Case⑩ 大人と子供
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矢沢悠美子は、個人的には顔本のことを憎んでなどいなかった。好きでも嫌いでもない。若干苦手だが、それも決定打ではない。
良く言えば先進的、悪く言えば独裁的な渋谷臨時政府。彼女はそこに所属しているだけ。一方で自身は、そんな組織に反発的な自治会と交流が深いだけ。
「……ねえ。今後は堂嶋くんのこと、私に任せてもらえないかしら」
会う約束を取り付けた真の目的を少しずつ垣間見せていく。
「貴女には他にも頼ってくる人達が大勢居るんでしょ?忙しくてぽっと出の貴女より、教諭の私の方があの年頃の子の気持ちを理解できるから。良い提案だと思わない?」
「まあ……そうっすね……わかりました。署長にも注意されちったし」
歯切れこそ悪いが、思い描いた返答に矢沢先生は気を良くする。
「あの子に見舞いの催促はしませんよ」
「それだけ?」
「私のところに来たけりゃ来れば良いし、来たくなけりゃそれはそれで良い」
「そういうのってどうかしら」
悠美子は惜しまず追求する。渋谷警察の管理下にある堂嶋大介を自治会側へ引き込む為には、この女との繋がりを絶ち切るまでは叶わなくとも、極力薄めておく必要がある。
「結局繋ぎ止める形になっていない?」
「意志の尊重ですよ。ひとりの人間としてね」
「でも、どうせあまり時間を割いてあげられないんでしょう?なんだか……可哀想だわ」
「ちょっと見ない内にすぐ成長する男の子を子供扱いする方がどうかと思いますけど」
「……」
「……」
言い返されなくなったので顔本の方も掛ける言葉が生まれずに黙る。
「……」
「……」
実のところ、攻撃的に言い放っておきながら顔本は申し訳無さに押し潰されそうになっていた。つい強気に出てしまう己の性は、大人数や行列相手ならまだしもここでは封じるべきだった。
2人きりで作り出した空気が悪すぎる。すぐそこで立ち眠中の警官が早く目を覚ますよう顔本は念を送った。
「言い過ぎちゃったわ、ごめんなさい」
「生徒を想うあまり、ってヤツですか?だったら私も済みませんでした」
腕を組み明後日の方向へ目線を逃がす顔本。自分でもわかっている、語尾がまだほんの少しきつい。先程から何故か彼女を警戒してしまう。
「それはさておき、警察署…今は渋谷臨時政府?でしたっけ?顔本さんも頑張ってらっしゃるのね」
「ん?ああ、私クビになりました。だから今フリーです」
「あら。何かやらかしちゃいました?それとも理不尽な扱いでも受けたとか」
「まさか。みんな責任感あって良い人達ですよ。署長や泉海さん達のお陰で私はこれまでやってこれた。クビにされたのだって、私の体調を考えてくれたからだし、多分」
先日署長から貰った護身用ナイフを懐から取り出し、希望に満ち溢れた目でそれを見つめる。
「……想ってもらえているのね。でも」
「はい。有り難いことに。もし怪我が完治して2017年に無事に戻れたら、またあそこで役に立ちたい」
顔本の本音を急に真っ直ぐぶつけられ、矢沢悠美子の思考は停止した。
「先生、私ね。警察官目指そうと思ってるの!」
「……」
先手を打たれ、先生は密かに難色を示す。
「どうかな?私みたいな奴が警察官って」
「それは……今既に実績があるんだから、スタート位置は有利じゃないかしら?」
「やった!」
「……」
「へへ、進路相談みたい」
「……どうあっても警察寄りって訳ね…」
口の中で消え入る程の声量で結論を溢した。
「はい?」
「署内でのお仕事は大変だったでしょう?」
「……」
「色んな人のお相手…して……」
「……」
うわべだけの言葉なんて、この私には響かない。
彼女の無言はそう訴えているようだった。
「……っ」
探りを入れていることを悟られてしまったか。夜目が利かない中、悠美子は凍りつく。
「ご心配に及ばず。地獄耳ですから。私」
先程の呟きもきちんと聞こえていたぞという牽制か。
「そりゃまあ緊急事態ですもんっ、例によってって感じです」
顔本はパッと調子を変え、刃が収まっているナイフを片手でお手玉し余裕を見せつける。
「まあ一番大変なのは、私のお守りしてるお巡りさん達なんすけどね!なーんつって、あっはっはっはっはっう゛ぇっ……」
こちら側に引き込むことは完全に諦めた。彼女は想定より遥かに扱い辛い。堂嶋大介を引き込めればそれで十分だろう。
「そう……お大事に」
