Case14 繰り返す過ち
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堂嶋大介が渋谷警察署に出入りすることは何ら珍しくもないが、S.D.S.メンバーであっても地下にあるこの留置所には滅多に足を踏み入れなかった。
「出せ!出せっつってんだろ!?俺は慶作の母さんを、拐われた人達を助けに行こうとしただけだ!」
「だから、それが原因で堂嶋くんもここに入れられているんだろう?」
通路と狭く簡素な独房とを隔てる鉄格子に、堂嶋大介は文字通り牙を剥きながらしがみつく。
「パペットの無断使用はさすがにマズイよ。君もう高校生だろ?そのくらい分からない?」
鈍色を基調とした留置所の重苦しい雰囲気は、子供が吠えたくらいでは一切左右されない。警官服を規則通り纏う男性の態度もまた然り。
「だ、か、ら!あれは俺のパペットだ!」
「あのね……君もパペットも我々警察の指示で動いてもらわないと、いざという時に困るんだ。反省文書けたら出してもらえるから」
「誰が書くか!反省だ?むしろヒーローとして誉められるべきだろ!」
その専用用紙は氏名のみ記入されたきり、大介後方の机へ放り出されている。上部に印字された『命令違反に関する反省文』の字が際立つ状態。
「おーい大介ちゃん近所迷惑だぞ~」
「慶作、お前は悔しくないのかよ!?」
自称S.D.S.リーダーは何枚かの仕切り越しになるが仲間へ力強く訴えかけた。
「俺達は『助けに行く』っていう正しいことしたのに罪人扱いされてんだぞ!?」
「あぁ~まあ~、それはそれとして、今は目の前の出来ることやっとこうぜ」
「出来ることって?……ん?何だこの音……鉛筆の擦れる……慶作っ、お前、まさか!」
「そー。反省文書いてるから邪魔するなよー」
「諦めんのかよ!?」
「こらこら、独房間で会話しないで……はぁ、こんなことなら外回りの方がマシだ…」
頑なに意思を曲げない少年相手に、見張り係の警官はすっかり疲弊していた。
「とにかく、俺はこんなもの書かないからな!」
「そこまで言うなら…じゃあ、君のせいで怪我した人達に対してはどう申し開きするつもりだ?」
「あれは俺のせいじゃない!なんか変な素早い敵を撃とうとしてミスっただけだって!」
大介と慶作は渋谷防衛の鍵である3体のパペット内2体を無断使用の上、大介は正体不明の怪物と戦闘し渋谷の建物を一部破壊してしまった。
「そりゃあ怪我は気の毒だけど、ミスは誰にでもあるだろ?ていうかあの敵が悪いんだ!渋谷のすぐ近くで出てきてさ!」
「おお~ぅ、よーく響いてら」
女性の能天気な声が睨み合っている2人を振り向かせた。
「こんにちはーお疲れ様でーす。主に精神的に」
胸元まで開けたシャツのボタン、それに伴い下げられているネクタイ、肩に引っ掛けているだけのジャケット。警官服を好き勝手着崩している顔本は、疲れきった先輩警官に対し手の平を掲げながら近付く。警官はバトンタッチに応えない。
「交代やっと来たぁ~、しかも丁度良く処理女、じゃなかった顔本さん。あと頼みますね」
「おうともさ。この相談窓口係兼S.D.S.カウンセリング係に任せたまえ」
「顔本さん!良かった、聞いてくれよ!この人じゃ話になんねえ!俺は何も悪く……え?」
顔本は檻にかじりつく大介の前を素通りした。てっきり彼をなだめに来たと思ったのにと、牢正面のスペースを譲った警官も思わず目で追う。
「災難だったね~」
自分には関係無い面会人だろうと決めつけ黙っていた慶作は、視界に射し込んできた人影は一体何事かと顔を上げる。
「顔本さんっ?ええと、どーも」
「おお、元気無い顔」
逆光で見えにくいが、こちらを覗き込んできている彼女は半笑いだ。
