Case③b 大人達と子供
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・ド下ネタ
・Case⑧後日
・あざとい堂嶋医師と嫉妬署長
ぐっとうずくまる顔本を見て、彼女を呼びに来た泉海はすぐさま部屋に入り声をかける。
「顔本さん、どうしたのっ?」
「……」
駆け寄ってもこちらには無反応。声を一切出さず、ゆっくりもがいているような動き。
「ちょっと!?苦しいの!?」
「……っ」
顔を上げた彼女は腹を抱えたまま、正面に座っている黒岩を指差して笑っていた。
「はっ!……ひっ……おなっ、お腹っ……痛っ…!」
余程可笑しなことがあったのか、呼吸困難に陥っている。ただそれだけで、泉海が心配しているような事態ではなかった。
「……一体どうしちゃったんです?顔本さん」
「……」
話の通じやすい方へ質問するが、黒岩はそれに答えず、決まりが悪そうな顔をして腕を組み続けている。
「は……ひひっ……ひいっ、やっぱ、やっぱアレ?イク時さ、てやんでいっとか言うの?っ、ファー!!」
「行く?」
「この話は終わりだ」
せめて自分の立ち会いの元で女性の部下へ暴露されるよりはと、黒岩は足早に立ち去った。
「……一体何なの?」
「泉海さんっ、聞いてくださいよぉ署長の重大報告!マジヤバイ!」
「報告?」
「泉海さんになら話しちゃっても良いよねって、あれ?署長は?」
「大分前に行っちゃったわよ」
「イっちゃった!ファーッ!」
またツボに入ってしまった。顔本の身体的な苦難はまだまだ続きそうだ。
「……何だか聞かなくても良さそうな」
「いやいや聞いてよ!私一人じゃ受け止めきれない!」
「楽しそうですね」
検診のため署に訪れた堂嶋幹夫が、開きっぱなしの扉をこちらから見える位置でノックした。
「ですが、お体に障りますから笑い過ぎも程々に」
「へーい」
「堂嶋さん。わざわざすみません、本当は顔本さんもまとめて2階で診ていただくころを」
「構いませんよ」
渋谷警察署の会議室等は、その一部が診療所として使用されている。S.D.S.の活躍により新規重傷者は大幅に減り、大抵はちょっとした怪我の治療や内科検診の場として使われることが多い。
「じゃあ顔本さん、私哨戒任務行ってきますから。検査終わったらちゃんと大人しくしてるのよ」
「はぁーい」
堂嶋医師は警察官が大多数の定期検診も終え、残す患者はここに居る元相談窓口係のみだった。
顔本にとってまどろっこしくも重要な検診が終わり、署の正面口まで幹夫を見送るため2人は並んで歩いていた。
顔本の定位置であったカウンター前に着いたところで、仕事中の内勤婦警らが通りすがる若手男性医師に気付く。
「あらっ、堂嶋先生!もうお帰り?」
「先生お疲れ様~っ」
「また来て下さいねぇ~っ」
作業の手を止め、最高の笑顔を独身男性へ振り撒く顔本の先輩方。
「皆さんいつも和やかですね」
「先生がいつも来てくれたらの話だけどねー」
顔本の意地の悪い皮肉を微妙な立場の幹夫はなんとも言えない固い笑みで流した。
「じゃあ、私はこれで。何かありましたらすぐご連絡くださいね」
「興味本意で聞くけど」
「はい、何でしょうか?」
幹夫は優しく微笑み小首をかしげる。
「先生、こン中で誰がタイプ?」
顔本は親指だけ立てた手で背後の事務員達を雑に指した。
「!」
淡い期待と程よい競争心で場は瞬時にして色めき立つ。
「先生の言う通り和やかで粒揃い、しかも全員公務員ときた。将来安泰だぜ?」
「そうですね……」
回答者は、一旦は考えるフリをしてみせる。
「その中には、顔本さんも含まれていますか?」
名指しのせいで周りに居る誰もが彼の好意を悟ったが、当人だけ別の意味として受け止めていた。
