Case② はじめまして
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また、個室のベッドだ。
壁に立て掛けられた松葉杖越しに、洗面器でタオルを手洗いしている泉海巡査長が目に映る。
「……」
まどろみから抜けきれない顔本は、淡い夕日に照らされるその横顔をボーッと眺めていた。
「痛っ、たた……」
起き上がろうと踏ん張ると、やはり激痛がついて回る。目覚める度に、まだ生きているという希望に奮い立たされる反面、痛みによる出迎えを乗り越えなければならない。
「おはようございます。ヒートアップしすぎちゃいましたね?」
しっかり絞られた濡れタオルで額の冷や汗を極々優しく拭われた。その表情もかなり穏やかだ。
「自分で出来ます、泉海巡査長」
「泉海で良いですよ。さっきはありがとう」
「?」
顔本は心当たりのない感謝の言葉に眉をひそめる。うつ伏せ状態から横を向き、支えられながら上体を起こした後は、首を痛まない程度に捻る。
「ここまで運んでくださって……や、それは私がお礼するやつか……じゃあ、え?…え?」
目覚めて間もない顔本の頭では、まだピンと来ない。
「警備中の同僚…ううん、警察署のみんなのために、あんなに怒ってくれたでしょう」
「……~っ」
頭をすぐ横の壁にぶつけ、ゴリゴリと押し付ける。
気絶直前までの一連を顔本は全て思い出した。気に食わない者達へ文句を言いに行ったこと。少々ハッスルし過ぎてしまったこと。倒れた際、誰かに受け止められたこと。あと、遠くから泉海が自分を呼ぶ声も。
「うそ見られてた…」
「それはもうバッチリ」
「いやっ、でも最後ちょろっとだけですよね?泉海さん居たの。私が吐く~とか言ってた辺り?」
「多分、大事な部分は全部聞かせていただきました。それに、私だけじゃないわ」
「はぁ…?」
「声がよく響いていたし署のすぐ裏だったから、このこと知らない警察官は居ないんじゃないかしら」
そう言いながら泉海は時計を確認した。噂が署内に広まるには十分な時間が経過している。
「うわ嫌だ~っ!こういうのって、コッソリ一部の人に知られて終わるのが超絶カッコ良いのに…!」
自分の理想と違う結果に納得がいかず、顔本は前髪をグシャグシャに掻き乱しうなだれる。
「爪痕ガッツリ残しちゃいましたね?」
「みっともないもう最っ悪…」
「嬉しかったですよ?庇ってくれて」
「……」
正面から肯定されることで、ネガティブな掘り返しはやや強制的に封じられた。
「うう……」
頬や首の裏をポリポリ掻くことで照れ臭さを誤魔化しながら、顔本はゆっくり話し始める。
「なんか……庇ったっつーか……なんか我慢できなかったんです。こっちの事情知らないで感情一本で批判されるのってムカついて。しかも私の居ないところで私の名前出して武器にするし!」
「……」
“こっち”という言い方に、泉海の顔が優しく緩む。元々警察関係者ではなかった人間が、こんなにも親身になって憤慨してくれている。
目を覚ましたらすぐにでも言いたかった筈の“安静にしなさい”という命令は一旦飲み込んだ。
「そうね。みんな、こんな時だから……自分のことで精一杯なのね」
「だったらどんな勝手しても良い訳ないでしょ!?」
「その通り。感情一本で職務を放棄し勝手な行動に出たのは何処の誰だ」
開け放っているとは言え、ノックも無しに部屋に入ってきたかと思えば挨拶を省略し説教を垂れ始める。えらく態度の大きい人物に、顔本は泉海に対するそれとは真逆の姿勢で食って掛かった。
「女の部屋に堂々と入ってくるあんたこそ誰ですか」
ところが、泉海巡査長は急いでパイプ椅子から立ち上がり、無礼な男に対して綺麗な敬礼をしてみせた。
「お疲れ様です、黒岩署長」
「所長…?」
「ほら、昨日説明したでしょう?渋谷警察署長で、私の上司に当たる人。顔本さんの相談窓口係としての活動を許可してくださった方ですよ」
「上司の……しょちょう?」
話の切り替えに頭がついて行かず、顔本はまだヘの字の口を崩さない。
「しょちょう、署長…警察署、の、長…!?」
「頭も痛めたか、顔本相談窓口係」
「実質トップ…!?」
気安くあんた呼ばわりした男性は、現時点で一番頭の上がらない相手だった。そうでなくとも、今こうして人様を指差している行為は失礼に当たる。
「手間のかかる部下を持ったな、泉海」
非常に重く吐かれた溜め息に、泉海は苦笑いしか返せない。
「ややっ署長っ、済みません失礼な態度を……あとその説も大変ご迷惑を……すぐ持ち場に戻」
「安静第一の契約を忘れたか?」
変化の乏しい仏頂面に、これまた一本調子の低い声。だが確かにひしひしと肌で感じる怒りのオーラ。
「あいたたたた!寝ます!安静に寝ますので!」