「ちょ、顔本さん!なんでそっちに!?まず俺だろ!」
「うっさいなー、君とはこれまでいくらでもお話してきたし、後でじっくり聞いたげるから」
「だからって……おいっ!」
顔本は大介の方を見向きもしない。わめく親友を無視して慶作の牢の前でパイプ椅子を乱雑に開く。
「信じらんね、俺が後回しとか!」
「良いんですか~先生?あっちの生徒を先に相手してやらなくて」
「そうだよ!フツー俺が先だろ!」
「俺は別に大丈夫っす。大介の方頼みます」
そう気を遣い、慶作は眉を八の字にして儚げに愛想笑いした。
脚を組んで座った顔本はふんすっと鼻から息を強めに吐く。慶作の視線は一瞬だけ、理性が咎めるまでのほんの一瞬だけ、正直に女性の脚へ釘付けになった。
「あのね、私担任の先生じゃないの。ただの一般人」
「あ~、先生っつったのは冗談というか比喩でして…」
「まあ警察署で働いているけど、私はほぼほぼただの一般人。だから……ひとりの人間として、まず先に慶作くんに同情したの」
「え?俺に?……ああ、顔本さんも母ちゃんがお節介焼いてましたもんね」
「そこじゃないな。それ言い出したら大介くんのおじさんにも大変お世話になってたし、他の拐われた人達だって同じ。何回か相談窓口に来てくれた人も今リヴィジョンズの人質」
「じゃあ、何で…」
何か言いたげな顔本の発言に、暴れ出さんとしていた大介もとりあえず耳を貸す。
「正直、2人が勝手にパペット使って外に出たことは多目に見てあげるべきだと思ってる」
「だよな!!」
「顔本さんもよく脱走してますもんね」
「うっ……それ言われると説得力欠けるから今だけ勘弁して」
「むしろ説得力増してますよー」
ひとしきりの苦笑いを止め、顔本は声色のトーンをいくらか下げる。
「でも、大介くんが街を壊して怪我人出したことは許せない。慶作くんはそれやってない。だから君は今、お咎め無しなのに牢屋にブチこまれてる状況。私の中ではね」
「だからっ、あれは変なヤツが急に現れ」
「死んでたかもしれないんだよ!?」
大介の言い分は遮られたが、彼の苛立ちは呆気なく掻き消された。気の合う友から初めて向けられる怒号に彼は言葉を失っていた。実際、大声量を真正面から浴びたのは慶作だが。
「もしかしたら、誰か死んでたかもしれない。それちょっとでも考えた?」
「でも、でも!みんな軽い怪我で済んだって…」
「今は軽傷でも、それが原因で病気に感染したり、無傷だったら出来たことを諦めてるかもしれないんだよ。ひとりひとりの人生変えちゃってる可能性…少しでも、考えたの…?」
「……」
「実際に怪我した人のこと、結局は他人事なんだ…自分は無傷だから別に良いって訳?ヒーローならさ…ちっとは気に掛けてよ…」
いつの間にか語気は弱まっていて、責める側の目は友人の無配慮に対する悔しさで潤み始めていた。
「あ~……顔本さん?大介も一応、怪我してるんですけど…」
「へ?」
「突然現れた変な敵?との戦いで…」
顔本は慶作の説明を実質聞かずに駆け出していた。立ち上がる際に音を立ててずれた椅子も気にせず、はなから目を向けていなかった牢屋の鉄格子にかじりついた。
「…!」
「乗ってたパペットの腕をもがれて、その影響で大介の腕の神経がどうのこうので」
手首から肘の上までみっちり包帯に巻かれた、友達の痛々しい姿がそこにあった。
「なんだよ急に…慶作の方はもう良いのかよ」
「何…神経、って……治るの?それ…」
「……ミロは、安静にしてりゃ大丈夫って」
「今も痛む…?」
「まだ痛いけど、まあなんとか」
「そう……そうか…」
良かったと言わんばかりに顔本はため息を吐き緊張を解く。その場でずるずると座り込み、額を鉄格子にぶつけて頭の重みを預けた。
