Case④ デマの力
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「あ。はぁ~」
「どうされました?」
「私の話してる。あそこのマダム共」
顔本は割と遠くの井戸端会議を顎で指し示した。
「よく聞こえますね」
「地獄耳ですから」
「もしかしてお知り合いで?」
「いいや全くの赤の他人」
警察署へ相談にも文句にも来ていない渋谷区民で、顔本との面識は無い筈だ。
「へぇ。なかなかの有名人じゃないですか、顔本さん」
「アンチのが多いけどね」
「そうなんですか?」
「あえて知らんぷりしてやってみてください、その内盛り上がって先生にも聞こえてきますよ」
2人は当たり障りの無い会話をしつつ、自分達以外のお喋りにそれとなく耳を傾ける。
「あとあと、本当かどうかわからないんだけど…」
「何何?」
「昨日大勢から告白さて、全員こっぴどく振ったんですって!」
「ええ~?本当~?でも、こっぴどく、ってのはなんか想像できるわぁ~」
「どっちかっていうと人もてあそぶタイプっぽいわよね」
我が子が独り立ちしたであろう年頃の女達は、一般的な耳を持つ堂嶋幹夫や周囲の区民にも十二分に届く声量ではしゃぎ始める。
「ちっ、言わせておけだぁ?私は署長程人間出来てないっつーの!」
話のネタにされた顔本はかなりご機嫌斜めだが、直接掻き回しには乗り込まない。渋谷警察署相談窓口係としての自覚を常に持ち、区民とのトラブルは絶対に避けろ、根拠の無い誹謗中傷は相手にするなとのお達しだ。
だが彼女の形相は数刻前黒岩から受けた命令を完全無視したもの。軽傷の方の足は貧乏揺すりが止まらない。肘を膝に突いているためかなりの前傾姿勢。
「あの2人、ほら今あそこ、そっと見て。どうなんでしょ。距離近くない?」
「怪我診てもらうついでに先生を…ってこと!?やぁーねぇ!節操無いわねっ、こんな状況でっ」
終いには唸り始めた。まるで見えないリードに繋がれた闘犬だ。
「ははは、あること無いこと言われていますね」
「十割無ぇことですけど」
「それは私としても残念ですねぇ」
陰口等を笑って見過ごせない質の顔本だが、イライラの矛先を一瞬だけ堂嶋大介の叔父に向けた。
「……タラシが」
「はい?」
「いーえ……まあ、みんな不安なのは分かる。急にネットやテレビが使えなくなったし、新聞は来ないし…だから情報源はほぼ、近場の人間との会話に限られるようになった」
「たしかに、この不便な生活が続くと人々の……顔本さん?」
患者は足元に倒していた松葉杖を手に取り、ヘラヘラしている彼を置いて歩き出す。
「ほんのちょっと、ほーんのちょっとムカつくので、私からも情報を」
平静を装える程に落ち着いた顔本は無言で悪口大会の真正面に立つ。無論、女数人はお喋りを中断せざるを得ない。
「ちょっ、来たわよ!……こ、こんにちは~お巡りさん」
「あのさ。ゴシップもどきをこねくり回して気をまぎらわすのは勝手だけど、万一それ元手に行動起こすってんなら話は別だからね。どうせならお互い、安全に!平和に!過ごしたいでしょう?だから……私のことは引き続き好き勝手言ってて良し!」
かつて若者で賑わっていた渋谷の街に、奇妙な緊張の糸が張り詰める。思い思いに口を開いたのは彼女らとは無関係な人々からだった。
「い、良いんだ…」
「太っ腹~」
「あそこまで行くと清々しいな」
「でも面と向かってああいうこと言われるとなんか萎えない?」
「萎えたらもう噂されなくなるから本人は良いんじゃね?」
周囲はどちらかといえば好感触。
堂嶋幹夫は相変わらずの朗らかな笑顔を装備し、渦中の人物へ拍手をしながら近付いてきた。
「顔本さんってば、天然のタラシですね」
「あんた達には言われたくない!」
「達?」
「ったく、鈍いんだか何なんだか…」
陰口を叩いていた張本人の1人は男女が並んで立っている絵面を参考に、ようやく反撃の糸口を見つけた。
「いやだわぁっ、今の言い方っ!」
「?」
たしかにぶっきらぼうな言い方だったが、今のは堂嶋幹夫へ向けた文句なのだが。
「ちょっと……ねえ~?」
「は?何がですか?」