下っ端の怪我人は掛け布団をすっぽり被る。社会的にも本能的にも敵わないと悟った相手を前に、完全防御の体勢に入った。
壁に立て掛けられた松葉杖越しに、洗面器でタオルを手洗いしている泉海巡査長が目に映る。
「……」
まどろみから抜けきれない顔本は、淡い夕日に照らされるその横顔をボーッと眺めていた。
「痛っ、たた……」
起き上がろうと踏ん張ると、やはり激痛がついて回る。目覚める度に、まだ生きているという希望に奮い立たされる反面、痛みによる出迎えを乗り越えなければならない。
「おはようございます。ヒートアップしすぎちゃいましたね?」
しっかり絞られた濡れタオルで額の冷や汗を極々優しく拭われた。その表情もかなり穏やかだ。
「自分で出来ます、泉海巡査長」
「泉海で良いですよ。さっきはありがとう」
「?」
顔本は心当たりのない感謝の言葉に眉をひそめる。うつ伏せ状態から横を向き、支えられながら上体を起こした後は、首を痛まない程度に捻る。
「ここまで運んでくださって……や、それは私がお礼するやつか……じゃあ、え?…え?」
目覚めて間もない顔本の頭では、まだピンと来ない。
「警備中の同僚…ううん、警察署のみんなのために、あんなに怒ってくれたでしょう」
「……~っ」
頭をすぐ横の壁にぶつけ、ゴリゴリと押し付ける。
気絶直前までの一連を顔本は全て思い出した。気に食わない者達へ文句を言いに行ったこと。少々ハッスルし過ぎてしまったこと。倒れた際、誰かに受け止められたこと。あと、遠くから泉海が自分を呼ぶ声も。
「うそ見られてた…」
「それはもうバッチリ」
「いやっ、でも最後ちょろっとだけですよね?泉海さん居たの。私が吐く~とか言ってた辺り?」
「多分、大事な部分は全部聞かせていただきました。それに、私だけじゃないわ」
「はぁ…?」
「声がよく響いていたし署のすぐ裏だったから、このこと知らない警察官は居ないんじゃないかしら」
そう言いながら泉海は時計を確認した。噂が署内に広まるには十分な時間が経過している。
「うわ嫌だ~っ!こういうのって、コッソリ一部の人に知られて終わるのが超絶カッコ良いのに…!」
自分の理想と違う結果に納得がいかず、顔本は前髪をグシャグシャに掻き乱しうなだれる。
「爪痕ガッツリ残しちゃいましたね?」
「みっともないもう最っ悪…」
「嬉しかったですよ?庇ってくれて」
「……」
正面から肯定されることで、ネガティブな掘り返しはやや強制的に封じられた。
「うう……」
頬や首の裏をポリポリ掻くことで照れ臭さを誤魔化しながら、顔本はゆっくり話し始める。
「なんか……庇ったっつーか……なんか我慢できなかったんです。こっちの事情知らないで感情一本で批判されるのってムカついて。しかも私の居ないところで私の名前出して武器にするし!」
「……」
“こっち”という言い方に、泉海の顔が優しく緩む。元々警察関係者ではなかった人間が、こんなにも親身になって憤慨してくれている。
目を覚ましたらすぐにでも言いたかった筈の“安静にしなさい”という命令は一旦飲み込んだ。
「そうね。みんな、こんな時だから……自分のことで精一杯なのね」
「だったらどんな勝手しても良い訳ないでしょ!?」
「その通り。感情一本で職務を放棄し勝手な行動に出たのは何処の誰だ」
開け放っているとは言え、ノックも無しに部屋に入ってきたかと思えば挨拶を省略し説教を垂れ始める。えらく態度の大きい人物に、顔本は泉海に対するそれとは真逆の姿勢で食って掛かった。
「女の部屋に堂々と入ってくるあんたこそ誰ですか」
ところが、泉海巡査長は急いでパイプ椅子から立ち上がり、無礼な男に対して綺麗な敬礼をしてみせた。
「お疲れ様です、黒岩署長」
「所長…?」
「ほら、昨日説明したでしょう?渋谷警察署長で、私の上司に当たる人。顔本さんの相談窓口係としての活動を許可してくださった方ですよ」
「上司の……しょちょう?」
話の切り替えに頭がついて行かず、顔本はまだヘの字の口を崩さない。
「しょちょう、署長…警察署、の、長…!?」
「頭も痛めたか、顔本相談窓口係」
「実質トップ…!?」
気安くあんた呼ばわりした男性は、現時点で一番頭の上がらない相手だった。そうでなくとも、今こうして人様を指差している行為は失礼に当たる。
「手間のかかる部下を持ったな、泉海」
非常に重く吐かれた溜め息に、泉海は苦笑いしか返せない。
「ややっ署長っ、済みません失礼な態度を……あとその説も大変ご迷惑を……すぐ持ち場に戻」
「安静第一の契約を忘れたか?」
変化の乏しい仏頂面に、これまた一本調子の低い声。だが確かにひしひしと肌で感じる怒りのオーラ。
「あいたたたた!寝ます!安静に寝ますので!」
下っ端の怪我人は掛け布団をすっぽり被る。社会的にも本能的にも敵わないと悟った相手を前に、完全防御の体勢に入った。