梟谷学園高校三年一組。
Sunlight!!!
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この辺りに複数ある喫茶店に入り、注文したアイスティーをちょこちょこ飲みながら、携帯用の英語の参考書に黙々と目を通していた。
今日は土曜日で、時間は15時少し前。
いつもなら予備校に行ってるか、図書館に行ってるかのどちらかの時間だけど、今日はヒトとの約束があり、待ち合わせである喫茶店でコンパクトに勉強していた。
いつでもどこでも勉強しないとどうにも落ち着かない受験生という立場は本当に窮屈だなと思うものの......思いのほか、参考書の内容がなかなか頭に入ってこなかった。
理由は簡単、集中出来てないのだ。
いつもは普通に、何も考えずに出来ることが、今日ばかりは全くままならない。
......そんな状態なのに、手元の参考書から目を離すことが出来ないのは、おそらくこの後やってくるであろうクラスメイトのことをぐるぐると考えたくないからである。
「............」
環境問題のことがつらつらと書かれる英文を読みながら、小さくため息を吐く。
先日、誕生日を迎えたその人に「俺、今日誕生日!」と宣言され、祝福の言葉を贈ればまさかのプレゼントを催促されてしまい、手持ちが無かった私に「じゃあ、俺とデートして!」と言われてしまったのだ。
しかも、言われた場所が悪かった。知り合いや顔見知りが多い三年の教室が並ぶ廊下のど真ん中で、彼らしい元気な大きな声でそんなことを言われたとなれば、娯楽に飢えてる受験生達は当然わっと盛り上がる。
腕を掴まれた状態では逃げることもできず、目の前にはお願い!と言わんばかりの顔をするクラスメイトが居て、周囲には事の顛末を面白可笑しく見守る同学年の人達がそわそわと遠目で眺めてくる。
こんな素っ頓狂な状況で、都合よく誰かが間に入ってくれたり、はたまた話題をすっかり変えてくれるような奇跡なんて起きず、ぐらぐらと目を回しそうになりながら“早くこの場から逃げたい”という一時の感情に身を任せ、つい首を縦に振ってしまった。
途端、若干痛みを感じる程掴まれていた腕が離され、元気な声でガッツポーズを決める彼はまるでドラマか何かの主人公のようで、周囲の人達は拍手や歓声を贈っていた。
その盛り上がりように、みんなどれだけ娯楽に飢えてるのと私だけ何処か置いてきぼりな感覚を覚えながら、その日はひっそりと教室へ戻ったのだった。
その後、何やかんやで連絡先を交換して、お互いの予定を確認して、都合がついたのが本日の土曜日で、向こうの部活が終わるのをここで待っているのである。
梟谷学園高校の男子バレー部はインターハイや春高の常連である程の強豪で、毎日のように活動する部活だ。
しかし、今日は14時から体育館を別団体が使う予定があるらしく、残念ながら男バレは午前中で練習を終わりにしないといけないようだった。
私もこの日はフリーの勉強時間にしていたので、じゃあこの日にしようかと言う話になった。
過ぎてしまったけど、一応相手の誕生日のお祝いということなので、簡単ではあるものの誕生日プレゼントも用意してある。
一緒に出掛けるだけじゃ流石に気が引けるし。
「............」
だけど、なんでこんなことになったかなと今まで50回は考えたことを、再び考えてしまう。
始まりは多分、あの日の放課後のロッカー前でその人と話したことだったんだと思うけど......正直、なんでここまで彼に気に入られたのかがいまいちわからなかった。
普段は明るくて、とても元気で、分け隔てなく誰とでも仲良くできる大変気の良い彼は、反面、気分の上げ下げが激しいことを自他ともに認めるヒトで、気落ちしている時はとにかく静かで、あんな素直にしょげる人って小さな子供以外にもいるのかとびっくりするほどしょげかえる。
それでも、彼の気分が落ちている時に励ましてくれる人は、彼の周りに沢山いるのだ。
だって、彼は梟谷学園高校でも5本の指に入る......いや、もしかしたら彼がナンバーワンかもしれないけど、とにかくうちの学校の有名人なのだ。
彼の容姿、性格、部活、成績、授業態度、声の大きさや喋り方等、どれをとってもとにかく目立つ。多分、うちの学校で知らない人は居ないんじゃないかと思うくらい、とにかく目立つ。
話を盛って友達、無難に言ってクラスメイトな関係の私が、なんでその人からデートに誘われたのか。
何度考えても全然納得できる答えが得られず、じゃあもう考えたってしょうがないなと思って諦めて、しばらく経つとまたもやもやして、再び考え始めてしまう。......同じことをひたすらぐるぐると考えるのは、頭がひどく疲れた。
「日野ごめん!ちょっと遅れた!」
「!」
相手の影響力の大きさに恐ろしさすら覚えていると、よく通る元気な声が近くで聞こえ、頭の中でもだもだと燻っていた思考が一度ぱちんと弾けた。
