どんな風に？と聞き返す間もなく、男の体はいとも容易く一回転し薄汚れたアスファルトへ叩きつけられた。その衝撃を間近で受けてからやっと少女の肩が跳ね上がる。

「な、何だテメェ！？」

夢主も同じ思いだ。何なんだこの人は。

宙を舞った男は寝そべったまま、起き上がる様子は無い。自分達に刃向かう存在と知るや否や先程までの態度を一変し、男達は女へ襲いかかる。そんな輩を彼女は次々とはり倒していった。次々と言っても、残り３人が瞬く間に気絶しただけだ。

「ほら、４対１で足りた」

彼等には今の皮肉も届いていないだろう。

彼女の見てくれと華麗な身のこなしに、夢主はようやく確信を持ってヒーローの名前を口にする。

「シルクスペクター…本物！？」
「あら、日本でも勘違いされるとは思わなかったわ」
「違うんですか？」

シルクスペクターではない女性は質問を無視し、夢主と目線の高さを合わせるために中腰になって両肩に手を添えてきた。

「大丈夫？触られたのは？腕と頭だけ？妙なことされてない？」

その真剣に案ずる態度はまるで娘を想う母親のようだ。

「は、はい、特に何も…お陰様で。ありがとうございました」

夢主をチンチクリンと言ったあの時、最初から助けるつもりで声をかけてくれていたのだ。彼女がこの路地裏の前を通りかからなかったら今頃どうなっていたか。夢主は恩人に向かってしっかりとお辞儀をした。

「うん、これでこそ日本よ。来た甲斐があったわ」

易々と頭を下げた夢主に感心した女性はニッコリと笑った。そして大通りの方からこちらを覗き込んでいる野次馬を横目で見てまた目を細める。

「さっきみたいな奴等はどこにでも居るけど、やっぱりこの国は治安が良いのね」

非日常な事件に驚いて目を丸くしている者や慌てて警察に通報する者は、彼女にとっては微笑ましくもあった。

「日本にご旅行ですか？」
「ええ。そう、聞いて！ダンったら私に黙って２回も日本に来ていたのよ！ズルいと思わない？」
「ダンって…！」

ナイトオウル二世の本名はダニエル・ドライバーグ。

「ローリー・ジュスペクツィクさんですか！？」
「だから違うって」

目を輝かせて叫んだが額を優しく小突かれた。

「貴方ウォッチメンのファンの様だけど、やっぱり知らない？私は彼女のモデルってだけよ。さすがに、全身真っ青な恋人や派手なコスチュームを着ていた母親は居ないからね」

ローリーでもない女性は、ややおどけたように苦笑して見せた。ウォッチメン関連でファンに勘違いされたりその都度説明したりと、こういったことで苦労してきたのだろうか。

「彼が構ってくれないってのはホントよ。ここん所ニューヨークのヒーローは誰も忙しくって。ニュースチェックしてる？ライカーズアイランドのヴィラン脱獄事件から、ヒーローの数が異様に減ったでしょ？だからもう大変。こんな時にアベンジャーズの拠点は何故か日本に移ってるって聞くし…」

コミック同様、自分のペースになるとよく喋る。否、紙の上の彼女はここまでお喋りなキャラではなかった。

女性の前では特に喋らなくなる例のヒーローとは随分と違う。

「もしかして、アベンジャーズに会いにいらしたんですか？よろしければご案内しますよ」
「あー良い良い！そういうの別に良いの、表立ったヒーロー様に面通りとか勘弁。ただ…そうね、遊びに来ただけよ」
「そうですか…」

危ないところを助けてくれた彼女に何かお礼がしたいが、提案は不要なお節介に終わった。

「……待って」

勢いのあるお喋りは一時中断。気を落としているか弱い子供を、本当は恐ろしい存在ではないのかと怪しむような眼差しで睨みつける。

「貴方……何でアベンジャーズの居場所を知っているの？詳しい場所は公表されていない筈よ」
「それは…」
「一緒に暮らしているからだ」

聞き慣れた渋い声が路地の奥から助け船を出す。