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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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年末の第一次繁忙期はそれこそ狂ったように仕事に打ち込んで、家に居る時間なんて本当に極わずかだった。
自分のスマホより社有スマホばかりに触っていたし、会社に泊まってしまうこともザラにあり、気が付けば電車の中で新年を迎えていて、流石にヤバいだろと新年早々自分に嫌気がさす。
だけど、変に暇な時間が出来てしまえば最後......赤葦さんとの最後のやり取りが思い出されてしまい、自暴自棄になって自分の気持ちを打ち明けてしまったあの夜に対する後悔とか羞恥心とかやるせなさが一気に溢れ出すのだ。
私の告白を聞いて、赤葦さんがどんな風に思ったのか......友達だと言っていたのに、結局他のヒトと一緒で自分を恋愛視していたのかと、私に裏切られた気持ちでいっぱいになっただろうと想像すると、本当に申し訳ないことをしたと勝手ながら泣きそうになる。
赤葦さんは本当に優しくて、温かくて、いい人で、私の友達と呼ぶことでさえ烏滸がましい限りだというのに、そんな人を電話越しで深く傷付けてしまった。本当に、馬鹿な私は一瞬の気の迷いで取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
赤葦さんとは、もう友達にすら戻れない。そう考えると本当に胸が痛くて、とにかくしんどくて、あんなに大好きだった木兎光太郎のことすら思い出したくなくなっていた。流石にこれは心身ともに限界だと思い、仕事の正月休みに入った日からまるで緊急回避でもするかのように静岡の実家へ帰ってきたのだった。
以前、今年は帰省すれば?と掛かってきた母親からの電話を受けた時は随分渋っていたものの、あの時からだいぶ事情が変わったこともあり、やっぱり帰るねと告げた私に両親の反応は有難くも大歓迎といったような感じだったので少しほっとしてしまう。
簡単に荷造りをして、軽い東京土産だけ買ってから電車に乗り、新幹線に乗り、東京からだいぶ離れた辺りで、今手に持ってるスマホが社用のものであることに気が付いた。慌てて自分のスマホを探すも、持ち歩き用のショルダーバッグにも外泊用のボストンバッグにも入っていない。どうやら完全に家に忘れてきてしまったようだ。
やってしまったと後悔するも、もう取りに戻ることは出来ない。最近ずっと仕事漬けで、社用のスマホの方をずっと触ってからおそらく無意識にこちらを持ってきてしまったんだろう。自分のスマホは多分、通勤用の鞄の中に入れっぱなしだ。充電もしてないから、遅かれ早かれ電源が落ちるだろう。
何してんだと自身に呆れつつ、......ほんの少しだけ、これで良かったのかもとも思ってしまった。社用のスマホならSNSも開くことはないし、通話やメッセージなんかの私用のやり取りもしなくて済む。あの日から......赤葦さんに勢い余って告白してしまった日から、後悔と罪悪感に勝てず彼との連絡を一切絶ってしまっている。
だけど多分、人一倍優しい赤葦さんのことだから私のことを気に病んで、何かと連絡を寄越してくれてると思うのだ。もしかしたら、木葉さんからも何か来てるかもしれない。それらを全て未読のままスルーしている訳だけど......もし、今手元にそのスマホがあったら重たい気持ちをより一層ズルズルと引き摺り、折角帰ってきた実家でも延々と悩み続けてしまうかもしれない。それだと、帰省した意味が無い。とにかく今は、正月休み明けの仕事の為にメンタルとバイタルを整えることが最優先だ。
どこか言い訳のようにも聞こえるが、それでもそうだと思い込んで自分のスマホ探しをすっぱり止める。とは言っても、年明けの挨拶を友達や同僚に直ぐに出来ないことは少し申し訳ないなと思ってしまうが、また東京に戻ってきたら事情を話して挨拶を返せば良い。もしかしたら今年の初笑いを奪えるかもしれないし。
