120% 4 U
name change
デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「.......あ、」
業務中、メジャーを使いたくて一旦自分のデスクまで戻ると、隣の席の同僚のデスクの上に無造作に置かれた漫画雑誌に気が付いた。
そこまで漫画を読む方では無いので、以前だったら「なんで漫画をデスクの上に置くかな?」と首を傾げて終わっていただろうけど、今は少しだけ事情が違う。
週刊少年ヴァーイ。子供から大人まで幅広く人気のあるその漫画雑誌は、最近知り合った友人が死力を尽くして創っている、いわば努力の結晶だ。
雑誌名は知ってるけど、そういえば中身を読んだことがなかった。
ふらりと好奇心が揺れて、特にそれを抑えることもなくヴァーイを手に取り、おもむろにページをパラパラとめくる。
色んな漫画家の作品や様々な情報が一つの冊子に集まってるから雑誌というのかなとぼんやり考えながら、ふと目に入った漫画に思わず手を止めた。
特徴的なネットに、手の平でボールを弾き打つような動作。
この光景は、いつも見ているスポーツの動画にそっくりだった。
「あ、ヒトの漫画勝手に読むなよスケベ」
「!」
同僚のデスクの前で立ち読みしていれば、この漫画の持ち主が帰ってくる。
あ、勝手にすみませんと謝るつもりで振り向いたのに、ニヤニヤと意地悪く笑う彼の顔を見てすっかり気が変わってしまった。
「あ、お疲れ様です。読まれたくないならどこかにしまっといてくださいよ」
「は?今しまおうと思ってたんですぅ」
「え?このきったないデスクのどこにしまうんですかぁ?」
売り言葉に買い言葉でお互い攻撃的な言葉を寄越せば、「お前、マジではっ倒すぞw」と先に相手が可笑しそうにふきだした。
乱雑に物が積まれたデスクに座る同僚はこの部署内で比較的歳が近く、案件によっては一緒に組んで仕事に取り組むこともあるので、最早友人と呼んでもいい関係だ。
社歴は向こうの方が2~3年長いものの、先輩後輩関係はあまり好きではないということで、彼の意向でかなりフランクに会話にするようになっていた。
「つーか何、お前漫画読むの?なんだよ、早く言えよ」
「いや、あんまり読まないんですけど、......その、ちょっと気になっちゃって?」
「ふーん?......で、俺のヴァーイをタダ読みしたからには、なんか面白いのあったんだろうな?」
「そんな、人聞きの悪い......」
同僚の元へヴァーイを返して、代わりにといったように寄越された言葉にたまらず顔を顰めるも、何か感想を伝えないと離してもらえない雰囲気だったので、軽く息を吐いた。
「......バレーボールの漫画、あるんだなって......」
「......バレー......ああ、“メテオアタック”?いや、あれをバレーボール漫画って言っていいのかわからんがw」
「え?バレーボールしてるじゃないですか」
「普通バレーボールでネット破るのは無理あるだろwスパイクだけじゃなくて、ブロックも何かとやべーのぶっ込んでくるし。ツッコミどころ満載じゃん」
「ふーん?ソレは、面白くないの?」
「まぁ、ヒトによるんじゃねぇの?俺はこういう破天荒なの結構好きだけど。つーかこの作者、前に“ゾンビ剣士ゾビッシュ”ってヤツも書いてたんだけど、それは打ち切りになっちゃったんだよね。人気出なくて」
「なんてこった......」
「でも、俺は結構そっちも好きだったんだけどな~。設定凝ってたし、ちょっと展開荒っぽかったけど、独特の勢いあったし。......まぁ、漫画家も商売だから仕方ないんだろうなァ」
「.............」
漫画好きの同僚は、腕を組みうんうんと何度か頷きながら、意外とドライな意見を述べる。
当たり前だけど、そういえば漫画って人の手で描いてるんだよなぁ......。
とてもじゃないけど、自分の手じゃ絶対にあんな上手に描けないなと見当違いのことを思いつつ、同僚の手に戻ったヴァーイを眺めていると、再びそれを差し出されて思わずきょとんと目を丸くした。
「え?何です?」
「や、めっちゃ見てくるから。そんなに気になるなら貸してやろうか?俺もう読み終わったし」
「......あー......じゃあ、お言葉に甘えて......」
「そういや今日、ちょっと寒くね?コーヒー飲みたくならない?」
「.............」
私がヴァーイを受け取った途端、しれっとそんなことを言ってくる相手に視線で不服を訴えると、心底楽しそうにニコニコと笑われた。
知ってたけどこの人、本当にいい性格してるよな......。
「..............悪徳営業、ダメ絶対......」
「いやいや、コンビニコーヒーでいいって。良心的だろ?」
「えぇー、缶コーヒーじゃダメですかぁ?」
「おーおー、先輩に向かって生意気言いよる」
