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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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赤葦さんの後に続いて、彼の自宅へお邪魔する。綺麗に片付けられた玄関は家主の性格がよく表れていて、内でも外でもきちんとしているヒトだなと密かに感嘆してしまった。室内に入るとどうやら1LDKの間取りらしく、手前にキッチンとダイニングルームがあり、奥のリビングルームにはテレビとソファーがセンス良く置かれていた。何かと雑貨が多い私の部屋とは違い、モノが少ない分かなりスッキリした印象を受ける。
「荷物ここ置きます。寒くなければ、コート掛けるので預かりますね。エアコン付けたんでじきに温まるかと思います」
「あ、ありがとうございます......」
「そっちの椅子でも、ソファーでも座っててください。遠距離の移動でお疲れでしょう?お茶淹れますけど、何がいいですか?ホットコーヒーか、緑茶なら温冷どっちもあります......あ、紅茶もあったかな......」
「えと、あの、お気遣いなく......」
意図せず上がり込んでしまった想い人の家についぼんやりしてしまうと、赤葦さんは相変わらずてきぱきと動き、申し分無いおもてなしをしてくれる。それに恐縮しながら、立ちっぱなしなのも気が引けると思い、少し悩んでダイニングチェアの方へおずおずと腰を下ろした。再度飲み物を聞かれ、じゃあ赤葦さんと同じものをと答えると、少しして私の前にはホットコーヒーと冷たい緑茶が差し出された。まさか二つ提供されるとは思わず、赤葦さんのことを見てしまうと相手は向かいの席に座り、自分用のコーヒーに優雅に口を付ける。その脇に冷たい緑茶は無く、これはどうやら私にだけ寄越してくれたらしい。本当に気配り上手なヒトだ。
「すみません、ありがとうございます......」
結局気遣われてしまったことにお詫びと御礼を返せば、相手は「いえ、付き合わせてるのはこっちなので」と眼鏡を掛け直しながら応え、一度軽く息を吐いた。
「......安住さんの貴重なお時間を頂いているので、早速ですがいくつか話をさせて下さい」
「いや、そんな、貴重でも何でも......というか、その、私が昨年末に言ったことでしたら、本当にすみませんでした......」
「............」
赤葦さんの律儀な言葉回しに、先手必勝という訳じゃないけどここ暫くずっともだもだと悩んでいた事をいの一番に謝罪する。昨年末、居酒屋の非常階段で電話越しに赤葦さんへ「好きです」と言ってしまった愚行に関しては100%......否、120%こちらが悪い。赤葦さんの事情を知りながら、ずっと友達で居ようと言ったくせに、とんだ掌返しをしてしまった。しかもその後きちんとした謝罪も無く連絡を断ち、東京から静岡の実家へ逃げてしまっていたのだから尚のこと罪は重いはずだ。
......気遣い屋で、心優しいこの人はきっと、ずっとそれを気にしていたのだろうと思うと、自分のあまりにも酷い身勝手さに心底辟易してしまう。いい大人のくせして、自分のことしか考えていなかった。無駄に心配掛けさせて、本当に、本当に申し訳無い。
「......赤葦さんの、信頼を裏切るような真似をして、本当に申し訳ありません......」
「............」
頭を深く下げて、これまでの愚行を詫びる。こんな謝罪で信頼が回復するとは到底思わないが、自分の言動で相手を困らせたのなら先ずは謝るべきだ。椅子に座ったままではあるが、頭を下げ続けていると少し間を空けた後で「頭を上げてください」と言われ、おずおずとその言葉に従う。だけど相手の顔を見る勇気は無くて、自分の手元に置かれたコーヒーと緑茶に視線をくっ付けていれば、赤葦さんはスッと小さく息を吸った。
「......安住さんが、謝る必要はありません。俺が謝らないといけないんです」
「え?」
「......俺はあなたに、酷い理不尽を押し付けていました」
「......理不尽?」
「......間接的ではありますが......俺に、恋愛感情を抱かないでほしいと」
「ッ、」
話の展開についていけず、不安の波がどんどん大きくなる最中、本人の口から吐かれたそれに心臓がどくりと嫌な音を立てた。瞬間、激しい後悔と申し訳無い気持ちが一気にせり上がり、涙と共に「ごめんなさい」と泣き叫びたくなる。全ては私に自制心がなかったからで......私なんかと仲良くしてくれた、大切な友人を傷付けるようなことはしたくなかった。
────でも、もう遅い。私は赤葦さんに自分の気持ちを告げてしまったから。
「......この数ヶ月の間で、如何に自分がものを知らなかったかを痛感しました」
「え......」
「......本当に、身勝手な話ですが......安住さんと知り合ってから、今までと視点が逆転したんです」
「......し、てん......?あの、ごめんなさい。私の理解力不足で、ちょっと話の内容が......」
「────俺が、あなたに惹かれてしまいました」
「............」
大手出版社に勤める知識豊富な彼が“ものを知らない”と言う所からすでによく分からなかったけど、更に理解に苦しむ言葉を告げられて、完全に思考回路が玉突き事故を起こした。お互い母国語で会話してるのに、びっくりする程話が見えない。驚きと動揺で固まる私に、赤葦さんは呆れも怒りもせず少しずつ話を続けた。
