番外編7:都合の良い壁
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「ここにいらっしゃったんですね、ロール…」
服はお馴染みのボロボロコート。だが、首から上はいつもと違った。マスクを被っていない、中年男性の顔。
「シャ…」
お世辞にもイケメンとは言い難い容姿だ。
「あ…えっと…」
人違いかと思わず固まるが、夢主にとってはどこかで見たことがあるような顔つきだ。カウンターに置かれた帽子にも見覚えがある。
「やかましいのには不慣れでな」
その低い声は確かにパートナーのものだ。布を隔てていない分、寂のある声が少しだけ澄んで聞こえる。
「……」
「どうした」
「あ、…えっと!」
子供は我に返り、目の前の人物に返答する。
「ちょっとびっくりしただけです。マスク、外されているんで…」
背丈も服も帽子も声も大好きなヒーローなのだが、顔だけが違う。夢主は形容し難い新感覚に戸惑っていた。
「常にヒーローの姿でいる必要は無いからな」
「そうですよね…」
同意しつつも、夢主は何か引っかかりを感じていた。
彼女の知る限りでは、彼は仲間達が居る場所ではおろか、パートナーの子供と2人きりの時でもマスクを付けた状態で過ごしている。食事時はそれを鼻の上までずらすだけ。顔を拝む隙が全く無かったのだ。それが今は、素顔を晒していることに抵抗を示さず呑気にアイスコーヒーを飲んでいる。
夢主は彼の隣に立ち、ジュースが入った自分のコップをカウンターに置く。
「良いのか?」
何のことかと顔を向けるが、彼は目線を合わさずに続ける。
「部屋に戻らなくて」
俺の隣に居ても、とは聞かれなかった。
「はい。私もちょっと疲れちゃいました。カラオケボックスって音大きいですよね」
そこまで自分で言って夢主はやっと察する。彼はマスクを外してしまいたい程にあの空間が息苦しかったのだ。滅多に見せない顔を晒してでもリフレッシュしたかったのだろう。
「ごめんなさい…」
「何故謝る。理由は」
「ロールシャッハさんを無理矢理カラオケに連れて来ちゃったから。私がきっかけなんです、ここに来ることになったのは」
両手で囲った透明なグラスの氷に目線を落とし続ける。
「最近戦い続きで、なんと言うか……みんな、ちゃんと気分転換できていないんじゃないかって思いまして」
ここ数日はロキ率いるヴィランとのディスクの奪い合いが立て続けに勃発し、アベンジャーズに限らずアキラ達の顔つきも日に日に険しくなっていた。世界の運命を握る子供達は一般の子供に比べて自由時間が少なく、その小さな肩にのし掛かる責任は大きい。特に夢主以外の5人は、彼女よりも長い期間勇気を振り絞り悪に立ち向かってきているのだ。
「だから、少しでも息抜きになればと思って…」
「だったら、俺がここに来る必要は無かった」
「それは私のわがままです」
ロールシャッハは真っ直ぐ壁に向けていた目線を夢主に向ける。
「何かあった時はロールシャッハさんに居てもらわないと困りますし、それに…」
カラオケ店に着くまでの道のりで、夢主は淡い期待と共にある想像を膨らませていた。
「それに……私、ロールシャッハさんに」
「俺は歌わないぞ」
「……ですよね」
憧れのヒーローがマイクを握り熱唱する姿。あわよくば、自分のリクエストに応え歌ってくれる姿。それは脳内だけに留まる結果となった。
「でも、良いです。半分叶ったし」
「半分?」
「あっ……」
ロールシャッハは軽い気持ちで聞き返したが、どうやらそれはついこぼれた夢主の本音だったらしい。その証拠と言わんばかりに、彼女は気まずそうに目線を逸らした。
「……」
「……」
目の前の子供には口を開くつもりは無いらしいので、ロールシャッハは勝手に推測を始める。
ヒーローのパートナー達の気分転換がそのもう半分ならば、こんな態度は示さないだろう。歌を聞くのが目的の半分。そう言えばこいつは自分が歌い終わった直後、いつに無く俺をチラチラ見てきた。非常にうっとうしかったが、そうかあれが目的か。
「お前、俺に歌を聞か」
「やーっ!!」
夢主はロールシャッハが導き出した答えを大声で遮った。彼は、自分の発言一つで大いに取り乱す子供を見てちょっと面白く感じた。
「うるさい。何を慌てる必要がある。なかなかの」
「それ以上言ったら!ディー・セキュアです!!」
耳まで真っ赤に染め汗をだらだらと流す夢主は、手首に携えていた装置をマスク無し状態のロールシャッハの目の前へ突き出す。
「……」
「……」
初めて見る顔の男性へディスクを向け脅す行為は、夢主を何とも言えない不思議な気分にさせる。
「……」
「……」
このディスクに対応するヒーローはこの男で合っている筈なのだが、間違っているような気もする。何故か自信が持てない。
彼の元々の顔つきなのかもしれないが、かなり強く眼力を込められている。今度こそ怒らせてしまっただろうか?