「……んだよ急に」
心の底から心配してもらったことで大介は思いがけず胸の内が温かくなってしまった。膨れっ面と机に突く頬杖で不機嫌な態度を装う。
「治ったらまた作戦会議しようぜリーダー」
「今付き合えよ」
「えー?しょーがないなぁー。んじゃあ反省文ちゃんと書くなら良いよ。1行で1分」
「5分!」
「3分!」
「5分っ!!」
大介のエネルギーを放出する方向が、ワガママヒーローな主張からお姉さんとのお喋りへ切り替わった。慶作は安心して反省文の続きに取り掛かる。
「ここに顔本さん来てますー?」
残念なタイミングで、若い男性警官の声が面会終了を知らせに来た。
「やっぱ居たー。ここの担当僕なんですけどー?勝手にやんないでくださいよー」
「ごめんバレた。時間切れだリーダー」
「すごい行列ですよー窓口。ちゃっちゃと捌いてきてくださーい」
「はいはい。どっこいしょ」
顔本は諦めて立ち上がる。放置されていたパイプ椅子には顔馴染みの警官が代わりに腰掛けた。
「じゃあね2人とも」
「ありがとっしたー」
「慶作くんもまた今度ゆっくり話そうよ」
「必要になったら依頼します、カウンセリング係さん」
『また今度』『必要になったら』という不明確な条件。なんとなく両者とも分かっていた、約束が果たされる日はしばらく来ないのだろう。
「おおい、もう行っちゃうのかよ薄情者ー」
「はあ?情に厚すぎるっつーの」
ひとまず怒りが収まっている大介は内側から鉄格子をほんの軽く小突いて揺らす。
硬い物質同士がぶつかり合う音。
一瞬、頭上から瓦礫の降りそそぐ光景が顔本だけの脳裏に広がった。
「!?……なんだ今の。寝ボケてんのか私?」
もしも本日の事故当時、野次馬根性で渋谷端なんかに来ていたら。堂嶋大介の大暴れに巻き込まれてしまっていたら。
「顔本さんどうしたの?行くんじゃないの?」
「頑張り過ぎじゃないっすか?」
「なんでもない。行ってきまーす」
そんなことになる運命でなくて本当に良かった。
「出せ!出せっつってんだろ!?俺は慶作の母さんを、拐われた人達を助けに行こうとしただけだ!」
「だから、それが原因で堂嶋くんもここに入れられているんだろう?」
通路と狭く簡素な独房とを隔てる鉄格子に、堂嶋大介は文字通り牙を剥きながらしがみつく。
「パペットの無断使用はさすがにマズイよ。君もう高校生だろ?そのくらい分からない?」
鈍色を基調とした留置所の重苦しい雰囲気は、子供が吠えたくらいでは一切左右されない。警官服を規則通り纏う男性の態度もまた然り。
「だ、か、ら!あれは俺のパペットだ!」
「あのね……君もパペットも我々警察の指示で動いてもらわないと、いざという時に困るんだ。反省文書けたら出してもらえるから」
「誰が書くか!反省だ?むしろヒーローとして誉められるべきだろ!」
その専用用紙は氏名のみ記入されたきり、大介後方の机へ放り出されている。上部に印字された『命令違反に関する反省文』の字が際立つ状態。
「おーい大介ちゃん近所迷惑だぞ~」
「慶作、お前は悔しくないのかよ!?」
自称S.D.S.リーダーは何枚かの仕切り越しになるが仲間へ力強く訴えかけた。
「俺達は『助けに行く』っていう正しいことしたのに罪人扱いされてんだぞ!?」
「あぁ~まあ~、それはそれとして、今は目の前の出来ることやっとこうぜ」
「出来ることって?……ん?何だこの音……鉛筆の擦れる……慶作っ、お前、まさか!」
「そー。反省文書いてるから邪魔するなよー」
「諦めんのかよ!?」
「こらこら、独房間で会話しないで……はぁ、こんなことなら外回りの方がマシだ…」
頑なに意思を曲げない少年相手に、見張り係の警官はすっかり疲弊していた。
