ケルバン

怖かった。

一体何がって、一つしかない。今、やっと肩まで引き上げられた人間。自分の目の前から消えて無くなるところだった。

「よい…しょ」

彼女は危なっかしい。とてもじゃないけれど、目が離せられない。

「ふんぬ~、頑張れおねーさん」
「もう大丈夫だよ、ありがとうラチェット」

あとは一人でぇ~、と言いながら車両に乗り込んできた。それとほぼ同時に汽車が駅に着いた。

「やあっと大地だ……はーあー、私の携帯…」
「お気の毒ッス」
「分割払い、済んでいないんだよ」
「更にお気の毒ッス」

なんだか今の二人は、特に彼女は呑気すぎる。

「こんな時に、よく携帯の心配なんかしていられるね」
「心配っつーか、もはや絶望だけどね」

ハハハ、と笑う二人。

「…本当に危なかったんだよ?」
「はいはい、助かったから良いじゃない、ありがとうねラチェット」

されるがままよしよしされて首がぐらぐらする。感謝されているのはわかるし、嬉しい。だが、お気軽過ぎやしないか。

落ちかけたんだぞ?死にかけたんだぞ?

「あ、私の携帯無いってことは…お手軽ナノテックともお別れかあ、この先心細いぜ」

なのにこの態度。落ち着き。なんだか、もうイライラが止まらない。

「ふざけてんの!?」
「え…ラチェット?…どうしたの?」
「おねーさんは死にかけたんだよ!?それ、わかってるの?」
「う、うん。わかっているよ」

カシャッカシャッカシャッ

「おねーさんはオイラの、あ、相棒なんだから、勝手に…簡単に…死んじゃあだめだから、だから…」

やばい、泣きそう、情けないや。自分でも何を言っているかわからなくなってきたし。

カシャッカシャッカシャッ

「ええと、ラチェットの相棒は~、その…クランクなんじゃ」
「クランクもおねーさんも相棒なの!」
「うお、ごめんって」

いつもと様子が違うオイラに、おねーさんは戸惑っているみたい。

でもこれはおねーさん自身のせいなんだからな、もう目一杯に困らせてやる!

「あの~二人とも、ちょっといいッスか?」
「何?」
「何だよ!」
「二人が言い争っている間に、地雷マンがそこら中に仕掛けていったッスよ」

一見綺麗に見えるボタンが規則正しく蒔かれていた。

「足の踏み場が無い…」
「よくもまあ、こんなに…ねぇ?」
「感心している場合じゃないッス!どうするッスか?」
「仕方ないから突っ切っちゃおうぜ、いくつか踏んでも大丈夫だろ」
「だめだよ!ラチェットの体力は4つしかないんだから!」
「え?」
「ん?…あ、しまっ」
「なに?オイラの体力が4つ?」

忘れていた。おねーさんは、オイラに何か隠し事をしている。

「ラ、ラチェット…」

しかも何故かクランクはその隠し事が何なのかを知っているんだ。

「どういうこと?教えてよおねーさん!」

なんだか自分ばかり空回りしているみたい。

「ど…どういうことって、何が?」

おねーさんの口はひくひくしている。

「これからのためにも、オイラは知っておきたいんだよ」

邪魔をするかのようなタイミングでくいくい、と誰かがおねーさんの服を引っ張る。

「ん、何…インフォボットじゃん」
「ワタシ達がなかなか来ないから、恐らく寂しくなって自分から来たッスね」
「とりあえず、このまま観ちゃおうか。ね、ラチェット」
「……」
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