくれる。それに罪悪感がないわけではないけれども、彩ちゃんの瞳が自分だけを映しては笑う姿は、手離しがたい宝物になっていた。
だから、彩ちゃんと二人きりになれる時間……それこそ、彩ちゃんが私の家に泊まりに来てくれるときが、私が自由に振る舞える絶好の機会だった。
普段は厳しく接してしまうから。
人目があると甘やかせられないから。
そんな言い訳をしつつ、人前ではできなかった彩ちゃんへのスキンシップは、最初こそ違和感を感じていたであろう彼女も、すぐに嬉しそうに笑うようになった。
らしくない、なんて自分ですら思ったりもしたけれど、人を甘やかすことを知れば、甘えられるようになる。レッスン室で二人きりの時に、肩にもたれかかってくる彩ちゃんに、私からの体重もあずけてみれば、不思議なほどに心が穏やかになっていく。隣で無防備な姿を見せても、咎められない気兼ねなさ。いつからか、彩ちゃんの前では、弱い自分をさらけ出すことができるようになった。
そして、「白鷺千聖」のしがらみから抜け出せる二人だけの時間が、私にとっての癒しの時間になっていった。
「わたし、千聖ちゃんとふたりっきりの時間、大好きなんだぁ」
いつか、彩ちゃんが私に言ってくれた言葉。
私を躊躇させる「世間体」がない、私と彩ちゃんだけの二人だけの時間くらいは……と、彼女が喜ぶことを意識的にしてきたことが功を成し、いつからか、彩ちゃんの世界の中心に私が居座ることを許してくれるようになった。
あなたにはわたしのすべてをあげるよ、とでも言っているかのように、指をからませられたり、抱きしめられたりーーー時には、キスをされたり。
その仕草に、いつも甘く蕩けさせられてしまうのは、きっと私たちが「恋人」という特別な関係で結ばれているから。
彩ちゃんから甘えられた時はいつも、彼女が納得するまで、私からも抱きしめたり、やさしく撫でたり、キスをして、愛し合う。彩ちゃんを満足させられるまで、この時間から開放してもらえないとわかったのは、つい最近のことだ。
今夜も、お風呂あがりでほっこりと温まった彩ちゃんの身体が、ソファに座る私の体にぴったりとくっついている。
二人だけのゆるやかなまどろみ。私は私で、来週収録するドラマの台本を読み返していると、かまってもらえないためかご機嫌ななめになっている彩ちゃんが、私の肩に額を押し付けてきた。その力加減が心地よくて、でも、台本に集中することができないので、そっといなしてみる。
「彩ちゃん、痛いわ。私じゃなくて、この前買っていた美容グッズで、小顔マッサージでもしてみたら?」
「んうぅ……」
煮え切らない返事をして、さらに身体を密着させてくる彩ちゃん。今日は私の方が先にお風呂に入ったから、彩ちゃんの府が今は体温が高い。
「区切りがついたら休憩を入れるわ。それまで待っていてくれる?」
限りなく優しい声色で問いかけたのだが、私の言葉を聞いて“かまってちゃんスイッチ”が入ったのか、むっとした顔の彩ちゃんが私と向かい合うような体勢になって、私の膝の上に座りだす。ご丁寧に、彩ちゃんは私を包みこむかのように腕をまわしてくる。お風呂あがりで少し汗ばんだ太ももが密着して、火傷しそうなほど熱くなっていくのと同時に、心臓が早く動き出す。
こんなことをされたら、台本どころではない。きっと、それは彩ちゃんも分かっているだろうから、小悪魔な確信犯さんにストップをかける。
「彩ちゃん、待っていてって、言ったでしょ?」
「だって……待てないもん」
『だって』なんて駄々をこねる子どもみたいな言葉も、彩ちゃんが使うととてつもない破壊力だ。そして、キスをしてほしい時に使う、とっておきのあまい声を出して「ちさとちゃん」なんて呼ぶから、たまったものではない。
こうなってしまったら白旗をあげるしかないと思った。
