Case③a 相談係兼任
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・S.D.S.+αの前髪事情
堂嶋大介は顔本の仮眠室でコピー用紙にアイディアを書き散らしていた。いつもの如く、片付けもせずに。
「この陣形だとガイを守れないな」
「……」
「マリマリの予備動作を考えると…」
「……」
夢中になってシャープペンシルを走らせている彼の顔は、ベッド横の小さなテーブルへ張り付くべく徐々に降りていっている。
集中力を高めている子供をじっと観察していた顔本は、無言で彼へ手を伸ばした。
「何だよ」
自分の急所もとい目元に近付いてきた手を大介は反射的に掴み、相手を軽く睨む。
「なかなかの反応速度じゃん」
「みんなを守るために日々鍛えてるからな。俺に隙は無いよ。デコピンでもするつもりだった?」
「ううん、大介くんもなかなか前髪長いなーって思ってさ。初めて会った時より伸びてるね」
光の加減によってたまに青みを帯びる黒髪は、彼のぱっちり二重の両目にかかるかどうかというところ。
「あー、たしかに。でも今は切り揃えてるどころじゃないし。渋谷を守るためには前髪なんか」
「後回しって訳だ。もし私が居なかったらね」
捕らえられていた顔本の手はひねりの動作で大介の拘束からするりと抜け出し、彼を握り返した。
「え?」
「こんにちうおーっと失礼しましたぁー」
慶作は密室で手を取り合っている男女を目でとらえるや否や、わざとらしく回れ右をして退散しようとする。
「はいはい帰らないこんちはこんちは。君の考えてるようなことにはなってないから。見てく?」
「そりゃあ是非とも……って、何を?」
「ヘアセット!」
そうと決まれば机は大きく退かされ、ハサミ、櫛、ゴミ箱と、散髪に最低限必要な用具が手際よく集められていく。慶作の期待しているような行為に発展する気配は一切感じられない。
「はい、じゃーコレ持って目ぇ閉じて。も少しうつむいて」
「準備早っ。切り過ぎないでよ?」
顔本の腕をあまり信用していない様子だが、大介は素直にゴミ箱を自分の顎のすぐ下の位置で抱える。
「安心して、準備から片付けまで何度かシミュレーション済みだから。大介くん相手じゃないけどね」
「贅沢だなー大介。御抱え美容師さんにカットしてもらえるなんて」
「よかったら次慶作くんも……でも切るとこあんまし無い感じ?」
カットを一旦止めハサミを降ろした顔本は、目の前にある丸っこい頭と手の出し様のないヘアスタイルとを見比べた。
「もしや自分で切ってる?」
慶作は困ったような呆れたような笑みを浮かべながら、自分の額の上でうねっている髪を摘まむ。
「いーえ。俺癖っ毛だから、伸びてもうまーい具合にまとまっちゃうんですよ」
「毛髪まで手の掛からない子だとは…」
顔本は半分は素直に感心、もう半分は内心引いていた。彼女の中で浅野慶作はまた一歩完璧な息子像へと近付いた。
「失礼します。大介、慶作、対策会議15分前だ」
「だってさー大介。続きはまた今度…」
もう1人の男子学生が話の輪に加わった途端、顔本の目の色がガラリと変わった。
「来ぉい!!」
「!?」
急な大声に、大介はゴミ箱を取り落としそうになる。
「耳元で大声出すなよ!」
「ガイ、こんな……親の仇とタイマン張る顔させるようなこと、婦女子にしちゃったか?」
「おうともさ」
のしのしと出入口に向かう婦女子がガイの代わりに勝手に答えてしまう。
顔本は脇をしめ腰を落とし、上半身をぐっと屈ませた。
「ずーっ……と!うっとうしいって思ってたんだよその前髪!」
「はい?」
「目に掛かって痛いわ痒いわ前が見えないわで邪魔臭いでしょ?さあカモン!」
「結構です」
眉はひそめられ、碧眼は半分まで降ろされた目蓋により陰る。いつもならば大人の対応を通す彼だが、素直な感情がつい表へにじみ出た。
「即答かよ。もしや健康や安全よりファッション優先させるタイプ?ガイくん意外」