「はあ~?失礼なっ、私が居ると粒揃わなくなるってか!?」
「そういう意味では…」
「顔本、また油を売っているな」
立ち話中の医師と患者の元へ警察署長が真っ直ぐ近付いてきた。
「署長!じゃなかった、てやんでい。じゃなかった、署長」
「まだ言うか。やめなさい」
「お気に召さない?てやんでい」
「いい加減にしろ」
間に挟まれた幹夫は、テニスのラリーを観戦するように黒岩と顔本を交互に見ている。
「うーん、なら……おす」
「は?」
「押忍は?押忍だよ押忍!良いじゃん短くて言いやすい!押忍!びゅるるっ!」
「やめろ!!」
繰り広げられる会話に興味関心の失せている事務員達はとうに各自の作業に戻っていた。見守ってくれているのは先生だけだ。
「意味を知らなかった時点まで時間を戻したいです」
「察しが良いねぇさすがお医者さん。あ、時間戻すって言えばさ、署長なんでさっき部屋まで報告しに来たの?」
「?顔本さんがではなく、黒岩さんが顔本さんに、ですか?」
上の者、しかも警察署長が警官未満のボランティア一人へわざわざ報告するようなことがあるのだろうか。
「……堂嶋さん、お忙しいところこいつが引き留めてしまい申し訳ない。顔本は顔を貸せ」
「あっ署長逃げた!正しくは逃がした!」
堂嶋幹夫は笑顔で小さく手を振り二人の背を見送る。顔本の言う『報告』が先程の下品な話題に関連しているとは思いもしなかった。
渋谷警察署長と元相談窓口係は顔本に与えられている個室へ戻って来た。黒岩はパイプ椅子を開き浅く腰掛ける。
「……打ち明けた理由、だったな」
「う、うん…」
「顔本には、その……先日シモの世話になったからな」
品を欠いた話題を至極真剣に持ち出す公務員を目の当たりにし、また笑いが込み上げるがキリが無いので我慢する。
「だから、報告しておくべきって、考えた訳?昨日、ふへっ、プロのお店でイっ……果てたこと」
返事の代わりに、男は申し訳なさ気にうつ向く。シュールな状況に女は唇の震えが止まらない。
「先程も言ったが、処置を望んで自ら入店した訳ではない。息抜きを、と牟田さんに誘われた先が風俗店だったんだ」
「はあ」
「この件について顔本に……謝罪する……というのも、違う気がするが……だがせめて報告すべきと思ったまでだ」
「やーめてって、マジでそんなことで神妙な顔すんなよ警察署長さん」
優しさ溢れる言葉に黒岩は少しだけ視線を落とし、眉間にシワを寄せた。
「お前にとっては、そんなことなのか」
「私もそのプロのお姉ちゃんも大した差は無いの、目の前で困ってる殿方を手助けしただけ。署長が気に病むこたぁ無い。そもそも私ら付き合ってすらないじゃん」
「だからこそ…!」
黒岩は立ち上がり献身的な部下に迫るが、勢いを失いまた席に着く。
「……非可逆的だ」
「非ぃ科学的?」
「非可逆。俺は顔本に借りがあるが、全く同じ行為にて借りを返すことは不可能だ。男と女では、色々と話が違ってくる」
「あ、あれはどっちもどっちだったじゃん!」
「お二人とも、もう少し抑えて」
「だって、油断したら署長が全部自分のせいにしようとするんだもん!」
「顔本こそ女性の立場をわかっていないんだ!自分の身体を何だと思ってる!」
両者が思いを剥き出しにした後、しばし沈黙。
今指摘をしてきた第三者は誰か。
「扉が閉まっていても全部廊下に筒抜けでしたよ」
「……」
「……」
「署内とはいえ気を付けてください、いつ誰が出入りしているかわからないんですから。ね?」
気を遣ってくれているのか、堂嶋幹夫は口を出せど部屋の中に入ってこようとはしない。
「掛かり付け医としては…お体に負担のかからないようご留意ください、としか」
「しょ、署長、なんとかイって、いや、言ってやってよ」