「なんかあ~、響きが大胆って言うか~、明るい時間帯にそぐわないって言うか~……こねくり回す、って……ねえ~?」
「は?そこ?」
「あ、良いのよぉ婦警さんは気にしなくてぇ。私達、が!とても使い辛い言葉よねってだけでぇ」
「慣れ親しんだ言葉だからついお口から出てきたんでしょう」
「ちょ、菊池さんっ、いつにも増してサバサバし過ぎっ!でもナイスよっ」
面と向かったところでこの幼稚なやっかみである。顔本は開いた口が塞がらない。
「これ伝わったってことで良いんかなぁ…」
伝わっていないだろう、確実に。
「まあいいや、お大事にマダム達」
自分のような者と解り合える人間の数なんてどうせ限られている。諦めた顔本は背を向け足を踏み出そうとした。
「先生も先生よ、まぁ怪我人相手に…」
「あれよ、先が長くない相手だから気軽なんじゃないかしら」
「ああなるほど、後腐れ無いから!」
自分の次は人様をおとしめる発想。我慢の限界を越えた顔本は勢いよく振り返り、杖の先端をアスファルトへ何度も突き立てた。
「あ、い、に、く!ヒョロッヒョロなオシャレおじ様系はタイプじゃないので!」
「な、何よ急に大声出して…」
「びっくりするじゃない!」
彼女達は面倒な悪者を避けるようにしてこの場を去っていった。称賛の拍手が起こる訳でもなしに、周りの野次馬達もパラパラと解散していく。
「なるほど。心身共に頼り甲斐のある逞しい男性がお好みで」
「あっ…」
顔本は真後ろに居る男性の方へとてもじゃないが振り向けず、ぐっと首を縮め目を強く瞑る。
「ご、ごめんなさい、けなすつもりは…」
「わかってますよ。貴女は……黒岩署長」
なぜその名前を出されてしまったのか。顔本は慌てて堂嶋幹夫に詰め寄る。
「な、なんでっ!?今署長は関係無いですよね!?」
「顔本ー!貴様~!!」
今正に関係無い者の怒号が身勝手な相談窓口係を襲う。
「!?ひいぃー!なんで居んのー!?」
「事前申請無しに出歩くなとあれ程…!」
杖突きの顔本はすぐ追い付かれるが、署長は彼女に触れはせず背後から怒鳴り続けている。門限を守らなかった娘が父親に叱られている図を皆は遠巻きに眺めていた。
「どうされました?」
「私の話してる。あそこのマダム共」
顔本は割と遠くの井戸端会議を顎で指し示した。
「よく聞こえますね」
「地獄耳ですから」
「もしかしてお知り合いで?」
「いいや全くの赤の他人」
警察署へ相談にも文句にも来ていない渋谷区民で、顔本との面識は無い筈だ。
「へぇ。なかなかの有名人じゃないですか、顔本さん」
「アンチのが多いけどね」
「そうなんですか?」
「あえて知らんぷりしてやってみてください、その内盛り上がって先生にも聞こえてきますよ」
2人は当たり障りの無い会話をしつつ、自分達以外のお喋りにそれとなく耳を傾ける。
「あとあと、本当かどうかわからないんだけど…」
「何何?」
「昨日大勢から告白さて、全員こっぴどく振ったんですって!」
「ええ~?本当~?でも、こっぴどく、ってのはなんか想像できるわぁ~」
「どっちかっていうと人もてあそぶタイプっぽいわよね」
我が子が独り立ちしたであろう年頃の女達は、一般的な耳を持つ堂嶋幹夫や周囲の区民にも十二分に届く声量ではしゃぎ始める。
「ちっ、言わせておけだぁ?私は署長程人間出来てないっつーの!」
話のネタにされた顔本はかなりご機嫌斜めだが、直接掻き回しには乗り込まない。渋谷警察署相談窓口係としての自覚を常に持ち、区民とのトラブルは絶対に避けろ、根拠の無い誹謗中傷は相手にするなとのお達しだ。
だが彼女の形相は数刻前黒岩から受けた命令を完全無視したもの。軽傷の方の足は貧乏揺すりが止まらない。肘を膝に突いているためかなりの前傾姿勢。
「あの2人、ほら今あそこ、そっと見て。どうなんでしょ。距離近くない?」
「怪我診てもらうついでに先生を…ってこと!?やぁーねぇ!節操無いわねっ、こんな状況でっ」
終いには唸り始めた。まるで見えないリードに繋がれた闘犬だ。
「ははは、あること無いこと言われていますね」
「十割無ぇことですけど」
「それは私としても残念ですねぇ」
