Case⑩ 大人と子供
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相手の顔がなんとか見通せる暗がりの中、保健室の先生は校舎の壁に寄りかかり、健気に約束を守っていた。
「あーっ、居た居た!すみません、こんな時間になっちゃって。もしかしてあれからずっと待たせちゃってました?」
「いいのよ。お忙しい受付嬢さんにほぼアポ無しだもの」
「先生優し~。あ、お勤めごくろーさーん」
顔本は矢沢悠美子のもとへ駆け寄るついで、金網に外側から背中を預けている警官へ軽く挨拶した。
「あれ?おーい」
学園の敷地内から近付くと、規則正しい大きめな息遣いが顔本の耳に届いた。肩がゆっくりと上下しているし、これは言い逃れできない。職務怠慢、完全なる居眠りだ。
「おいおい気ぃ抜き過ぎ~、渋谷民に呆れられちゃうよ?署長には黙っとくから今の内に起きとけー!」
「まあまあ、何かあったら私達が急いで起こせば良いじゃない。そっとしておいてあげましょう、お疲れなんでしょうし」
「それもそっか」
網目越しに公務員を見守りつつ、2人はコンクリートの段差に並んで腰掛ける。
「顔本さんもいかが?」
ストレートの紅茶だろうか、色の付いた飲料水をペットボトルごと差し出された。
「貴重な水分だから、それは先生が飲んで。お気持ちだけいただきます」
「そう」
怪しまれないよう、それはあっさり引っ込められる。
「お体の具合はどう?大怪我されたにも関わらず頑張っている婦警さんって、貴女のことよね?」
「婦警じゃないけど…体はなんかもう平気っす」
「体"は"、平気なのね。でも……心は?」
彼女にとってはする必要の無い問いかけではあるが、本題に入るためには欠かせない切り口。横から手を取って握り、更に上からも重ねて包み込む。
「ほら、女性の私なら触れても大丈夫」
顔本の顔をしっかり覗き込み、悠美子先生は相手の心に寄り添った。
「……もしかして、最初からバレてました?」
「自分に嘘をつかないで?無理をしてほしくないわ」
「さすが保健の先生」
隠し通せていたつもりだったが、同年代の女性教諭にはお見通しだったようだ。その観察眼に感服する。
「原因は何かしらね?」
「原因?」
「何か、そうね……男性や、男の子とトラブルでもあった?」
「トラブル…」
すぐに思い当たるのは、面識のない男達に襲われた忌々しい事件。
だが、思い出しても体が震えたり心が締め付けられる感覚は無く、ひとつの経験としてよみがえる。きっと、すぐに助けてもらえたから傷が浅く済んだのだろう。警察署長様様、正義の味方様様だ。
じゃあ、何が。
「ほら、男子学生とかやんちゃ盛りでしょう?だから意図せず他人を傷つけてしまうこともよくあるのよ。原因である彼らと少し距離を置くだけでも違ってくるわ」
相手の誘導などそっちのけで、顔本の胸の奥底では恩知らずな懸念が渦巻いていた。
警官である黒岩が被害者である顔本を守った事実は揺るがない。彼の行動は公人としても人間としても素晴らしいものだった。今まで散々世話にもなったし、彼の人間性を疑いたくない。疑うべきではない。客観的にも主観的にも、あの時私は救われた。
しかし、その続きの出来事を思い出そうとすると。
「……っ」
どうしてもぞくぞくと体が拒絶し始める。
この感覚は、今日既に3度顔本を支配していた。
「何さ、一丁前に……」
「え?」
一丁前に男性全員を怖がったりして。今日クレームを入れてきた男性、この後会う約束をしている男の子、挨拶代わりの軽いスキンシップまでもを、いっしょくたにして。
「違う……違うし、こんなの……誰も悪くない……」
その言い聞かせとは裏腹に、黒岩の野性的だった態度が脳裏によぎる。犯人は、原因は、あれなのか。
いや、つい先日は膝枕だけで済んだじゃないか。更にこちらの想いまで汲んでくれた。彼は善い人。彼は正しい人。
