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Dr.stone

[大杠ショートショート集]



◇真冬の夜ばなし

「……くしゅんっ」
 底冷えする寒さが杠の意識を浮上させる。
 眠たさ半分、寒さが半分と左右から思考を引っ張られ、かけていた毛布を体に巻き付けた。それでも寒い。だんだんと寒さが頭の思考を支配していく。心なしか震えまで出てきた。
 己の体温が奪われていく感覚。まるで世界に自身の熱が吸収されていくみたいだ。
 静かに眠りたかったのに、カタカタと歯を鳴らしてしまう始末。
「うぅー……」
 何か、温かいものでも飲めばこの冷えはなくなるだろうか。しかしながら、己は司帝国にスパイとして潜入している身。あまり怪しい行動をするのはよくない。よくないが、寒さで明日の作業に支障が出てもそれはそれでよくない。
 時計の無い世界でも、今は真夜中だろうからと、そっと外へ向かった。

 みんなが普段集まって使っている焚火の場所へ行くと、微かに残り火があったので安堵した。
 きっと、火の後始末を最後までしていないのはよくないのだろうが、一人で火を付けるのは大変なので、今夜ばかりはとてもありがたい。少しずつ焚き木を追加して、目立たない程度に火を大きくした。
 火の近くにいるおかげか、体もあたたかくなっていく。ふぅ、とため息を吐くと白い吐息が夜空に溶けていった。
 では、汲んできたお水を鍋に入れ替えてあたためようか、はて小さな土釜はあっただろうかと考えていたところで、後ろから声がかかった。
「杠?大丈夫か?」
 振り返ると、大樹くんが心配そうな顔でこちらに歩いてきている。
 知らぬ間に起こしてしまっただろうか。誰にも、特に彼の睡眠を阻害することは絶対にしたくなかったのに。
「ごめんね、起こしちゃったかな?」
「いや、たまたま目が覚めてしまってな。杠が見当たらなかったから探しに来たんだ」
「今夜は一段と冷えるもんね。ごめんね、大樹くんに心配させちゃった」
「いいんだ。こんな時間に一人でいるのは嫌だろう。俺も一緒にいるぞ!」
 優しく笑う大樹くんの表情に朗らかとしたあたたかさがあって、こちらまで笑顔になる。
 しかし、寒さのせいか顔が少しひきつってしまった。
「杠、何かあったのか?」
 ぎこちない私の表情で心配させてしまっただろう。不安げな顔が近距離に迫る。
 大したことなんてない。大樹くんにそんな顔はしてほしくないのだ。何でもないと首を振り、それでも心配そうな顔を崩さない大樹くんにそっと理由を零した。
「すごく寒くて。……寒いからね、なにか温かいものでもあったらなって」
 彼は少し目を丸くして、なるほどと独り言ちた。
「体調が悪いんじゃないかと思ったぞ」
 念のため熱を測ろうかと手をかざそうとしたのを制止して、大丈夫だよと両手を振った。
「大樹くんは優しいね」
「そんなことはない。俺がもっと杠の体をあたためられる何かを用意できれば……」
「こうやってお話ししてくれるだけで嬉しいよ」
 どこまでも優しく広げられる彼の思いやりが嬉しい。今度こそ、自然な形で笑うことができた。
「そうだ杠!手を貸してくれないか?」
 大きな身体から、大きな両手が目の前に差し出される。
 言われたとおりに恐る恐る手を差し出すと、ゆるやかに両手を包み込まれた。
「……あったかい」
「よかった。俺の手で良ければいくらでもあたたまってくれ」
 私よりも大きくて、あたたかい大樹くんの手。
 痛みさえ感じるような寒さの中で、ぬくもりを与えてくれたその両手は、体だけじゃなくて心もあたたまる。
 先ほどまでの寒さがどこかへ消えて、おひさまのようなあたたかさが広がり、心地が良かった。
「ありがとう、大樹くん」
 そう言って彼を見上げると、太陽のような笑顔が優しげに笑ってくれた。





