Case⑥ 希望観測の末
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「まあ、こんなもんか」
一通りうろつき終えたので、手すりに沿ってヘリポートを見に最後の階段を昇る。
「え、先客…」
しかもゲームやSF映画の世界で手に入れられそうなスーツ。謎の女性はフェンスに軽く手を置き、特徴的な長髪をたなびかせていた。
「!……お前は…」
彼女は即座にこちらを振り向くが、警察官の制服と隙だらけの雰囲気からすぐに銃を下ろしてくれた。
「もしや、大介の話によく聞く…」
「多分そう。顔本っす。アーヴのバランサーのミロさんだよ…ですよね?大介くんの話によく登場す、します…」
「ああ、そうだ。ミロで良い。敬語も堅苦しいならば気にしなくて構わない」
「ありがと」
非常に堅苦しい表情で気を使うミロの横で立ち止まる。どの方角も変化の乏しい荒野が広がるばかりだが、顔本は何となく、彼女と並んで同じ景色を眺めてみたかった。
「こんな時間までパトロール?それとも早起き?」
「シビリアンの襲撃に備えて、私は常に渋谷内外で待機している」
「いつもお世話になってます」
「これも任務の内だ。顔本は。巡回か?」
「なんとなく目が覚めちゃったっていうおまぬけな理由」
「眠れないか」
無骨なエージェントとの会話は意外と続く。
「うん。体は辛くないし、胸騒ぎがする訳でも……あ」
「どうした」
「胸騒ぎってか、ちょい気になる事があって。ミロはニコ、ニコ…続き何て言ってたかな、ニコっていうリヴィジョンズ知ってる?」
「リヴィジョンズだと!?」
顔本はコミュニケーションボディとやらの姿で先日現れた未来人について打ち明けた。
「そうか。顔本の元に…」
「私にエンカウントしたのは偶然っぽかったけどね」
「他に、この件を知っている者は?」
「まだ誰にも。つい昨日のことだし泉海さんには明日、ってかもう今日か、言おうかなって思ってたけど、黙ってた方が混乱させない感じ……だよね?」
ミロは唇をきゅっと結び頷いた。
「泉海達には私から伝えておこう。顔本、それから身体的な異変は無いか?」
「無害な風船だったんで」
彼のコピー体が破裂した際地味に痛かったが、今は何ともない。
「そうか。だがコミュニケーションボディとは言え、警戒するに越したことは無い」
「そりゃあ割れた時ビックリはしたけど」
「……」
ミロはこの呑気な女に釘を刺しておかねばと、フェンスには片手だけ残し改めて相手に体を向ける。
「リヴィジョンズにとっての驚異は今のところ、対抗組織である我々アーヴ。そしてパペットマスターである大介達だ。顔本は大介達と交流が深い」
「えっと……ごめん、何の話?」
「顔本、お前はその大介達の気を引く材料に成りうる存在だ」
「はあ」
「わかるか?人質に適しているんだ」
「……」
顔本の表情は半笑いのまま固まる。さすがに事態の深刻さが伝わったようだ。
「大介くん達の話してないから大丈夫だと思うけど…リヴィジョンズにとって、私なんかいち渋谷民と変わんなくない?」
「それでも、奴らが顔本に再び接触を試みても何ら不思議ではない」
「……はい。気を付けまーす」
一旦話が途切れたことで、ミロは荒廃した土地に目を向けた。
上昇し始めた太陽が徐々に雲や彼女の桃色の髪を染めていく。太陽光を局所的に反射する装甲パーツが眩しく、顔本も外を見る。
「アーヴの機密に関わるなら答えてくれなくても良いけど」
「何だ」
「ミロもパペット操縦できるの?」
前知識を持たないからこその素朴な疑問だ。
「大介くん達とお揃いのスーツ着てるから、どうなんだろうって」
「……あのストリング・パペットは、堂嶋大介ら5人専用の戦闘機だ」
「はーい」
顔本はあっさり引き下がり、フェンスに両腕と顎を乗っけた。
「追求しないのか」
「いいよ別に。追求とか、説明責任とか。色々事情あるんでしょ?独りっきりでさ、自分を信じてくれるかわかんない300年前の街に入ってくなんてさ、大変なミッションじゃん?」
この若い女性は時間も常識も異なる2017年に単身で挑んでいる真っ最中。顔本もある意味では、極最近新しい環境へ飛び込んだ身である。