「いいえ、そうでなくて。自分で出来ますのでお構い無く」
「あ、いっそのことワックスで掻き上げてみる?」
「ですからお構い無く。もうじき会議ですし、失礼しますよ」
ガイは目を閉じ、ため息に乗せて却下した。
「ちぇーっ、前髪スッキリさせた方がカッコイイと思うんだけどなぁ」
「今日の顔本さん、なんかテンション高いっすね」
本来ならば今すぐにでも対策会議室へ向かわなければならないが、もう2人の高校生が部屋を覗き込んできた。
「ほんと、廊下中に顔本さんの声響いてましたよ。何か良いことでもあったのかなぁって。ね、ルウ」
「わかった!今日はまだ黒岩さんに叱られていないからでしょー?」
「どうもお嬢さん方。大介くんのカット見ていく?」
「ですから、対策会議があるので中断してください」
言われずとも大介はゴミ箱を置いて立ち上がっていた。
「今日は男子組が哨戒任務だよな。顔本さん、俺のメモそのままにしといてよ?夕飯後また来るから」
「じゃあ会議の後は、私がヘアカット予約しちゃおっかな!」
「私は、まだ良いかな…」
ルウは少しだけ体を傾けて無邪気な笑顔を顔本へ向け、愛鈴は眼鏡の上で摘まんだ自分の毛先を見上げる。どちらとも胸暖まる仕草だが、顔本は喉まで込み上げてきた感想を飲み込み、あくまでクールな態度を貫く。
「ちょいちょい、私が手ぇ出す前提で進めないでよ。女子は自分でなんとかして」
お願いをさらっと拒否されてしまい、ルウは先程の兄と瓜二つな顔をして腰に手を当てる。
「何それ、男子だけ贔屓?」
「女の子は失恋したとき以外髪切っちゃだめってだけ。どうしてもってんなら自分でこっそり切って」
「……?」
顔本はしっかりと説き伏せたつもりでいて後片付けを始めるが、妙に停止したような空気を察して顔を上げる。5人からの視線が余さず注がれていた。
「何……なんか通じてない感じ?」
「顔本さんって、時々都市伝説繰り出すよな」
「そうそう、ホントは何歳?って感じ」
双子は揃って辛辣な言葉を年上の女へ贈った。
「分かるっ、話題にたまについて行けないよな。あっ、たまーにですよ、たまーに!」
慶作は発言力のある友に賛同しつつ、お手上げと苦笑いを使って顔本の気をこれ以上荒立てないよう努める。
「ええ?たまにって…い、いつだよ…?」
「いつとかはあんまし覚えてないけど、言われてみればたしかによくあるよな」
言えるものなら言ってみろと顔本は否定の意を込めて投げ掛けたが、大介は抵抗無く回答してみせた。
「一番世話になっている大介がこう言っているんです、間違いない」
「……」
大の大人の目に浮かび始めた涙を見て、愛鈴は慌てて不利側の人間をフォローしようと声を上げる。
「都市伝説だなんて、そ、そんなことないですよっ」
「マリマリちゃん…」
「私達にもきっと身近なことだよ!うちのおばあちゃんが同じこと言ってたもん!」
「マリマリちゃん…」
「ここに居たか、S.D.S.。もうじき会議の時間だ」
怪我人がベッドでぐしゃりとうずくまっているが黒岩は顔本を全く心配してくれない。扉が開いていて会話の一部始終が筒抜けだったためだ。
「顔本、お前も持ち場につきなさい。手真輪、気にしなくて良い」
妙齢女性へ今日一番の深手を負わせた女子学生は、黒岩と顔本とを何度か交互に見てから仲間の影へ隠れた。
「うう~畜生~……あ」
顔本は何かをふと思い立ち、上司の額を凝視する。
「署長。署長の髪って、セットに時間かかってたりする?」
「何だいきなり。特にこだわりは無いが」
「そう。んじゃあ心置きなく…!」
部下が元気を取り戻した理由を黒岩が察するよりも先に、顔本は彼との距離を詰め跳び上がった。その一瞬で、綺麗に整っていたオールバックをぐしゃぐしゃに掻き乱す。
「署長も結構前髪長ーいっ、あっはははは!」
大介らは一切の身動きが取れなくなった。今にも目の前で雷が落ちるのではと戦慄する。
「顔本…!」
鬼は歯をギリギリと噛み締めながら顔を上げる。
