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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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同期の友人である彼女に今までの事を大泣きしながら洗いざらい話した翌日、再び新幹線に乗り東京へ向かっていた。実家でボロ泣きしてしまった為に母親からひどく心配されてしまい、だけどその理由を話すのも気が引けて逃げるように実家を後にしたのだ。そのことを彼女に話せば、じゃあ駅まで迎えに行くよとさらりとイケメン発言を寄越され、最初は折角の休みなんだし悪いからと断ったものの、彼女の優しさに流され絆され、結局東京駅で待ち合わせすることになってしまった。本当に申し訳ない。だけど、本当に嬉しい。新幹線の中で性懲りなく滲む涙を何とか誤魔化し、優しい友人との久々の逢瀬を心待ちにした。
静岡から東京へあっという間に運んでくれた新幹線に別れを告げ、東京駅のホームへ降りる。およそ一週間ぶりの東京は今日もヒトがごった返していて、何となく「ああ、帰ってきたなぁ」と頭が認識した。......この正月休みが終われば、また一年間忙しなく働くことになる。そう思うと、いつまでもうじうじしていられないぞという気持ちが湧いてきて、少しずつ気力が戻ってきた気がした。よし、と小さく気合を入れて、遠出用のカバンと静岡土産を持ち直すと、タイミングよく同期の友人から連絡が入った。東京駅に到着して、これから待ち合わせ場所に向かうことを告れば、彼女は了解の返事の後に「I hope you will be happy:)」とのメッセージを添えてくれて、再び胸が熱くなる。恋愛は暫くしたくないと思うのに、もし彼女が男性だったら絶対惚れてたなとうっかり考えてしまうものの、彼女には既に素敵な恋人が居るからどっちにしても私の恋は実らなかったことに気が付き、今度は違う意味で泣きたくなってしまった。
だけど、先程折角立て直した気持ちをこんなもしもの話で萎ませてしまうのも何だか違う気がして、ひとつ深呼吸してから改めて気持ちを切り替えて待ち合わせ場所の改札口へ足を進めるのだった。
この都市特有の、方向感覚を奪う程の人混みに四苦八苦しつつ、何とか目的地の改札口へ辿り着く。辺りを少し見回したが彼女の姿が見えなかったので、とりあえず改札を出てから落ち着いた所で電話しようと交通系ICカードをタッチした。タイミング良く上着のポケットに入れた社用スマホが一度震えたことを感じながら、一旦壁際へ移動して、遠出用のカバンとお土産を置いて社用スマホを手にした、途端。
「────安住さん」
「!?」
友人の連絡を確認すると同時に、私の前で誰かが足を止めた。久し振りに聞くその声は相変わらずとても聞き心地が好くて、心臓が飛び出しそうな程びっくりしたというのに、喧騒の中でも私の耳にすんなりと入って来てしまう。すっかり固まった状態でも目だけはしっかりとスマホの画面を見ていて、そこには友人である彼女から「GOOD LUCK!」とだけ綴られてていた。......瞬間、今年初っ端から彼女に騙されてしまったことに気付き、ぐらりと目眩がしたものの壁にもたれていたことで何とかしゃがみこまずに済んだ。
だけど、顔を上げなくても分かってしまうその人の真っ直ぐな視線を受けるのがひどく怖くて、スマホを握り締めたまま指先ひとつ動かせずに硬直していた。
......私はカナに会いに来たのに、この状況は一体何なんだ。カナとこの人の共通点なんてなかったはずだし、どうしてカナとの待ち合わせにこの人が居るんだろう。......ああ、そういえば、あの子の彼氏さんはエーアガイツ製薬の方だ。その人は木葉さんの先輩だから、きっと木葉さん経由でカナとの繋がりが出来て、私の知らない所で今日の事を画策されていたのかもしれない。カナはこういう企みが好きだから、きっと協力を惜しまない。
前に居る相手を見ないままここまで推測して、新年早々こんなドッキリみたいなモノをやらなくてもいいじゃんとため息を吐きたくなるが、何とか堪える。しかし、このまま真正面で視線を重ねるのはあまりにも気が引けるので、少しだけ体を横へスライドした矢先......まるで動くなと言わんばかりに、背中にしていた壁に勢いよく手を付かれて、ギクリと動きを止めた。いつもの温厚さを微塵も感じさせない荒々しい行動に驚きと恐怖で再び固まってしまうも、相手からは何の言葉も無い。......もしかしてこれ、相当怒ってるのでは......?勝手に告白して相手の信頼を裏切り、そのまま年末年始を掛けて音信不通になったのだから......普通怒るかとどこか他人事のように思ってしまった。壁に手を付いたまま怖い程の沈黙を降らせてくる相手に為す術なく固まっていると、周囲の人達がちらちらとこちらを見て楽しそうにはしゃいでいる様子がふと目に入り、少し間を開けてからハッとする。......男性が壁に手を付き、壁と自身の間に女性を挟む行為。いわゆる“壁ドン”の体勢になっているから、好奇の目を向けられているのだ。これはまずい。早々にこの手を退けてもらい、場所の移動をお願いしなければ。
