Case③b 大人達と子供
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次の日。泉海巡査長は自室で療養中の部下の様子を見に来た。
「うつ伏せでって言ってるのに。辛くないのかしら?」
深い眠りの中に居る顔本の体を少しずつ回転させ、いつも痛がっている背中が上になる体勢へ戻してやった。
半開きの口から垂れる涎が、頬を押し付けている枕へ次々と染み込んでいく。泉海はハンカチを顔本の口元へ近付けるが、そこから声が漏れ出してきたので手が止まる。
「い…」
「?」
「いぅいしゃ~…」
「……」
「い、う…い……しゃーん」
「……私の夢?」
「あー」
明確な意思の下に発せられた返答のようで、泉海は思わず綻んだ。
「ろこ行く……あって~……い、しょが…」
「ふふ。ついて来ちゃダメですよ、貴女は安静第一です」
「やー」
話し掛けてやると落ち着いたのか、はたまた納得してくれたのか、すうすうと寝息だけを立てるようになった。
「もう、本当に……」
彼女は堂嶋大介と気性が似通っているのか、渋谷の外に出て任務をこなすS.D.S.と彼らに付き添う自分のことを大層羨ましがっていると聞いた。
同年代、もしかしたら年上かもしれない女性なのに、こういった点はうんと子供に見える。
「もし治ったら、一緒に……なんて」
一瞬だけ、助手席に座る顔本が目に浮かんだ。
この女性に大きな怪我など無く、元より肩を並べる同僚だったならば、そんな今があったのかもしれない。
「っ!」
泉海の眉が微かに八の字を描く一方で、顔本の眉間には深い皺が刻まれた。
「あ…あ…いぁ、や……ごえっ」
彼女の安眠は悪夢によって中断されたらしい。
シビリアンに襲われた日を反芻しているのかと心配したが、どうも様子が違う。
「ごっ、ごえんあしゃ……ぇんなしゃいっ」
何度も謝っている。ということは、夢の中の悪魔、もしくは鬼は、言葉が通じる者だろう。
「……もしかして」
「しょしょ~っ!」
「やっぱり」
顎をガクガク動かし、顔本は声にならない叫びを上げた。彼に苦しい言い訳でもしているのだろうか。
「あ~、ぅあ~っ」
遂には体を揺らし始めた。どうせ追いかけられる程の悪事をはたらいたに決まっている。たまにはきちんと思い知れば良いと泉海は放置することにした。
「やぁ~っ、まずいですって!!」
顔本は開眼と同時に大声で意見を述べた。
突然のハッキリとした口調に泉海が言葉を詰まらせている間、顔本は目だけで辺りを見回す。
「署長は…?」
「い、いらしていませんよ。私以外には誰も」
「……」
回答を貰った後も、顔本は訳もなく目をキョロキョロさせている。
まるでこの世界が現実のものだと信じられないかのような反応。それは渋谷が未来に転送された時にすべき顔だろうに。
「泉海さんが居る…!」
「ええ居ますよ。おはようございます顔本さん」
「……夢かぁー」
彼女の表情は安堵と疲労が色濃く現れている。せっかく確保した仮眠だったが酷く疲れたご様子。
「夢の中でも黒岩さんに怒られてたんですか?」
「んえっ!?あ、や、怒られてたっつーか……ん?」
顔本は自分の体勢が四つん這いなことに、起き上がろうとした段階でやっと気付く。
ベッドの上でごろんと仰向けに寝転がった。
「ダメですよ、背中痛いんでしょう?ほら、もう一回ひっくり返しますから」
「泉海さんがうつ伏せにしちゃったんですか?」
「何かまずかったかしら?」
詳しいところまでは悟られたくない顔本は泉海から目を逸らした。
「うつ伏せで寝ると、なんか夢見が……おかしくて」
「そう?まあ、辛くない体勢なら自由にしてください」