「……それは、養護教諭様渾身の皮肉…?」
矢沢悠美子は顔本を心配する素振りを一切見せず、この場から何事も無かったかのように立ち去った。
良く言えば先進的、悪く言えば独裁的な渋谷臨時政府。彼女はそこに所属しているだけ。一方で自身は、そんな組織に反発的な自治会と交流が深いだけ。
「……ねえ。今後は堂嶋くんのこと、私に任せてもらえないかしら」
会う約束を取り付けた真の目的を少しずつ垣間見せていく。
「貴女には他にも頼ってくる人達が大勢居るんでしょ?忙しくてぽっと出の貴女より、教諭の私の方があの年頃の子の気持ちを理解できるから。良い提案だと思わない?」
「まあ……そうっすね……わかりました。署長にも注意されちったし」
歯切れこそ悪いが、思い描いた返答に矢沢先生は気を良くする。
「あの子に見舞いの催促はしませんよ」
「それだけ?」
「私のところに来たけりゃ来れば良いし、来たくなけりゃそれはそれで良い」
「そういうのってどうかしら」
悠美子は惜しまず追求する。渋谷警察の管理下にある堂嶋大介を自治会側へ引き込む為には、この女との繋がりを絶ち切るまでは叶わなくとも、極力薄めておく必要がある。
「結局繋ぎ止める形になっていない?」
「意志の尊重ですよ。ひとりの人間としてね」
「でも、どうせあまり時間を割いてあげられないんでしょう?なんだか……可哀想だわ」
「ちょっと見ない内にすぐ成長する男の子を子供扱いする方がどうかと思いますけど」
「……」
「……」
言い返されなくなったので顔本の方も掛ける言葉が生まれずに黙る。
「……」
「……」
実のところ、攻撃的に言い放っておきながら顔本は申し訳無さに押し潰されそうになっていた。つい強気に出てしまう己の性は、大人数や行列相手ならまだしもここでは封じるべきだった。
2人きりで作り出した空気が悪すぎる。すぐそこで立ち眠中の警官が早く目を覚ますよう顔本は念を送った。
「言い過ぎちゃったわ、ごめんなさい」
「生徒を想うあまり、ってヤツですか?だったら私も済みませんでした」
腕を組み明後日の方向へ目線を逃がす顔本。自分でもわかっている、語尾がまだほんの少しきつい。先程から何故か彼女を警戒してしまう。
「それはさておき、警察署…今は渋谷臨時政府?でしたっけ?顔本さんも頑張ってらっしゃるのね」
「ん?ああ、私クビになりました。だから今フリーです」
「あら。何かやらかしちゃいました?それとも理不尽な扱いでも受けたとか」
「まさか。みんな責任感あって良い人達ですよ。署長や泉海さん達のお陰で私はこれまでやってこれた。クビにされたのだって、私の体調を考えてくれたからだし、多分」
先日署長から貰った護身用ナイフを懐から取り出し、希望に満ち溢れた目でそれを見つめる。
「……想ってもらえているのね。でも」
「はい。有り難いことに。もし怪我が完治して2017年に無事に戻れたら、またあそこで役に立ちたい」
顔本の本音を急に真っ直ぐぶつけられ、矢沢悠美子の思考は停止した。
「先生、私ね。警察官目指そうと思ってるの!」
「……」
先手を打たれ、先生は密かに難色を示す。
「どうかな?私みたいな奴が警察官って」
「それは……今既に実績があるんだから、スタート位置は有利じゃないかしら?」
「やった!」
「……」
「へへ、進路相談みたい」
「……どうあっても警察寄りって訳ね…」
口の中で消え入る程の声量で結論を溢した。
「はい?」
「署内でのお仕事は大変だったでしょう?」
「……」
「色んな人のお相手…して……」
「……」
うわべだけの言葉なんて、この私には響かない。
彼女の無言はそう訴えているようだった。
「……っ」
探りを入れていることを悟られてしまったか。夜目が利かない中、悠美子は凍りつく。
「ご心配に及ばず。地獄耳ですから。私」
先程の呟きもきちんと聞こえていたぞという牽制か。
「そりゃまあ緊急事態ですもんっ、例によってって感じです」
顔本はパッと調子を変え、刃が収まっているナイフを片手でお手玉し余裕を見せつける。
「まあ一番大変なのは、私のお守りしてるお巡りさん達なんすけどね!なーんつって、あっはっはっはっはっう゛ぇっ……」
こちら側に引き込むことは完全に諦めた。彼女は想定より遥かに扱い辛い。堂嶋大介を引き込めればそれで十分だろう。
「そう……お大事に」
「……それは、養護教諭様渾身の皮肉…?」
矢沢悠美子は顔本を心配する素振りを一切見せず、この場から何事も無かったかのように立ち去った。