「............ぁ、の......」
相手と視線を重ねる勇気が持てず、スマホを見たままおずおずと声を掛けるも、返答は無い。いつもなら「何ですか」とか「どうしました?」とか柔らかく応えてくれるのに、最初に私の名前を呼んでから一向に喋らない相手にどんどん恐怖が増す中、必死に思考を回す。相手の怒りを買ってしまってる場合は、兎に角謝罪するのが一番だけど、この状況でそれをすれば間違い無くこの場の注目をさらに集めてしまう。それは避けたいから、やっぱり場所の移動をお願いするに限るけど、「少し離れてください」や「ちょっと場所を変えませんか」とかストレートに言っても、もしかしたら逃走する気だと思われて余計に火に油を注ぐ形になるかもしれない。どうしよう、どうすればこの状況を出来るだけ俊敏に、且つ穏便に動かすことができるだろう。ぐだぐだ悩んでるのも、きっと良くない。何か、何か......仕方無くでもいいから、相手が動いてくれるような......。
「............すみ、ません......お手洗い、行きたいです......」
「............」
ぐるぐると考えた末、口をついたのはそんな間抜けな発言だった。だけど、どうしようも無い生理現象の要求を断るヒトは少ないだろうと踏んだのだ。この相手は、特に真面目な人だから。勿論、私の空気の読めない発言に余計イラッとするかもしれないけど、とりあえずこの現状を抜け出せるのであれば背に腹は代えられない。そんな稚拙な思考がバレてるのかどうかは分からないが、相手は少し間を置いてから壁に付いた手をゆっくりと外してくれた。それにほっとするのも束の間、「......荷物、これだけですか」と唐突に言葉を発したかと思いきや、床に置いていた遠出用のカバンとお土産をひょいと持ち上げてさっさと歩き出してしまう。おそらくお手洗いに向かってくれてるんだろうけど、普段の態度とあまりにも違い過ぎて冷や汗が止まらない。どうしよう、凄く怒ってる。一瞬、遠出用のカバンは捨てて逃げてしまおうかとも考えたけど、直ぐに現実的じゃないと気付き思い留まった。人目を避ける為に場所を移動したのに、そんなことをしたらまた注目を浴びてしまう。だから、ここは大人しく彼の後に着いていくのが一番得策だろうと思い、こちらに振り向くことなく足を進める相手......赤葦さんの背中を早足で追い掛けるのだった。
▷▶︎▷
お手洗いに寄ってもらった後、相変わらず気まずい空気のまま赤葦さんの元へ戻ると再び遠出用のカバンを持たれて先に歩き出してしまった。その背中に「あの、どこに行くんですか......?」とおずおずと聞いても「......とりあえず、落ち着いて話せる場所に」としか返ってこなくて、具体的な目的地は伏せられたままだ。それ以降ろくな会話も無く、視線すら合わせない赤葦さんの後ろを歩きながらどうしたもんかとすっかり困っていると、いつの間にかタクシー乗り場に着いていた。今の時間は台数が潤沢なのか待機列も無くスムーズに乗車出来て、彼の言われるがままに後部座席へ座る。赤葦さんが口にした住所は聞き覚えのないもので、一体どこに向かっているのか予想するにも情報が足りな過ぎて全く分からない。カナとはお茶しようと話してたから、喫茶店とか?それとも、落ち着いて話すなら個室の居酒屋とか?どちらにしても、この気まずい空気で赤葦さんと対面するのは非常に気が重い。私が悪いんだけど、本当に恨むぞカナ......。そんな恨み言を頭の中でぐるぐると呟きながら、重たい沈黙に何とか耐えてタクシーで移動した後、乗車代を彼から拒否されて降ろされた目的地には特にお店らしい建物が見えず、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまった。
「安住さん、こっちです」