反射的にそちらへ顔を向けると、バレー部特有の白地のジャージに紺のTシャツ姿のその人......同じクラスの木兎光太郎君が、エナメルバッグを肩に直しつつ早足でこちらへ歩いてくる姿が見えた。
彼の言葉からちらりと腕時計を見れば、確かに待ち合わせの15時を5分程過ぎている。
両手の平を合わせて謝罪してくる木兎君に問題ないことを返して、「部活お疲れ様」と用意していた台詞をゆっくりと口にした。
「......木兎君、お腹空いたり喉渇いたりしてない?あれなら、何か頼んできなよ」
私、先に頼んじゃってるし。
そう言って笑うと、相手は私の顔とアイスティーを見て、「じゃあ俺もちょっと買ってくる」とエナメルバッグを椅子の下に置き再び踵を返した。
彼の姿が一旦見えなくなると、持ってきた紙袋を彼の席へ置く。
中身は無難な消耗品だから、プレゼントしても困らないものだとは思うんだけど......こういうのは相手の反応を見るまで、どうにも落ち着かない。
だから、木兎君が来たらさっさと渡してしまおうと思い、彼が席を立った今、何気無くそっとそれを置いた。
「ただいま~......ん?何これ?」
数分して、木兎君がトレーを持って帰ってする。
テーブルの上にある紙袋を見つけ、さっそく首を傾げながら席につき、それをひょいと持ち上げてまん丸の目を私へ向けた。
「......遅くなっちゃったけど、プレゼント。誕生日おめでとう」
「え!マジで!?いいの!?開けていい!?」
注文してきた具だくさんのサンドイッチとコーラを他所に、木兎君は私の渡した紙袋に興味津々だ。
そこまで楽しみにされると、ちょっと心苦しいなと思いながらもゆるりと頷けば、彼はにこにこと笑いながらそれを開封した。
「......おお!俺が使ってるワックス!え、なんで?俺、話したことあったっけ?」
「ううん、ないけど......雪絵とかおりに聞いたの。コレなら、絶対使うかなって」
「うん!めっちゃ使う!ありがとな!」
プレゼントを見て、木兎君は不思議そうな顔をしたけど、私の話を聞いて納得したように頷き、嬉しそうにお礼を述べた。
きらきらに輝く純度100%の笑顔にたまらずきゅんとしつつ、とりあえず喜んでくれたことに内心でほっとしていると......にこにこと上機嫌な木兎君はワックスを片手でくるくると回し、「でも、そっかー。日野、俺のこと調べてくれたのかー」と身も蓋もないことを言うもんだから、否が応でも動揺してしまう。
「しっ、調べたっていうか!だって、何かあげるなら確実に使ってくれるモノの方が絶対いいじゃん......!」
「うんうん。俺、マジでワックスめっちゃ使うから助かる!本当にありがとう!」
みっともなく狼狽えながらそう返すと、木兎君は相変わらず楽しそうに笑いながらもう一度お礼を口にした。
提供したのは私だけど、この話題が続くのはちょっと勘弁してほしいなと思ったので、少し強引かと感じながらも「そういえば、今日の部活はどうだった?楽しかった?」と話題の転換をはかれば、彼は見事にそれに釣られた。
「おう!超楽しかった!今日さ、午前練だけだったからゲーム形式でずっと練習して、一年に穴掘ってセッターが居んだけど、1回ソイツ入れてあかーしとツーセッターにしてさ!あかーしのスパイクとかめっちゃレアだし、超シビレた!あ、でも木葉も今日結構いいトス上げてて、サルとの速攻が最高に息ピッタリで......でも、その後俺とあかーしの速攻で返り討ちにしてやった!今日ストレート調子良くてさ!思った通りにスパーンと行くと超気持ちいいの!」
バレーの話になった途端、木兎君の顔は更に明るいものになり、私には少し分からない話でも彼がいかに楽しかったかをめいっぱい笑いながら喋ってくれるので、私の方も釣られて笑ってしまう。
そのまま暫く木兎君のバレーの話を続けて、お互い注文した食べ物や飲み物がそろそろ無くなりそうになる頃。
木兎君があまりにも楽しそうに話すから、「木兎君の話聞くとなんか、ちょっとやってみたくなっちゃうね」と笑って口にした私に、木兎君は勢いよく立ち上がった。
「マジで!?え、やろうやろう!俺ボール持ってるから!」
「え?」
「あ、日野スカート?......じゃ、ないな!よかった!じゃあ大丈夫だな!」
「え、え?......えぇ......!?」
私の一言に木兎君は過剰に反応し、私の服装を確認した後にこにこと笑いながら残りのサンドイッチとコーラをあっという間にたいらげてしまう。
予想外の展開についていけず、目を丸くしたままぽかんとしてしまう私を見て、木兎君は「トレー下げてい?もうちょい飲む?」と聞いてきたので、とりあえず残りわずかなアイスティーを慌てて飲み終えた。
「......あ、あの、木兎君......」
「やべぇ、日野とバレーするとか、めっちゃ最高過ぎるな!俺、9月20日が誕生日でマジでよかった!」