(まったくもう、このおひめさまは……)
彩ちゃんの頬に手を添えて、つややかな唇へめがけて自分のそれを合わせる。やわらかい感触とあたたかさに、心がほどけていく感覚がした。
お望みどおりキスをしてもらえた彩ちゃんは嬉しくなったのか、彼女の方からも私の頬や鼻や瞼や口に、たくさんキスしてくれる。
ただ……
(……ここまでしておいて誘ってないんだから、ひどい据え膳だわ)
自分の心の内で悶々としている情欲のことなんて、きっと目の前の可愛い甘えたさんはこれっぽっちも知らないんだろうと思う。
案の定、満足いくまでスキンシップをとってご満悦な彩ちゃんは、にこにこ笑顔で隣に座り直してSNSチェックを始めるので、持て余した気持ちの分だけ込めて、ため息を吐いた。
「……彩ちゃん」
「なあに?」
「何か、私に言うことがあるんじゃない?」
「ふぇ?特にないよ」
「……そう」
ひとつ、大きなため息を吐いて、目の前にいる少女を見やる。
あくまで何もわかっていません、とでもいうように首をかしげている姿は、とても愛らしいものではあるのだが、同時に、腹立たしくもある。
自身の胸の奥から溢れかえってくる熱を、目の前の桃色に分けてやれば、少しは収まるのだろうか。
そう思い至り、彼女に触れてみる。
まずは、髪を優しく撫でてやる。愛おしむように、繊細な小動物に怪我ひとつさせないようなためらいも含めて。彩ちゃんは心地よさそうにそれを受け入れてくれている。そっと耳をかすめると、くすぐったそうに少しくぐもった声を出した。
そこで、柔く髪を梳きながら、鎖骨へ向けてキスをお見舞いした。
「ひゃっ、千聖ちゃん!」
彩ちゃんが、驚いたような、不安そうな、そして……ちょっと期待しているような、うわずった声を上げる。気にせずに、そのまま何度か彼女の弱いところにキスを重ねていく。見つめられている視線を感じて、私からも見つめ返そうと顔を向ければ、思った通りに瞳を潤ませる彩ちゃんがいた。その瞳が、色をのせて私に訴えかけてくる。
(やっと“その気”になってくれたのね)
私から熱を受け取った彩ちゃんが、先ほど与えた熱より強いものを求めている。吐き出される吐息から、もっと、という聞こえないはずのおねだりまで聞こえてきそうだ。
でも、すぐに欲しいものを与えてやらない。先に、私に熱を与えておきながら、何食わぬ顔でなかったことにしようとしたのだ。こちらにだって、少しの意地悪は許されるだろう。
彩ちゃんを“その気”にさせたであろうタイミングで、わざと脇の下やお腹のあたりをくすぐってあげる。
「え!?ちょっと、ふっ、ちさとちゃん!!くすぐったいよぉ!!」
きゃはきゃはと笑いながら、彩ちゃんは楽しそうに笑う。どこをくすぐっても、楽しそうに身をよじってくれるものだから、ここでも彼女に許されていることを実感して、胸があたたかくなる。
はしゃぐ笑顔に見惚れて手を止めると、お返しとばかりに彩ちゃんからも私のことをくすぐり返してきた。彼女にやられるのはなんだか癪なので、私も負けじとくすぐり返す。
それが、だんだんヒートアップしていって、逃げようとする彩ちゃんを逃すまいと接近すべく追いかける。つもりが、気づいたら体重のバランスを崩してしまい、思わぬ形で彩ちゃんをソファに押し倒してしまった。
「もぉー、千聖ちゃん。やり過ぎだよ」
からころと、飴玉をほおばったような彩ちゃんの甘い声が、すぐそこに聞こえている。なんてことないように穏やかに笑う彩ちゃんと対照的に、私の心臓はテンポを上げてバクバクと動きだす。
だって、この体勢があまりにも、あまりにもな体勢だから。
いつぞやの、二人だけの秘密の甘やかなひと時を過ごすとき、彩ちゃんが私以外に見せない濡れた瞳でみつめてくれるとき、彩ちゃんの全てを独り占めできるとき。それら全ての、彩ちゃんが私にだけくれた特等席が、今、目の前の光景と同じだから。彼女の散らばった髪や、くすぐりあった影響で赤くなった頬が、ダウンライトを消した長い夜の記憶と重なり、煽情的に見えてしまう。
