第五部:都合の良い男
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人が命を落とす瞬間。人が命を奪う瞬間。それを見届ける覚悟ができていない平和の国の出身者は、咄嗟に顔を覆い船を囲う手すりに体を預けつつへたり込んだ。
「おい。立て」
頭上から味方の声がする。
「殺してはいない。だから目を開けろ」
恐る恐る言われた通りにすると、敵の男は壁に寄りかかり眉間にしわを寄せている。さっきまであった彼の武器は鞘すら見当たらない。肩を赤く染められたロールシャッハが海に捨ててしまったのだろう。
「ロールシャッハさん、血が…!」
「構うな……行くぞ…」
「ハハ、逃げきれるものか…」
ずるずると腰を下ろしたジュウベエは負け惜しみからか、夢主の知らない事実を順に暴露し始める。
「言っていたぞ、キング・コブラが。貴様を…噛んだんだってな…」
「え!?」
そんなことはたった今初めて知らされた。夢主は先日のロールシャッハとキング・コブラの取っ組み合いを実際には見ていなかった。また、このヒーローは己の体の不調を積極的に申し出るような人物ではない。
言われてみれば、確かにあの争いの直後ロールシャッハは膝を突いていた。少しだけだが様子がおかしかった。
「奴の毒は強烈だ。すぐに解毒剤を打たなければ、三日三晩苦しみ続け、最悪…死に至る」
「死…!?」
「にも関わらず、そんなに動けるとは……本当に俺達と同じ、人間か…?」
とうに観念した様子の男は、弱々しい声で純粋な疑問を勝者へ投げかける。
「それか、余程優秀な医者にでもかかったか?」
「生憎、そんな知り合いは居ない」
「フッ、だろうな」
やっと口を利いたロールシャッハは一本調子で答える。彼の声にメリハリが無いのはいつものこと。毒で苦しんでいる様子なんて、夢主の前に姿を現せてからは一切見せてこなかった。
だが、男の話が本当なら。ロールシャッハは無理矢理平静を装っているのではないか?今も尚、マスクの下で蛇の毒に蝕まれているのではないのか?
「おいガキ。ディー・セキュアすれば、結果的には俺達のためだけじゃなく、お前達のためにもなる」
「私達の、ため…?」
「行くぞ。時間稼ぎにこれ以上乗る必要は無い」
味方の言うことに従いたかったが、次の言葉で歩を進めることができなくなった。
「ディスクにはヒーリング機能……回復機能が付いている」
思わず勢い良く振り向くと、男は丁寧に続けてくれる。
「ディスクの中に居れば疲労は勿論、キング・コブラの毒も、今俺から受けた傷だって、みんなすっかり消えちまうさ」
「それは……」
大好きなヒーローの怪我が治る。毒が消える。助けてもらうだけじゃなく、助けることができる。しかも、自分の手によって。
「本当なんですか…?」
「耳を貸すな」
「本当だ。勿論、治るには時間がかなりかかっちまうけどな。良いか、ディー・セキュアして、元居た部屋に戻れ。そしたら2人とも、まあ……今死ぬことはない」
「……」
「あの4人が黙っちゃいないだろうが、俺が話つけといてやるよ」
「……」
「そいつの体を、ロールシャッハを想うなら……わかるだろ?」
「……」
もし「ディー・セキュア」と唱え降伏したらこの男の言う通り、死ぬことはなくなる。こんな船から逃げ出したいのは山々だが、今はロールシャッハの体が心配だ。
たとえば今捕まってしまっても、きっといつかは、彼が万全の状態で逃げ出せるタイミングが巡ってくるのではないだろうか?
