120% 4 U
name change
デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ふーん。寝取っちゃえば?」
「え、馬鹿なんですか?」
仕事が珍しく定時で終わり、部署違いの同期を夕ご飯に誘って、今度こそ合コンではなく二人きりで話す機会を設けた。
そこで私の相談事......赤葦さんの話をしたところ、彼女は上記の言葉を私に寄越し、反射的に遠慮の無い言葉が口から出てしまう。
レンガの壁や小物等、ヨーロッパ風のオシャレな内装のイタリアンのお店で、同期の彼女は綺麗な所作でペスカトーレをフォークに巻いていく。
「だってアズ、すごい意識してるじゃん。顔も好みなんでしょ?」
「......いや、意識してるというか、だって彼女居るのにあんまり二人で連絡取り合うのは気が引けるって話で......あと、顔は本当にイケメンだから......イケメンは、だって格好良いじゃん......」
「それで、木兎光太郎?の話も、最高に合うと」
「うん......正直、自分が二人居るんじゃないかって錯覚するくらいめっちゃ話す......楽しい......」
「だったら、寝取っちゃえばいいじゃん」
「......ねぇ、真面目に話聞いて?」
最初と変わらず素っ頓狂な返答をする相手に顔を顰めれば、彼女は小さく笑いながらフォークを陶器の皿へ静かに置いた。
「なに、そのアカアシさん?のことが好きだから、困ってんじゃないの?」
「そ、うじゃなくて!折角趣味の合う最高の友達見つけたのに、彼女いるからどうすればいいのってことを......そう、距離感!その人との距離感の話をしてるの!」
同期の彼女との解釈の不一致にたまらず声が大きくなると、近くの席の人がちらりとこちらに視線を寄せたので、慌てて咳払いで誤魔化した。
「......ぶっちゃけ、木葉さんならさ?彼女居ないから、二人で飲むのも家行くのも、深夜の電話も全然ありじゃん?普通に友達だし、何も気にすることないし。でも、彼女居るヒトだとそうはいかないでしょ?どうしてもこう、気を遣うというか......」
「でも、向こうはケロッとしてるんでしょ?だったら別に、アズがヘンに気を回さなくていいんじゃないの?その彼女も全然気にしないタイプなんじゃない?」
「.......そうかも、しれないけどぉ......私が気になるんだよぉ......」
改めて、声を小さくして話を続ける私に対し、相手は気にし過ぎじゃないかとの見解を述べる。
するすると平行線を辿っていく会話に眉を寄せながら赤ワインをグッとあおると、「あら、いい飲みっぷり」と友人が可笑しそうに茶々を入れた。
「いや、だってさ?仮に私に彼氏が居たとして、その人が友達の女の子と二人でご飯したり、深夜に電話してたら私は嫌だもん......」
空になったグラスをコースターへ戻し、唇を尖らせながら自分の意見を述べるも......段々それに自信が無くなってきて「......私が重いのか......?許容範囲狭過ぎ......?」とうっすら顔を青くしていれば、向かいに座る彼女は可笑しそうにふきだす。
「えー?私はアズのそういうとこ、可愛いな~って思うけど?」
「.......ちなみに、カナはどうなの?」
「んー?まぁ、私はそこまで気にしない派ですね」
「......ですよねぇ......大人なんだから、そうあるべきだよね......」
「いやいや、そこは大人とか学生とか、あんまり関係ないんじゃないの?要はその人の恋愛観ってことでしょ?」
「......んんー......」
「......まぁ、今後の付き合いでアズがどうにも気になるっていうんなら、直接アカアシさんに言っちゃうのも有りなんじゃない?」
「え?......それは、えーと、彼女居るならちゃんと自衛して、みたいな?」
「自衛wまぁ、言葉は選ぶ必要あるだろうけど、アズが一人でもだもだ悩んでも、相手がきちんと察してくれるかどうかはわかんないでしょ?そのアカアシさんと、まぁ、友達として?今後とも仲良くしたいのであれば、そのモヤモヤは解消しといた方がいいんじゃないの?じゃないと、アズにばっかりストレス掛かるよ」
「.............」
同期の友人、カナのあまりにも的を射た意見に、たまらずぐっと言葉を詰まらせた。
......でも、確かに彼女の言う通りだ。今後赤葦さんとはきっと、木兎光太郎のことでめちゃめちゃ盛り上がると思う。しかし、その時にまた色々と気を遣い、木兎光太郎の話を手放しで楽しめないのは、後にも先にも絶対ストレスになる。
「.......あとさ~、余計なこと言ってい?」
「.......えぇー......どぞ......」
「ふふw......そのアカアシさんがそういうタイプだってこと、アズはちゃんと認識しといた方がいいと思うよ」
「え?ごめん、どういうこと?」
