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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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《アズさんよォ、前に赤葦と会ってんなら最初に俺に話せよな!》
着信を知らせるスマホの通話ボタンをスライドし、耳に当てた途端不機嫌そうなテノールが開口一番文句を寄越した。
最近出来た友達で、同い歳で気も合う彼に「友達甲斐のないヤツだな」といつもより幾分か低い声で言われ、慌てて「ごめん、そうじゃなくて」と弁解の言葉を返す。
「話すタイミング逃しちゃったっていうか、そもそもあかーしさんと会った時お互い名乗ってなかったから、確証持てなかったというか......」
《いや、話しとけよ!この前俺がどんだけ赤葦にネチネチ文句言われたと思ってんだ......!》
「え、そうなんですか?それはすみませ.......ん?ちょっと待って、なんであかーしさんが私の顔知ってるんです?あ、もしかして前撮った写真見せた?」
《!!》
私の言い訳に対し、木葉さんは情状酌量の余地無しとでも言うように言葉をまくし立てる。
しかしその中でふと気になった点を指摘すれば、今までよく回っていた相手の口がピタリと止まった。
《.......ごめん、見せました。勝手にすみません》
「えぇー......まぁ、私もあかーしさんと面識あるの黙ってたし、これでチャラにしません?」
《おう、じゃあそうしよう。......あ、今更だけど、今休憩か?時間大丈夫?》
「えー、っと......厳密に言えば、休憩ではないんですが......印刷物の立ち会い待ちなんですよ。また色々とお祭りしてるもので......」
《あー......とりあえず、お疲れさん......》
ひとまずお互いの過失を清算してから、相変わらずよく気の回る木葉さんに時間だけは問題ないことを告げると苦笑いが返ってきた。
それに私も似たようなものを返してから、先程の彼の言葉でもう1つ気になった点を聞いてみる。
「それにしても木葉さん、なんであかーしさんに文句言われたんです?私とあかーしさんが顔合わせてるの知らなかっただけじゃないですか」
《え?あー......いや、まずは赤葦が結構酔ってたってのが前提にあるんだけど......なんか、同じ木兎ファンとして1回ちゃんと話してみたかったらしい。で、またお前と会えたら~って思ってたみたいよ?あと、試合の動画見せてくれた礼もしたいって言ってた》
「.......もしかしなくてもあかーしさん、凄い律儀な方ですね?」
《おう、絵に描いたような律儀。そんなだからアイツ、俺とアズがちょこちょこ会ってたって知ったら“なんで教えてくんなかったんすか!”って怒ってきやがった》
「んふふw理不尽w」
《だろ?......って、元凶のお前が笑うなっての》
思わず笑ってしまうと、木葉さんから最もな正論を寄越される。
すみませんでしたと笑い混じりに謝るも、あまり効果は見られないらしい。
でも、いつかのあかーしさんの様子を思い出せば、確かに凄く真面目そうというか、よく知らないながらにとても律儀であることに納得してしまう雰囲気があった。
《.......あ゛ッ》
「え?何?」
記憶の中のあかーしさんのことをぼんやりと思い出していれば、急に木葉さんが素っ頓狂な声をあげた。
驚いて理由を聞くも、木葉さんは明らかに何かを隠すように「何でもない」と告げる。
何でもないならそんな変な声は出ないだろうとも思ったが、次に寄越された話があまりにも魅力的過ぎてまんまとそちらに飛び付いてしまった。
《とりあえず、アズが都合つく日にまた粉もん食いに行こうぜ!店でもいいし、何なら俺ん家でもいいぞ》
「え、何ですかその楽しいの。そんなの木葉さん宅でお好み焼きの一択ですよ、リーズナブル」
《リーズナブルwじゃあ、そういうことで話進めるから、仕事の都合つく日わかったら連絡くれ。赤葦にも聞いてみる》
「は~い。とりあえずレモンサワーと竜田揚げは買ってきます」
《そういうとこな~。めっちゃすきぴ~w》
「ふはっwこのぴあざまる水産~w」
木葉さん宅は確か結構駅チカのマンションだと聞いた気がするから、終電さえ把握していれば多少遅くまでお邪魔してもそこまで帰宅経路に困らないだろう。
しかしながら、折角できた友達に面倒だと思われたりするのは嫌なので、頭の軽いやり取りをしながらもお家にお邪魔するなら色々と気をつけないとなと正反対なことを考えていれば、木葉さんはなぜか少しだけ気まずそうな様子で私を呼んだ。
《.......あー、アズ?あとさ......》
「ん、何?」
《.......気を悪くしたらごめん。赤葦、彼女居んの。一応言っとくわ》