「さっさと来い」
「…はい…」
そんな考えをなんとか払拭し歩き出す。
と、ジュウベエは最後に煽り方を変えた。
「ハッ、冷てぇファンだな」
「!」
ロールシャッハは勢い良く振り向いて夢主の横をすり抜け、ジュウベエの胸ぐらを掴み上げた。更に、その高さのままフェンスに押しつける。男の上半身はもう船の外側だ。
「喋るな」
至ってシンプルな命令だが、これ以上口を開けば殺す、という脅しが省略されている。
「行きましょう…」
夢主の震える手は、今度は彼女の顔を覆わずにロールシャッハの腕を掴んでいた。
「行きましょう、ロールシャッハさん…その人はもう何もできない、そうでしょう…?」
「お前…」
「……フン」
正義の味方は悪党を通路側に渋々降ろして歩き出した。
「…おいガキ」
ゆっくり振り返ったロールシャッハは、今度こそ息の根を止めてやろうと手を伸ばす。
「違ぇよ。おら」
先程ロールシャッハのトレンチコートから切り落とされてしまった、肩当ての一部。その布をぶっきらぼうに差し出してきた。
「俺の船に、余計なモン捨てて行くんじゃねぇよ」
「おい。立て」
頭上から味方の声がする。
「殺してはいない。だから目を開けろ」
恐る恐る言われた通りにすると、敵の男は壁に寄りかかり眉間にしわを寄せている。さっきまであった彼の武器は鞘すら見当たらない。肩を赤く染められたロールシャッハが海に捨ててしまったのだろう。
「ロールシャッハさん、血が…!」
「構うな……行くぞ…」
「ハハ、逃げきれるものか…」
ずるずると腰を下ろしたジュウベエは負け惜しみからか、夢主の知らない事実を順に暴露し始める。
「言っていたぞ、キング・コブラが。貴様を…噛んだんだってな…」
「え!?」
そんなことはたった今初めて知らされた。夢主は先日のロールシャッハとキング・コブラの取っ組み合いを実際には見ていなかった。また、このヒーローは己の体の不調を積極的に申し出るような人物ではない。
言われてみれば、確かにあの争いの直後ロールシャッハは膝を突いていた。少しだけだが様子がおかしかった。
「奴の毒は強烈だ。すぐに解毒剤を打たなければ、三日三晩苦しみ続け、最悪…死に至る」
「死…!?」
「にも関わらず、そんなに動けるとは……本当に俺達と同じ、人間か…?」
とうに観念した様子の男は、弱々しい声で純粋な疑問を勝者へ投げかける。
「それか、余程優秀な医者にでもかかったか?」
「生憎、そんな知り合いは居ない」
「フッ、だろうな」
やっと口を利いたロールシャッハは一本調子で答える。彼の声にメリハリが無いのはいつものこと。毒で苦しんでいる様子なんて、夢主の前に姿を現せてからは一切見せてこなかった。
だが、男の話が本当なら。ロールシャッハは無理矢理平静を装っているのではないか?今も尚、マスクの下で蛇の毒に蝕まれているのではないのか?
「おいガキ。ディー・セキュアすれば、結果的には俺達のためだけじゃなく、お前達のためにもなる」
「私達の、ため…?」
「行くぞ。時間稼ぎにこれ以上乗る必要は無い」
味方の言うことに従いたかったが、次の言葉で歩を進めることができなくなった。
「ディスクにはヒーリング機能……回復機能が付いている」
思わず勢い良く振り向くと、男は丁寧に続けてくれる。
「ディスクの中に居れば疲労は勿論、キング・コブラの毒も、今俺から受けた傷だって、みんなすっかり消えちまうさ」
「それは……」
大好きなヒーローの怪我が治る。毒が消える。助けてもらうだけじゃなく、助けることができる。しかも、自分の手によって。
「本当なんですか…?」
「耳を貸すな」
「本当だ。勿論、治るには時間がかなりかかっちまうけどな。良いか、ディー・セキュアして、元居た部屋に戻れ。そしたら2人とも、まあ……今死ぬことはない」
「……」
「あの4人が黙っちゃいないだろうが、俺が話つけといてやるよ」
「……」
「そいつの体を、ロールシャッハを想うなら……わかるだろ?」
「……」
もし「ディー・セキュア」と唱え降伏したらこの男の言う通り、死ぬことはなくなる。こんな船から逃げ出したいのは山々だが、今はロールシャッハの体が心配だ。
たとえば今捕まってしまっても、きっといつかは、彼が万全の状態で逃げ出せるタイミングが巡ってくるのではないだろうか?
「さっさと来い」
「…はい…」
そんな考えをなんとか払拭し歩き出す。
と、ジュウベエは最後に煽り方を変えた。
「ハッ、冷てぇファンだな」
「!」
ロールシャッハは勢い良く振り向いて夢主の横をすり抜け、ジュウベエの胸ぐらを掴み上げた。更に、その高さのままフェンスに押しつける。男の上半身はもう船の外側だ。
「喋るな」
至ってシンプルな命令だが、これ以上口を開けば殺す、という脅しが省略されている。
「行きましょう…」
夢主の震える手は、今度は彼女の顔を覆わずにロールシャッハの腕を掴んでいた。
「行きましょう、ロールシャッハさん…その人はもう何もできない、そうでしょう…?」
「お前…」
「……フン」
正義の味方は悪党を通路側に渋々降ろして歩き出した。
「…おいガキ」
ゆっくり振り返ったロールシャッハは、今度こそ息の根を止めてやろうと手を伸ばす。
「違ぇよ。おら」
先程ロールシャッハのトレンチコートから切り落とされてしまった、肩当ての一部。その布をぶっきらぼうに差し出してきた。
「俺の船に、余計なモン捨てて行くんじゃねぇよ」