長期間実体化させていたヒーローをディスクの中に戻したためか、夢主の体力はわずか数時間で回復した。気持ちの整理もついた彼女は今、恩人達が揃うリビングの手前で足を止めた。

「……」

中からは明るい話し声が漏れ出している。高い声は夢主に優しくしてくれたジェシカという子のものだ。一際大きい声は、あの赤い帽子を被った少年だろうか。

きっとその子達なら、否、きっと部屋に居る全員が自分を許してくれる筈。

意を決して目の前のドアを開いた。

「あ、夢主！」
「もう大丈夫なの？」

ソファ又はテーブルの上でくつろいでいる子供とヒーローがこちらへ目を向けた。

「はい。ご心配おかけして済みませんでした。あと…」

つい先程のこと。ここに居る全員の厚意を裏切り、身勝手なロールシャッハについて行こうとしてしまった。更に、そんな態度をとっておきながら結局はこうして世話になってしまっている。

彼等に対しての罪悪感と自身の情けなさにより、夢主の口から謝罪の言葉が出る。

「ごめんなさい、私…」
「あぁもうっ、そういうのいーから！それより、ロールシャッハはどう？」
「ちゃんと仲直りできた？」
「へ？」

目が覚めたときもリビングに入れずに怖じ気付いていた先程もずっと引っかかっていた。勝手なことをした自分を、彼等は許してくれるのだろうか？

「…あ、えっと…」

そんな悩みは杞憂に過ぎなかった。

「……はい！」

夢主はジェシカとワスプの質問に少しはにかみながら返事する。手首に装着したディスクが胸の前で水平になるよう腕を上げ、もう片方の空いている手で操作する。今度はすんなりホログラムが現れてくれた。

だが２人の仲を取り持った第一人者は「そんなことはどうでも良い！」とでも言うように意気揚々と切り出す。

「よし！んじゃあ、元気になったところで早速なんだが、夢主」
「夢主の家に行きましょ」

ジェシカがアイアンマンの声と半透明な姿を遮った。

「は？」
「は？じゃないわよ」

唇をとんがらせた彼女は腰に手を当て続ける。

「夢主はずっと家に帰れていないのよ？ペッパーさんにしてもらった手続き以外にも、色々とやることがあるの」

手続き。その言葉を聞いて実感が増す。

既にそのペッパーという女性から直々に話があったが、今日から夢主はこのトニー・スタークが所有する別荘兼アベンジャーズの基地に住まうこととなった。不明点の多いバイオコードを持つ夢主を保護するため、且つ、ディスク研究のサンプルとして自分自身を提供するためである。

「ま、まあそうだな」

特にトニー・スタークは、夢主に是非研究に協力してもらいたいようだ。今すぐにでも。

「だからまずは家に帰って荷物整理と、あとショッピングね！」
「ショッピングぅ？」

アイアンマンが小馬鹿にしたように語尾を伸ばす。

「一通りの生活必需品はこの別荘に備え付けてあるぞ？服や勉強道具だって、家に取りに行くんだったら買う必要は」
「もう一度言うけど、色々と必要なの！特に女の子には！それとも何？一個一個レディの口から説明させる気？」
「ぐ…！」

負けず嫌いな天才物理学者は勝ち気な女の子に容易く言い負かされてしまった。

「ジェシカちゃんが正しいわ。早々に実験って訳にはいかないわよ。それにしても、珍しいじゃない？貴男が女心を理解できないなんて」
「ハ、ハハ…」

ペッパー・ポッツの語尾のトーンが何故か重くなっていく。もう何を言っても適わないことを察したアイアンマンは笑うことしかできない。