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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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先日の合コンで知り合ったエーアガイツ製薬会社の木葉さんとは思っていた以上にノリが合い、次の飲み会もすんなりと約束出来た。
お互いの仕事終わりに都内の駅前で待ち合わせをして、適当な居酒屋に入る。
ありがたいことに、木葉さんも会社の先輩の誘いを断りきれずに合コンに参加しただけだったようで、今は特に恋人が欲しい訳では無いらしい。
私も同僚の友達に騙されて行ったことを話すと「そりゃあ災難だったなw」と可笑しそうに笑われたけど、個人的には木兎光太郎の話を出来る木葉さんと出会えたから全然災難ではないし、むしろ幸運だったとさえ思ってる。
そんなこんなでじゃあお互い友達にということで、何より同い歳ということもあり、木葉さんとはめでたく友達になれたのである。
「で、その日は木兎がまぁしょぼくれちまって大変だったのよ。試合中にいきなり、“クロスってどう打つんだっけ?”とか言ってきて。もう信じらんねぇだろ?」
「あははっ、それはヤバいwそんな時もあったんだね」
「まぁ、今じゃ笑い話だけどなァ。あん時は春高掛かってる試合だったし、お前マジで勘弁しろよ!って心底焦った」
チェーン店である居酒屋のテーブル席に対面で座り、お互い好き好きに頼んだお酒と料理をつまみながら高校時代の木兎光太郎トークで盛り上がっていた。
私はプロのバレー選手である木兎光太郎しか知らないけど、木葉さんは学生時代の彼を知っていて、当時の武勇伝をいくつも話してくれるのでずっと笑ってばかりだ。
推しがバレーボールする姿はいつもピカピカのきらきらに見えていたけど、その境地に辿り着くまでどうやら山あり谷ありで大変な苦労を要したことがわかった。
「でも、今はストレートもクロスもキレッキレだし、最高に格好良いじゃん?その時の試合もちゃんと木兎光太郎の身となり骨となってる訳ですよ。本当にありがとうございます」
「......まぁ、そうだな。万一これであいつがプロになってなかったら、いまだにタイキック案件だぞ」
眉間に皺を寄せたままジンジャーハイボールを煽る木葉さんが可笑しくて、またふきだしてしまう。
やれやれだぜ......とでも言うような口調で話をする木葉さんだが、私が木兎光太郎の格好良かったプレーや凄いと思った場面の話をすると、どこか満足そうな色をふわりとその顔に浮かべるので、何やかんや言っても木兎光太郎のことを好きなんだろうなと彼の表情からありありと窺えた。
「ちなみにその時はどうやって立て直したの?また暫くエース抜きで攻撃したとか?」
「あー、どうだったっけか......あ、そうそう!あん時は赤葦......セッターが上手く持ち直したんだよ」
「......へぇー」
以前、学生時代の木兎光太郎は調子のムラが激しくて周りのサポートが必須だったという話を木葉さんから聞いていた為、きっとまた誰かが機転を利かせて彼を立て直したのだろうと思い詳細を聞けば、聞き覚えのある名前が出て来て少しだけ反応が遅れてしまった。
あかーしさん。前に偶然会って、話したことがある人だ。
「俺らの代のセッター、二年だったんだけどすげぇしっかりしててさ。木兎とも相性良かったから、副主将もそいつがやってたんだ」
「......え、二年生?」
いつかの記憶を辿り、あかーしさんの容姿を思い出していれば気になる情報を耳が拾い、思わず聞き直した。
木葉さんの一つ下ということは、あかーしさんは私より歳下ということだ。
背が高くて、話し方や雰囲気も落ち着いていたからてっきり同い歳かと思ってた。
.......いや、というか二年生で副主将だったの?え、なんで?
「そ。赤葦っていうんだけど、そいつが上手く木兎のことサポートしてさァ。木兎のヤツも赤葦のこと超絶信頼してっから、赤葦のセット通りにカマしてその後もうずっと絶好調でやんの」
「......え、待って待って。梟谷ってバレー強豪校だったよね?なのに二年生が副主将だったの?え、凄くない?ていうか、まかり通るの?運動部のヒエラルキーみたいなものは大丈夫だったの?」
「まかり通るも何も、俺らが決めたからな。木兎は主将やりたがってたし、それなら副主将は赤葦しか居ないだろって」
「それは......セッターだから、とか?」
「んー、まぁ、ポジションも関係あるっちゃあるけど......赤葦はなんつーか、さっきも言ったけど木兎と相性抜群だったんだよ」
レモンをかけた竜田揚げを頬張りながら、木葉さんは当時の風景を思い出しているのか懐かしそうに目を細めた。
私も生ビールを口にしつつ、木葉さんの話の先を待つ。
でも、あの木兎光太郎と相性抜群とまで言われるなんて、あかーしさんが少しだけ羨ましい。
「それに木兎のヤツ、バレー以外はかなりいい加減っつーか普通にバカだったから、事務的なもんはほぼ赤葦がやってたな」
「......あ~、なるほど。そうだよね、部活って結構細々したものあるもんね」
「で、それが俺らみんな嫌で、赤葦に白羽の矢が立ったってのもある」
「え、じゃあ後輩に押し付けたってこと......?やだ、パワハラ案件......」
「いやいやいや。ちゃんと赤葦の合意を得たし、あいつを副主将にした理由はそれだけじゃねぇよ」
雲行きの怪しい話に片手で口元を隠しながら眉を下げて非難すると、木葉さんは苦笑しながらひらひらと片手を振った。
「木兎が赤葦をかなり気に入ってたっていうのもあるし、赤葦はなんつーか、基本的に馬鹿真面目で理性的なんだけど、木兎のことになると若干盲目的になるというか......兎に角、赤葦は木兎のこと真っ直ぐに信じてたし、木兎がバカやって迷惑被った時も呆れはするけど嫌うことは絶対無かったし......あとはアレだな、赤葦の説教が木兎によく効いたっていうのもあったわ」
「説教......」
「......まぁ、要は赤葦が木兎のこと大好きだったから、木兎と組むならじゃあ赤葦だなって話が纏まった訳よ。木兎も赤葦大好きだったし?」
だから断じてパワハラとかじゃないからな?