閑静な住宅街というような景色にきょとんと目を丸くしていれば、赤葦さんから呼ばれて慌ててそちらに駆け寄る。私が来ると赤葦さんは眼鏡を軽く掛け直して、こちらを見ないまま歩き出してしまった。相変わらず素っ気ない態度にズキズキと胸を痛めつつ、眉を下げながら彼の後ろを着いていく。......赤葦さんとこんなに会話をしないのは初めてで、勝手に好意を向けていた相手ということもあり、彼の今の態度は正直大変しんどいものだった。先に失礼なことをしたのは私なんだけど、それでも今の赤葦さんは酷く素っ気なくて、気を抜けば泣いてしまいそうだ。流石にそれは避けたくて、ぎゅっと唇を噛みながら何とか耐えていれば......周りを見ないで歩くことだけに集中していたからか、気付けば見覚えの無いマンションのエントランスに到着していた。
「............えッ?」
ここでハタと我に返り、周りの景色に思わず素っ頓狂な声を出してしまうも、赤葦さんは何の反応もしないままエントランスのオートロックを外す。その慣れた手つきを見て、もしかしてここは赤葦さんの家なのではという予想が簡単に出来てしまい、サッと顔が青ざめた。
「ッ、ちょ、待ってください!ごめんなさい、ぼんやりしてました......!あの、私、やっぱり帰りま」
いくら此処が“落ち着いて話せる場所”だったとしても、流石に相手の家はまずいだろうと思い慌てて緊急脱出を試みた私の腕を、赤葦さんは本当に一瞬で掴んだ。驚きのあまり悲鳴じみた声が漏れてしまったが、相手の腕が外れる素振りは無い。
「────二度も、逃がして溜まるか......」
「!?」
少し痛いくらいの力で腕を取られ、混乱と不安で綯い交ぜになっていると頭の上からポツリとそんな言葉が降ってきた。相手の敬語を外した口調も初めて聞いた為、混乱と不安の波はさらに加速する。なに、なになになに?何なのコレ、この人本当に赤葦さん?
「............」
「............」
「............」
「............安住さんと......連絡が取れなくなるのは、困ります」
「!」
腕を掴まれたまま、暫くの沈黙の後で寄越された言葉にギクリとした。わざとじゃないにしても、突然一週間強も音信不通になれば誰でも心配するだろう。事実、カナからはとても心配されたし......赤葦さんとは特に込み入った話をした後だったから、余計に気にされたかもしれない。この年末年始、私なんかのことでずっと気に病んでしまっていたのなら、本当に申し訳ないことをした。
「............ごめんなさい......」
「............」
途端に頭の中を占めていた混乱や不安は一旦保留になり、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら赤葦さんに頭を下げる。この人は本当に多忙だから、この年末年始はきっと羽を伸ばせる絶好の機会だったというのに、多分私がそれを邪魔してしまったんだろう。怒られて当然だと改めて思うと同時に、痛い程の力で掴まれていた腕がゆっくりと解かれた。
「............俺、安住さんと話したいこと、沢山あるんです。......安住さんは、何も無いかもしれませんが......少しでいいので、俺に時間をくれませんか?」
「............」
先程までの素っ気ない態度とは一変し、いつも通りの温厚さが戻ってきた相手に少しほっとしながらも、寄越された言葉にきゅっと口をつぐむ。正直なところ、赤葦さんと改まって話をするのはどうしても気が引けるけど......勝手に連絡を断ち、不要なストレスを与えてしまった負い目もある為、ここは腹を括って「わかりました」と答えれば、相手は少しほっとしたような色を見せた。
赤葦さんの後に続きながら、開けっ放しになっていたオートロックのドアを通った矢先に何故かピタリと相手の足が止まり、反射的に顔を向けると赤葦さんは珍しくもおずおずとした様子でこちらに振り返る。
「......すみません、すっかり忘れてました......」
「え?」
「......その......あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「............」
このタイミングでまさかの新年の挨拶され、こちらに頭を下げる相手にたまらず目を丸くして固まってしまった。......相変わらず変に律儀というか、たった今まで私の愚行を怒っていたというのに、「今年も宜しくお願いします」と何の嫌味もなく伝えてくれる赤葦さんの器の大きさに感服する気持ちと......今までのやりとりとのギャップに何だか気が抜けてしまい、じわじわと可笑しさが込み上げてきて、耐え切れずにふきだしてしまう。
突然笑いだした私に相手はぎょっとしていたけど、それさえも妙にツボにハマってしまい、眉を下げてクスクスと笑いながらもこちらからも新年の挨拶を返すのだった。
“あなたが幸せでありますように:)”
(ああ、もう。そんなだから好きになっちゃったんですよ。)