私が何も言えずに注視をしていると、その意図が彩ちゃんにも伝わったのか、彼女がだんだん戸惑ったような顔をしていく。
「ねえ、彩ちゃん。あなたがずっと、台本を読んでいる私の邪魔をしていたのは、もしかして……こうされたかったから、だったの?」
「……そう、じゃないけど、でも、」
もごもごと話す彩ちゃんは煮え切らない返事をしているが、それでも、物欲しげに目を潤ませているから。
「彩ちゃんにそういうつもりがなかったとしても、私はもう、止まれそうにないのだけれども」
その言葉を聞いた彩ちゃんが観念したように目を閉じて、彩ちゃんと私の唇が再び触れ合ったら。
きっと、これから、長い夜が始まる。
彩ちゃんが私のお家に泊まる時、いつもより甘えたさんになる。
彩ちゃんと出会った頃の私は、甘えるのも、甘えられるのも苦手だったはずなのに、彼女は見事に私の心の扉をひらいて入り込んできた。彩ちゃんと一緒に過ごしていく時間が増えていくほどに、彼女に心をほぐされていく。そうして骨抜きにされた私は、「千聖ちゃん」と、彩ちゃんに身体全体で甘えられてしまうと、おとなしく白旗をあげるしかなくなったのだ。そんな私を知ってか知らずか、自分の望みが叶った彩ちゃんはふわふわと無邪気に笑う。その笑顔にまた心がほどけていって、彼女のことを好きになっていく。その事実に気付いたころには、私は彩ちゃんにずっと敵わないまま、この先過ごしていくのだろうと、頭の隅で悟ったものだ。惚れた方が負けとはよく言ったものである。
それでもいい。それがいい。そう思うようになって、そして、いつからか、彩ちゃんが笑うたびに、私はもっとその笑顔をみたいと思うようになった。ステージの上で高らかに笑顔を見せる姿も好きだけれど。それよりも希少で特別な、彩ちゃんが、私だけに向けてくれる可愛い笑顔を、より一層みたいと思うようになってしまった。
そう思い至り、いざ行動に移そうとすると、自分の身体が見えない鎖で繋がれていることに気付く。彩ちゃんが喜びそうなことは分かっているのに、それができない。人前では彩ちゃんを甘やかすことに躊躇してしまう自分が存在していて、足を引っ張って来る。「白鷺千聖らしくあれ」と、今までの周りからの評価や私に貼られたレッテルが、私を思い通りに動かしてくれない。
それでも、どうにかこうにか溢れる想いのままに動いてみれば、分かったことはある。それは、彩ちゃんの心につけ入る抜け道。
私の隠したい弱みや後ろめたさに対しては目ざといくせに、私の持つ下心にはかなり疎いらしい彩ちゃん。きっと、天才的な感性をもつ日菜ちゃんや、客観視と冷静な目を持つ聡明な麻弥ちゃんがいたら、すぐにバレてしまう算段も、彩ちゃんには気づかれることなく、真心で受け止めてくれる。それに罪悪感がないわけではないけれども、彩ちゃんの瞳が自分だけを映しては笑う姿は、手離しがたい宝物になっていた。
だから、彩ちゃんと二人きりになれる時間……それこそ、彩ちゃんが私の家に泊まりに来てくれるときが、私が自由に振る舞える絶好の機会だった。
普段は厳しく接してしまうから。
人目があると甘やかせられないから。
そんな言い訳をしつつ、人前ではできなかった彩ちゃんへのスキンシップは、最初こそ違和感を感じていたであろう彼女も、すぐに嬉しそうに笑うようになった。
らしくない、なんて自分ですら思ったりもしたけれど、人を甘やかすことを知れば、甘えられるようになる。レッスン室で二人きりの時に、肩にもたれかかってくる彩ちゃんに、私からの体重もあずけてみれば、不思議なほどに心が穏やかになっていく。隣で無防備な姿を見せても、咎められない気兼ねなさ。いつからか、彩ちゃんの前では、弱い自分をさらけ出すことができるようになった。