念を押すように木葉さんから寄越された言葉に苦笑しながらも頷いて、グラスの底に残ったビールを飲み干す。
飲み物が無くなった私を見て、直ぐに「何か頼む?」と聞いてくれる木葉さんは本当によく気が回る人だなと感心しつつ、「じゃあおかわりしようかな」と返せば注文用のタブレットを手早く操作してくれた。
お礼を言うと、「ついでに玉子焼き頼んじゃった」と無邪気に笑ってきたので、成年男性らしからぬその可愛らしさに「いいよ、オバサンに任せなさい」と冗談半分で返せば「いや、俺らタメだからw俺も傷付くからやめてw」と可笑しそうに笑われた。
「......で、さっきの話に戻るけど、春高では赤葦の方がちょっとへたっちまった時があって。で、木兎に一旦交代すれば?って言われて一回ベンチ下がったんだけど、次コート入る時にはちゃんと気持ち切り替えて調子戻して来たから、コイツらやっぱすげぇなって思ったよ。お互いのことわかり過ぎてて逆に怖いくらいだった」
「へぇ、それは凄いね」
「あと、なんか距離間おかしかったな。木兎が元々スキンシップ過多なんだけど、赤葦がそれを気にしないっていうか全スルーするから、あの二人もしかしてできてんじゃないかって各方面からウワサされてた」
「そんなに。それも凄いね」
「......ちなみに、アズは木兎のこと男としても好きなのか?付き合いたいとかあんの?」
「......うーん......最高に素敵な人だと思うけど、好きな芸能人って感覚に近いかなぁ......木兎光太郎が心身ともに健やかに生きててくれて、怪我なく事故なくバレーボールを楽しんでくれればもうそれで充分だし、......木兎光太郎が好きになった人とか、それもう絶対最高に素敵な人だと思うから......それが誰であろうと、彼を誠実に想ってくれる人なら、私は全力で末永くお幸せにって願います」
「.............」
「.............」
「.............」
「.............ごめん、今のはだいぶキモかった。忘れてもらっていい?」
「......ヨシ、赤葦呼ぶか!」
「うん、なんで?」
木兎光太郎のことを考えていたらついオタク理論を全開にしてしまい、流石に引かれたかなと思って木葉さんの様子を確認すると、予想外のことを言われたので反射的に聞き返してしまった。
いや、なんでこのタイミングであかーしさんを呼ぶ必要があるんですか。
「木兎の話すんならアイツ居た方が盛り上がるし、多分俺の知らない木兎の武勇伝も持ってるだろうから面白いと思うぜ?」
「......いきなり迷惑なのではと思ってたのに、そう言われるとめちゃめちゃ気になっちゃうじゃん......」
「素直でよろしいwんじゃ、スマホスマホ......」
「.............」
私が反論したのは本当に短い間で、あかーしさんの持つ木兎光太郎の武勇伝という目の前に出されたご馳走に秒で意見を変えてしまった。
楽しそうにスマホを手に取る木葉さんに、なんだか負けた気持ちになりながらお新香をポリポリと噛み砕いていると、視線はスマホのままにした木葉さんがついでにとばかりに話を続けた。
「......あとさァ、赤葦とアズって、多分話し合うと思うんだよね」
「え?」
「なんつーか、木兎を推すスタンス?みたいなのがすげー似てる気がする」
「.............」
ふいに寄越された言葉に、いつかの夜の記憶が蘇る。
ネオンライトがピカピカと光る、カラオケ店の外付け非常階段の踊り場。
お酒で火照った身体を冷たいコンクリートで冷ましながら、黒縁眼鏡を掛けた彼と静かに話をした、あの日。
『......その、木兎光太郎と......』
『......高校が一緒で、木兎さんはバレー部の主将とエースをやっていて、俺は副主将とセッターで......木兎さんに、毎日トス上げてたんですよ』
『......て、言ったら......どうします?』
本気とも冗談とも取れる彼の表情に、つい「この幸せ者!」と返したことをはっきりと覚えている。
だって、もし本当の話だったらこの人は最高の時間を送ってきたんだなと思ったから。
どんなに焦がれても、確立された過去には戻れないし、介入も出来ない。