「こういう時だけ先輩ヅラすんのやめてくださーい。この前の電話対応、秒で私に押し付けたの忘れてないですよ先輩」
「あー、アズ、読んだら何が面白かったか教えてよ。ちなみに俺のオススメはこれ。で、俺の推しがこいつ」
「.......ふーん、私の推しの方が格好良いですね」
「あぁ?なんだっけ?北斗ケンシロウ?プロレスラーだっけ?」
「木兎光太郎!!バレー選手!!ていうか何ですかその間違い!w怒りたいのに笑っちゃったじゃないですか!w」
本気なんだかわざとなんだか微妙なところだけど、同僚の間違いが可笑しくてたまらずふきだしてしまった。
今のやり取り、今度木葉さんに会った時絶対話そうと思いながらけらけらと笑っていると、「そういやお前、なんでここに居んの?さっきどっかに呼ばれてなかったっけ?」と不思議そうに言われ、はたと自分の目的を思い出す。
「あっ、そうだ!メジャー取りに来たんだった!もー、ヴァーイなんてデスクの上に置くから!」
「ハイ、責任転嫁~。それ終わったらでいいから、コーヒー忘れんなよ~」
慌てて自分のデスクからメジャーを取り出し、借りたヴァーイは一旦そこに置く。
去り際に八つ当たりとは知りつつも同僚に文句を寄越せば、彼は全く聞く耳を持たないでひらひらと片手を振ってから、私のデスクにあるヴァーイを再び手に取った。
おいコラ、先輩ならちゃんと仕事しろ~!
本日の仕事が終わり、日はとっぷりと暮れていたものの何とか午前様にはならずに済んだので、さっさと入浴と晩御飯を済ませてから同僚から借りたヴァーイをじっくり読ませてもらった。
普段あまり漫画を読まないことが災いして、少々コマの読み順を間違えたり、展開にどうしてもついていけなかったりしたけど、途中から読んでもそれなりに楽しむことができた。
同僚のオススメの漫画も絵や話に迫力があって面白かったし、丁度今バレーボール観戦にハマっているので、やっぱりバレーボールを題材にした“メテオアタック”は楽しかった。
同僚が言っていた通り、確かに現実のバレーボールじゃ出来ないことだったり、有り得ない描写だったりしたけど、それが漫画の世界では普通に有り得てしまうのがこのコンテンツの醍醐味というか、面白さなのではないかと思う。
つい真剣にじっくり読んでしまった後、そういえば赤葦さんの名前はどこかに無いのかなと雑誌の中を探してみたものの、残念ながら彼の名前を発見することはなかった。
小さくため息を吐きながらも、まぁ、そりゃそうかと思い直す。
私の仕事だって、ほとんどの場合が社名が載るだけで終わることが多く、個人名が表記されるのは本当にごくわずかなものだ。
多分それと一緒で、赤葦さんの名前はこの大手出版社の表記で纏められてしまってるんだろう。
片手で持てる漫画雑誌といえど、これを創るのに何百、下手したら何千もの人が携わってる訳だ。
その人達の名前を一人一人載せて言ったら、六法全書もびっくりの分厚い本になってしまうに違いない。
今度赤葦さんに会う機会があれば、ヴァーイを読んだことを話そうとぼんやり考えていれば、ベッド脇で充電していたスマホが着信を知らせた。
まさか、これから職場に来いなんて言わないよねとひっそり冷や汗をかきながらスマホを覗くと、小さな画面には職場の人の名前では無く...まさに今、読み終わった週刊少年ヴァーイの編集に携わる赤葦さんの名前が表示されていた。
あまりのタイミングにぎょっとして、何事かと慌ててメッセージを確認すれば、「お疲れ様です。夜分遅くにすみません。木兎さんのツイート、見ましたか?」と赤葦さんらしい律儀な文章が並んでいた。
先に挨拶を返した方がいいかとも思ったけど、メッセージの内容がどうしても気になってしまい、結局木兎光太郎の方から確認する。
なんだろう、まさか、結婚発表とか?え、待って、いや、それでもめっちゃ応援するつもりだし、めっちゃ祝福もするけど、でも、え、ちょっと待って。
ヘンな葛藤と緊張感を胸に抱えながら、思い切って木兎光太郎のツイートに目を通す。
『今週もめっちゃ面白かった!!もっといっぱい練習して、俺もネット破るくらいのスパイク打てるようになる!!』
「.......え、え?あれ?コレって......」
相変わらず元気いっぱいな文面に癒されつつも結婚発表とかじゃなかったことにほっとして、その後直ぐにやたらと思い当たるその内容に、思わず思考が声に出た。
もしかしてと思って先程まで読んでいたヴァーイを手に取り、“メテオアタック”のページをパラパラとめくる。
木兎光太郎のツイートと見比べて、やっぱりこの漫画のことを話してるのではと予測をつけたところで、赤葦さんとのトーク画面に戻った。
【お疲れ様です。起きてたので大丈夫です。もしかして、メテオアタック?】
赤葦さんはヴァーイの編集者だし、その赤葦さんが木兎光太郎のツイートの話を寄越してくるという事は、もしかしたら何らかの繋がりがあるのかな?