「心遣い、感謝する。聞くに、顔本の日々行っている活動には大きな意義があると、私は思っている」
「へへ、ありがと。素直に誉めてくれる人少なくってさ~、染みるわぁ~」
互いに感じた親近感はほんの少しだけ、明日を生き抜くための励ましへと変わった。
顔本は背中をうんと反らせ、薄汚れた色の空を見上げる。
「にしても……はぁー300年…300年かぁ、よくよく考えるとなっげ~……戻りてーっチクショーっ!300ねーん!」
「……」
時空災害が引き起こされることを敢えて見過ごしたエージェントは、被害者が放つ叫びを一切表情を崩さずに受け流した。
「厳密には371年だ」
「んじゃあ約400ねーん!今の生活不自由過ぎるってば!戻ったらたっくさん遊んで、たっくさん美味いもん調べて食べに行って、たっくさん欲しいもんポチって、その前に病院行って……」
わなわなと握り締めていた両手の拳を解き、顔本は自分の手の平に残った爪の痕を見つめる。
「時間が、元に戻るんだよね?2017年に帰るってことは」
「ああ。だが帰ると言っても恐らく、渋谷転送が起きた瞬間ではない。この2388年で過ごした時間…それと同じ分だけ経過した2017年へ帰還することになるだろう」
「そっか、良かった。今を無かったことにしたくないからね。亡くなった人や傷付いた人には悪いけど」
「では、己の怪我を受け入れるのか」
再び拳を握り、目を閉じて力強く頷く。
「重傷と聞いたが」
「だって、この怪我が無かったら、今こうして働いていなかった。警察署のみんなや黒岩さんと会えなかった。もしかしたら、一生顔すら合わせない関係だったかも」
もし、このような災害が起こらず平和な生活が続いていたら。こちらから報道等を通して彼を見かけることはあるとしても、向こう側から一般人、しかも渋谷区民ですらない自分を認識してくれる確率などゼロに等しい。
そう考えると何故だかとてつもなく寂しくなってきた。
「黒岩と?」
自分の発言が他者により繰り返されて初めて、その単語が口から出てしまっていたと気付く。
「ぁいやっ、違っ……」
迂闊だった。ミロは、自分の立場を理解してくれていて、且つ、自分のやる事成す事に関与してこない唯一の人物。彼女に話を聞いてもらえている状況は、顔本の気をかなり緩めていた。
フェンスを握り締め思い切り俯いて、赤くなった耳までもを肩で隠す。
「違、く、ない。泉海さんや、そう!ミロや、大介くん達とも関わりを持てなかった。みんなみんな、全員と会えていなかった。そういうことだよ、言いたいのは。うん」
顔本の取り繕いにミロはさして興味をそそられないのか、極めて硬派な性格なのか、追求せず黙って話を聞いていた。
「ああ~っ!なーんか今日気分良いなぁー、最近なんだか調子が良くて」
「それは何よりだ」
「……」
一文字に結ばれた口より、少しでも笑った方が彼女は魅力的だ。実際顔本はしばし見とれていた。
「どうした?」
「いいや。明るくなってきたね、空。遠くもよく見え始めたよ」
「そうだな」
渋谷の町と未来の世界の境目を目で辿ると、顔本は渋谷転送初日に立っていた場所を見つけた。例の現場もすぐ側にある学校の屋上も、荒らされたあの時のままで酷く生々しい。現場を修繕する人手も余裕も、今の渋谷には無い。
「渋谷の皆が起き始める頃だろう」
「うーっし、今日も一日頑張りますか!」
管理されなければ荒れる一方の建造物と違い、人の体は案外丈夫で、粘り強いのだ。
「長く引き留めてしまったな。休まなくて平気か?」
「大丈夫。さっきも言ったけど調子良いんだ。マジで治ってきてるのかも私。血吐いたのだって最初だけだもん。まあ……もしこの後急に死ぬことになったとしても、やっぱ今を無かったことにしたくない」
「自分自身の命がどうなろうとも、意向は変化しない、と」
「そういうこと。ベストなのは、記憶も体もこの状態のまま2017年に帰って、怪我全部治して、警察官目指す!」
「そうか」
顔本相談窓口係の蛮行を知る由もないミロは、その宣言を否定も肯定もしない。1階へ降りるべくヘリポートを離れる彼女をただ見送るのみ。
「だからなる早で頼むよ?渋谷帰還。公務員って試験受けられる年齢限られてるんだから」