夏の太陽みたいな、冬の星のような燦々ときらめくあの人の過去に、一緒に存在できたなんて本当に羨ましい。
木葉さんもそうだ。でも、私が想像するよりもきっとそれはずっと大変で、並々ならぬ努力の上に存在したものなんだろう。
だって当時の梟谷学園は、日本で二番目にバレーが強いチームだったのだから。
「.......あ、残念。赤葦今日は会社にお泊まりだってサ。また今度だなァ」
「あ~......それは、お疲れ様でございます......ちなみに何のお仕事されてるんです?って聞いてもいいですか?」
「うん、出版社」
「う゛わァ......!!それは、本当にお悔やみ申し上げます......!!」
「突然どうしたw顔面ギュッてなってんぞw」
そういえばあかーしさんに以前一度会ったことがある話を木葉さんにしてなかったなと考えていれば、渦中の人物がここに来られないことを知り、まぁ別に話さなくてもいいかと思い直しながらもあかーしさんのことを興味本位で尋ねれば、仕事柄よく絡む業界であり、そしてそこの地獄をとくと知っているのですっかり顔が青くなった。
ここで先程頼んだ生ビールと玉子焼きが運ばれてきて、そのままお互いの仕事の話になってしまい、結局あかーしさんと会ったという話をしないまま木葉さんとの飲み会はお開きになる。
また連絡するとお互い口約束をして、ついでになぜかツーショットの写真を撮って木葉さんとは別れた。
帰り道、木葉さんとラインを送り合いながら、木兎光太郎と近しい人に偶然ではあったもののこんな風に話を聞かせてもらえてるなんて、私もかなり幸せ者なのではということに気が付き、夜道にひっそりとガッツポーズをしたのは私だけの秘密である。
▷▶︎▷
【お疲れさん。元気?突然だけど今日って飯行ける?】
スマホの着信に眼鏡を掛け直しながら連絡内容を確認すると、仕事先では無く学生時代の先輩からだったので少しだけ肩の力が抜けた。
就職してからというもの、日々の業務の忙しさに負けて交際費ならぬ交際時間を疎かにしてしまったことが仇になり、いまだに連絡を取り合う人は極小数となっていた。
そんな貴重な一人である木葉さんからの夕飯の誘いにぐらりと欲望が傾きつつも、今夜踏ん張らないと先々のスケジュールが更にキツくなることは重々承知しているので、ここはぐっと我慢してその誘いに謝罪を返した。
寛大な心を持ち、そしてひっそりと思っているが何やかんやで後輩の俺に甘いこの人は直ぐに【了解。身体気を付けて、無理し過ぎないようにな。また誘う】と気のいい返事をしてくれる。
本当に、俺には勿体無い程の優しい人だなと、そして自分で断ったくせに今夜木葉さんと飯を食いたかったなと未練がましく思いながら、疲れ目を擦り大きくため息を吐くと、再びスマホが震えた。
【木兎のファンと友達になった。お前と話し合うと思うから、今度顔合わせてやって】
【俺とタメの女子なんだけど、話聞いてたら赤葦ばりの木兎狂いでさw】
【お前のストレス発散にもなるんじゃないかなと思いマス。木兎の話なら全肯定で聞いてくれるぜ?】
【あ、全肯定はウソかも。でも、すげー誠実に聞いてくれる。木兎のことすげー応援してくれてるんだなってわかる。それってなんか、嬉しいよな】
ポンポンと立て続けにくるメッセージに目を通し、また一つため息が零れた。
どこの誰かは知らないが、木葉さんと夕飯を食べてるその人が無性に羨ましくてならない。
しかも木兎さんの話をしてるとか、二重に羨ましい。
寝不足と疲労で狭量になっている心が卑しくて、眠気覚ましと気持ちの切り替えに新しい珈琲を淹れようと、マグカップとスマホを持って給湯室へ向かう。
【わかりました。今度は俺から連絡します】
それだけ返して、新しい珈琲を淹れながら木葉さんからのメッセージをもう一度読み込む。
途中、ふと頭を過ぎったのは、いつかの夜に会った同い年くらいの女の人だ。
カラオケ店の外付けの非常階段の踊り場で、ひっそりと静かに木兎さんの試合をスマホで観ていた、名前も知らないあの人。
......木葉さんと今居る人が、もしその彼女だったら。
そんな思考が一瞬頭を過ぎったが、あまりにも現実性の無い考えに早々に呆れてしまい、通算三回目のため息を腹の中から零すのだった。
無い物ねだりの交錯
(......珈琲、濃いめに淹れとこう......)