黒岩は笑顔を絶やさない幹夫の前に立つ。上から睨み付けるのではなく、正面から向き合って。
「今更弁明も謝罪もしません。軽蔑したって構いません」
「……」
本人は真っ向から批難を受け入れるつもりでいるが、その黒岩の背後から睨んでくる目が幹夫の反応を監視していた。
「ただ!……ただ、吹聴は御勘弁願います」
「そーそー、せめて渋谷が元の時代に戻るまでは、署長の評判落としちゃマズイからね」
「顔本はただ、断りきれず俺の相手をしただけなんです。今だって…」
「はあ!?まーだ言ってるしこのてやんでいが!どっちもどっちだっつってんじゃん!いつまでもしつけぇーんだよぉ!」
彼等はお互いの立場や心身を庇い合っている。幹夫は二人がどういう関係なのか再度察した。
「ご安心ください。言い触らすなんてことしませんよ。公人や有名人である以前に、本件は人様のプライベートな内容ですから」
「恩に切ります」
「ありがと~先生~っ」
「ですが」
幹夫は高身長な壁をすんなり突破して顔本へ近付く。
「先程の…公共の場であのように男性をからかう態度は、いかがなものかと思いますよ」
「う」
「今の言葉遣いも。気を遣ってくださっている黒岩さんに対して、しつけぇは無いでしょう」
「だって……それは署長がちっともわかってくれないから……」
まるで甥をしつける態度も気に食わず、顔本は唇を尖らせふて腐れた。人の庇い方は荒いが先程まではまだ大人な女性だった。今は己のワガママを通したがる堂嶋大介の面影が重なる。
「……そうだな。顔本に謝って、気を遣って、それだけで済む問題ではない」
「……は?」
「中途半端な誠意は嫌がられて当然だ」
「署長何言ってんの?」
「なるほど、顔本さんに納得していただければ解決ですね。もっと丁重な扱いをご所望で」
幹夫も悪ノリに参加する。
「い、いや違うし!逆逆!」
「気が付かず済まなかった。土下座でもしようか?」
「ちょっと二人とも!?わざとでしょ!?ふざけてんでしょ!?」
男性達は顔を見合わせた後、顔本のことを鼻で笑った。
「……わかった!わーかったよ!署長の勝ち!署長の言い分の勝ち!後にも先にも署長の言う通り!!」
「これで静かになりますね」
「全く……付き合わせてしまい済みません」
「いえいえ、楽しかったですよ。顔本さんはからかい甲斐がありますからね」
「は、はいぃ!?」
幹夫の見立ては外れ、まだ顔本は静かになったとはいえない。
「仰る通りです。こいつが本気で怒っても恐怖は微塵も感じられない」
「おい聞き捨てならねぇぞ!」
「コラ、言った側から」
堂嶋先生は顔本の唇に人差し指を優しく押し当てて彼女の発言を封じる。
「!」
「悪い子ですね」
屈んだ姿勢でずれた眼鏡のフチを利用して上目遣いを強調。優しく微笑んで止めを刺した。
「~っ、やりづらい!」
「顔本は堂嶋先生に頭が上がらないな。先生、そろそろお時間では…」
男女の濃厚なやり取りを見せつけられていた黒岩は、渋谷中から頼られている医師のスケジュールを盾にライバルの退室を促す。
「そうですね。では顔本さん、良い子にしているんですよ」
調子に乗った男は小さくなっている女の頭を数回撫でる。
「ちょっと」
彼女は幹夫の手を掴んできた。だが、無理に退かそうとはしない。
「私も女なんだけど」
すっかり熱を帯びてしまった目と頬では、顔本の思い描いたような覇気とは真逆の雰囲気を漂わせてしまう。
無自覚、わざと。どちらにせよ、この異性の末恐ろしさのようなものを幹夫は肌で感じ取っていた。自分が一方的にからかっていた筈なのに。
「今は、ちょっとだけ怖いですね」
「おう、わかったら子供扱いしないでよねっ」
黒岩が顔本の手を幹夫から剥がし、両者を現実へ引き戻す。
「顔本が失礼しました。行ってください」