そんなことをくだらないことを考えながら、車窓から見える景色をぼんやりと眺めていれば、いつの間にかゆっくりと眠りに落ちてしまった。
▷▶︎▷
「晴~。電話鳴ってるよ~」
久々に帰って来た実家が思いのほか心地好く、ついダラダラとした日々を過ごしていると、二階で洗濯物を干していた母親から声を掛けられた。私の部屋は二階にあり、そこに放置した社用スマホが着信を知らせているらしい。
「んー、持ってきてー」
「あんたの電話でしょ。自分で取りな~」
「えぇー......」
リビングのコタツでぬくぬくしつつ本日二つ目のミカンを食べている私に、二階に居る母親はそんなつれない言葉を返してくる。二階に居るんだからいいじゃんと内心で文句を垂れつつ、この温かな楽園から意を決して外に出た。瞬間、足周りにひやりとした冷気を感じて一度ふるりと身体が震え、そういえば今は正月休みなんだから別に社用スマホの着信になんか出なくてもいいのではという考えが頭をもたげる。
「晴!電話切れるよ!」
「あーもー。ハイハイ、今行くってー」
私のそんな邪な考えを見通すように再度母親から声を掛けられ、大きくため息を吐いてから早足で自室へと向かう。
少し時間が掛かったというのにしぶとく着信音を鳴らすそれに若干イラッとしつつ、相手の名前を確認すると思ってもみない文字が並んでいて、心底驚きつつも咄嗟に応答ボタンをスライドさせた。
「もしもし!ごめん出るの遅くて!どうしたの!?」
《あ、よかった出たー......いや、どうしたのはこっちの台詞ですけど......》
耳に滑る聞き馴染んだソプラノは何やら安心したような色を浮かべてから、少し声を低くして言葉を続けた。電話の相手は同じ職場の同期であるカナだった。
《ここ暫くアズにめっちゃ連絡してるのに既読すらつかないから、マジで何かあったのかと思ったよ......》
「え......うそ、ごめん。自分のスマホ家に忘れて帰省しちゃって......」
《うん、多分そうかなって思ってこっちに掛けてみた。......けど、連絡ついてよかった......あ、あけましておめでとう、今年もよろしく》
「え、あー、本当にごめん......あけましておめでとう、こちらこそよろしく......」
連絡のつかない私を心配してくれたであろう彼女の言葉に申し訳ない気持ちがどんどん膨れ上がり、新年の挨拶を返してからもう一度「本当、心配掛けてごめんなさい」と改めて謝罪すると、「アズが無事なら全然いいよ」と小さく笑われた。
《......で、早速なんだけど、今ってパソコンいじれる?》
「パソコン?えーと、うん。ちょっと待って」
ここで切り替わった話題にきょとんと目を丸くしつつ、家族共有のノートパソコンがリビングにあるので再び下へ戻り、それの電源をつけた。でも、なんだろう?仕事で何か不備でもあったのかな?それともウチに依頼された企業の方で何かトラブルでもあったんだろうか?
「パソコンつけたけど、何?もしや新年早々トラブル?」
《や、仕事は全然関係無くて......正直、疑い半分ではあるんだけど......》
「え、何それ怖......」
《......アズさ、木兎光太郎の固定ツイート見てもらっていい?》
「え?」
とりあえずネットのサーチエンジンに繋げた途端、久し振りに聞くその名前に心臓がぎくりとした。というか、まさか彼女の口からその名前が出てくるとは全く思ってなかったからついぼう然としてしまうと、相手からは「ねぇ、聞こえてる?電波悪い?」と心配する声が届いたので、それは問題無いことを伝えながらも困惑したままキーボードを弾く。
「え、木兎光太郎がどうした、の......待って、まさか結婚発表したとか?え、ごめん、ちょっと今のメンタルじゃ無理。見たら絶対泣く。素直にお祝いできない......」
《そういうことでも無いから大丈夫。安心して見て。......ちょっと、口で言うより見てもらった方が早いと思って》
「......えー?何......?怖いよ......」
いつもはっきりとものを言う彼女が、珍しくどこか煮え切らない言い方をするのでたまらずうっすらと恐怖を抱きながら、久しぶりに木兎光太郎のSNSを覗きにいった。