「え?......あぁ、はい。承知致しました?」
急にどうしたのと思っていれば、予想外の言葉を寄越されてたまらずきょとんと目を丸くしてしまう。
正直、いきなり何の話だとは思ってしまったが、考えてみれば渦中のあかーしさんはとてもイケメンだったことを思い出した。
おそらく木葉さんは半分は私の為に、もう半分はあかーしさんの為に予防線を張ってくれたのだろう。
うっかり私が彼のことを好きにならないよう、早い話が面倒事が発生しないように先手を打ってくれたのだ。
あかーしさんには彼女がいる。ヒトによっては「いや、別に狙ってないし」と怒るところかもしれないが、私にとっては結構ありがたい情報だった。
木葉さん然り、木兎光太郎のファン同士だとついはしゃいでしまうことがざらにあるので、ハメを外しすぎないように十分注意しなければと再度身を引き締めながらも、この場合の適切な返事がよくわからずに結局そんな間抜けな言葉を返してしまう。
案の定木葉さんは「なんだそれw」と可笑しそうにふきだしたが、電話の向こうで誰かに呼ばれたらしくそちらに返事をしてから「じゃあ、またな」と少し早口で別れの挨拶をして、慌ただしく電話を切った。
通話が終了したスマホの画面をぼんやりと見ながら、一つ息を吐く。
.......いよいよ、いつかの夜にカラオケ店の非常階段で偶然会ったあかーしさんと再び顔を合わせることになる。
これが恋愛ドラマか何かだったら、もしかしたら何か運命的なものを感じるのかもしれないが、現実はそう単純に出来ていないらしい。
「.............」
あかーしさんも私とまた会いたかったらしいと木葉さんから聞いた時は、正直結構嬉しかったし、少しときめいた。
恋人が欲しいとは強く思ってないものの、それでもあかーしさんはとても魅力的だったし、何より木兎光太郎の話をした時にすごく嬉しそうな顔をしていたのが頭の片隅に残っていたのだ。
自分の大好きな推しのことを話して、同じ熱量で返してくれるのは心底嬉しいし、そういう相手はとても貴重だと思う。
だから、願わくば木葉さんと同じような友達関係を築きたかったのだけど......恋人が居るとなると、少しだけ具合が違ってくる。用心しないといけない事が出てくるのだ。
例えば、二人でご飯とかは絶対行かないとか、メッセージのやり取りはなるべく簡素化するとか。人によりけりだろうけど、私がもし彼女さんの立場だったら凄く嫌だからだ。
いくら友達同士であっても、彼氏と女友達が二人でご飯に行くとなったら、ヤキモチ云々を抜きにして凄く嫌な気分になる。
.......もしかしたら、木葉さんと三人でのご飯会も嫌がられる可能性もあるけど......本当に勝手で申し訳ないのだけど、この1回だけ、彼女さんにはどうか目を瞑ってほしい。
おそらく私と同じ熱量......もしかしたら相手の方がずっと勝ってるかもしれないあかーしさんと、木兎光太郎の話を思いっきりしたいのだ。
.......私が男だったら、何も問題無かったのになぁ。
ふとそんな思考に着地してしまい、思わず苦笑いがもれた。
......やめよ、何の生産性も無いことを考えるのは。
スマホをパンツスーツの後ろポケットにしまい、作業進捗を確認する為に再び仕事へ戻るのだった。
▷▶︎▷
「お邪魔します~.......え、お好み焼きじゃないじゃん!」
木葉さんの電話を受けた日から、1週間くらい過ぎた今日、教えられた住所を地図アプリで調べながら、木葉さん宅のマンションに到着した。
出入口のオートロックを解除してもらい、木葉さんの部屋を目指してインターホンを鳴らすと直ぐにドアを開けてくれる。
買ってきたお酒と竜田揚げが入った袋を渡してから、わくわくしながら室内へ入れば、先に来ていたあかーしさんと再会したものの......彼に挨拶する前に、そのテーブルの上にあるたこ焼き器に目がいってしまい、思わず思考がそのまま口に出た。
切れ長の目を丸くするあかーしさんとは対照的に、後ろから来た木葉さんは可笑しそうにふきだす。
「悪い悪いwホットプレート出そうと思ったらたこ焼き器出て来ちゃってwお好み焼きはフライパンで作ってやるから」
「えぇ~?こう、ヘラでペロンってひっくり返すのやりたかった......」
「たこ焼きならいくらでもどーぞ」
「規模が違うんだよ規模が~!」
てっきりお好み焼きが並んでるものだと思ってたから、急に小さなたこ焼きを見せられて頭の中が混乱しつつも木葉さんといつもの調子で会話をすると、「あの、すみません」と声を掛けられ、たまらずハッとする。
そうだ、あかーしさんが居たんだった。
慌てて振り向くと、たこ焼き器の前に座るあかーしさんと視線が重なった。
「俺がたこ焼きもいいですねと言ったんです。すみませんでした」
「え、あ、いや、全然構わないです!たこ焼きも好きです!変なこと言ってすみません!」