「とにかく、俺はこんなもの書かないからな!」
「そこまで言うなら…じゃあ、君のせいで怪我した人達に対してはどう申し開きするつもりだ?」
「あれは俺のせいじゃない!なんか変な素早い敵を撃とうとしてミスっただけだって!」
大介と慶作は渋谷防衛の鍵である3体のパペット内2体を無断使用の上、大介は正体不明の怪物と戦闘し渋谷の建物を一部破壊してしまった。
「そりゃあ怪我は気の毒だけど、ミスは誰にでもあるだろ?ていうかあの敵が悪いんだ!渋谷のすぐ近くで出てきてさ!」
「おお~ぅ、よーく響いてら」
女性の能天気な声が睨み合っている2人を振り向かせた。
「こんにちはーお疲れ様でーす。主に精神的に」
胸元まで開けたシャツのボタン、それに伴い下げられているネクタイ、肩に引っ掛けているだけのジャケット。警官服を好き勝手着崩している顔本は、疲れきった先輩警官に対し手の平を掲げながら近付く。警官はバトンタッチに応えない。
「交代やっと来たぁ~、しかも丁度良く処理女、じゃなかった顔本さん。あと頼みますね」
「おうともさ。この相談窓口係兼S.D.S.カウンセリング係に任せたまえ」
「顔本さん!良かった、聞いてくれよ!この人じゃ話になんねえ!俺は何も悪く……え?」
顔本は檻にかじりつく大介の前を素通りした。てっきり彼をなだめに来たと思ったのにと、牢正面のスペースを譲った警官も思わず目で追う。
「災難だったね~」
自分には関係無い面会人だろうと決めつけ黙っていた慶作は、視界に射し込んできた人影は一体何事かと顔を上げる。
「顔本さんっ?ええと、どーも」
「おお、元気無い顔」
逆光で見えにくいが、こちらを覗き込んできている彼女は半笑いだ。
「ちょ、顔本さん!なんでそっちに!?まず俺だろ!」
「うっさいなー、君とはこれまでいくらでもお話してきたし、後でじっくり聞いたげるから」
「だからって……おいっ!」
顔本は大介の方を見向きもしない。わめく親友を無視して慶作の牢の前でパイプ椅子を乱雑に開く。
「信じらんね、俺が後回しとか!」
「良いんですか~先生?あっちの生徒を先に相手してやらなくて」
「そうだよ!フツー俺が先だろ!」
「俺は別に大丈夫っす。大介の方頼みます」
そう気を遣い、慶作は眉を八の字にして儚げに愛想笑いした。
脚を組んで座った顔本はふんすっと鼻から息を強めに吐く。慶作の視線は一瞬だけ、理性が咎めるまでのほんの一瞬だけ、正直に女性の脚へ釘付けになった。
「あのね、私担任の先生じゃないの。ただの一般人」
「あ~、先生っつったのは冗談というか比喩でして…」
「まあ警察署で働いているけど、私はほぼほぼただの一般人。だから……ひとりの人間として、まず先に慶作くんに同情したの」
「え?俺に?……ああ、顔本さんも母ちゃんがお節介焼いてましたもんね」
「そこじゃないな。それ言い出したら大介くんのおじさんにも大変お世話になってたし、他の拐われた人達だって同じ。何回か相談窓口に来てくれた人も今リヴィジョンズの人質」
「じゃあ、何で…」
何か言いたげな顔本の発言に、暴れ出さんとしていた大介もとりあえず耳を貸す。
「正直、2人が勝手にパペット使って外に出たことは多目に見てあげるべきだと思ってる」
「だよな!!」
「顔本さんもよく脱走してますもんね」
「うっ……それ言われると説得力欠けるから今だけ勘弁して」
「むしろ説得力増してますよー」
ひとしきりの苦笑いを止め、顔本は声色のトーンをいくらか下げる。
「でも、大介くんが街を壊して怪我人出したことは許せない。慶作くんはそれやってない。だから君は今、お咎め無しなのに牢屋にブチこまれてる状況。私の中ではね」
「だからっ、あれは変なヤツが急に現れ」