陰口等を笑って見過ごせない質の顔本だが、イライラの矛先を一瞬だけ堂嶋大介の叔父に向けた。
「……タラシが」
「はい?」
「いーえ……まあ、みんな不安なのは分かる。急にネットやテレビが使えなくなったし、新聞は来ないし…だから情報源はほぼ、近場の人間との会話に限られるようになった」
「たしかに、この不便な生活が続くと人々の……顔本さん?」
患者は足元に倒していた松葉杖を手に取り、ヘラヘラしている彼を置いて歩き出す。
「ほんのちょっと、ほーんのちょっとムカつくので、私からも情報を」
平静を装える程に落ち着いた顔本は無言で悪口大会の真正面に立つ。無論、女数人はお喋りを中断せざるを得ない。
「ちょっ、来たわよ!……こ、こんにちは~お巡りさん」
「あのさ。ゴシップもどきをこねくり回して気をまぎらわすのは勝手だけど、万一それ元手に行動起こすってんなら話は別だからね。どうせならお互い、安全に!平和に!過ごしたいでしょう?だから……私のことは引き続き好き勝手言ってて良し!」
かつて若者で賑わっていた渋谷の街に、奇妙な緊張の糸が張り詰める。思い思いに口を開いたのは彼女らとは無関係な人々からだった。
「い、良いんだ…」
「太っ腹~」
「あそこまで行くと清々しいな」
「でも面と向かってああいうこと言われるとなんか萎えない?」
「萎えたらもう噂されなくなるから本人は良いんじゃね?」
周囲はどちらかといえば好感触。
堂嶋幹夫は相変わらずの朗らかな笑顔を装備し、渦中の人物へ拍手をしながら近付いてきた。
「顔本さんってば、天然のタラシですね」
「あんた達には言われたくない!」
「達?」
「ったく、鈍いんだか何なんだか…」
陰口を叩いていた張本人の1人は男女が並んで立っている絵面を参考に、ようやく反撃の糸口を見つけた。
「いやだわぁっ、今の言い方っ!」
「?」
たしかにぶっきらぼうな言い方だったが、今のは堂嶋幹夫へ向けた文句なのだが。
「ちょっと……ねえ~?」
「は?何がですか?」
「なんかあ~、響きが大胆って言うか~、明るい時間帯にそぐわないって言うか~……こねくり回す、って……ねえ~?」
「は?そこ?」
「あ、良いのよぉ婦警さんは気にしなくてぇ。私達、が!とても使い辛い言葉よねってだけでぇ」
「慣れ親しんだ言葉だからついお口から出てきたんでしょう」
「ちょ、菊池さんっ、いつにも増してサバサバし過ぎっ!でもナイスよっ」
面と向かったところでこの幼稚なやっかみである。顔本は開いた口が塞がらない。
「これ伝わったってことで良いんかなぁ…」
伝わっていないだろう、確実に。
「まあいいや、お大事にマダム達」
自分のような者と解り合える人間の数なんてどうせ限られている。諦めた顔本は背を向け足を踏み出そうとした。
「先生も先生よ、まぁ怪我人相手に…」
「あれよ、先が長くない相手だから気軽なんじゃないかしら」
「ああなるほど、後腐れ無いから!」
自分の次は人様をおとしめる発想。我慢の限界を越えた顔本は勢いよく振り返り、杖の先端をアスファルトへ何度も突き立てた。
「あ、い、に、く!ヒョロッヒョロなオシャレおじ様系はタイプじゃないので!」
「な、何よ急に大声出して…」
「びっくりするじゃない!」
彼女達は面倒な悪者を避けるようにしてこの場を去っていった。称賛の拍手が起こる訳でもなしに、周りの野次馬達もパラパラと解散していく。
「なるほど。心身共に頼り甲斐のある逞しい男性がお好みで」
「あっ…」
顔本は真後ろに居る男性の方へとてもじゃないが振り向けず、ぐっと首を縮め目を強く瞑る。
「ご、ごめんなさい、けなすつもりは…」
「わかってますよ。貴女は……黒岩署長」
なぜその名前を出されてしまったのか。顔本は慌てて堂嶋幹夫に詰め寄る。
「な、なんでっ!?今署長は関係無いですよね!?」
「顔本ー!貴様~!!」
今正に関係無い者の怒号が身勝手な相談窓口係を襲う。
「!?ひいぃー!なんで居んのー!?」
「事前申請無しに出歩くなとあれ程…!」
杖突きの顔本はすぐ追い付かれるが、署長は彼女に触れはせず背後から怒鳴り続けている。門限を守らなかった娘が父親に叱られている図を皆は遠巻きに眺めていた。