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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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「今のスパイクの何が凄いって、木兎さんのコースの打ち分けが凄いんですよ。ブロックとレシーバーの位置から見て、恐らく木兎さんの超インナーを警戒していたと思うんです。で、木兎さんもそれを見越してストレート打とうとはしてるんですけど、それはフェイクで、視線と腕の振り方でストレートに見せ掛けてるんです。途中までストレートで行くぞと見せ掛けておいて、相手がそっちの守備の強度を上げたのを見計らって、ギリギリのところでクロスに切り替えてるんですよ。勢い任せに打ってるんじゃなくて、最後の最後まで相手の動きを見てクロスかストレートか見極めてるんですね。だからこの1点は、木兎さんの勝利を望む執念の粘り勝ちなんですよ」
「.......そ、そんな駆け引きがあるの......!?この僅か数秒で......!?え、待って?もう一回戻していい?あと、コースの打ち分けって、乱暴に言えば真っ直ぐ打つか斜めに打つかじゃないですか。それってそんな一瞬で変えられるもんなんです?」
「かなり難しいと思いますが、不可能ではないと思います。狙ってやるというより、咄嗟の判断から動くことに昔から長けてるんですよ、この人。視覚の情報から手足が動くまでの時間が異常に速いんです。単純に“考えるより先に”ということでは無くて、木兎さんの場合は“考えたから動けた”という方が正しいんです」
「えー......何それ格好良い......ごめんちょっともう一回戻していい?それ踏まえてもう一回見たい」
木葉さん宅にてお好み焼きやたこ焼きを食べつつ楽しくお酒を飲み、三人とも少し酔いが回ったところで木兎光太郎の試合動画を観ようという話になった。
以前赤葦さんが私に教えてくれたバレーボールの動画アプリを木葉さんも登録しているらしく、ノートパソコンの画面で過去の木兎光太郎の試合動画を見始めた。
最初は控えめに話していたものの、お互いお酒を飲んでいるのと、木兎光太郎を全力で推してる者同士ということもあり、いつの間にか熱いトークを交わしながら動画を一時停止して少し戻り、再生させるという流れを何度も繰り返した。
木兎光太郎のワンプレーごとに逐一入る赤葦さんの説明を聞くのが楽しくて、それを聞けば聞くほど木兎光太郎がいかに凄い選手であるのかがよく分かる。
「......ひー......本当格好良い......心臓持ってかれる......」
「......何より、木兎ビームの破壊力はヤバいですね」
「あれはヤバいどころじゃないですよ......最初生で見た時幸せ過ぎて死ぬかと思ったし、秒で涙出ました......」
「わかります。初見、俺も泣きました」
赤葦さんと二人、画面の中に居る木兎光太郎を眺めながらうんうんと深く頷きあっていれば、この家の主である木葉さんが小さくため息を吐いた。
「......あー......なんつーか、俺が会わせた訳だけど......お前らすごいな?ずっっっと話してんな?」
「私に推しの話させたら止まんなくなるって前から言ってます」
「いや、それは知ってっけど」
どこか驚いたような、むしろ少し呆れたような様子を浮かべる木葉さんに少しムッとしながらそう返すと、隣りに座る赤葦さんが若干申し訳なさそうに頭を下げた。
「年甲斐も無くはしゃいですみません。次は木葉さんの試合動画見ましょうか?」
「マジやめて。どうしてそんな地獄絵図思いついちゃうの?」
「あ、私木葉さんのバレーも見たいです」
「ほら言わんこっちゃない。つーか俺は別にプロじゃねぇし、動画なんてないから」
「そうですか?Y●uTube辺り探せばありそうですけど......」
「検索すんなマジで!だーもう!余計な口出して悪かったよ!ほら!大人しく木兎見てろって!」
赤葦さんの言葉に木葉さんはこれでもかと言うほど拒否反応を起こす。