そして、「白鷺千聖」のしがらみから抜け出せる二人だけの時間が、私にとっての癒しの時間になっていった。
「わたし、千聖ちゃんとふたりっきりの時間、大好きなんだぁ」
いつか、彩ちゃんが私に言ってくれた言葉。
私を躊躇させる「世間体」がない、私と彩ちゃんだけの二人だけの時間くらいは……と、彼女が喜ぶことを意識的にしてきたことが功を成し、いつからか、彩ちゃんの世界の中心に私が居座ることを許してくれるようになった。
あなたにはわたしのすべてをあげるよ、とでも言っているかのように、指をからませられたり、抱きしめられたりーーー時には、キスをされたり。
その仕草に、いつも甘く蕩けさせられてしまうのは、きっと私たちが「恋人」という特別な関係で結ばれているから。
彩ちゃんから甘えられた時はいつも、彼女が納得するまで、私からも抱きしめたり、やさしく撫でたり、キスをして、愛し合う。彩ちゃんを満足させられるまで、この時間から開放してもらえないとわかったのは、つい最近のことだ。
今夜も、お風呂あがりでほっこりと温まった彩ちゃんの身体が、ソファに座る私の体にぴったりとくっついている。
二人だけのゆるやかなまどろみ。私は私で、来週収録するドラマの台本を読み返していると、かまってもらえないためかご機嫌ななめになっている彩ちゃんが、私の肩に額を押し付けてきた。その力加減が心地よくて、でも、台本に集中することができないので、そっといなしてみる。
「彩ちゃん、痛いわ。私じゃなくて、この前買っていた美容グッズで、小顔マッサージでもしてみたら?」
「んうぅ……」
煮え切らない返事をして、さらに身体を密着させてくる彩ちゃん。今日は私の方が先にお風呂に入ったから、彩ちゃんの府が今は体温が高い。
「区切りがついたら休憩を入れるわ。それまで待っていてくれる?」
限りなく優しい声色で問いかけたのだが、私の言葉を聞いて“かまってちゃんスイッチ”が入ったのか、むっとした顔の彩ちゃんが私と向かい合うような体勢になって、私の膝の上に座りだす。ご丁寧に、彩ちゃんは私を包みこむかのように腕をまわしてくる。お風呂あがりで少し汗ばんだ太ももが密着して、火傷しそうなほど熱くなっていくのと同時に、心臓が早く動き出す。
こんなことをされたら、台本どころではない。きっと、それは彩ちゃんも分かっているだろうから、小悪魔な確信犯さんにストップをかける。
「彩ちゃん、待っていてって、言ったでしょ?」
「だって……待てないもん」
『だって』なんて駄々をこねる子どもみたいな言葉も、彩ちゃんが使うととてつもない破壊力だ。そして、キスをしてほしい時に使う、とっておきのあまい声を出して「ちさとちゃん」なんて呼ぶから、たまったものではない。
こうなってしまったら白旗をあげるしかないと思った。
(まったくもう、このおひめさまは……)
彩ちゃんの頬に手を添えて、つややかな唇へめがけて自分のそれを合わせる。やわらかい感触とあたたかさに、心がほどけていく感覚がした。
お望みどおりキスをしてもらえた彩ちゃんは嬉しくなったのか、彼女の方からも私の頬や鼻や瞼や口に、たくさんキスしてくれる。
ただ……
(……ここまでしておいて誘ってないんだから、ひどい据え膳だわ)
自分の心の内で悶々としている情欲のことなんて、きっと目の前の可愛い甘えたさんはこれっぽっちも知らないんだろうと思う。
案の定、満足いくまでスキンシップをとってご満悦な彩ちゃんは、にこにこ笑顔で隣に座り直してSNSチェックを始めるので、持て余した気持ちの分だけ込めて、ため息を吐いた。
「……彩ちゃん」
「なあに?」
「何か、私に言うことがあるんじゃない?」
「ふぇ?特にないよ」
「……そう」