「大介くん……あんたの叔父さん恐ろしいわ……」
「はぁ?」
・Case⑧後日
・あざとい堂嶋医師と嫉妬署長
ぐっとうずくまる顔本を見て、彼女を呼びに来た泉海はすぐさま部屋に入り声をかける。
「顔本さん、どうしたのっ?」
「……」
駆け寄ってもこちらには無反応。声を一切出さず、ゆっくりもがいているような動き。
「ちょっと!?苦しいの!?」
「……っ」
顔を上げた彼女は腹を抱えたまま、正面に座っている黒岩を指差して笑っていた。
「はっ!……ひっ……おなっ、お腹っ……痛っ…!」
余程可笑しなことがあったのか、呼吸困難に陥っている。ただそれだけで、泉海が心配しているような事態ではなかった。
「……一体どうしちゃったんです?顔本さん」
「……」
話の通じやすい方へ質問するが、黒岩はそれに答えず、決まりが悪そうな顔をして腕を組み続けている。
「は……ひひっ……ひいっ、やっぱ、やっぱアレ?イク時さ、てやんでいっとか言うの?っ、ファー!!」
「行く?」
「この話は終わりだ」
せめて自分の立ち会いの元で女性の部下へ暴露されるよりはと、黒岩は足早に立ち去った。
「……一体何なの?」
「泉海さんっ、聞いてくださいよぉ署長の重大報告!マジヤバイ!」
「報告?」
「泉海さんになら話しちゃっても良いよねって、あれ?署長は?」
「大分前に行っちゃったわよ」
「イっちゃった!ファーッ!」
またツボに入ってしまった。顔本の身体的な苦難はまだまだ続きそうだ。
「……何だか聞かなくても良さそうな」
「いやいや聞いてよ!私一人じゃ受け止めきれない!」
「楽しそうですね」
検診のため署に訪れた堂嶋幹夫が、開きっぱなしの扉をこちらから見える位置でノックした。
「ですが、お体に障りますから笑い過ぎも程々に」
「へーい」
「堂嶋さん。わざわざすみません、本当は顔本さんもまとめて2階で診ていただくころを」
「構いませんよ」
渋谷警察署の会議室等は、その一部が診療所として使用されている。S.D.S.の活躍により新規重傷者は大幅に減り、大抵はちょっとした怪我の治療や内科検診の場として使われることが多い。
「じゃあ顔本さん、私哨戒任務行ってきますから。検査終わったらちゃんと大人しくしてるのよ」
「はぁーい」
堂嶋医師は警察官が大多数の定期検診も終え、残す患者はここに居る元相談窓口係のみだった。
顔本にとってまどろっこしくも重要な検診が終わり、署の正面口まで幹夫を見送るため2人は並んで歩いていた。
顔本の定位置であったカウンター前に着いたところで、仕事中の内勤婦警らが通りすがる若手男性医師に気付く。
「あらっ、堂嶋先生!もうお帰り?」
「先生お疲れ様~っ」
「また来て下さいねぇ~っ」
作業の手を止め、最高の笑顔を独身男性へ振り撒く顔本の先輩方。
「皆さんいつも和やかですね」
「先生がいつも来てくれたらの話だけどねー」
顔本の意地の悪い皮肉を微妙な立場の幹夫はなんとも言えない固い笑みで流した。
「じゃあ、私はこれで。何かありましたらすぐご連絡くださいね」
「興味本意で聞くけど」
「はい、何でしょうか?」
幹夫は優しく微笑み小首をかしげる。
「先生、こン中で誰がタイプ?」
顔本は親指だけ立てた手で背後の事務員達を雑に指した。
「!」
淡い期待と程よい競争心で場は瞬時にして色めき立つ。
「先生の言う通り和やかで粒揃い、しかも全員公務員ときた。将来安泰だぜ?」
「そうですね……」
回答者は、一旦は考えるフリをしてみせる。
「その中には、顔本さんも含まれていますか?」
名指しのせいで周りに居る誰もが彼の好意を悟ったが、当人だけ別の意味として受け止めていた。
「はあ~?失礼なっ、私が居ると粒揃わなくなるってか!?」
「そういう意味では…」