「本当になw規模ってなんだよって話だよなw」
「ちょ、木葉さんは黙っててください!」
私の言葉を気にしたんだろう、あかーしさんが頭を下げて謝罪を寄越してきたので、慌てて大丈夫ですと返せば木葉さんに茶々を入れられて少し怒る。
それでも尚木葉さんはケラケラと楽しそうに笑ってから、視線を私からあかーしさんへ移した。
「赤葦、こいつがアズな。木兎大好きな社畜ガール」
「社畜言わないでください!......挨拶遅れてごめんなさい、安住晴と申します。またお会いできて光栄です」
木葉さんの粗雑な紹介を咎めてから、改めてあかーしさんに向き直り軽く会釈をしてから挨拶をする。
すると、あかーしさんは自分の鞄から何かを取り出し、私の前へわざわざ出向いてくれた。
「木葉さんの後輩の、赤葦京治と申します。こちらこそ、ご挨拶が遅れてすみません」
「あ、ご丁寧にどうも......私も名刺をお渡ししても宜しいですか?」
「ああ、わざわざすみません。ありがとうございます」
薄いブルーのストライプシャツに黒のスラックス姿のあかーしさんが名刺を寄越してくれたので、私も鞄から自分の名刺を取り出して相手へ渡すと、その光景を見ていた木葉さんが「営業の悲しい性だな」と自虐気味に笑った。
それにならって私も少し苦笑しながら、手元にあるあかーしさんの名刺を何となしに眺める。
あかーしさんは「赤葦」さんだったのかと今更ながら理解して、珍しい名前だなと思いながらふとご職業の欄を見た矢先、サッと血の気が引いた。
「ひッ、週刊少年漫画誌......!」
「!」
とっさに喉が引き攣るような悲鳴が漏れ、顔を青くさせながらも赤葦さんに向き直り、深々と頭を下げる。
こんな素敵なイケメンが、果てしない地獄......戦場に身を置く戦士だったとは驚きだ。
「お仕事、本当にお疲れ様です......!どうかお身体を大事にしてください......!」
「.............」
自分の仕事上、出版関係の業務の多忙さ......しかも殊更に週刊少年漫画誌担当という激務の中の激務である現場のことをすっかり叩き込まれているので、赤葦さんには最早「ご自愛ください」以外の言葉が出てこない。
「たこ焼きは私焼くのでどうぞお座りください!あ、お酒飲める方ですか?一応ビールとチューハイと緑茶買ってきたので、よかったら赤葦さんもどうぞ!竜田揚げは木葉さん権限なので木葉さんにどうぞ!」
「.............」
「いや、明らかに俺一人分じゃないよね?お前も食う気満々の量だよね?」
「え?いつもそのくらい食べてるじゃないですか」
「食ってねぇよw現役の時でさえこんな食わなかったわ」
「っ、ふふ......ッ」
過酷な戦場に身を置く赤葦さんに、たこ焼きを焼いてもらう訳にはいかない。
手短に身支度を整えてから菜箸を取り、丁度竜田揚げを盛り付けたお皿を持ってきた木葉さんと軽い冗談を交わしながらたこ焼きをくるくると回転させていれば、ぽかんとしていた赤葦さんがふいにふきだした。
突然笑いだした彼に私も木葉さんも少し驚いて目を丸くしてしまうと、赤葦は可笑しそうに肩を揺らしながら片手でゆるむ口元を隠す。
「え、どうした赤葦?」
「......すみません、少し予想外だったので......」
「予想外?」
木葉さんの言葉に、赤葦さんは自身を落ち着かせるように軽く息を吐き、なぜか手元にある私の名刺をちらりと眺めた。
「......仕事の話をすると、大抵は漫画作ってるの凄いねとか驚かれたり、何の漫画なんだって聞かれたり、どちらかと言うと明るいリアクションを取られることの方が多いんすけど......ふふ、真っ青になって労られたのは初めてで、ついボケっとしちゃいました」
「.............」
「......でも、印刷会社の営業の方なら、確かにそういう反応になりますね......業種は違えど、色々筒抜けでしょうし」
私の名刺を見たまま眉を下げて小さく苦笑した後、赤葦さんはゆるりとこちらへ視線を寄越す。
「俺の方こそ、またお会いできて嬉しいです。安住さんとは、またどこかでお話しできたらと思ってました」
「.............」
私の名刺を両手で持ったまま、赤葦さんはその端正な顔をふわりと甘くゆるめた。
普段の凛々しい表情から打って変わり、ぐうの音も出ない程の甘やかな笑顔が零れ、さらには非常に聞き心地の好い声で甘い言葉を差し出してくる。
.......いや、いやいや、いやいやいや、ちょっと待って?この人彼女居るんだよね?
うっかりキュンとしちゃったチョロすぎる思考回路に一度喝を入れて、ひとまず「そうだったんですね、今日は木兎光太郎のお話沢山しましょうね」とごまかすように笑ってから、少し焼き過ぎてしまったたこ焼きをひっくり返すのだった。
セカンドコンタクト
(.......この人さては、天然シリアルキラーか......?)