◇船出の朝

「日本にいた頃は想像もつかなかったなぁ」
 朝食をとっている最中にこぼれた独り言。
「どうした杠。何か変わった出来事でもあったのか?」
 いつもより多めにご飯を食べていた大樹くんが、きょとんとした顔になって私の顔を見た。
「大した話じゃないけどね、まさかとうもろこしが私の主食になる日が来るなんてなぁって考えてたの」
「確かに、俺も人生の半分は米を毎日食べていたからなあ。まさかとうもろこしがこんなに体力の源になるとは、あの時は思ってもみなかったな!」
 わははと盛大に笑う大樹くんは、今日も元気そうだ。
「授業ではとうもろこしって世界の三大主食って習ったけれど、実際とうもろこしって食用だけじゃないんだね。飼料やら油やら衣服やらって、本当に用途が多くて万能なんだなって実感させられちゃった」
「うむ!そして、復活液に欠かせない材料でもあるな!」
「とうもろこし、万能過ぎますな」
「そうだな!俺もとうもろこしを育ててわかったことだが、3か月くらいで収穫できて、しかも育てやすい。それに加えて様々な用途に活用できるとなると、とうもろこしの神様に感謝しないといけないな!」
「とうもろこしの神様か……きっとおヒゲが長いだろうね」
「仙人よりも長いだろうな!」
 お皿に盛られたトルティーヤは、最初こそ異国の料理の見た目や味付けで旅行気分を味わっていたが、今となっては日々の糧となっている。
 私は卵と山菜を挟んだもの、大樹くんは……お皿の上に山盛りになっているトルティーヤを見る限りは用意された種類全部もらったのかな。美味しそうに頬張る大樹くんを見ていると自然とおなかが空くから不思議だ。
「いつか、お米も食べれるようになるといいね」
「ああ!日本に戻ったら真っ先に田園を開拓しよう!杠が戻った時に食べれるように」
「ふふふ、その時は大樹くんのために丹精込めて、杠ちゃんお手製スペシャルおにぎりをいっぱい握りましょう」
「それは楽しみだ!」
 大樹くんと隣り合わせ。少し手を伸ばせば届く距離になんだか嬉しくなってトルティーヤに齧りつく。奥の方から卵がはみ出したけれど、こぼれなかったのでそのまま食べ続ける。
「美味しいね」
「そうだな、美味しいな」
 トルティーヤ、卵、山菜サラダに牛乳。大樹くんには追加でお肉やお魚や他にもいろいろ。今日の私を始める一食であり、明日の私を作る一食。贅沢ではないのかもしれないけれど、お腹も舌も大満足だ。そして何より、隣で同じように食事をする大好きな人がいるだけで、こんなにも世界は満たされる。
 ふと隣を見ると、大樹くんと目が合った。計らずも。偶然。たまたまタイミングが重なった。それだけでも、笑顔で首を傾げる彼が今日も今日とてかっこいい。
「どうした、杠」
「ううん、なんでもない」
「そうか?今日の杠はいつもより優しい顔をしているから、何かいいことでもあったのかと」
「優しい顔?」
「ああ、いつもの可愛い顔がこう、やわらかくなった感じがするぞ!」
「……もしかして、口説いてる?」
「くどっ!?俺は決してそんなつもりじゃ……いや杠に魅力がないというわけではなくてだな!ただタイミングが今ではなく」
「冗談だよ大樹くん。ちょっとからかってみました」
「そ、そうか!」
 大樹くんが照れ臭そうにまた笑った。
 不思議そうな顔をしたり、焦った顔をしたり、困った顔をする大樹くんの百面相はずっと見ていても飽きないけれど。そうしてまた笑った大樹くんの笑顔は、私よりも優しい顔をしているんじゃないだろうか。
 はみ出していた卵がいつの間にか落ちていたけれど、気にせずに最後まで平らげた。

『昼には出航だ!船に乗るやつはさっさと準備を終わらせときな!別れの挨拶も欠かすんじゃねえぞ!』

 今朝の事務連絡はいつもより短かった。今日、このコーンシティを出ると次に会えるのは何か月か何年か、それより先かもしれない。寂しくなるなぁと思うと同時に、またみんなとーーー大樹くんと会えますように、と心の隅で祈った。
 テメーが願うようなことしなくても俺らはまた会える、なんてもう一人の幼馴染に言われているから、口に出すことはしないけれど。
 大樹くんが立ち上がって、私の分の食器も持って台所へ向かう。私もその後を追うために立ち上がると、床に落ちた水滴がきらりと光った。
 ああ、これはずるい。
「大樹くん」
「俺は、日本にこの大きなコンピューターを届けなければならない」
「うん」
「杠たちが一生懸命作ったものだから、大切に運ばなければいけないんだ」
「そうだね」
 先を歩く大樹くんは振り向いてくれない。付かず離れずの距離でたどり着いた台所のテーブルの端に、大樹くんが置いたお皿の音がコトリと鳴り響いた。
「アメリカから日本へは距離も長く体力作業が必須となってくる」
「長い船旅になるね」
「日本は、ここよりも人手が足りないから、俺の体力も役に立つだろう」
「向こうでも大樹くんの力を必要としてる人たちが待ってますな」
「だから……」
 大樹くんが言葉に詰まっている。だから、私が代わりにその続きを口にした。
「“行かなくちゃいけない”」
 予想通り。ばっと振り向いた大樹くんの顔は涙で濡れていた。そんな顔されてしまうと、こっちまで泣きそうになる。これは非常に困った。
 笑って見送ってあげたいから、私は意地でもにっこりと笑顔を作る。そして、純情な彼は来ないだろうと思いつつも、両手を広げて彼をみつめた。ハグしちゃうと大樹くんの涙が伝染しそうだから、今日はおあずけ。寸前で止めてさっきみたいにからかえば、きっとまた笑ってくれるだろう。
 涙目だった大樹くんの瞳が戸惑いの色に変わっていく様を見て、上手く誘導できたと確信する。さて、ハグは次の再会の時にしましょうと切り上げようとしたところで、あたたかくて大きな体がゆっくりと私を包み込んだ。
「ありがとう、杠」
 これは予想外。初心で奥手だった大樹くんがハグをしてくれるなんて。私を抱きしめる大樹くんは、壊れ物に触れるかのように私の背中に手を添える程度で。それでも私にとっては十分なくらいで。
 お返しに、私からは全力で抱きしめ返した。背中の方から形容しがたい呻き声が聞こえたから、おかしくてくすくすと笑ってしまった。
 今は、きゅっと締め付けられる心臓に気づかないフリをする。心配なんて、科学王国には必要ない言葉だから。ぼやける視界も、ツンと痛くなった鼻も。大丈夫だからと心の中で繰り返して、これ以上はダメだと言い聞かせる。
「私も……なるべく早く、そっちに向かうね」
 喉元で引っかかっている願いが詰まった言葉は飲み込んだ。また会えますように、なんて小さな祈りはいずれ叶うはずだから。
「待っている」
 顔を上げた大樹くんの目尻にはやっぱり涙が溜まっていたけれど、瞳には決意の色が宿っていた。
 両手で大樹くんの左手を握ると、大樹くんは空いた手で顔を拭う。
 そうして拭った先にあった顔は、いつもの太陽が笑顔を湛えていた。
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