相変わらず元気いっぱいな笑顔の木兎光太郎の丸いアイコンに、やっぱりこの人が好きだなと再認識してからカナに言われた固定ツイートに目を通す。
【どこかにいるAZAZへ!!!!これ見たらAKACにソッコー連絡すること!!!!】
「............え?」
文字列を読み、思わず目を見張る。
......いや、まさか、そんなこと、......いやいや、絶対有り得ない。一瞬、もしかしてこれは自分のことを指しているのではと思ってしまったが、早々に思考の修正を行った。
《......ねぇ、コレってさ、アズのことなんじゃないの?連絡取れなくて心配してるんじゃ......》
「えぇ?流石に違うでしょ......第一私、木兎光太郎と連絡先交換してないもん」
《でも、このAKACって、“アカアシ”さんのことなんじゃない?》
「いやいや、そうだったらAKASになるんじゃん?深読みし過ぎだって......」
彼女から寄越された話に眉を下げて笑いつつ、自戒も込めて自分は全く関係無いと返せば、「なら、リプ見てみな?」と促されてそこをクリックする。
【間違えた!!!!AKASだった!!!!あかーちになっちゃった!!!!】
「え」
読んだ瞬間、反射的に声が漏れた。いやこれ、ほぼ実名出しちゃってんじゃん。大丈夫なの?
だけど削除してない所を見ると、一応ギリギリセーフなのかなとうっかり別のことを考えてしまい、慌てて思考回路を軌道修正する。違う違う。今は、そうじゃなくて......
《......あとさ、週刊少年ヴァーイの最新号の作者コメントに、これと全く同じ文章が載ってるらしくて。あの、変なバレー漫画の......メテオアタック?の、作者のとこで》
「!?」
木兎光太郎のツイート内容にすっかり混乱してしまい、じわじわと胸に広がる焦燥感に飲まれないよう必死にパソコンの画面を凝視していれば、電話の相手は私をさらに動揺させる情報を持ってくる。
普段漫画とか読まないくせになんでそんなこと知ってるのかと聞くと、どうやらこの内容被りがネットの中で軽くバズっているようだ。
プロのバレーボール選手と大手漫画雑誌の漫画家が、特定の人物に向けた同じメッセージを発信してるのだから、彼らのファンからしたら一体何事だと思うに違いない。特定したがる人も居るだろうから、もしかしたら小規模なお祭り騒ぎになっているのかも。ごくりと固唾を呑み、恐る恐るこの文章の拡散数を見ると......もう既にどえらい数字を叩き出していて、思わず画面から目を逸らした。
《......アカアシさんって確か、週刊少年漫画誌の担当編集やってるって言ってたよね?》
「............」
《本当にコレ、アズは関係無いの?》
カナの声をどこか遠くで聞きながら、いやいやこれが私のことだという確信は全く無いしと自分に言い聞かせるも、心臓がどくどくと普段よりずっと大きな音を立て、やたらと速く脈を打つ。
......でも、きっと違う。私の事じゃない。だって、私は赤葦さんのことを裏切ったんだから。友達だって言い張ったのに、結局彼のことを好きになってしまった。挙げ句の果てに、自分の都合しか考えず告白までしてしまった。
もう、友達にも戻れない。一緒にご飯も食べれないし、木兎光太郎のバレーも、もう一緒には観られない。
────あんなに、あんなに楽しかったのに。あの最高な時間は、......赤葦さんの笑顔は、見られない。もう、二度と。
「............私は......関係、無いよ......絶対......」
《............アズ、》
「だって、......だってわたし、あかぁしさんに、......ほんと、さいていなこと、しちゃった......っ」
年末に起きた赤葦さんとのことを電話越しで彼女に白状すると、情けない程に声が震え、目頭が熱くなったと思えば涙がはらはらと零れ落ちた。
彼を傷付けた。信頼してくれてたのに、裏切ってしまったとぐずぐずに泣きながら事情を話す私に、優しい彼女はただ静かに頷き、こちらの話が終わるまで辛抱強く聞き役に回ってくれるのだった。
包囲網の死角
(......嫌われちゃうくらいなら、全部全部、無かったことにして)