だからこそ例のあの日は、あそこまで私の相手をしてくれたんだ。そう、こちらが相手をさせたんだ。
「私から誘ったようなもんだろ…!!」
「え?」
「え?……あ」
気付けば、夏でもないのに汗をかいていた。
「あの、さっきから一体何を…?」
「私っ、今のは…えーっとぉ~……」
「……」
冷や汗は、悠美子先生の綺麗に整えられた髪の生え際からも垂れている。
鎌かけはほんの取っ掛かりのつもりだったが、まさかこの婦警もどき、本当に未成年と何かあったのか。教職者は困惑中。
「こっちの、こっちの話!で……何だっけ、男子学生のやんちゃ?だっけ?」
「え、ええ…」
「子供のやんちゃくらいカワイイもんですよ。未成年なんだから、大人はドンと構えて長い目で見てやっても良いと思うな。多少はね」
「そうね、そうよね。そうそうっ、S.D.S.の子達は元気かしら?顔本さんにこんなこと聞いちゃってごめんなさい。私、教諭の癖に全然会えていなくって」
悠美子先生は顔本を放した手を胸に当て、可愛らしく照れ笑いしてみせる。
「5人とも元気でやってますよ。先生は先生で忙しいでしょうし、そんなに気にしなくても生徒達はわかってくれてますって。今時の子って結構大人……あー……ガイくん慶作くんルウちゃんマリマリちゃんはね」
「ふふ、言えてる」
気を使い合い、おまけに同じ問題児を思い浮かべたことで、両者に笑顔が戻る。
「でもね。今は子供でも、ちょっと見ない内にすぐ成長するものよ。特に男の子は」
「気になるなら今度会いに行かれたらどうです?警察署って堅っ苦しいイメージあるけど、全然入りやすいから」
「あら……でも、私なんかが行ってもお邪魔じゃないかしら」
「全~然。昼飯時が狙い目っすよ。私の部屋にしょっちゅう来てたし大介くん」
「そうやって、よく話を聞いてあげていたんですってね」
警察署に来れば良いという提案はそれとなく流されてしまった。
「まあ、悩みを聞くっていうよりは、私がお見舞いに来てもらってた感じですね~」
他人から慕われていることを今更ながら実感し、顔本は頬を緩ませる。話し相手の真顔に気付けずに。
「あーっ、居た居た!すみません、こんな時間になっちゃって。もしかしてあれからずっと待たせちゃってました?」
「いいのよ。お忙しい受付嬢さんにほぼアポ無しだもの」
「先生優し~。あ、お勤めごくろーさーん」
顔本は矢沢悠美子のもとへ駆け寄るついで、金網に外側から背中を預けている警官へ軽く挨拶した。
「あれ?おーい」
学園の敷地内から近付くと、規則正しい大きめな息遣いが顔本の耳に届いた。肩がゆっくりと上下しているし、これは言い逃れできない。職務怠慢、完全なる居眠りだ。
「おいおい気ぃ抜き過ぎ~、渋谷民に呆れられちゃうよ?署長には黙っとくから今の内に起きとけー!」
「まあまあ、何かあったら私達が急いで起こせば良いじゃない。そっとしておいてあげましょう、お疲れなんでしょうし」
「それもそっか」
網目越しに公務員を見守りつつ、2人はコンクリートの段差に並んで腰掛ける。
「顔本さんもいかが?」
ストレートの紅茶だろうか、色の付いた飲料水をペットボトルごと差し出された。
「貴重な水分だから、それは先生が飲んで。お気持ちだけいただきます」
「そう」
怪しまれないよう、それはあっさり引っ込められる。
「お体の具合はどう?大怪我されたにも関わらず頑張っている婦警さんって、貴女のことよね?」
「婦警じゃないけど…体はなんかもう平気っす」
「体"は"、平気なのね。でも……心は?」
彼女にとってはする必要の無い問いかけではあるが、本題に入るためには欠かせない切り口。横から手を取って握り、更に上からも重ねて包み込む。
「ほら、女性の私なら触れても大丈夫」
顔本の顔をしっかり覗き込み、悠美子先生は相手の心に寄り添った。
「……もしかして、最初からバレてました?」
「自分に嘘をつかないで?無理をしてほしくないわ」
「さすが保健の先生」
