某有名シェフの男は昼間の仕事を終えるとすぐさま飛行機をチャーターし、わざわざこの船の実験室を訪れた。

機械を操作するティム・ギリアムの隣で立ち止まるが、特殊な実験機器には目もくれず夢主に紳士らしく話しかける。

「ご機嫌よう、哀れなお嬢さん。ん？お嬢さん？……死んでいるのか？」

他の４人と違い顔全面を覆うマスクをしているため、その声は少しくぐもっている。

「いや、生体反応はある。思考がままならないだけだろう」
「フ、酷いことをする」
「そんなことは言っていられない、極めて重要な研究だ。特別認証システムが完成すれば、この実験体によって一度ディー・スマッシュされたヒーロー又はヴィランは、別のディスクにディー・セキュアされることが一切無くなる」
「…ほう」
「我々に従うヴィランを奴等、アベンジャーズとガキ共に奪わせない。その力がこのバイオコードにはあるのだ」

椅子に座ったままの彼女の耳へ２人の会話が入ってくるものの、質問を投げかけたり泣き叫んだりする気力はもう残っていない。

「その名も、スペシャル・バイオコード。これはその媒介第一号だ」
「良いのですか？」

ここまで来て、初めて具体的な質問がされる。

「わざわざこの娘で試さなくても」
「貴様が引き受けるとでもいうのか？表舞台に数多く出演なさるシェフに何十回も電流を流しても良いのならば、私は止めないが。第一そんなことをしたら、我々が元々持つバイオコードが乱れる可能性がある。別の、生身の人間が必要不可欠なのだ」
「なるほど。その特別なバイオコードを持った人間に反撃される恐れは？」
「今のあれが何に見える？私には、操り人形にしか見えんがね」
「……しかし、どのディスクで試すつもりで？万一何か起こったらどうするのですか？我々に従うヴィランの数が減るのは勿体無い」
「なら、そいつが持っていたこのディスクで良いだろう」

白衣のポケットから青いそれを取り出す。ファイト属性のディスクを扱える仲間から“こいつは使うことは無いだろう”の一言で保管役を押しつけられていた物だ。

「確か、これといった特殊能力も無い地味なヒーローさ」
「ああ、その顔、ロールシャッハと言ったかな。民衆からの人気はかなり低いらしい。リスクは大したこと無いでしょう」

“反発的”故、このヒーローの扱いには十分注意しろと仲間の女に念を押されていた。だがこの船内には飛行能力やビーム攻撃、その他様々な力を持つヴィランが配置されている。この場に居合わせる２人の男は完全に油断していた。