自分のスマホを弄り出した赤葦さんを必死に止めようとする様子は、何だか二人の学生時代を見ているようで少し微笑ましかった。
きっとこんな感じで木兎光太郎とも一緒にいたんだろうな。
「じゃあ、木葉さんは今度応援行きますね。試合いつですか?」
「いいから!そういうの本当に大丈夫デス!つーか俺の試合見る時間あったら木兎の試合見にいけよ。アイツ生粋のかまってちゃんだから」
「......見た目あんなにガッツリ男らしいのに、その実かまってちゃんなの本当に可愛いよね......そういうとこ本当ずるい......超好き......」
「度が過ぎると可愛かねぇけどな。つーか元々全く可愛くないな」
「木葉さん全然わかってない!赤葦さんならわかりますよね?」
「すんません、可愛さはよくわかんないです」
「えぇー!?うそぉ!?さっきあんなに語り合ったのに!?」
「木兎さんが格好良いのは分かるんですが、可愛いのは分からないです。......あの人たまにこう、きゅるっと可愛こぶる時はあるんですが......俺はイラッとします」
「あぁ、わかるわ。あれ普通にイラつくよな」
「いや、そういうんじゃなくて!こう、逞しさの中に無邪気な一面があるというか......そう!めちゃくちゃ人懐こい大型犬みたいな!可愛くない?」
「犬はでかかろうが小さかろうが可愛い。木兎は可愛くない」
「ていうか安住さん......木兎さんと犬が同列ですか......?」
「日本語って難しい!」
木葉さんの試合を見に行く話から、流れに流れて木兎光太郎の可愛さの話になり、元チームメイトの男性二人から共感を得られず思わず頭を抱える。
おまけに赤葦さんから少し引いたような視線を寄越されてしまい、改めてこの母国語の複雑さを思い知った。
「つーか、そんなに木兎好きなら今度会ってみる?もしくは電話してやろうか?」
「.......何ですって??」
木兎光太郎の可愛さを表現するにはどうしたらいいのかを考えていると、ふいに木葉さんが寄越した提案にたまらず真顔で聞き返した。
そんな私を見て、木葉さんは可笑しそうにふきだす。
「いや、木兎のことめちゃめちゃ好きなんだな~って思ったから......会わせたら面白そうだなって思って?w」
「......ちょっと木葉さん。そんな軽く言ってますけど、木兎さん一応プロのスポーツ選手なんですから......そちらの都合もあると思いますよ」
「.............」
ニヤニヤと笑いながら楽しそうに話す木葉さんの言葉を、赤葦さんが咎めるように補足する。
そのまま少し言い合いのようなものを始めてしまった二人の会話をぼんやりと聞き流しながら、もしかしたら木兎光太郎と直接会えるかもしれないという可能性に、暫し黙考した。
「..............いや、流石にそれはダメです。ズルいと思います」
「は?」
「え?」
黙ったまま思考回路をぐるぐる回し、出した結論を口にすると木葉さんと赤葦さんはほぼ同時にこちらへ顔を向けた。
二人を一瞥した後、ゆっくりと視線をパソコンの画面の木兎光太郎へ向ける。
「......まぁ、会えるものなら是非会いたいというのも本音なんですけど......でも、木兎光太郎と会いたいと思ってるのは私だけじゃなくて、それこそごまんといる訳じゃないですか。私なんかよりずっと前から彼を応援してる人だって沢山いるし、木兎光太郎を一人の男性として恋してる方だって居るかもしれません」
「.............」
「.......そんな方々を差し置いて、たまたまお友達の木葉さんと赤葦さんに出会えたからといって、私が木兎光太郎に会うのはちょっと気が引けるというか......ズルいのではと思うんです」
「.............」
「なので、ちゃんと正規の手続きをして、木兎光太郎のファンとして会いに行きます」
酔いが回った頭ではありつつも自分の考えを最後まで言い切った私は、グラスに少しだけ残っていたビールをあおった。
ご飯もお腹いっぱい食べたしお酒も空っぽ、だけど木兎光太郎の話は永遠に出来てしまうから、区切りのいいところでそろそろお暇しようかなとスマホの時計を見ると、自分が思っていた時間よりだいぶ遅い時間になっていて一気に頭が冴えた。