「ごめんなさい…」
「……」
ディスクを持った腕を降ろす。
「もっと、その…言うなら言うで……オブラートに、お願いします…」
目線も下ろし、体をカウンターに向け直す。
「さっきも言ったように、俺があれこれ文句を言う程ではなかった」
「…ありがとうございます」
かの色男トニー・スタークと同じようにはいかないことくらいわかり切っている。が、もうちょっとストレートに誉めてほしい気もする。
しかし、たった今オブラートに包めと自ら言った手前、その濁りに濁った褒め言葉を夢主はそのまま受け取った。
服はお馴染みのボロボロコート。だが、首から上はいつもと違った。マスクを被っていない、中年男性の顔。
「シャ…」
お世辞にもイケメンとは言い難い容姿だ。
「あ…えっと…」
人違いかと思わず固まるが、夢主にとってはどこかで見たことがあるような顔つきだ。カウンターに置かれた帽子にも見覚えがある。
「やかましいのには不慣れでな」
その低い声は確かにパートナーのものだ。布を隔てていない分、寂のある声が少しだけ澄んで聞こえる。
「……」
「どうした」
「あ、…えっと!」
子供は我に返り、目の前の人物に返答する。
「ちょっとびっくりしただけです。マスク、外されているんで…」
背丈も服も帽子も声も大好きなヒーローなのだが、顔だけが違う。夢主は形容し難い新感覚に戸惑っていた。
「常にヒーローの姿でいる必要は無いからな」
「そうですよね…」
同意しつつも、夢主は何か引っかかりを感じていた。
彼女の知る限りでは、彼は仲間達が居る場所ではおろか、パートナーの子供と2人きりの時でもマスクを付けた状態で過ごしている。食事時はそれを鼻の上までずらすだけ。顔を拝む隙が全く無かったのだ。それが今は、素顔を晒していることに抵抗を示さず呑気にアイスコーヒーを飲んでいる。
夢主は彼の隣に立ち、ジュースが入った自分のコップをカウンターに置く。
「良いのか?」
何のことかと顔を向けるが、彼は目線を合わさずに続ける。
「部屋に戻らなくて」
俺の隣に居ても、とは聞かれなかった。
「はい。私もちょっと疲れちゃいました。カラオケボックスって音大きいですよね」
そこまで自分で言って夢主はやっと察する。彼はマスクを外してしまいたい程にあの空間が息苦しかったのだ。滅多に見せない顔を晒してでもリフレッシュしたかったのだろう。
「ごめんなさい…」
「何故謝る。理由は」
「ロールシャッハさんを無理矢理カラオケに連れて来ちゃったから。私がきっかけなんです、ここに来ることになったのは」
両手で囲った透明なグラスの氷に目線を落とし続ける。
「最近戦い続きで、なんと言うか……みんな、ちゃんと気分転換できていないんじゃないかって思いまして」
ここ数日はロキ率いるヴィランとのディスクの奪い合いが立て続けに勃発し、アベンジャーズに限らずアキラ達の顔つきも日に日に険しくなっていた。世界の運命を握る子供達は一般の子供に比べて自由時間が少なく、その小さな肩にのし掛かる責任は大きい。特に夢主以外の5人は、彼女よりも長い期間勇気を振り絞り悪に立ち向かってきているのだ。
「だから、少しでも息抜きになればと思って…」
「だったら、俺がここに来る必要は無かった」
「それは私のわがままです」
ロールシャッハは真っ直ぐ壁に向けていた目線を夢主に向ける。
「何かあった時はロールシャッハさんに居てもらわないと困りますし、それに…」
カラオケ店に着くまでの道のりで、夢主は淡い期待と共にある想像を膨らませていた。
「それに……私、ロールシャッハさんに」
「俺は歌わないぞ」
「……ですよね」
憧れのヒーローがマイクを握り熱唱する姿。あわよくば、自分のリクエストに応え歌ってくれる姿。それは脳内だけに留まる結果となった。
「でも、良いです。半分叶ったし」
「半分?」
「あっ……」
ロールシャッハは軽い気持ちで聞き返したが、どうやらそれはついこぼれた夢主の本音だったらしい。その証拠と言わんばかりに、彼女は気まずそうに目線を逸らした。
「……」
「……」
目の前の子供には口を開くつもりは無いらしいので、ロールシャッハは勝手に推測を始める。
ヒーローのパートナー達の気分転換がそのもう半分ならば、こんな態度は示さないだろう。歌を聞くのが目的の半分。そう言えばこいつは自分が歌い終わった直後、いつに無く俺をチラチラ見てきた。非常にうっとうしかったが、そうかあれが目的か。
「お前、俺に歌を聞か」
「やーっ!!」
夢主はロールシャッハが導き出した答えを大声で遮った。彼は、自分の発言一つで大いに取り乱す子供を見てちょっと面白く感じた。
「うるさい。何を慌てる必要がある。なかなかの」
「それ以上言ったら!ディー・セキュアです!!」
耳まで真っ赤に染め汗をだらだらと流す夢主は、手首に携えていた装置をマスク無し状態のロールシャッハの目の前へ突き出す。
「……」
「……」
初めて見る顔の男性へディスクを向け脅す行為は、夢主を何とも言えない不思議な気分にさせる。
「……」
「……」
このディスクに対応するヒーローはこの男で合っている筈なのだが、間違っているような気もする。何故か自信が持てない。
彼の元々の顔つきなのかもしれないが、かなり強く眼力を込められている。今度こそ怒らせてしまっただろうか?
「ごめんなさい…」
「……」
ディスクを持った腕を降ろす。
「もっと、その…言うなら言うで……オブラートに、お願いします…」
目線も下ろし、体をカウンターに向け直す。
「さっきも言ったように、俺があれこれ文句を言う程ではなかった」
「…ありがとうございます」
かの色男トニー・スタークと同じようにはいかないことくらいわかり切っている。が、もうちょっとストレートに誉めてほしい気もする。
しかし、たった今オブラートに包めと自ら言った手前、その濁りに濁った褒め言葉を夢主はそのまま受け取った。