「死んでたかもしれないんだよ!?」
大介の言い分は遮られたが、彼の苛立ちは呆気なく掻き消された。気の合う友から初めて向けられる怒号に彼は言葉を失っていた。実際、大声量を真正面から浴びたのは慶作だが。
「もしかしたら、誰か死んでたかもしれない。それちょっとでも考えた?」
「でも、でも!みんな軽い怪我で済んだって…」
「今は軽傷でも、それが原因で病気に感染したり、無傷だったら出来たことを諦めてるかもしれないんだよ。ひとりひとりの人生変えちゃってる可能性…少しでも、考えたの…?」
「……」
「実際に怪我した人のこと、結局は他人事なんだ…自分は無傷だから別に良いって訳?ヒーローならさ…ちっとは気に掛けてよ…」
いつの間にか語気は弱まっていて、責める側の目は友人の無配慮に対する悔しさで潤み始めていた。
「あ~……顔本さん?大介も一応、怪我してるんですけど…」
「へ?」
「突然現れた変な敵?との戦いで…」
顔本は慶作の説明を実質聞かずに駆け出していた。立ち上がる際に音を立ててずれた椅子も気にせず、はなから目を向けていなかった牢屋の鉄格子にかじりついた。
「…!」
「乗ってたパペットの腕をもがれて、その影響で大介の腕の神経がどうのこうので」
手首から肘の上までみっちり包帯に巻かれた、友達の痛々しい姿がそこにあった。
「なんだよ急に…慶作の方はもう良いのかよ」
「何…神経、って……治るの?それ…」
「……ミロは、安静にしてりゃ大丈夫って」
「今も痛む…?」
「まだ痛いけど、まあなんとか」
「そう……そうか…」
良かったと言わんばかりに顔本はため息を吐き緊張を解く。その場でずるずると座り込み、額を鉄格子にぶつけて頭の重みを預けた。
「……んだよ急に」
心の底から心配してもらったことで大介は思いがけず胸の内が温かくなってしまった。膨れっ面と机に突く頬杖で不機嫌な態度を装う。
「治ったらまた作戦会議しようぜリーダー」
「今付き合えよ」
「えー?しょーがないなぁー。んじゃあ反省文ちゃんと書くなら良いよ。1行で1分」
「5分!」
「3分!」
「5分っ!!」
大介のエネルギーを放出する方向が、ワガママヒーローな主張からお姉さんとのお喋りへ切り替わった。慶作は安心して反省文の続きに取り掛かる。
「ここに顔本さん来てますー?」
残念なタイミングで、若い男性警官の声が面会終了を知らせに来た。
「やっぱ居たー。ここの担当僕なんですけどー?勝手にやんないでくださいよー」
「ごめんバレた。時間切れだリーダー」
「すごい行列ですよー窓口。ちゃっちゃと捌いてきてくださーい」
「はいはい。どっこいしょ」
顔本は諦めて立ち上がる。放置されていたパイプ椅子には顔馴染みの警官が代わりに腰掛けた。
「じゃあね2人とも」
「ありがとっしたー」
「慶作くんもまた今度ゆっくり話そうよ」
「必要になったら依頼します、カウンセリング係さん」
『また今度』『必要になったら』という不明確な条件。なんとなく両者とも分かっていた、約束が果たされる日はしばらく来ないのだろう。
「おおい、もう行っちゃうのかよ薄情者ー」
「はあ?情に厚すぎるっつーの」
ひとまず怒りが収まっている大介は内側から鉄格子をほんの軽く小突いて揺らす。
硬い物質同士がぶつかり合う音。
一瞬、頭上から瓦礫の降りそそぐ光景が顔本だけの脳裏に広がった。
「!?……なんだ今の。寝ボケてんのか私?」
もしも本日の事故当時、野次馬根性で渋谷端なんかに来ていたら。堂嶋大介の大暴れに巻き込まれてしまっていたら。
「顔本さんどうしたの?行くんじゃないの?」
「頑張り過ぎじゃないっすか?」
「なんでもない。行ってきまーす」
そんなことになる運命でなくて本当に良かった。