「会議が終わったらこの私が切り揃えてあげ、よっ…か……」
余裕吹いていた顔本の勢いは突如失速する。初めて目にする、黒岩の前髪が降りた姿が彼女をそうしたのだ。
「お前という奴は、どこまで……どうした?」
「ベタだけどっ…!」
顔本は心情上の理由により胸を押さえながらよろめいた。
「苦しいのか?」
「悔しいっ…!イイって思うのがなんか悔しいっ…!」
身体的不調ではないと判断し、警察署長は乱された前髪を雑作無く正した。
「あぁん勿体無い」
「……勝手に言っていろ」
理由を何となく察した黒岩は若干照れ臭そうにしてそっぽを向く。色黒なので頬の色の変化はほとんど見られず、誰にも指摘されなかった。
「うーん……」
「何ださっきから、人の顔をじろじろと」
見上げてくる部下は全く反省していない様子。やはり厳しく言いつけるべきか。ほぼ毎日のことだが。
「勿体無いっちゃ勿体無いけど、やっぱいつもの署長のが好……っ、似合っ、落ち着くかなぁって!」
「それはどうも」
顔本の動揺を全く意に介さず、黒岩は彼女の頭へ両手を伸ばした。
「ぎゃっ!?」
「お前はこっちの方が断然似合う」
取れかけていた包帯もろとも顔本の髪はこんがらがり、これにて心身共に人前へ出られる状態ではなくなってしまった。
「俺や大介よりもご自身の髪を先に何とかしてくださいね」
「じゃあ署長を止めてよ~!」
「子供っぽかったりオバサン臭かったり、顔本さんって変な人」
「オバサン言うな!あと子供言うな!」
比較的平和に場が収まり、S.D.S.は安心して顔本の部屋から退散する。
廊下に出たところで連絡係の泉海とすれ違った。
「あら、やっぱりみんなここに居たのね。で、顔本さんまた何か悪さしました?」
顔本とのじゃれ合いを部下に発見され、黒岩は気恥ずかしさから大人げない仕返しを止める。
「コレ粛清じゃないってば~、ちょっと人様の髪いじりしたくなっちゃっただくだってばぁ~」
「この通り、コイツは情緒不安定だから休養させる。泉海、菊池へ伝言頼む」
「了解です」
堂嶋大介は顔本の仮眠室でコピー用紙にアイディアを書き散らしていた。いつもの如く、片付けもせずに。
「この陣形だとガイを守れないな」
「……」
「マリマリの予備動作を考えると…」
「……」
夢中になってシャープペンシルを走らせている彼の顔は、ベッド横の小さなテーブルへ張り付くべく徐々に降りていっている。
集中力を高めている子供をじっと観察していた顔本は、無言で彼へ手を伸ばした。
「何だよ」
自分の急所もとい目元に近付いてきた手を大介は反射的に掴み、相手を軽く睨む。
「なかなかの反応速度じゃん」
「みんなを守るために日々鍛えてるからな。俺に隙は無いよ。デコピンでもするつもりだった?」
「ううん、大介くんもなかなか前髪長いなーって思ってさ。初めて会った時より伸びてるね」
光の加減によってたまに青みを帯びる黒髪は、彼のぱっちり二重の両目にかかるかどうかというところ。
「あー、たしかに。でも今は切り揃えてるどころじゃないし。渋谷を守るためには前髪なんか」
「後回しって訳だ。もし私が居なかったらね」
捕らえられていた顔本の手はひねりの動作で大介の拘束からするりと抜け出し、彼を握り返した。
「え?」
「こんにちうおーっと失礼しましたぁー」
慶作は密室で手を取り合っている男女を目でとらえるや否や、わざとらしく回れ右をして退散しようとする。
「はいはい帰らないこんちはこんちは。君の考えてるようなことにはなってないから。見てく?」
「そりゃあ是非とも……って、何を?」
「ヘアセット!」
そうと決まれば机は大きく退かされ、ハサミ、櫛、ゴミ箱と、散髪に最低限必要な用具が手際よく集められていく。慶作の期待しているような行為に発展する気配は一切感じられない。
「はい、じゃーコレ持って目ぇ閉じて。も少しうつむいて」
「準備早っ。切り過ぎないでよ?」