これはまずい、あと15分で終電だ。
「やば!木葉さんごめん!電車無くなるから帰ります!」
「え?あ、もうそんな?アズさえ良ければ泊まってってもいいぞ?」
「え?あー......とりあえず駅行って、ダメなら戻ってきてもいい?」
「りょ。そん時は電話くれ。俺か赤葦迎えに行くから」
「俺、駅まで送りますよ。少し暗い道ありましたし、この時間なので」
「え?赤葦さんは時間大丈夫なんですか?あ、もしやここにお泊まり?」
「それな。こいつ、ちゃっかりお泊まりセットと替えのパンツ持ってきてやんの」
「すんません。木葉さん家、地味に寝心地いいんですよ」
「.......それ、私聞いて大丈夫なヤツ?聞かなかったことにした方がいい?」
「大丈夫。超健全。俺も赤葦も恋愛対象女の子だしそもそもこいつは客人用の布団の話をしてるだけ、デス」
「イテッ」
バタバタと帰り支度をしながらも、赤葦さんの発言に少し驚いて冗談半分、本気半分の質問を投げると木葉さんは心外ですという色を浮かべつつ笑い、スリッパで赤葦さんの頭をパコンと殴った。
まるで漫才のような二人のやり取りが可笑しくてたまらずふきだしてしまえば、殴られた後頭部を片手でさする赤葦さんが少しバツの悪い顔をしながらも「じゃあ、送りますんで早く行きましょう」と玄関の方へ向かって行く。
駅までの道は多分覚えてるし、送ってもらわなくても大丈夫ですと玄関で告げるものの、「すみません、俺が気になるので送らせてください」と軽く頭を下げられてしまえば、これで尚反論できる女性が居るならその手腕を見せてほしい。少なくとも、低レベルの私はすっかり言いくるめられてしまった。
木葉さんに後片付け等が全く出来ないことを謝罪して、赤葦さんに促されるまま玄関を出て、駅まで小走りで向かう。
私の鞄は赤葦さんが持ってくれている為、体力にはそこまで自信がないものの身軽で走ることができたので何とか駅まで完走することができた。
肩で息をしながら時計を見ると、後5分で電車が来る。
鞄を受け取りながら何とか間に合いそうですと話すと、少しだけ呼吸を乱した赤葦さんは眼鏡を掛け直しながら「それならよかったです」とほっとしたように笑った。
「あの、本当にありがとうございました!すごく楽しかったのに、最後こんなでごめんなさい......」
「とんでもないです。こちらこそ、ありがとうございました。多分俺、今日で1週間分くらい喋りました」
別れ際の挨拶でお礼と謝罪を口にすると、赤葦さんからの返しにふと可笑しさが込み上げてしまい、思わずふきだしてしまう。
確かに赤葦さん、木兎光太郎の試合動画見てる時めちゃめちゃ喋ってたな。
カラオケ店の非常階段で会った時はひどく物静かな印象を受けた分、今日は本当に1週間分くらい喋っていたのかもと思うと、どうにも可笑しかったのだ。
たまらずけらけらと笑ってしまうも、改札を通る人が徐々に急ぎ足になっていくのを見てはたと現実に気付く。
「.......あっ、笑ってる場合じゃなかった!じゃあ、帰ります!お疲れ様でした!」
「.......はい、お気を付けて。お疲れ様でした」
しまったと思いつつ手短に別れの挨拶をして、改札をくぐる。
そのままホームへ向かおうとすると、「安住さん!」と名前を呼ばれて反射的に振り向いた。
「また、......帰宅したら、また連絡ください。夜も遅いので」
「.......あぁ、はい......わざわざすみません。ありがとうございます......」
一体何事かと思いきや、掛けられた言葉にそういえば赤葦さんはとても律儀であると、木葉さんが言っていたことを思い出す。
別れ際に呼び止められるなんて否が応でもときめくシチュエーションだから今のは仕方ない!と思う自分と、彼女持ちだって聞いてる人にときめくなんて馬鹿らしいと思う自分が同時に存在してしまい、赤葦さんへの返答が妙に事務的なものになってしまった。
ちょっとまずかったかなとは思ったものの、電車の時間の方が非常にまずかったので、赤葦さんの様子を確認しないままホームへ走り出し、何とかギリギリのところで終電に滑り込むのだった。
境界線の内側で、お待ちください
(今はまだ、ソレに乗るつもりはないけれど。)