「顔本、また油を売っているな」
立ち話中の医師と患者の元へ警察署長が真っ直ぐ近付いてきた。
「署長!じゃなかった、てやんでい。じゃなかった、署長」
「まだ言うか。やめなさい」
「お気に召さない?てやんでい」
「いい加減にしろ」
間に挟まれた幹夫は、テニスのラリーを観戦するように黒岩と顔本を交互に見ている。
「うーん、なら……おす」
「は?」
「押忍は?押忍だよ押忍!良いじゃん短くて言いやすい!押忍!びゅるるっ!」
「やめろ!!」
繰り広げられる会話に興味関心の失せている事務員達はとうに各自の作業に戻っていた。見守ってくれているのは先生だけだ。
「意味を知らなかった時点まで時間を戻したいです」
「察しが良いねぇさすがお医者さん。あ、時間戻すって言えばさ、署長なんでさっき部屋まで報告しに来たの?」
「?顔本さんがではなく、黒岩さんが顔本さんに、ですか?」
上の者、しかも警察署長が警官未満のボランティア一人へわざわざ報告するようなことがあるのだろうか。
「……堂嶋さん、お忙しいところこいつが引き留めてしまい申し訳ない。顔本は顔を貸せ」
「あっ署長逃げた!正しくは逃がした!」
堂嶋幹夫は笑顔で小さく手を振り二人の背を見送る。顔本の言う『報告』が先程の下品な話題に関連しているとは思いもしなかった。
渋谷警察署長と元相談窓口係は顔本に与えられている個室へ戻って来た。黒岩はパイプ椅子を開き浅く腰掛ける。
「……打ち明けた理由、だったな」
「う、うん…」
「顔本には、その……先日シモの世話になったからな」
品を欠いた話題を至極真剣に持ち出す公務員を目の当たりにし、また笑いが込み上げるがキリが無いので我慢する。
「だから、報告しておくべきって、考えた訳?昨日、ふへっ、プロのお店でイっ……果てたこと」
返事の代わりに、男は申し訳なさ気にうつ向く。シュールな状況に女は唇の震えが止まらない。
「先程も言ったが、処置を望んで自ら入店した訳ではない。息抜きを、と牟田さんに誘われた先が風俗店だったんだ」
「はあ」
「この件について顔本に……謝罪する……というのも、違う気がするが……だがせめて報告すべきと思ったまでだ」
「やーめてって、マジでそんなことで神妙な顔すんなよ警察署長さん」
優しさ溢れる言葉に黒岩は少しだけ視線を落とし、眉間にシワを寄せた。
「お前にとっては、そんなことなのか」
「私もそのプロのお姉ちゃんも大した差は無いの、目の前で困ってる殿方を手助けしただけ。署長が気に病むこたぁ無い。そもそも私ら付き合ってすらないじゃん」
「だからこそ…!」
黒岩は立ち上がり献身的な部下に迫るが、勢いを失いまた席に着く。
「……非可逆的だ」
「非ぃ科学的?」
「非可逆。俺は顔本に借りがあるが、全く同じ行為にて借りを返すことは不可能だ。男と女では、色々と話が違ってくる」
「あ、あれはどっちもどっちだったじゃん!」
「お二人とも、もう少し抑えて」
「だって、油断したら署長が全部自分のせいにしようとするんだもん!」
「顔本こそ女性の立場をわかっていないんだ!自分の身体を何だと思ってる!」
両者が思いを剥き出しにした後、しばし沈黙。
今指摘をしてきた第三者は誰か。
「扉が閉まっていても全部廊下に筒抜けでしたよ」
「……」
「……」
「署内とはいえ気を付けてください、いつ誰が出入りしているかわからないんですから。ね?」
気を遣ってくれているのか、堂嶋幹夫は口を出せど部屋の中に入ってこようとはしない。
「掛かり付け医としては…お体に負担のかからないようご留意ください、としか」
「しょ、署長、なんとかイって、いや、言ってやってよ」
黒岩は笑顔を絶やさない幹夫の前に立つ。上から睨み付けるのではなく、正面から向き合って。