もうじき各々の任務と業務に戻る頃合いかと、2人は壁掛け時計を確認する。
「……1階に署長来ない?」
「え?」
「今日はもう署長、1階に来ないですか?」
顔本は布団の端を両手でぎゅっと掴み、口元に押し付ける。
「通りかからないってことは無いと思いますけど。怒った黒岩署長さん、そんなに怖かった?」
「違うけど……うう」
掛け布団は彼女の眉下までせり上がった。
「も~……こんな体のくせに、一丁前に……バッカみたい」
「?」
こんなにもウジウジとした彼女は珍しい。弱気な態度は他人に感染する。今日この者には相談窓口のカウンターを任せられないと泉海巡査長は判断した。
「もう本日はゆっくり休んでください」
「……うん」
とうとう頭まですっぽり被ってしまった。
泉海が照明を落とし部屋を出るタイミングで、彼女を呼び止める者が運悪く現れた。
「泉海、顔本は居るか?」
布団饅頭が露骨に怯え始める。
「いいい泉海さん、頼んます…!」
明らかに様子がおかしい。
原因は今までの話の感じから察するにこの黒岩署長だろう。彼女の要望通り、私がここで食い止めねばと泉海はそれとなく間に入った。
「はい。体調不良を訴えている為、本日は休養させます」
「そうか。もう相談者が並んでいるが日を改めてもらおう。顔本。報告書の件、無理はしなくても良いが忘れるなよ」
せめて泉海が扉を閉めてくれていれば、直接話し掛けられることも無かっただろうに。
「?……返事くらいしたらどうだ。顔も出さないで」
無反応。正確には、硬直状態から動くことが出来ずにいる。
「……顔本」
尊敬する人物の行く手を遮る経験も反骨心も持ち合わせていない巡査長は、つい当然の如く彼を通してしまった。
「黒岩さん!い、今はその…!」
焦る気持ちはあるが後から続いて部屋に入ることしか出来ず、心の中で顔本に謝った。
「ダミー疑惑を払拭するだけだ」
掛け布団を引き剥がすと、意外にも顔本ご本人が現れた。両手で顔をぴったし覆い、折り畳んだ膝を肘で押さえつけて極限まで丸まっている。
「……俺の思い違いだったか。済まなかった」
そう言って布団を元通りにしてやった。
「……」
普段ならばここぞとばかり文句を垂れる顔本だが、今尚無反応を通す。
「一体どうしたんだ。何か悪いものを拾い食いでもしたか?」
「わ、私を何だと…」
ようやく口を利いたが、くぐもった声には元気のげの字も無い。
「ええと、どうも夢見が悪かったそうで」
「泉海さんやめてっ…!」
「夢…?」
黒岩は丸まった布団人間をじっと見下ろす。
この者は大怪我を負った際の忌まわしい記憶にさいなまれているのだろう。普段のふてぶてしい態度が心身の傷を分厚く覆っているが、彼女はシビリアンによる襲撃の被害者なのだ。
黒岩はベッドの端へ、彼にしてはそっと腰掛ける。2人は嫌な予感がした。
「顔本、お前には我々がついている。S.D.S.も、泉海も、俺も。警察署の皆がお前の味方だ」
求めずとも語り始めてしまった。
「もう二度と危険な目に遭わせないと約束しよう」
しかもなかなか熱いお言葉。
「その為には顔本本人の協力が一番必要だがな。俺や泉海がいつも口酸っぱく安静第」
「あの、黒岩さん」
この分では放っておけばかなり長居しそうだ。泉海が部下に助け船を出す。
「ここはひとりにしてあげませんか?ね、顔本さん」
「是非とも」
極々小さくともその返事は即答だった。
「……そうか」
顔本の頭辺りに優しくポンポンと触れ、警察署長は部屋を出て行った。更に縮こまった患者は泉海に届くか届かないか程の自責をくぐもらせる。
「バッカみたい、私…」
も~……こんな体のくせに、一丁前に……バッカみたい
