第七部:都合なんか知らない
夢小説設定
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顔を伏せアスファルトに染み込んでいく涙をただ見つめていると、前方から誰かが駆けてくる足音がする。それは目の前で止んだ。
夢主は視界の端に映った底上げ靴を、汚れたズボンを、ボロボロのトレンチコートを見上げて思わず泣き止んだ。
「な、何で…」
ロールシャッハは戻ってきてくれた。
何故だ。彼は他人の涙で意志がぶれるような男ではない。
「……フム」
フム、じゃ分からない。
「……」
「……」
ヒーローの突然の駆けつけに何と言って良いものか、夢主は途方に暮れていた。が、彼自身もどこかうろたえている様に見える。
「体は?何とも無いか?」
目の前の男は、夢主が胸の辺りを押さえているのが気になるようだ。
パートナーの体を心配する癖がすっかり染み着いているのか、ロールシャッハは無意識に走り戻ってきてしまったらしい。
「はい。でも…」
夢主はまた顔を伏せる。
「お別れするのが…貴方とお別れするのが辛くて、胸が痛いです…」
「……」
ロールシャッハはゴソゴソと自身の上着を漁り、俯く夢主に見えるように立て膝を付いて何かを差し出した。
「これって…」
黄色の無地に黒で目と口だけが書かれた、至ってシンプルな缶バッヂ。ウォッチメンを題材にしたコミックに登場するキーアイテムの一つだ。
彼はパロディ漫画を真似して同じアイテムをお守りにする、なんてことはしない人間なので、恐らく夢主が彼を知るずっと前から持ち歩いていたものだろう。
「血は自由に付けろ」
コミック内では、この顔のイラストから見て右上に血が付着している。時計の11時辺りを指しているような矢印形の汚れがあって、初めてウォッチメンのシンボルとなる。一部の熱狂的ファンは、黄色いスマイルマークを見ただけでその上から赤色で落描きしたくなる気持ちが湧くという。
でも、
「いいえ。しませんよ、そんなこと」
彼は漫画のキャラではない。紙面から飛び出して来た訳でもない。この世界に確かに実在している。自分と同じ様に存在している、人間だ。
「だって、貴方から貰った物だから」
そのままの状態で、いつまでも大切にする。そう決めのだ。
「……フム。上等だ」
頭に優しく手を置かれ、夢主は自然とほころびる。もう涙は出さない。
「あ」
「何だ」
なんとなくだが、彼のロールシャッハ模様が優しく微笑んでいるように見えた。本当のところ、マスクの裏でどんな顔をしているかは分からないが。
「いえ。何でも」
その返事を特に気にする様子もなく彼はすくっと立ち上がった。夢主も足に力を入れる。
貰ったばかりのプレゼントをただ見つめていると、いつもの冷たい調子で注意され、初めて彼と出会った夜のことを思い出した。
「顔を擦り付けるのはやめろ」
「し、しませんよそんなことっ」
「…ふ」
今まで滅多に笑うことの無かった彼は首を少しすくめながら背を見せる。夢主は貰った缶バッヂに早速頬を擦り寄せ、一見ご満悦の様子。
絶対に妥協しなかった男は、今度こそ振り返らずに歩き続けた。
-完-
夢主は視界の端に映った底上げ靴を、汚れたズボンを、ボロボロのトレンチコートを見上げて思わず泣き止んだ。
「な、何で…」
ロールシャッハは戻ってきてくれた。
何故だ。彼は他人の涙で意志がぶれるような男ではない。
「……フム」
フム、じゃ分からない。
「……」
「……」
ヒーローの突然の駆けつけに何と言って良いものか、夢主は途方に暮れていた。が、彼自身もどこかうろたえている様に見える。
「体は?何とも無いか?」
目の前の男は、夢主が胸の辺りを押さえているのが気になるようだ。
パートナーの体を心配する癖がすっかり染み着いているのか、ロールシャッハは無意識に走り戻ってきてしまったらしい。
「はい。でも…」
夢主はまた顔を伏せる。
「お別れするのが…貴方とお別れするのが辛くて、胸が痛いです…」
「……」
ロールシャッハはゴソゴソと自身の上着を漁り、俯く夢主に見えるように立て膝を付いて何かを差し出した。
「これって…」
黄色の無地に黒で目と口だけが書かれた、至ってシンプルな缶バッヂ。ウォッチメンを題材にしたコミックに登場するキーアイテムの一つだ。
彼はパロディ漫画を真似して同じアイテムをお守りにする、なんてことはしない人間なので、恐らく夢主が彼を知るずっと前から持ち歩いていたものだろう。
「血は自由に付けろ」
コミック内では、この顔のイラストから見て右上に血が付着している。時計の11時辺りを指しているような矢印形の汚れがあって、初めてウォッチメンのシンボルとなる。一部の熱狂的ファンは、黄色いスマイルマークを見ただけでその上から赤色で落描きしたくなる気持ちが湧くという。
でも、
「いいえ。しませんよ、そんなこと」
彼は漫画のキャラではない。紙面から飛び出して来た訳でもない。この世界に確かに実在している。自分と同じ様に存在している、人間だ。
「だって、貴方から貰った物だから」
そのままの状態で、いつまでも大切にする。そう決めのだ。
「……フム。上等だ」
頭に優しく手を置かれ、夢主は自然とほころびる。もう涙は出さない。
「あ」
「何だ」
なんとなくだが、彼のロールシャッハ模様が優しく微笑んでいるように見えた。本当のところ、マスクの裏でどんな顔をしているかは分からないが。
「いえ。何でも」
その返事を特に気にする様子もなく彼はすくっと立ち上がった。夢主も足に力を入れる。
貰ったばかりのプレゼントをただ見つめていると、いつもの冷たい調子で注意され、初めて彼と出会った夜のことを思い出した。
「顔を擦り付けるのはやめろ」
「し、しませんよそんなことっ」
「…ふ」
今まで滅多に笑うことの無かった彼は首を少しすくめながら背を見せる。夢主は貰った缶バッヂに早速頬を擦り寄せ、一見ご満悦の様子。
絶対に妥協しなかった男は、今度こそ振り返らずに歩き続けた。
-完-