「今更弁明も謝罪もしません。軽蔑したって構いません」
「……」
本人は真っ向から批難を受け入れるつもりでいるが、その黒岩の背後から睨んでくる目が幹夫の反応を監視していた。
「ただ!……ただ、吹聴は御勘弁願います」
「そーそー、せめて渋谷が元の時代に戻るまでは、署長の評判落としちゃマズイからね」
「顔本はただ、断りきれず俺の相手をしただけなんです。今だって…」
「はあ!?まーだ言ってるしこのてやんでいが!どっちもどっちだっつってんじゃん!いつまでもしつけぇーんだよぉ!」
彼等はお互いの立場や心身を庇い合っている。幹夫は二人がどういう関係なのか再度察した。
「ご安心ください。言い触らすなんてことしませんよ。公人や有名人である以前に、本件は人様のプライベートな内容ですから」
「恩に切ります」
「ありがと~先生~っ」
「ですが」
幹夫は高身長な壁をすんなり突破して顔本へ近付く。
「先程の…公共の場であのように男性をからかう態度は、いかがなものかと思いますよ」
「う」
「今の言葉遣いも。気を遣ってくださっている黒岩さんに対して、しつけぇは無いでしょう」
「だって……それは署長がちっともわかってくれないから……」
まるで甥をしつける態度も気に食わず、顔本は唇を尖らせふて腐れた。人の庇い方は荒いが先程まではまだ大人な女性だった。今は己のワガママを通したがる堂嶋大介の面影が重なる。
「……そうだな。顔本に謝って、気を遣って、それだけで済む問題ではない」
「……は?」
「中途半端な誠意は嫌がられて当然だ」
「署長何言ってんの?」
「なるほど、顔本さんに納得していただければ解決ですね。もっと丁重な扱いをご所望で」
幹夫も悪ノリに参加する。
「い、いや違うし!逆逆!」
「気が付かず済まなかった。土下座でもしようか?」
「ちょっと二人とも!?わざとでしょ!?ふざけてんでしょ!?」
男性達は顔を見合わせた後、顔本のことを鼻で笑った。
「……わかった!わーかったよ!署長の勝ち!署長の言い分の勝ち!後にも先にも署長の言う通り!!」
「これで静かになりますね」
「全く……付き合わせてしまい済みません」
「いえいえ、楽しかったですよ。顔本さんはからかい甲斐がありますからね」
「は、はいぃ!?」
幹夫の見立ては外れ、まだ顔本は静かになったとはいえない。
「仰る通りです。こいつが本気で怒っても恐怖は微塵も感じられない」
「おい聞き捨てならねぇぞ!」
「コラ、言った側から」
堂嶋先生は顔本の唇に人差し指を優しく押し当てて彼女の発言を封じる。
「!」
「悪い子ですね」
屈んだ姿勢でずれた眼鏡のフチを利用して上目遣いを強調。優しく微笑んで止めを刺した。
「~っ、やりづらい!」
「顔本は堂嶋先生に頭が上がらないな。先生、そろそろお時間では…」
男女の濃厚なやり取りを見せつけられていた黒岩は、渋谷中から頼られている医師のスケジュールを盾にライバルの退室を促す。
「そうですね。では顔本さん、良い子にしているんですよ」
調子に乗った男は小さくなっている女の頭を数回撫でる。
「ちょっと」
彼女は幹夫の手を掴んできた。だが、無理に退かそうとはしない。
「私も女なんだけど」
すっかり熱を帯びてしまった目と頬では、顔本の思い描いたような覇気とは真逆の雰囲気を漂わせてしまう。
無自覚、わざと。どちらにせよ、この異性の末恐ろしさのようなものを幹夫は肌で感じ取っていた。自分が一方的にからかっていた筈なのに。
「今は、ちょっとだけ怖いですね」
「おう、わかったら子供扱いしないでよねっ」
黒岩が顔本の手を幹夫から剥がし、両者を現実へ引き戻す。
「顔本が失礼しました。行ってください」
「大介くん……あんたの叔父さん恐ろしいわ……」
「はぁ?」