泉海は先程聞こえた呟きを思い返した。なんとなくだが、顔本が見たという夢の大まかな種類くらいまでは想像することができた。
「うつ伏せでって言ってるのに。辛くないのかしら?」
深い眠りの中に居る顔本の体を少しずつ回転させ、いつも痛がっている背中が上になる体勢へ戻してやった。
半開きの口から垂れる涎が、頬を押し付けている枕へ次々と染み込んでいく。泉海はハンカチを顔本の口元へ近付けるが、そこから声が漏れ出してきたので手が止まる。
「い…」
「?」
「いぅいしゃ~…」
「……」
「い、う…い……しゃーん」
「……私の夢?」
「あー」
明確な意思の下に発せられた返答のようで、泉海は思わず綻んだ。
「ろこ行く……あって~……い、しょが…」
「ふふ。ついて来ちゃダメですよ、貴女は安静第一です」
「やー」
話し掛けてやると落ち着いたのか、はたまた納得してくれたのか、すうすうと寝息だけを立てるようになった。
「もう、本当に……」
彼女は堂嶋大介と気性が似通っているのか、渋谷の外に出て任務をこなすS.D.S.と彼らに付き添う自分のことを大層羨ましがっていると聞いた。
同年代、もしかしたら年上かもしれない女性なのに、こういった点はうんと子供に見える。
「もし治ったら、一緒に……なんて」
一瞬だけ、助手席に座る顔本が目に浮かんだ。
この女性に大きな怪我など無く、元より肩を並べる同僚だったならば、そんな今があったのかもしれない。
「っ!」
泉海の眉が微かに八の字を描く一方で、顔本の眉間には深い皺が刻まれた。
「あ…あ…いぁ、や……ごえっ」
彼女の安眠は悪夢によって中断されたらしい。
シビリアンに襲われた日を反芻しているのかと心配したが、どうも様子が違う。
「ごっ、ごえんあしゃ……ぇんなしゃいっ」
何度も謝っている。ということは、夢の中の悪魔、もしくは鬼は、言葉が通じる者だろう。
「……もしかして」
「しょしょ~っ!」
「やっぱり」
顎をガクガク動かし、顔本は声にならない叫びを上げた。彼に苦しい言い訳でもしているのだろうか。
「あ~、ぅあ~っ」
遂には体を揺らし始めた。どうせ追いかけられる程の悪事をはたらいたに決まっている。たまにはきちんと思い知れば良いと泉海は放置することにした。
「やぁ~っ、まずいですって!!」
顔本は開眼と同時に大声で意見を述べた。
突然のハッキリとした口調に泉海が言葉を詰まらせている間、顔本は目だけで辺りを見回す。
「署長は…?」
「い、いらしていませんよ。私以外には誰も」
「……」
回答を貰った後も、顔本は訳もなく目をキョロキョロさせている。
まるでこの世界が現実のものだと信じられないかのような反応。それは渋谷が未来に転送された時にすべき顔だろうに。
「泉海さんが居る…!」
「ええ居ますよ。おはようございます顔本さん」
「……夢かぁー」
彼女の表情は安堵と疲労が色濃く現れている。せっかく確保した仮眠だったが酷く疲れたご様子。
「夢の中でも黒岩さんに怒られてたんですか?」
「んえっ!?あ、や、怒られてたっつーか……ん?」
顔本は自分の体勢が四つん這いなことに、起き上がろうとした段階でやっと気付く。
ベッドの上でごろんと仰向けに寝転がった。
「ダメですよ、背中痛いんでしょう?ほら、もう一回ひっくり返しますから」
「泉海さんがうつ伏せにしちゃったんですか?」
「何かまずかったかしら?」
詳しいところまでは悟られたくない顔本は泉海から目を逸らした。
「うつ伏せで寝ると、なんか夢見が……おかしくて」
「そう?まあ、辛くない体勢なら自由にしてください」
もうじき各々の任務と業務に戻る頃合いかと、2人は壁掛け時計を確認する。
「……1階に署長来ない?」
「え?」