ミロは婦警もどきの背中へ優しく微笑みかけた。
「わかった。最善を尽くそう」
一通りうろつき終えたので、手すりに沿ってヘリポートを見に最後の階段を昇る。
「え、先客…」
しかもゲームやSF映画の世界で手に入れられそうなスーツ。謎の女性はフェンスに軽く手を置き、特徴的な長髪をたなびかせていた。
「!……お前は…」
彼女は即座にこちらを振り向くが、警察官の制服と隙だらけの雰囲気からすぐに銃を下ろしてくれた。
「もしや、大介の話によく聞く…」
「多分そう。顔本っす。アーヴのバランサーのミロさんだよ…ですよね?大介くんの話によく登場す、します…」
「ああ、そうだ。ミロで良い。敬語も堅苦しいならば気にしなくて構わない」
「ありがと」
非常に堅苦しい表情で気を使うミロの横で立ち止まる。どの方角も変化の乏しい荒野が広がるばかりだが、顔本は何となく、彼女と並んで同じ景色を眺めてみたかった。
「こんな時間までパトロール?それとも早起き?」
「シビリアンの襲撃に備えて、私は常に渋谷内外で待機している」
「いつもお世話になってます」
「これも任務の内だ。顔本は。巡回か?」
「なんとなく目が覚めちゃったっていうおまぬけな理由」
「眠れないか」
無骨なエージェントとの会話は意外と続く。
「うん。体は辛くないし、胸騒ぎがする訳でも……あ」
「どうした」
「胸騒ぎってか、ちょい気になる事があって。ミロはニコ、ニコ…続き何て言ってたかな、ニコっていうリヴィジョンズ知ってる?」
「リヴィジョンズだと!?」
顔本はコミュニケーションボディとやらの姿で先日現れた未来人について打ち明けた。
「そうか。顔本の元に…」
「私にエンカウントしたのは偶然っぽかったけどね」
「他に、この件を知っている者は?」
「まだ誰にも。つい昨日のことだし泉海さんには明日、ってかもう今日か、言おうかなって思ってたけど、黙ってた方が混乱させない感じ……だよね?」
ミロは唇をきゅっと結び頷いた。
「泉海達には私から伝えておこう。顔本、それから身体的な異変は無いか?」
「無害な風船だったんで」
彼のコピー体が破裂した際地味に痛かったが、今は何ともない。
「そうか。だがコミュニケーションボディとは言え、警戒するに越したことは無い」
「そりゃあ割れた時ビックリはしたけど」
「……」
ミロはこの呑気な女に釘を刺しておかねばと、フェンスには片手だけ残し改めて相手に体を向ける。
「リヴィジョンズにとっての驚異は今のところ、対抗組織である我々アーヴ。そしてパペットマスターである大介達だ。顔本は大介達と交流が深い」
「えっと……ごめん、何の話?」
「顔本、お前はその大介達の気を引く材料に成りうる存在だ」
「はあ」
「わかるか?人質に適しているんだ」
「……」
顔本の表情は半笑いのまま固まる。さすがに事態の深刻さが伝わったようだ。
「大介くん達の話してないから大丈夫だと思うけど…リヴィジョンズにとって、私なんかいち渋谷民と変わんなくない?」
「それでも、奴らが顔本に再び接触を試みても何ら不思議ではない」
「……はい。気を付けまーす」
一旦話が途切れたことで、ミロは荒廃した土地に目を向けた。
上昇し始めた太陽が徐々に雲や彼女の桃色の髪を染めていく。太陽光を局所的に反射する装甲パーツが眩しく、顔本も外を見る。
「アーヴの機密に関わるなら答えてくれなくても良いけど」
「何だ」
「ミロもパペット操縦できるの?」
前知識を持たないからこその素朴な疑問だ。
「大介くん達とお揃いのスーツ着てるから、どうなんだろうって」
「……あのストリング・パペットは、堂嶋大介ら5人専用の戦闘機だ」
「はーい」
顔本はあっさり引き下がり、フェンスに両腕と顎を乗っけた。
「追求しないのか」
「いいよ別に。追求とか、説明責任とか。色々事情あるんでしょ?独りっきりでさ、自分を信じてくれるかわかんない300年前の街に入ってくなんてさ、大変なミッションじゃん?」
この若い女性は時間も常識も異なる2017年に単身で挑んでいる真っ最中。顔本もある意味では、極最近新しい環境へ飛び込んだ身である。
「心遣い、感謝する。聞くに、顔本の日々行っている活動には大きな意義があると、私は思っている」