「............」
まさか木兎君とバレーをやることになるとは思わず、流石にそれはちょっと待ってくれと言おうとしたものの......きらっきらに輝く笑顔でそんなことを言われて、彼の言葉を拒否できる女性が居るなら是非ともその手腕を見せて頂きたい。
少なくとも、平々凡々な私には無理難題な案件だった。
喫茶店から出て、歩いて15分くらいの所にだだっ広い空き地のような公園があって、利用者が誰も居ない為かなんだかとてももの寂しい感覚を覚えた。
それでも木兎君は鼻歌まじりにそこへ足を踏み入れ、意気揚々とエナメルバッグからバレーボールを取り出す。
慣れた手つきで何度かボールをぽんぽんと器用に上にあげ、「よし!」と満足そうに笑い、ボールを両手で受け取った。
「対人パスしよう!......あ、えーと、キャッチボールみたいな!あ、でもバレーはキャッチしちゃいけないんだけど!」
「............」
楽しそうに説明してくれる木兎君と適度な距離を空けて向かい合わせになり、いよいよ大変なことになったぞとひっそりと汗をかく。
でも、木兎君はやる気満々なようだし、......ここで断って、以前のようにしょげさせてしまうのも、やっぱり気が引ける。
「............」
......まぁ、木兎君から「俺とデートして」と言われて、理由はどうあれそれを承諾した訳だから、誕生日祝いとして彼の意向に沿うのは当然と言えば当然だ。
それに、こんな機会が無ければあの木兎君......高校バレーの強豪校、梟谷の主将でエースの彼とバレーをするなんて、きっと無い。
木兎君の話を聞いて“ちょっとやってみたい”と思ったのは本当だし、......ここはひとつ、文字通り全身全霊で彼の誕生日をお祝いしてあげよう。
「......私、全然バレー出来ないけど、大丈夫?」
平たく言うと、下手くそとバレーしても楽しめる?という意味合いを込めた前置きをすれば、木兎君は大きな声で「大丈夫!」と元気に告げた。
「じゃあ、行くぞー!」
そんな掛け声を皮切りに、私と木兎君の対人パスなるものが始まる。
綺麗なフォームでボールを操る木兎君とは対照的に、私のそれはひどく不格好で、思ったところにボールが飛ばない。
それでも、木兎君は楽しそうにアドバイスをくれて、私も変なところで負けず嫌いな面が出てしまい、何度も何度もボールを受け渡しながら数を重ねていく内に、少しずつボールが落ちないようになってきた。
8割5分......いや、9割は木兎君が脅威の反射神経で動いてくれて私のヘナチョコなボールを拾って繋いでくれてるからボールが落ちないのだけど、球技はやっぱり続くと楽しい。
10回に1回くらいで綺麗にボールを返せた時は、木兎君が真っ直ぐに褒めてくれるからそれも嬉しくて、とても楽しかった。
......だけど、かれこれ1時間を過ぎた辺りで私の体力が限界を迎えた。
「ごめん、ちょっと休憩させて」とその場にしゃがみこみ、ぜいぜいと荒い呼吸を深呼吸で落ち着かせる。
楽しくて、夢中になり過ぎた。汗がやばいし、腕も痛い。ぼんやりと自分の両腕を眺めれば、そこは一面真っ赤に腫れていて、所々が青黒く変色していた。......これは、明日、やばいな。
「大丈夫か?何か飲み物買ってこようか?」
「......や、自分で行く......体力無くて、申し訳ない......」
「ンなこと無い、って......あ、腕......ごめん、痛いよな......」
「............」
しゃがみこむ私に木兎君が駆け寄って来て、私の様子や腕の内出血を見てしょんぼりと顔を曇らせる。
......ああ、私は別に、木兎君にこんな顔をさせるためにバレーをした訳じゃないんだけどなぁ......。
「......いいの。楽しかったから」
「!」
呼吸を何とか落ち着けて、その場に立ち上がる。
少し近くなった木兎君にしっかり視線を合わせ、自分の素直な気持ちを伝えると、彼はその金色の瞳をぱちりと瞬かせた。
「めっちゃ楽しかった!」
「............」
きょとんとする木兎君がとても可愛くて、思わず笑いながらもう一度思ったことを伝えると......木兎君はなぜか、笑うことなく綺麗な真顔で私を真っ直ぐに見た。
「......やっぱり俺、お前のものになりたい」
「......え......」
「......それで、......日野も、俺のものにしたい」
「............」
ふいに言われた言葉に頭がついていかず、今度は私がきょとんと目を丸くしてしまう。
そんな間抜けな反応しか出来ない私を前に、木兎君は一度ゆっくりと息を吸った。
「......めっちゃ好き。だから、俺と付き合って」
恋煩いと日射病
(それはまるで、閃光弾のようで。)
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