「今日はもう署長、1階に来ないですか?」
顔本は布団の端を両手でぎゅっと掴み、口元に押し付ける。
「通りかからないってことは無いと思いますけど。怒った黒岩署長さん、そんなに怖かった?」
「違うけど……うう」
掛け布団は彼女の眉下までせり上がった。
「も~……こんな体のくせに、一丁前に……バッカみたい」
「?」
こんなにもウジウジとした彼女は珍しい。弱気な態度は他人に感染する。今日この者には相談窓口のカウンターを任せられないと泉海巡査長は判断した。
「もう本日はゆっくり休んでください」
「……うん」
とうとう頭まですっぽり被ってしまった。
泉海が照明を落とし部屋を出るタイミングで、彼女を呼び止める者が運悪く現れた。
「泉海、顔本は居るか?」
布団饅頭が露骨に怯え始める。
「いいい泉海さん、頼んます…!」
明らかに様子がおかしい。
原因は今までの話の感じから察するにこの黒岩署長だろう。彼女の要望通り、私がここで食い止めねばと泉海はそれとなく間に入った。
「はい。体調不良を訴えている為、本日は休養させます」
「そうか。もう相談者が並んでいるが日を改めてもらおう。顔本。報告書の件、無理はしなくても良いが忘れるなよ」
せめて泉海が扉を閉めてくれていれば、直接話し掛けられることも無かっただろうに。
「?……返事くらいしたらどうだ。顔も出さないで」
無反応。正確には、硬直状態から動くことが出来ずにいる。
「……顔本」
尊敬する人物の行く手を遮る経験も反骨心も持ち合わせていない巡査長は、つい当然の如く彼を通してしまった。
「黒岩さん!い、今はその…!」
焦る気持ちはあるが後から続いて部屋に入ることしか出来ず、心の中で顔本に謝った。
「ダミー疑惑を払拭するだけだ」
掛け布団を引き剥がすと、意外にも顔本ご本人が現れた。両手で顔をぴったし覆い、折り畳んだ膝を肘で押さえつけて極限まで丸まっている。
「……俺の思い違いだったか。済まなかった」
そう言って布団を元通りにしてやった。
「……」
普段ならばここぞとばかり文句を垂れる顔本だが、今尚無反応を通す。
「一体どうしたんだ。何か悪いものを拾い食いでもしたか?」
「わ、私を何だと…」
ようやく口を利いたが、くぐもった声には元気のげの字も無い。
「ええと、どうも夢見が悪かったそうで」
「泉海さんやめてっ…!」
「夢…?」
黒岩は丸まった布団人間をじっと見下ろす。
この者は大怪我を負った際の忌まわしい記憶にさいなまれているのだろう。普段のふてぶてしい態度が心身の傷を分厚く覆っているが、彼女はシビリアンによる襲撃の被害者なのだ。
黒岩はベッドの端へ、彼にしてはそっと腰掛ける。2人は嫌な予感がした。
「顔本、お前には我々がついている。S.D.S.も、泉海も、俺も。警察署の皆がお前の味方だ」
求めずとも語り始めてしまった。
「もう二度と危険な目に遭わせないと約束しよう」
しかもなかなか熱いお言葉。
「その為には顔本本人の協力が一番必要だがな。俺や泉海がいつも口酸っぱく安静第」
「あの、黒岩さん」
この分では放っておけばかなり長居しそうだ。泉海が部下に助け船を出す。
「ここはひとりにしてあげませんか?ね、顔本さん」
「是非とも」
極々小さくともその返事は即答だった。
「……そうか」
顔本の頭辺りに優しくポンポンと触れ、警察署長は部屋を出て行った。更に縮こまった患者は泉海に届くか届かないか程の自責をくぐもらせる。
「バッカみたい、私…」
も~……こんな体のくせに、一丁前に……バッカみたい
泉海は先程聞こえた呟きを思い返した。なんとなくだが、顔本が見たという夢の大まかな種類くらいまでは想像することができた。