「へへ、ありがと。素直に誉めてくれる人少なくってさ~、染みるわぁ~」
互いに感じた親近感はほんの少しだけ、明日を生き抜くための励ましへと変わった。
顔本は背中をうんと反らせ、薄汚れた色の空を見上げる。
「にしても……はぁー300年…300年かぁ、よくよく考えるとなっげ~……戻りてーっチクショーっ!300ねーん!」
「……」
時空災害が引き起こされることを敢えて見過ごしたエージェントは、被害者が放つ叫びを一切表情を崩さずに受け流した。
「厳密には371年だ」
「んじゃあ約400ねーん!今の生活不自由過ぎるってば!戻ったらたっくさん遊んで、たっくさん美味いもん調べて食べに行って、たっくさん欲しいもんポチって、その前に病院行って……」
わなわなと握り締めていた両手の拳を解き、顔本は自分の手の平に残った爪の痕を見つめる。
「時間が、元に戻るんだよね?2017年に帰るってことは」
「ああ。だが帰ると言っても恐らく、渋谷転送が起きた瞬間ではない。この2388年で過ごした時間…それと同じ分だけ経過した2017年へ帰還することになるだろう」
「そっか、良かった。今を無かったことにしたくないからね。亡くなった人や傷付いた人には悪いけど」
「では、己の怪我を受け入れるのか」
再び拳を握り、目を閉じて力強く頷く。
「重傷と聞いたが」
「だって、この怪我が無かったら、今こうして働いていなかった。警察署のみんなや黒岩さんと会えなかった。もしかしたら、一生顔すら合わせない関係だったかも」
もし、このような災害が起こらず平和な生活が続いていたら。こちらから報道等を通して彼を見かけることはあるとしても、向こう側から一般人、しかも渋谷区民ですらない自分を認識してくれる確率などゼロに等しい。
そう考えると何故だかとてつもなく寂しくなってきた。
「黒岩と?」
自分の発言が他者により繰り返されて初めて、その単語が口から出てしまっていたと気付く。
「ぁいやっ、違っ……」
迂闊だった。ミロは、自分の立場を理解してくれていて、且つ、自分のやる事成す事に関与してこない唯一の人物。彼女に話を聞いてもらえている状況は、顔本の気をかなり緩めていた。
フェンスを握り締め思い切り俯いて、赤くなった耳までもを肩で隠す。
「違、く、ない。泉海さんや、そう!ミロや、大介くん達とも関わりを持てなかった。みんなみんな、全員と会えていなかった。そういうことだよ、言いたいのは。うん」
顔本の取り繕いにミロはさして興味をそそられないのか、極めて硬派な性格なのか、追求せず黙って話を聞いていた。
「ああ~っ!なーんか今日気分良いなぁー、最近なんだか調子が良くて」
「それは何よりだ」
「……」
一文字に結ばれた口より、少しでも笑った方が彼女は魅力的だ。実際顔本はしばし見とれていた。
「どうした?」
「いいや。明るくなってきたね、空。遠くもよく見え始めたよ」
「そうだな」
渋谷の町と未来の世界の境目を目で辿ると、顔本は渋谷転送初日に立っていた場所を見つけた。例の現場もすぐ側にある学校の屋上も、荒らされたあの時のままで酷く生々しい。現場を修繕する人手も余裕も、今の渋谷には無い。
「渋谷の皆が起き始める頃だろう」
「うーっし、今日も一日頑張りますか!」
管理されなければ荒れる一方の建造物と違い、人の体は案外丈夫で、粘り強いのだ。
「長く引き留めてしまったな。休まなくて平気か?」
「大丈夫。さっきも言ったけど調子良いんだ。マジで治ってきてるのかも私。血吐いたのだって最初だけだもん。まあ……もしこの後急に死ぬことになったとしても、やっぱ今を無かったことにしたくない」
「自分自身の命がどうなろうとも、意向は変化しない、と」
「そういうこと。ベストなのは、記憶も体もこの状態のまま2017年に帰って、怪我全部治して、警察官目指す!」
「そうか」
顔本相談窓口係の蛮行を知る由もないミロは、その宣言を否定も肯定もしない。1階へ降りるべくヘリポートを離れる彼女をただ見送るのみ。
「だからなる早で頼むよ?渋谷帰還。公務員って試験受けられる年齢限られてるんだから」
ミロは婦警もどきの背中へ優しく微笑みかけた。
「わかった。最善を尽くそう」