くるくると思考を回しながら赤葦さんからの返答を待っていれば、【10分......いや、5分でいいので電話してもいいですか?】というメッセージがきて、暫し頭を抱える。
いや、多分これ、ううん、絶対これ、木兎光太郎の話をしたいヤツだ。赤葦さんのメッセージのテンションでわかる。
正直なことを言えば、私もめっちゃ話したい。木兎光太郎の話なら、もうなんでも聞きたいし、なんでも話したい。
.......でも、赤葦さんて、彼女、居るんですよね?
これ、大丈夫なの?見ようによっては、浮気と勘違いされるんじゃないの?
私が気にし過ぎで、赤葦さんと彼女さんにとっては全然問題ないのかもしれないけど、......いやいや、でも、やっぱり気になる!
万が一何かトラブルになったら非常に困るし、申し訳ないし、赤葦さんとはあくまで木兎光太郎ファンとして、今後とも平和に穏やかに仲良くしていきたいのだ。
それならば、ここはひとつ、神回避するしかない!
【待ってください。実は今日、メテオアタックを知ったばかりなんです。ちゃんと読みたいので、今日は控えて貰ってもいいですか?何かの拍子にネタバレされたら悲しいです】
思考回路をフル回転させ、嘘では無く、失礼になり過ぎず、ただほんのちょっと邪心を乗せたお願いのメッセージを送る。
「彼女持ちのイケメンと深夜の電話は遠慮したい!」という気持ちからではあるが、木兎光太郎が面白いという“メテオアタック”を読んでみたいのは本当だし、もし木兎光太郎が読んでなくてもちょっと気になるなとは思ってたからネタバレは出来るだけ避けたいのも事実だ。
ヴァーイの編集者なら、きっと各漫画のストーリーも大方把握してるだろうし、何より赤葦さんはとても律儀だから、私がこう言えばおそらく控えてくれるのではないだろうか......!
【それは、気が利かなくてすみません。ちなみに、どういう経緯でメテオアタックを知ったのか、教えて貰ってもいいですか?確か安住さん、あまり漫画は読まないと言ってましたよね?】
私の作戦は功を奏し、密かにガッツポーズしながらも【同僚がヴァーイ貸してくれたんです。少しページ覗いたら、バレーボールの漫画があったから気になっちゃって】と当たり障りのない返信を打つ。
赤葦さんが創ってるからという理由もあるけど、それは別に本人に伝えることもないだろう。
口は災いの元、沈黙は金である。
【そうでしたか。俺、言うの忘れてましたがメテオアタックの担当編集なんですよ】
「何ですって??」
思わぬ返信に、つい間抜けな声が出た。
担当編集ということは、メテオアタック専属の編集者ってことで、......あ、なるほど、バレーボールの漫画だから、元梟谷のセッターである経験者の赤葦さんが担当編集として白羽の矢が立ったとか?
むしろ、赤葦さんが担当編集だからバレーボールの漫画が創られたという可能性もあるぞ......。
「.............」
【差し支えなければ、今度感想聞かせてください。あと、木兎さんの話もしたいので、どこかでまたご飯でもどうですか?】
「.............」
しまった。どうしよう。詰んだ。
担当編集であれば、こういう話になったら読者の一意見として話を聞かせてくれという流れになるだろう。必然的に。
神回避できたと思ったのに、とんだぬか喜びだ。
というか、ああもう、助けて木葉さん!!
【勿論、木葉さんも誘いますので】
「.............!?」
上手い返しが見つからず、心の中で思わず木葉さんに助けを乞うと、まるでタイミングを計ったかのように赤葦さんからそんなメッセージが続いた。
それに心底驚きつつも、正直助かった!と思わざるを得ない状況だったので、「わかりました。また三人でご飯会しましょう!メテオアタック、ありがたく読ませて頂きます」と差し障りのないメッセージを送った後、お疲れ様とおやすみなさいのジャカ助スタンプで半ば無理やり会話を終わらせてしまうのだった。
一難去らずにまた一難!
(木兎光太郎の話はめちゃめちゃしたいのに!)