ひとつ、大きなため息を吐いて、目の前にいる少女を見やる。
あくまで何もわかっていません、とでもいうように首をかしげている姿は、とても愛らしいものではあるのだが、同時に、腹立たしくもある。
自身の胸の奥から溢れかえってくる熱を、目の前の桃色に分けてやれば、少しは収まるのだろうか。
そう思い至り、彼女に触れてみる。
まずは、髪を優しく撫でてやる。愛おしむように、繊細な小動物に怪我ひとつさせないようなためらいも含めて。彩ちゃんは心地よさそうにそれを受け入れてくれている。そっと耳をかすめると、くすぐったそうに少しくぐもった声を出した。
そこで、柔く髪を梳きながら、鎖骨へ向けてキスをお見舞いした。
「ひゃっ、千聖ちゃん!」
彩ちゃんが、驚いたような、不安そうな、そして……ちょっと期待しているような、うわずった声を上げる。気にせずに、そのまま何度か彼女の弱いところにキスを重ねていく。見つめられている視線を感じて、私からも見つめ返そうと顔を向ければ、思った通りに瞳を潤ませる彩ちゃんがいた。その瞳が、色をのせて私に訴えかけてくる。
(やっと“その気”になってくれたのね)
私から熱を受け取った彩ちゃんが、先ほど与えた熱より強いものを求めている。吐き出される吐息から、もっと、という聞こえないはずのおねだりまで聞こえてきそうだ。
でも、すぐに欲しいものを与えてやらない。先に、私に熱を与えておきながら、何食わぬ顔でなかったことにしようとしたのだ。こちらにだって、少しの意地悪は許されるだろう。
彩ちゃんを“その気”にさせたであろうタイミングで、わざと脇の下やお腹のあたりをくすぐってあげる。
「え!?ちょっと、ふっ、ちさとちゃん!!くすぐったいよぉ!!」
きゃはきゃはと笑いながら、彩ちゃんは楽しそうに笑う。どこをくすぐっても、楽しそうに身をよじってくれるものだから、ここでも彼女に許されていることを実感して、胸があたたかくなる。
はしゃぐ笑顔に見惚れて手を止めると、お返しとばかりに彩ちゃんからも私のことをくすぐり返してきた。彼女にやられるのはなんだか癪なので、私も負けじとくすぐり返す。
それが、だんだんヒートアップしていって、逃げようとする彩ちゃんを逃すまいと接近すべく追いかける。つもりが、気づいたら体重のバランスを崩してしまい、思わぬ形で彩ちゃんをソファに押し倒してしまった。
「もぉー、千聖ちゃん。やり過ぎだよ」
からころと、飴玉をほおばったような彩ちゃんの甘い声が、すぐそこに聞こえている。なんてことないように穏やかに笑う彩ちゃんと対照的に、私の心臓はテンポを上げてバクバクと動きだす。
だって、この体勢があまりにも、あまりにもな体勢だから。
いつぞやの、二人だけの秘密の甘やかなひと時を過ごすとき、彩ちゃんが私以外に見せない濡れた瞳でみつめてくれるとき、彩ちゃんの全てを独り占めできるとき。それら全ての、彩ちゃんが私にだけくれた特等席が、今、目の前の光景と同じだから。彼女の散らばった髪や、くすぐりあった影響で赤くなった頬が、ダウンライトを消した長い夜の記憶と重なり、煽情的に見えてしまう。
私が何も言えずに注視をしていると、その意図が彩ちゃんにも伝わったのか、彼女がだんだん戸惑ったような顔をしていく。
「ねえ、彩ちゃん。あなたがずっと、台本を読んでいる私の邪魔をしていたのは、もしかして……こうされたかったから、だったの?」
「……そう、じゃないけど、でも、」
もごもごと話す彩ちゃんは煮え切らない返事をしているが、それでも、物欲しげに目を潤ませているから。
「彩ちゃんにそういうつもりがなかったとしても、私はもう、止まれそうにないのだけれども」
その言葉を聞いた彩ちゃんが観念したように目を閉じて、彩ちゃんと私の唇が再び触れ合ったら。
きっと、これから、長い夜が始まる。