Case③a 相談係兼任
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早めの昼休憩中。控えめなノックに顔本は我に返り顔を上げた。脂汗を拭い、軋む背中に構わず姿勢を正す。
「どうぞー」
「失礼します」
ガイはある人物を目で軽く捜すが、ここには返事をした顔本が簡素なベッドに1人だけ。
「こんちは」
「こんにちは……大丈夫ですか?」
「ん?何が?」
「……いえ」
観察眼の鋭いガイは他人の顔色の良し悪しにすぐ気が付く。反面、それを否定しようとする相手の意思にも気を使い、ひとまずは彼女の容態についての話題は終いにする。
「ここに大介来ませんでしたか?」
「まだだよ、今日は。待ってんだけどね。忘れちゃったのかな、約束」
「あいつ、他の人にも迷惑かけて!はぁ、全く…」
「……」
どうやらこの大人びた男子生徒は仲間の身勝手さに大分手を焼いているようだ。なんだか身近な人とダブって見えるなぁと泉海を浮かべた顔本は、心の中で彼女に謝った。
「顔本さん、あいつ来たら対策本部前に来るよう伝えてくれますか?」
「ガイくん、ちょいと」
立て掛けておいたパイプ椅子を吊っていない方の手で引きずり寄せ、早々に立ち去ろうとするガイへ向けて開いた。
「ままっ、掛けてよ」
「生憎ですが…」
「ここで待ってればターゲット来るかもよ」
ノリの悪い子供を無視し、顔本はベッドから立ち上がりお茶会の準備を始める。
「この麦茶水出しだけど良いよね?」
「え…?」
「美味しいエサもお叱りのトラップもあるし、こりゃあ大介くんホイホイだね~」
彼女の手元にはコップと皿が3組ずつ。続いて持ち出したのは賞味期限が2017年から数えれば随分先のようかん。開封しようとハサミを探す顔本にガイは声を荒らげる。
「お構い無く!それ、顔本さんの非常食じゃないですか!」
「食欲無い奴が、食欲ある人や食べ盛りに回すだけ。効率化だよ」
「だとしても、今はまだ開けなくて良いでしょう。気が早すぎます」
くっと口を結び見下ろしてくる男の子を、年上女性は一切ひるまず見つめ返す。というのも、この時顔本はガイの話をほとんど聞いていなかった。
「……」
「……何ですか」
「……」
「まさか、大介が来る度に出していたりしませんよね?」
顔本はお茶菓子の用意を素直に止め、目を閉じながらベッドに腰かける。
「泉海さんかと思ってたけど、あれだね。署長に似てるかも」
「……俺が、ですか?」
表情こそ大きな変化は見られないものの、男の子は意外そうに聞き返してきた。
「嫌だった?」
「いえ、恐縮です」
「そう?」
「黒岩さんのことは本当に尊敬しています」
S.D.S.の哨戒任務には泉海巡査長が付き添うが、黒岩から通信機器を通して直に指示を受けることもあるそう。また、日々行われている災害対策本部会議は渋谷警察署長の黒岩と渋谷区長の牟田が中心となって進めているとのこと。
顔本が知り得ない黒岩の仕事振りを、彼は間近で見てきている。
「ほうほう。そう言えば署長の働いてるところ見たこと無かったや。ビシバシやってそ~う」
「俺の意見を通してくれることもあって。それに比べて、俺は…」
「……ん?」
「はぁ……こんなことじゃ……」
冷静沈着で自他共に厳しそうな子にしては語尾がはっきりしない。否、厳しいからこそ、言葉を濁した。
「あ、すみません。自分のことばかり…」
この子は今の、モヤモヤした感じのまま暗い方へ転がっていってしまう気がして、顔本は具体的な回答を求める。
「何か失敗でもしちゃった?」
「いえ、特には。そういう訳では、ないんですが……」
再度着席を勧められ、ガイはゆっくりと腰を降ろす。
「失礼します」
ついでに目線も自分の爪先にまで落としている。
「大介をよく見ておくようにと、黒岩さんから頼まれることが多いんです。でも今はこの有り様で…」
「良いね良いねえっ」
「はい?」
「悩んでるってことは、それだけ真面目ってことだよ。あとは大事な時にしっかり進むだけじゃん」
「はぁ…」
ガイの中途半端な返事は、励ましの内容にいまいち実感がわかないことと面倒な話題を適当に流されようとしているのではという多少の失意から。
顔本は改まったように深く座り直す。
「……署長はさ、ガイくんが出来そうなことだからガイくんに頼んだと思うよ」
「顔本さん、膝、閉じてください」
どっしり構えた顔本は同じトーンで話し続ける。股は閉じた。
「素質も性格も抱えてる不安も全~部わかってくれてて、その上でガイは頼める奴だ!って判断されたんだと思うな。だからガイくんはそのままで良いし、そのままで結果大丈夫!」
結局投げやりにしか聞こえなかったが、彼女由来の勢いと前向きさは分けてもらえた気がした。固い表情をようやく綻ばせる。
「信頼しているんですね。黒岩さんのこと」