「......以前までは、木兎さんのファンの女性から異性としての好意を向けられるのを、残念に感じていました。俺はただ純粋に木兎さんの話をしたくて、その熱量を共にしていたはずのその方が、徐々に離れていくような心地がしたからです」
「............」
「......ですが、安住さんと話してみて驚きました。こんなに木兎さんの話が出来て、バレーの話が出来て、楽しくて......それでいて、どんなに盛り上がっても適切な距離を保ってくれる。その理由が木葉さんの“心遣い”からだったとしても、その時は本当に嬉しかったんです。あの日、木葉さんの家でした安住さんとの会話が凄く楽しかったので、この人と疎遠になりたくないと強く思いました」
「............」
「俺の願い通り、安住さんとの交流は続いて......まぁ、寿司屋で少しトラブルはありましたけど、一緒に木兎さんの試合も行けて、その時に安住さんから“末永く友達でいてほしい”と言って貰って......この関係を心底望んでいたはずなのに、どうにもしっくりこなかったんです。......今思い返してみれば、この時とっくにあなたに惚れてたんですよ」
「え......」
「......それなのに、俺は全くそのことに気付けなくて......でも、安住さんと話すのが楽しくて、少しでもいいから会いたくて......他の誰かがあなたの隣りに居ると、正直腹立たしくも感じてました」
「!」
「だから、あの日に告白して頂けて、そのまま電話切られたことは結構堪えたんです。その後全く連絡付かないし......あの瞬間を何度も後悔して、心底焦りました」
「ん゛ッ......すみ、ません......」
色々と話に着いていけてない状態でも、そこだけは確かな罪悪感があり、苦い顔をしながら咄嗟に謝罪を告れば、私の反応が可笑しかったのか赤葦さんは小さく笑った。
「......でも、その時やっと気付いたんです。今まで好意を寄せてくれた方々は、こんなに混沌とした思いを抱え、それと葛藤していたんだと」
「............」
「......いい歳して情けない限りですが、今まで恋愛というものを、こう、深く考えた事がなくて......今回の件で、その難しさや自分の考えの甘さに打ちのめされました......自分が好きだと思っても、相手もそうだとは限らない。それはいくら努力しても覆せないかもしれなくて、一生叶わない可能性もある」
「............」
「......それでも、その人と一緒に居られる関係になりたいから、それぞれ手探りで努力していくんですね......。それは本当に気力がいることで、こんなにも頭を使う大変なことだとは、自分事になるまで考えもしませんでした。......今までの俺の振る舞いは、あまりにも無知で軽薄だったと思います」
「............」
「......それでも、絶対に安住さんを諦めたくなかったので、色々と手を打たせて貰いました。今日のことも、木葉さん経由で金井さんに連絡を取って頂いたんです」
「っ、......やっぱり、カナと組んでたんですね......」
赤葦さんの話を聞きながら、同期の友人であるカナの名前が出てきたので思わずハッとする。何はどうあれ、あの時のカナからの電話は赤葦さんの策略だったということだろう。彼女が木兎光太郎のことやヴァーイのことを話してきた時、特に興味無い分野なのにそんな情報持ってるなんて珍しいなとはちょっと思ったけど、まさかこんな裏があったなんて全く思わなかった。......そして、今更ここでピンと来る。
「......あの、もしかして......木兎光太郎のSNSとか、メテオアタックの作者のコメントとかも......」
「ああ、はい。木兎さんと宇内先生にもお力添えを頂きました。木兎さんのSNSは目を通してるかもしれないと思いまして......ヴァーイの方も話題になれば、どこかでこのメッセージを見てくれるかもしれないと思ったのですが、まさか個人スマホを忘れてご実家に戻られているとは......想定外でした」
「ん゛ッ......いや、それでもやり過ぎですよ!カナと連絡取れれば、そっちは要らなかったんじゃないですか?」
「......そうですね、“直ぐに”連絡が取れれば、もう少し違う形で呼び掛けられたかもしれません」
「え......」
「......実は、金井さんには何度も断られたんです。友達泣かせた男に手を貸す義理はないって、だいぶ怒られました」
「─────」
私なんかの捜索の為にとんでもない包囲網を展開していることが分かり、顔を青くしながらやり過ぎではと指摘すると......それに関する同期の友人の言葉にすっかり胸を打たれてしまい、言葉が全て飲み込まれてしまった。
「......俺がどれだけ本気で安住さんに会いたいのかを、金井さんに証明する必要があったんです」
「............っ、」
私の知らない所で起こっていた話に、じわりと目頭が熱くなる。新年早々ヒトのこと騙すなんてと思ってたけど、とんでもない恩知らずだった。カナは本当に優しくて、賢くて、友達思いな最高に“いい女”だ。改めて彼女の魅力を痛感して、無性に今、カナに会いたくなった。
「......話が長くなりましたが、その過程を経て、今に至ります」
「............」
「散々な目に遭わせて申し訳ありません。......ですが、俺は安住さんが好きです。あなたの隣りに居られる権利が欲しい」
「!」
「......俺と、付き合ってください」
チェックメイトの音がした。
(我らが王様、最後は頼んだぜ?)