彼女の言う“余計なこと”の内容がいまいち読み取れず、察しの悪いことを謝りながら控えめに首を傾げれば、カナは綺麗に笑いながらも小さく息を吐いた。
「彼女にも、他の人にも、良くも悪くも“誰にでも優しい”タイプ。彼女が居ても、他の女の子と結構仲良くできちゃう、そういう恋愛観のヒト」
「.............」
「それを良い悪いは言わないけど、......考え方の合う合わないはきっとあるよねぇ」
「.............」
読解力の低い私の為に、カナはより噛み砕いた言葉を寄越してくれる。
それを聞いて、ああ、そういうことかと納得するのとは裏腹に、すっかり見落としていたことを目の前に突き付けられて、思わずぎくりと心臓が強ばった。
.......ああ、そうか。つい目先のことだけに囚われてしまっていたけど、俯瞰的に見れば、赤葦さんはそういう考え方、そういう感性を持っているヒトだ。
仮に、本当に本当に仮の話ではあるけど、私が赤葦さんを好きになって、なんやかんやでもしも赤葦さんと私がお付き合いすることになったとして......赤葦さんは他の女の子とも普通に仲良くするし、深夜の電話も、その女の子と二人でご飯するのも、あまり厭わないというか、そこまで気にしないヒトなのだ。
「.......肝に、銘じておきます......」
ぐるぐると思考を回して、辿り着いた答えにたまらずそんな言葉が口から漏れる。
「......ま、そんなアカアシさんを寝取って懐柔しちゃうのも、全然有りだと思うケド」
「......そんなテクニシャンだったら今頃普通に彼氏居るよ......」
「木兎光太郎みたいな?」
「それはマジで烏滸がましいからやめて。木兎光太郎に危害を加えるものは絶対に許さない」
「危害てwウケるw」
さっきまで割かしシリアスな話をしていたのに、途端に素っ頓狂な方向へ転換したものだから、とっさにオタク魂全開な意見が出てしまえば、カナはまた可笑しそうにふきだすのだった。
▷▶︎▷
カナと晩ご飯を食べた日から、五日後のこと。
木葉さんと私、赤葦さんのスケジュールが合ったので再びご飯会をすることになった。
今回予約したのは中華料理店で、珍しく私が一番乗りだったから先に席に座り、スマホで二人に断りを得てからビールと油淋鶏、エビチリを頼み一人食事についていた。
「......すみません、遅くなりました」
「あ、お疲れ様でーす」
目安の待ち合わせ時間より30分程遅れてやって来たのはスーツ姿の赤葦さんで、律儀に頭を下げて謝罪を口にする彼に労いの言葉だけ寄越し、メニュー表を渡す。
「炒飯食べたいなって思ってたんですけど、赤葦さんはお酒とご飯てダメなヒトですか?」
「いえ、シメとか関係なく一緒に食べたい派です。あと、回鍋肉と花焼売頼んでもいいですか?」
「あ、いいですね!頼みましょ!飲み物どうします?」
「俺もビールで。安住さん2杯目いきます?それなら瓶にしますか?」
「あ、そうですね~......そっちのがコスパいいかな?そうしましょうか」
席に着き、スーツの上着を脱ぎながら赤葦さんはサラサラと注文を決め、手際よく料理とビールを頼んでくれた。
テーブルのおしぼりで軽く両手を拭き、慣れた手つきで黒縁メガネを押し上げてから、赤葦さんはテーブルのエビチリと油淋鶏へ視線を寄せる。
「あ、すみません。そういや私、直箸でつついちゃってますが、よかったらどうぞ」
そんな赤葦さんを見て、今更ながらそんなことを口にすると、赤葦さんは「そんな、むしろ安住さんが気になるかなと思ってたんですが......」と少しだけ狼狽えたものの、空腹には勝てなかったのか割と直ぐに料理に箸をつけた。
「......あ、美味い......!」
「ですよね!このエビチリ、大正解ですよね!油淋鶏も美味しいんだけど、エビチリはかなり規格外でした」
「コレは大正解です。エビも大きいし、何より味付けが素晴らしい......甘味と辛味、酸味のバランスが良いですね」
「わかります!......あ、もしかして、同系統の酢豚とかも美味しいんじゃ......?」
「採用です。ビール来た時に頼みましょう」
エビチリの美味しさを二人で分かち合い、運ばれてきた瓶ビールを赤葦さんと酌して、好き好きに頼んだ美味しい中華料理をつまみながら色々と話していれば、いつしか話題は赤葦さんが創っている漫画の話になった。
率直な感想を聞かせて欲しいと言われ、先日読んだヴァーイとメテオアタックの感想を伝えれば、赤葦さんは一度箸を小皿に置き、右手を顎の下に添えた。
「成程......コマを読む順番は盲点でした。確かに、漫画慣れしている人ならスムーズに読めるところも、あまり馴染みのない人には難しいかもしれませんね」
「あ、でも、私の読解力が低いだけで、他の方は差程気にされないかも......」
