Case③b 大人達と子供
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次の日。身支度を適当に済ませ、必要最低限の内装でまとめられた部屋を後にする。
「顔本さんっ」
戸を閉めようとするタイミングで呼び止められた。泉海は窓から斜めに差し込むいくつかの白い光を小走りでくぐって来る。
「こんちは。ちゃんと窓口行くとこですよ、ちゃんとね」
「それは当然お願いしますけれど、別件でちょっと時間くれません?今までゴタゴタしていて、なかなか顔本さんの分の用意が…」
今日の上司は記入ボードの他に、片手でなんとか掴める大きさのポーチを所持している。滑りの悪そうなファスナーが音を立てて走り、泉海の手が入ると中でカチャカチャと軽い音が鳴った。
「何頂けるんですか?」
「お化粧道具ですっ」
取り出された口紅やコンパクトを見た顔本は、眉をひそめニヤケながら首を何度も横に振る。
「泉海さ~ん、こんな状況で化粧とかしてられませんって」
「こんな状況だからこそ、です」
小バカにされてしまったが、たかが化粧、されど化粧。泉海は自信を持って反対意見をはね除ける。
「お化粧って士気を高める効果があるんですよ。これとこれは保湿してくれますし、あとこっちは…」
その後も化粧道具を次々手に取り説明をしてくれたが、部下の興味はさしてそそられなかった。
「わざわざありがとうございます。今度やってみますね」
そう言っていつまでも手をつけないことくらい泉海巡査長にはお見通しだ。
「わかりました!顔本さんがやる気無いなら、私がしてあげます。そこ座ってじっとしていてください」
「えー?……はぁい」
他人の見てくれのことでムキになる可愛らしい上司に根負けし、顔本はしばしの間自室に閉じ込められる。
「まだですかー?目も口もやりましたよね?」
「まだですよ。あ、目はもう開けて大丈夫」
「やっぱしっかりやろうとすると時間かかるモンですよね~。あと何残ってます?」
「次はシェーディングとハイライト。唇だって今のはリップクリームです、もう馴染みました?」
一応上唇と下唇をこすり合わせて確認する。正解を気にしたことがない顔本は返答に困った。
「馴染んでも馴染まなくても、ぼちぼち行かなきゃなんですけど」
「顔本!!」
「今日はまだ脱走してませんてー!」
遠くから届いてきた怒号へ、顔本は頭を揺らさずに腹から返事をした。
「今日はまだって…」
手は止めずとも泉海は苦笑い。彼女の背後にある開きっぱなしの入口から声の主が登場する。
「では、報告書が提出されていない件はどう申し開……」
「あっ、報告書。あぁ~そう言えば~」
黒岩は中途半端に言葉を詰まらせたが、原因そのものはというと適切な言い訳を編み出すことに必死で、彼の異変に全く気付いていない。
「ありましたねそういうの~、ははは~」
「……」
「受けた相談事をまとめるんでしたっけ。あ、私がした回答内容も、ですよね?へへへ~」
「……」
無反応なボスに薄ら笑いでじっくり歩み寄る。
「へ、へへ…」
白々しい時間稼ぎも虚しく終わった。上手なアリバイが思い付かなかった顔本は、観念して両手を頭の上でパチッと合わせた。
「済みませんっ今日中にまとめますんでっ、どうか……署長?」
先程からやけに静かだ。妙な空気を感じ取った顔本は合わせた手を降ろし、本日初めて渋谷警察署長の顔を下から覗き見る。
「……」
それも一瞬で中断され、黒岩は何故か壁を見続けている。
「えっ…と、いつ提出しましょうか?今はちょっとあの、立て込んでまして。あとまだ、シェービング?」
「シェーディング。でも報告書お急ぎでしたら結構ですよ、残りは仕上げだけですので」
泉海は叱りも引きもせず受け答えしてくれるので、自分が奇妙なことをしてしまった訳ではなさそうだ。
「それとハイライト?もカットでお願いしまーす」
「いや、良い」
「はい?」
ようやく口を開いてくれたかと思えば、言葉が短過ぎて何がどう良いのかがわかり辛い。良いのニュアンスも、何かの良し悪しを評価したのか、結構という意味なのかすら不明瞭。
「行きなさい。時間だろう」
「?……はーい」
結局最後までアイコンタクトも叶わなかった。
意図は理解していないが、渋谷警察署の長がそう言うのだ。顔本はそそくさと部屋を後にした。
化粧筆をポーチに仕舞う泉海は目を優しく細めながら提案する。
「これらはもう使用を控えましょうか。顔本さんのお化粧は、黒岩さんの士気に障るので」
たった今まで随分と歯切れの悪かった男性は、極めて鋭い目付きでお節介者を攻撃する。
「わ、私も仕事仕事~っ」
泉海が部屋を出た瞬間、お咎めなしとのことで解放された部下の声が通路の奥から響き渡ってきた。
「何だかよくわかんないけどラッキィー!フゥー!」
「顔本さんっ、スキップ禁止!安静第一~!」