「なんたって署の長だからねぇ。2388年渋谷の実質トップ!」
ガイは口をつぐんだ。牟田区長も先程の話に登場した筈だが、当人が目の当たりにしていない物事はどうしても記憶から抜け落ちてしまうものだ。
「考えてもみなよ。判断力ピカイチの署長が、そーだなぁたとえば、あの大介くんを側近とか次期署長とかに任命すると思う?私は想像つかない」
「それはどんな人が署長でも絶対有り得ないと思います」
「そっか!あっはっはっはっはっいったたたたっう゛ぇ~…」
陰口を叩いたバチが速攻当たったのか、耐えきれなくなった顔本は背中を押さえ屈み込む。
「横になりますか!?泉海さんか誰か…!」
「大丈夫大丈夫。おっ、気が利くねぇ」
顔本が手を突き出した時には、ガイはゴミ箱で受け止められるよう既に準備完了していた。汚い呻き声も考え物だ。
「いつものことだし、昨日よりマシだし。ふいーっ」
顔本は持ち直したように背筋をうんと伸ばす。
「……」
成り行きではあるが、抱えている悩み事をひとつ聞いていただいた。が、それに相当する対価に成り得るものを今の自分は持ち合わせていない。
「……顔本さんは、ここの相談窓口係なんですよね」
「うん」
「住民から、色んな悩み事を相談されるんですよね」
「そうだよ」
「あと……苦情とかも」
「何~?心配してくれてんの?私は大丈夫だよ」
「……」
たとえば、次はこちらが貴女の悩みを聞きますと正面切って申し出ても、同じくはぐらかされて終わる結果が目に見えている。ガイは不釣り合いな関係性に居心地の悪さを感じた。
「にしても大介くん遅いなー、別のとこ探した方が良いかもね?」
今回の分のお礼抜きにしても、いつか自分のことを話してくれる時が来るだろうか。それまでこの重傷者は、生きているだろうか。
「失礼しまーす。あ、兄さん!」
ガチャッという音の直後に発せられたメリハリのある声が、彼をちょっとした感傷から引き戻した。
「大介見つかったって!こんにちは顔本さん!」
「分かった。すぐ行く」
「こんちはー、いってらっしゃい」
兄はすくっと立ち上がり、パイプ椅子を畳んで元あった位置に立て掛けた。
「すみません、長居してしまって」
「ううん全然。あぁいいよお皿そのままで。遊びに来てね、たまにで良いから。おやつ用意してる」
「それは自分で食べてください」
窓からの逆光で陰った無邪気な笑顔に、去り際のガイも爽やかに微笑み返した。
言うべき言葉が残っていたことに気付いた彼は、閉めかけていたドアを今一度開く。
「ありがとうございました」
「いーえー」
「どうぞー」
「失礼します」
ガイはある人物を目で軽く捜すが、ここには返事をした顔本が簡素なベッドに1人だけ。
「こんちは」
「こんにちは……大丈夫ですか?」
「ん?何が?」
「……いえ」
観察眼の鋭いガイは他人の顔色の良し悪しにすぐ気が付く。反面、それを否定しようとする相手の意思にも気を使い、ひとまずは彼女の容態についての話題は終いにする。
「ここに大介来ませんでしたか?」
「まだだよ、今日は。待ってんだけどね。忘れちゃったのかな、約束」
「あいつ、他の人にも迷惑かけて!はぁ、全く…」
「……」
どうやらこの大人びた男子生徒は仲間の身勝手さに大分手を焼いているようだ。なんだか身近な人とダブって見えるなぁと泉海を浮かべた顔本は、心の中で彼女に謝った。
「顔本さん、あいつ来たら対策本部前に来るよう伝えてくれますか?」
「ガイくん、ちょいと」
立て掛けておいたパイプ椅子を吊っていない方の手で引きずり寄せ、早々に立ち去ろうとするガイへ向けて開いた。
「ままっ、掛けてよ」
「生憎ですが…」
「ここで待ってればターゲット来るかもよ」
ノリの悪い子供を無視し、顔本はベッドから立ち上がりお茶会の準備を始める。
「この麦茶水出しだけど良いよね?」
「え…?」
「美味しいエサもお叱りのトラップもあるし、こりゃあ大介くんホイホイだね~」
彼女の手元にはコップと皿が3組ずつ。続いて持ち出したのは賞味期限が2017年から数えれば随分先のようかん。開封しようとハサミを探す顔本にガイは声を荒らげる。
「お構い無く!それ、顔本さんの非常食じゃないですか!」
「食欲無い奴が、食欲ある人や食べ盛りに回すだけ。効率化だよ」
「だとしても、今はまだ開けなくて良いでしょう。気が早すぎます」
くっと口を結び見下ろしてくる男の子を、年上女性は一切ひるまず見つめ返す。というのも、この時顔本はガイの話をほとんど聞いていなかった。
「……」
「……何ですか」
「……」
「まさか、大介が来る度に出していたりしませんよね?」
顔本はお茶菓子の用意を素直に止め、目を閉じながらベッドに腰かける。
「泉海さんかと思ってたけど、あれだね。署長に似てるかも」
「……俺が、ですか?」
表情こそ大きな変化は見られないものの、男の子は意外そうに聞き返してきた。