「いえ、そういえば、俺も最初はそうだったので。実は、この担当になるまであんまり漫画読まなかったんですよ」
「え?そうなんですか?へぇ、てっきりそういう担当さんって、漫画好きな人が受け持つんだと思ってました」
「まぁ、ケースバイケースだとは思いますが...でも、俺もよく読み順間違えたりとかしたんで、一定数ある意見だと思います。今でこそすっかり慣れちゃって、そんなこと全く気にしなくなってましたが......その辺りも意識して創れば、より良いものになるんじゃないかって思いました。参考にさせてもらいます」
私の拙い感想にも、赤葦さんは律儀に頭を下げて「ありがとうございます」と御礼を口にする。
だけど、そんな大層なことは全くしてないのでどうしても気が引けてしまい、慌てて話題の焦点を少しだけズラした。
「あ、そうだ、この“メテオアタック”って、木兎光太郎も読んでるんですよね?もしかして、主人公のモデルって木兎光太郎だったりするんですか?」
「いや、そうとは聞いてないですね......ただ、宇内さんもバレーの動画をよく見るので、木兎さん自身や木兎さんのプレーの影響を受けた所は、少なからずあると思います」
「うわぁ......!それ、めちゃめちゃテンション上がります!推しが同じ漫画読んでて、面白い、楽しいって気持ちをファンが共有出来るのもうれしいし、しかもその漫画が推しの影響を僅かでも受けて創られてるとか、なんというか、こう、循環?っていうか、繋がってるって感じがします」
「!」
「なので、赤葦さんと作家さんには、もう感謝しかないです。本当、ありがとうございます!おかげで木兎光太郎を少~し身近に感じられます」
「.............」
「.............」
「.............」
「............今の、結構キモかったですね?すみません、忘れてください」
「そんなことないです。......むしろ、俺、」
ほろ酔いなこともあり、つい盛り上がってしまった自分の発言を撤回しようとすれば、赤葦さんはどこか真剣な様子で私に何かを告げようとした、瞬間。テーブルの上にあったスマホがメッセージの通知を知らせ、確認すると木葉さんから【悪い!今日無理になった!ドタキャンすまん!!】という謝罪文が届いていた。
「えぇー......木葉さん、来れないそうです......仕事かなぁ......」
「......そう、ですか......」
その文面を見て、たまらずマジか~と肩を落とす。
結局、赤葦さんと二人でご飯することになってしまった。
赤葦さんの彼女さんには心底申し訳ないと思うけど、この場でいきなりじゃあ解散、という訳にもいかないだろう。
「.............」
「......あの、安住さん。つかぬ事をお聞きしますが......」
「え?はい」
「......その、......木葉さんのことは、どうお考えですか?」
「へ?」
木葉さんが欠席することに小さく息を吐いた矢先、赤葦さんから予想外な質問をされ、思わず間抜けな声が出る。
「......え、ごめんなさい。どういう意味でしょうか......?」
「......いや、その、......木葉さんが来られないことに随分とガッカリされていたので、もしかしてと......」
「......えー、あー......まぁ、三人で集まるの結構楽しみにしてたので、ちょっと残念だなぁって思って」
「......そうですか......」
目を丸くしながら赤葦さんにワケを聞くと、どうやら不要な気を回してくれたらしいことがわかった。
「......えーと、友達としてはすごく好きですけど、恋愛感情は無いですよ。お互いに」
「.............」
改めて私と木葉さんの関係をはっきりと口にすると、赤葦さんは少し間を空けて、何かを考える様に二、三度瞬きをした。
「.............それは、俺ともそうですか?」
「.............」
真っ直ぐな視線と共に寄越されたその言葉は、読解力の低い私には少々難解で、だけどその本意を尋ねるには些か勇気が足りず、......結局、その言葉通り、ストレートに受け取るしか無かった。
「......え、違うんですか?」
「.............」
「......す、みません......私は勝手に、赤葦さんとも、友達だと......」
「.............」
眉を下げてへらりと笑いつつ、これでもし、友達のくだりを否定されたらどうしようとひっそりと緊張していれば、赤葦さんはまた暫く口を閉じてから、おもむろに眼鏡を掛け直した。
「......いえ、光栄です。今後とも、どうぞ宜しくお願いします」
そんな律儀な言葉に「こちらこそ......」と返しながらも、先日同期の彼女から釘刺しされたことをぼんやりと思い出すのだった。
0.5秒の思考の世界
(世界の先には、何がある?)