隠し通せていたつもりだったが、同年代の女性教諭にはお見通しだったようだ。その観察眼に感服する。
「原因は何かしらね?」
「原因?」
「何か、そうね……男性や、男の子とトラブルでもあった?」
「トラブル…」
すぐに思い当たるのは、面識のない男達に襲われた忌々しい事件。
だが、思い出しても体が震えたり心が締め付けられる感覚は無く、ひとつの経験としてよみがえる。きっと、すぐに助けてもらえたから傷が浅く済んだのだろう。警察署長様様、正義の味方様様だ。
じゃあ、何が。
「ほら、男子学生とかやんちゃ盛りでしょう?だから意図せず他人を傷つけてしまうこともよくあるのよ。原因である彼らと少し距離を置くだけでも違ってくるわ」
相手の誘導などそっちのけで、顔本の胸の奥底では恩知らずな懸念が渦巻いていた。
警官である黒岩が被害者である顔本を守った事実は揺るがない。彼の行動は公人としても人間としても素晴らしいものだった。今まで散々世話にもなったし、彼の人間性を疑いたくない。疑うべきではない。客観的にも主観的にも、あの時私は救われた。
しかし、その続きの出来事を思い出そうとすると。
「……っ」
どうしてもぞくぞくと体が拒絶し始める。
この感覚は、今日既に3度顔本を支配していた。
「何さ、一丁前に……」
「え?」
一丁前に男性全員を怖がったりして。今日クレームを入れてきた男性、この後会う約束をしている男の子、挨拶代わりの軽いスキンシップまでもを、いっしょくたにして。
「違う……違うし、こんなの……誰も悪くない……」
その言い聞かせとは裏腹に、黒岩の野性的だった態度が脳裏によぎる。犯人は、原因は、あれなのか。
いや、つい先日は膝枕だけで済んだじゃないか。更にこちらの想いまで汲んでくれた。彼は善い人。彼は正しい人。
だからこそ例のあの日は、あそこまで私の相手をしてくれたんだ。そう、こちらが相手をさせたんだ。
「私から誘ったようなもんだろ…!!」
「え?」
「え?……あ」
気付けば、夏でもないのに汗をかいていた。
「あの、さっきから一体何を…?」
「私っ、今のは…えーっとぉ~……」
「……」
冷や汗は、悠美子先生の綺麗に整えられた髪の生え際からも垂れている。
鎌かけはほんの取っ掛かりのつもりだったが、まさかこの婦警もどき、本当に未成年と何かあったのか。教職者は困惑中。
「こっちの、こっちの話!で……何だっけ、男子学生のやんちゃ?だっけ?」
「え、ええ…」
「子供のやんちゃくらいカワイイもんですよ。未成年なんだから、大人はドンと構えて長い目で見てやっても良いと思うな。多少はね」
「そうね、そうよね。そうそうっ、S.D.S.の子達は元気かしら?顔本さんにこんなこと聞いちゃってごめんなさい。私、教諭の癖に全然会えていなくって」
悠美子先生は顔本を放した手を胸に当て、可愛らしく照れ笑いしてみせる。
「5人とも元気でやってますよ。先生は先生で忙しいでしょうし、そんなに気にしなくても生徒達はわかってくれてますって。今時の子って結構大人……あー……ガイくん慶作くんルウちゃんマリマリちゃんはね」
「ふふ、言えてる」
気を使い合い、おまけに同じ問題児を思い浮かべたことで、両者に笑顔が戻る。
「でもね。今は子供でも、ちょっと見ない内にすぐ成長するものよ。特に男の子は」
「気になるなら今度会いに行かれたらどうです?警察署って堅っ苦しいイメージあるけど、全然入りやすいから」
「あら……でも、私なんかが行ってもお邪魔じゃないかしら」
「全~然。昼飯時が狙い目っすよ。私の部屋にしょっちゅう来てたし大介くん」
「そうやって、よく話を聞いてあげていたんですってね」
警察署に来れば良いという提案はそれとなく流されてしまった。
「まあ、悩みを聞くっていうよりは、私がお見舞いに来てもらってた感じですね~」
他人から慕われていることを今更ながら実感し、顔本は頬を緩ませる。話し相手の真顔に気付けずに。