顔本の腕をあまり信用していない様子だが、大介は素直にゴミ箱を自分の顎のすぐ下の位置で抱える。
「安心して、準備から片付けまで何度かシミュレーション済みだから。大介くん相手じゃないけどね」
「贅沢だなー大介。御抱え美容師さんにカットしてもらえるなんて」
「よかったら次慶作くんも……でも切るとこあんまし無い感じ?」
カットを一旦止めハサミを降ろした顔本は、目の前にある丸っこい頭と手の出し様のないヘアスタイルとを見比べた。
「もしや自分で切ってる?」
慶作は困ったような呆れたような笑みを浮かべながら、自分の額の上でうねっている髪を摘まむ。
「いーえ。俺癖っ毛だから、伸びてもうまーい具合にまとまっちゃうんですよ」
「毛髪まで手の掛からない子だとは…」
顔本は半分は素直に感心、もう半分は内心引いていた。彼女の中で浅野慶作はまた一歩完璧な息子像へと近付いた。
「失礼します。大介、慶作、対策会議15分前だ」
「だってさー大介。続きはまた今度…」
もう1人の男子学生が話の輪に加わった途端、顔本の目の色がガラリと変わった。
「来ぉい!!」
「!?」
急な大声に、大介はゴミ箱を取り落としそうになる。
「耳元で大声出すなよ!」
「ガイ、こんな……親の仇とタイマン張る顔させるようなこと、婦女子にしちゃったか?」
「おうともさ」
のしのしと出入口に向かう婦女子がガイの代わりに勝手に答えてしまう。
顔本は脇をしめ腰を落とし、上半身をぐっと屈ませた。
「ずーっ……と!うっとうしいって思ってたんだよその前髪!」
「はい?」
「目に掛かって痛いわ痒いわ前が見えないわで邪魔臭いでしょ?さあカモン!」
「結構です」
眉はひそめられ、碧眼は半分まで降ろされた目蓋により陰る。いつもならば大人の対応を通す彼だが、素直な感情がつい表へにじみ出た。
「即答かよ。もしや健康や安全よりファッション優先させるタイプ?ガイくん意外」
「いいえ、そうでなくて。自分で出来ますのでお構い無く」
「あ、いっそのことワックスで掻き上げてみる?」
「ですからお構い無く。もうじき会議ですし、失礼しますよ」
ガイは目を閉じ、ため息に乗せて却下した。
「ちぇーっ、前髪スッキリさせた方がカッコイイと思うんだけどなぁ」
「今日の顔本さん、なんかテンション高いっすね」
本来ならば今すぐにでも対策会議室へ向かわなければならないが、もう2人の高校生が部屋を覗き込んできた。
「ほんと、廊下中に顔本さんの声響いてましたよ。何か良いことでもあったのかなぁって。ね、ルウ」
「わかった!今日はまだ黒岩さんに叱られていないからでしょー?」
「どうもお嬢さん方。大介くんのカット見ていく?」
「ですから、対策会議があるので中断してください」
言われずとも大介はゴミ箱を置いて立ち上がっていた。
「今日は男子組が哨戒任務だよな。顔本さん、俺のメモそのままにしといてよ?夕飯後また来るから」
「じゃあ会議の後は、私がヘアカット予約しちゃおっかな!」
「私は、まだ良いかな…」
ルウは少しだけ体を傾けて無邪気な笑顔を顔本へ向け、愛鈴は眼鏡の上で摘まんだ自分の毛先を見上げる。どちらとも胸暖まる仕草だが、顔本は喉まで込み上げてきた感想を飲み込み、あくまでクールな態度を貫く。
「ちょいちょい、私が手ぇ出す前提で進めないでよ。女子は自分でなんとかして」
お願いをさらっと拒否されてしまい、ルウは先程の兄と瓜二つな顔をして腰に手を当てる。
「何それ、男子だけ贔屓?」
「女の子は失恋したとき以外髪切っちゃだめってだけ。どうしてもってんなら自分でこっそり切って」
「……?」
顔本はしっかりと説き伏せたつもりでいて後片付けを始めるが、妙に停止したような空気を察して顔を上げる。5人からの視線が余さず注がれていた。
「何……なんか通じてない感じ?」
「顔本さんって、時々都市伝説繰り出すよな」
「そうそう、ホントは何歳?って感じ」
双子は揃って辛辣な言葉を年上の女へ贈った。