「嫌だった?」
「いえ、恐縮です」
「そう?」
「黒岩さんのことは本当に尊敬しています」
S.D.S.の哨戒任務には泉海巡査長が付き添うが、黒岩から通信機器を通して直に指示を受けることもあるそう。また、日々行われている災害対策本部会議は渋谷警察署長の黒岩と渋谷区長の牟田が中心となって進めているとのこと。
顔本が知り得ない黒岩の仕事振りを、彼は間近で見てきている。
「ほうほう。そう言えば署長の働いてるところ見たこと無かったや。ビシバシやってそ~う」
「俺の意見を通してくれることもあって。それに比べて、俺は…」
「……ん?」
「はぁ……こんなことじゃ……」
冷静沈着で自他共に厳しそうな子にしては語尾がはっきりしない。否、厳しいからこそ、言葉を濁した。
「あ、すみません。自分のことばかり…」
この子は今の、モヤモヤした感じのまま暗い方へ転がっていってしまう気がして、顔本は具体的な回答を求める。
「何か失敗でもしちゃった?」
「いえ、特には。そういう訳では、ないんですが……」
再度着席を勧められ、ガイはゆっくりと腰を降ろす。
「失礼します」
ついでに目線も自分の爪先にまで落としている。
「大介をよく見ておくようにと、黒岩さんから頼まれることが多いんです。でも今はこの有り様で…」
「良いね良いねえっ」
「はい?」
「悩んでるってことは、それだけ真面目ってことだよ。あとは大事な時にしっかり進むだけじゃん」
「はぁ…」
ガイの中途半端な返事は、励ましの内容にいまいち実感がわかないことと面倒な話題を適当に流されようとしているのではという多少の失意から。
顔本は改まったように深く座り直す。
「……署長はさ、ガイくんが出来そうなことだからガイくんに頼んだと思うよ」
「顔本さん、膝、閉じてください」
どっしり構えた顔本は同じトーンで話し続ける。股は閉じた。
「素質も性格も抱えてる不安も全~部わかってくれてて、その上でガイは頼める奴だ!って判断されたんだと思うな。だからガイくんはそのままで良いし、そのままで結果大丈夫!」
結局投げやりにしか聞こえなかったが、彼女由来の勢いと前向きさは分けてもらえた気がした。固い表情をようやく綻ばせる。
「信頼しているんですね。黒岩さんのこと」
「なんたって署の長だからねぇ。2388年渋谷の実質トップ!」
ガイは口をつぐんだ。牟田区長も先程の話に登場した筈だが、当人が目の当たりにしていない物事はどうしても記憶から抜け落ちてしまうものだ。
「考えてもみなよ。判断力ピカイチの署長が、そーだなぁたとえば、あの大介くんを側近とか次期署長とかに任命すると思う?私は想像つかない」
「それはどんな人が署長でも絶対有り得ないと思います」
「そっか!あっはっはっはっはっいったたたたっう゛ぇ~…」
陰口を叩いたバチが速攻当たったのか、耐えきれなくなった顔本は背中を押さえ屈み込む。
「横になりますか!?泉海さんか誰か…!」
「大丈夫大丈夫。おっ、気が利くねぇ」
顔本が手を突き出した時には、ガイはゴミ箱で受け止められるよう既に準備完了していた。汚い呻き声も考え物だ。
「いつものことだし、昨日よりマシだし。ふいーっ」
顔本は持ち直したように背筋をうんと伸ばす。
「……」
成り行きではあるが、抱えている悩み事をひとつ聞いていただいた。が、それに相当する対価に成り得るものを今の自分は持ち合わせていない。
「……顔本さんは、ここの相談窓口係なんですよね」
「うん」
「住民から、色んな悩み事を相談されるんですよね」
「そうだよ」
「あと……苦情とかも」
「何~?心配してくれてんの?私は大丈夫だよ」
「……」
たとえば、次はこちらが貴女の悩みを聞きますと正面切って申し出ても、同じくはぐらかされて終わる結果が目に見えている。ガイは不釣り合いな関係性に居心地の悪さを感じた。
「にしても大介くん遅いなー、別のとこ探した方が良いかもね?」
今回の分のお礼抜きにしても、いつか自分のことを話してくれる時が来るだろうか。それまでこの重傷者は、生きているだろうか。
「失礼しまーす。あ、兄さん!」
ガチャッという音の直後に発せられたメリハリのある声が、彼をちょっとした感傷から引き戻した。
「大介見つかったって!こんにちは顔本さん!」
「分かった。すぐ行く」
「こんちはー、いってらっしゃい」
兄はすくっと立ち上がり、パイプ椅子を畳んで元あった位置に立て掛けた。
「すみません、長居してしまって」
「ううん全然。あぁいいよお皿そのままで。遊びに来てね、たまにで良いから。おやつ用意してる」
「それは自分で食べてください」
窓からの逆光で陰った無邪気な笑顔に、去り際のガイも爽やかに微笑み返した。
言うべき言葉が残っていたことに気付いた彼は、閉めかけていたドアを今一度開く。
「ありがとうございました」
「いーえー」