1人残された黒岩は使用者が去ったベッドにドカッと腰掛け、自分の膝に肘を突く。口元を押さえ込み、人知れず頭を冷やした。
「顔本さんっ」
戸を閉めようとするタイミングで呼び止められた。泉海は窓から斜めに差し込むいくつかの白い光を小走りでくぐって来る。
「こんちは。ちゃんと窓口行くとこですよ、ちゃんとね」
「それは当然お願いしますけれど、別件でちょっと時間くれません?今までゴタゴタしていて、なかなか顔本さんの分の用意が…」
今日の上司は記入ボードの他に、片手でなんとか掴める大きさのポーチを所持している。滑りの悪そうなファスナーが音を立てて走り、泉海の手が入ると中でカチャカチャと軽い音が鳴った。
「何頂けるんですか?」
「お化粧道具ですっ」
取り出された口紅やコンパクトを見た顔本は、眉をひそめニヤケながら首を何度も横に振る。
「泉海さ~ん、こんな状況で化粧とかしてられませんって」
「こんな状況だからこそ、です」
小バカにされてしまったが、たかが化粧、されど化粧。泉海は自信を持って反対意見をはね除ける。
「お化粧って士気を高める効果があるんですよ。これとこれは保湿してくれますし、あとこっちは…」
その後も化粧道具を次々手に取り説明をしてくれたが、部下の興味はさしてそそられなかった。
「わざわざありがとうございます。今度やってみますね」
そう言っていつまでも手をつけないことくらい泉海巡査長にはお見通しだ。
「わかりました!顔本さんがやる気無いなら、私がしてあげます。そこ座ってじっとしていてください」
「えー?……はぁい」
他人の見てくれのことでムキになる可愛らしい上司に根負けし、顔本はしばしの間自室に閉じ込められる。
「まだですかー?目も口もやりましたよね?」
「まだですよ。あ、目はもう開けて大丈夫」
「やっぱしっかりやろうとすると時間かかるモンですよね~。あと何残ってます?」
「次はシェーディングとハイライト。唇だって今のはリップクリームです、もう馴染みました?」
一応上唇と下唇をこすり合わせて確認する。正解を気にしたことがない顔本は返答に困った。
「馴染んでも馴染まなくても、ぼちぼち行かなきゃなんですけど」
「顔本!!」
「今日はまだ脱走してませんてー!」
遠くから届いてきた怒号へ、顔本は頭を揺らさずに腹から返事をした。
「今日はまだって…」
手は止めずとも泉海は苦笑い。彼女の背後にある開きっぱなしの入口から声の主が登場する。
「では、報告書が提出されていない件はどう申し開……」
「あっ、報告書。あぁ~そう言えば~」
黒岩は中途半端に言葉を詰まらせたが、原因そのものはというと適切な言い訳を編み出すことに必死で、彼の異変に全く気付いていない。
「ありましたねそういうの~、ははは~」
「……」
「受けた相談事をまとめるんでしたっけ。あ、私がした回答内容も、ですよね?へへへ~」
「……」
無反応なボスに薄ら笑いでじっくり歩み寄る。
「へ、へへ…」
白々しい時間稼ぎも虚しく終わった。上手なアリバイが思い付かなかった顔本は、観念して両手を頭の上でパチッと合わせた。
「済みませんっ今日中にまとめますんでっ、どうか……署長?」
先程からやけに静かだ。妙な空気を感じ取った顔本は合わせた手を降ろし、本日初めて渋谷警察署長の顔を下から覗き見る。
「……」
それも一瞬で中断され、黒岩は何故か壁を見続けている。
「えっ…と、いつ提出しましょうか?今はちょっとあの、立て込んでまして。あとまだ、シェービング?」
「シェーディング。でも報告書お急ぎでしたら結構ですよ、残りは仕上げだけですので」
泉海は叱りも引きもせず受け答えしてくれるので、自分が奇妙なことをしてしまった訳ではなさそうだ。
「それとハイライト?もカットでお願いしまーす」
「いや、良い」
「はい?」
ようやく口を開いてくれたかと思えば、言葉が短過ぎて何がどう良いのかがわかり辛い。良いのニュアンスも、何かの良し悪しを評価したのか、結構という意味なのかすら不明瞭。
「行きなさい。時間だろう」
「?……はーい」
結局最後までアイコンタクトも叶わなかった。
意図は理解していないが、渋谷警察署の長がそう言うのだ。顔本はそそくさと部屋を後にした。
化粧筆をポーチに仕舞う泉海は目を優しく細めながら提案する。
「これらはもう使用を控えましょうか。顔本さんのお化粧は、黒岩さんの士気に障るので」
たった今まで随分と歯切れの悪かった男性は、極めて鋭い目付きでお節介者を攻撃する。
「わ、私も仕事仕事~っ」
泉海が部屋を出た瞬間、お咎めなしとのことで解放された部下の声が通路の奥から響き渡ってきた。
「何だかよくわかんないけどラッキィー!フゥー!」
「顔本さんっ、スキップ禁止!安静第一~!」
1人残された黒岩は使用者が去ったベッドにドカッと腰掛け、自分の膝に肘を突く。口元を押さえ込み、人知れず頭を冷やした。