「分かるっ、話題にたまについて行けないよな。あっ、たまーにですよ、たまーに!」
慶作は発言力のある友に賛同しつつ、お手上げと苦笑いを使って顔本の気をこれ以上荒立てないよう努める。
「ええ?たまにって…い、いつだよ…?」
「いつとかはあんまし覚えてないけど、言われてみればたしかによくあるよな」
言えるものなら言ってみろと顔本は否定の意を込めて投げ掛けたが、大介は抵抗無く回答してみせた。
「一番世話になっている大介がこう言っているんです、間違いない」
「……」
大の大人の目に浮かび始めた涙を見て、愛鈴は慌てて不利側の人間をフォローしようと声を上げる。
「都市伝説だなんて、そ、そんなことないですよっ」
「マリマリちゃん…」
「私達にもきっと身近なことだよ!うちのおばあちゃんが同じこと言ってたもん!」
「マリマリちゃん…」
「ここに居たか、S.D.S.。もうじき会議の時間だ」
怪我人がベッドでぐしゃりとうずくまっているが黒岩は顔本を全く心配してくれない。扉が開いていて会話の一部始終が筒抜けだったためだ。
「顔本、お前も持ち場につきなさい。手真輪、気にしなくて良い」
妙齢女性へ今日一番の深手を負わせた女子学生は、黒岩と顔本とを何度か交互に見てから仲間の影へ隠れた。
「うう~畜生~……あ」
顔本は何かをふと思い立ち、上司の額を凝視する。
「署長。署長の髪って、セットに時間かかってたりする?」
「何だいきなり。特にこだわりは無いが」
「そう。んじゃあ心置きなく…!」
部下が元気を取り戻した理由を黒岩が察するよりも先に、顔本は彼との距離を詰め跳び上がった。その一瞬で、綺麗に整っていたオールバックをぐしゃぐしゃに掻き乱す。
「署長も結構前髪長ーいっ、あっはははは!」
大介らは一切の身動きが取れなくなった。今にも目の前で雷が落ちるのではと戦慄する。
「顔本…!」
鬼は歯をギリギリと噛み締めながら顔を上げる。
「会議が終わったらこの私が切り揃えてあげ、よっ…か……」
余裕吹いていた顔本の勢いは突如失速する。初めて目にする、黒岩の前髪が降りた姿が彼女をそうしたのだ。
「お前という奴は、どこまで……どうした?」
「ベタだけどっ…!」
顔本は心情上の理由により胸を押さえながらよろめいた。
「苦しいのか?」
「悔しいっ…!イイって思うのがなんか悔しいっ…!」
身体的不調ではないと判断し、警察署長は乱された前髪を雑作無く正した。
「あぁん勿体無い」
「……勝手に言っていろ」
理由を何となく察した黒岩は若干照れ臭そうにしてそっぽを向く。色黒なので頬の色の変化はほとんど見られず、誰にも指摘されなかった。
「うーん……」
「何ださっきから、人の顔をじろじろと」
見上げてくる部下は全く反省していない様子。やはり厳しく言いつけるべきか。ほぼ毎日のことだが。
「勿体無いっちゃ勿体無いけど、やっぱいつもの署長のが好……っ、似合っ、落ち着くかなぁって!」
「それはどうも」
顔本の動揺を全く意に介さず、黒岩は彼女の頭へ両手を伸ばした。
「ぎゃっ!?」
「お前はこっちの方が断然似合う」
取れかけていた包帯もろとも顔本の髪はこんがらがり、これにて心身共に人前へ出られる状態ではなくなってしまった。
「俺や大介よりもご自身の髪を先に何とかしてくださいね」
「じゃあ署長を止めてよ~!」
「子供っぽかったりオバサン臭かったり、顔本さんって変な人」
「オバサン言うな!あと子供言うな!」
比較的平和に場が収まり、S.D.S.は安心して顔本の部屋から退散する。
廊下に出たところで連絡係の泉海とすれ違った。
「あら、やっぱりみんなここに居たのね。で、顔本さんまた何か悪さしました?」
顔本とのじゃれ合いを部下に発見され、黒岩は気恥ずかしさから大人げない仕返しを止める。
「コレ粛清じゃないってば~、ちょっと人様の髪いじりしたくなっちゃっただくだってばぁ~」
「この通り、コイツは情緒不安定だから休養させる。泉海、菊池へ伝言頼む」
「了解です」