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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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よく晴れたの夕空の下、私は都内の総合体育館に来ていた。
月曜からこれでもかと仕事して何とか死守した金曜定時上がり。同僚には「推しに会いに行くから邪魔しないでください」と釘を刺しておいたから、多分何かあっても電話はかかって来ないと思う。......思い、たい。
ふらりと仕事のことが頭を掠め、暗くなる思考を慌てて切り替える。
これからきらっきらに輝く推しに会いに行くのだ。
バレーボールの知識は付け焼き刃くらいしかないけど、でも、動画ではない、あの人の生のプレーをどうしてもこの目で見たくて、その為に今週仕事をめいっぱい頑張って、今日ここに来たのである。
それなら、めいっぱい楽しまないと。仕事を頑張ってきたこれまでの自分が可哀想だ。
ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを切替える。
......さぁ、木兎光太郎に会いに行こう!
▷▶︎▷
体育館に入り、初めてのバレーボール観戦にドキドキしながらもチケットに記してある席に辿り着く。
某有名なワールドワイドな動画ではどちらのチームの動きもよく見えるような構図と距離感だったが、いざ実際に会場へ来てみると2階席なこともあり、コートから結構遠いんだなぁと少しだけ残念に思った。
でも、私の推しである木兎光太郎が所属するチーム、MSBYブラックジャッカルはここ最近人気が急上昇しているプロのバレーボールチームだ。
本拠地は大阪に置いているチームらしいが、色々と調べていたらたまたま都内で試合があって、それなら絶対観にいきたいと思い勢いでチケットを購入してしまった。
選手達のプレーがよく見える人気の席はやはり即完売だったようで、私が取れた席はそこまで良い席とは言えないが、でも、初めてのバレーボール観戦というスペシャルオプションが付いている為か、もしくは初めて生で推しが見られるときめきなのか、直ぐに楽しい気持ちに塗り替えられてしまう。
体育館特有の巨大な照明機器からは底抜けに明るい光が降り注ぎ、ピカピカに整えられたアリーナフロアをきらきらと照らす。
ノリの良い音楽に耳を傾けながらぐるりと観客席を見回すと、応援しているチームのタオルを持っていたり、きっとその人の推しであろう選手のレプリカのユニフォームを着ていたり、中には手作りの応援グッズを手にしている人の姿も見られた。
SNSや動画サイト、アプリ等のコメントを眺めて思ったけど、やっぱりバレーボールも人気のスポーツの1つなんだな。
今までスポーツ観戦にそこまで興味は無く、野球やサッカーのテレビ中継を見ても特に何かを感じることはなかったが、たまたま見たバレーボールの動画......その中の木兎光太郎のプレーを見た私は、一瞬にしてその魅力に惹き込まれた。
ガタイのいい人なのに、ボールを受ける動きは驚く程しなやかで、だけど、スパイクを打つ時はまるで大砲か何かかと思う程強烈な重い一撃を放つ。
自分のファインプレーが出た際は誰よりも喜び、会場全体の空気を木兎光太郎一色にして、観客全員を巻き込んだ木兎ビームを炸裂する。
わっと盛り上がるそこには、まるっと「楽しい」空気しか無くて、初めてその動画を見た時は電車内だったというのに普通に泣いた。
ただひたすらに、真っ直ぐに、バレーボールを全力で愛して、全力で楽しむ木兎光太郎の姿に心臓を撃ち抜かれたのだ。
この世界には、こんなに「楽しい」ことを表現できる人間が居るのかと何だか無性に感激してしまい、その日から貪る様に木兎光太郎のバレーボール動画を見まくった。
バレーボールのルールはいくつかの動画を見るにつれ少しずつ理解していったが、木兎光太郎の魅力は見れば見る程深みが増していき、心と頭の理解がなかなか追い付かない状態だ。
どうしても言語化できない。兎に角格好良くて、綺麗で、元気で明るくて、真っ直ぐで、ひたむきで、優しくて、笑うとすごく可愛くて、だけど真顔は怖いくらい圧があって、お調子者な感じもするけどバレーに対してすごく真面目で、なんというか、木兎光太郎が兎に角すごく好きなのだ。
彼を見ているだけで心が洗われるというか、元気を分けてもらえるというか、辛いことや悲しいことがあってもこの人のバレーボールを見れば「うん、明日も頑張ろう」と気持ちを切り替えられる。
とにかく、私は木兎光太郎が大好きで、大好きで、大好きなのである。
そんな彼を実際この目で見られる日が来るとは思ってなかったけど......先日の出来事が無ければ、多分、バレーボール観戦に行くなんて思い立たなかった。
いつかの夜、そこまで乗り気じゃなかった合コンでのカラオケをひっそり抜けて、外付けの階段で木兎光太郎のバレーボール動画をスマホで見ていた私に、声を掛けてきた背の高い眼鏡の男の人。
ナンパかと思いきや、目線は私では無く小さな画面の木兎光太郎をずっと見つめていた。
私も少しお酒を飲んでいたこともあり、そのまま何となくの流れで二人で木兎光太郎のバレーボールの試合を見て、そのまま何となく喋り、そのまま何となく別れた。
その際に彼は「木兎さんと高校が一緒で一緒にバレーをやっていた」と話してきたが、そんな話を初対面の人にいきなりされても嘘なのか本当なのか判断がつかず、だけど、もし本当だったらすぐ傍であの木兎光太郎のバレーボールに関われてた人なんだなと思うと、たまらず「この幸せ者」と思考をそのまま零してしまった。
そんなことがあって、暫くして、偶然見ていた木兎光太郎の出ているテレビ番組で彼......“あかーしさん”の言っていたことが本当であったことを知り、ひどく驚いたと同時に何だか不思議な縁を感じてしまい、単純な私はその勢いのまま木兎光太郎に会いに来てしまったのだ。
こんなびっくり仰天なこと、これまでもこの先もきっと二度と無い。
これは絶対、木兎光太郎を生で見てこいという神様からの思し召しだと勝手に解釈して、元々バレー部でも何でもない私が、多少場違いかなとは思いながらも、今日のバレーボール観戦に一人で出向いているのである。
「.............!」
何か観戦のルールとか作法とかはあるのかな、大丈夫かなと観客席を見回しながらそわそわしていると、いよいよ選手達がアリーナに現れた。
どうやら試合前のウォーミングアップの時間になったらしい。
選手達の姿が見えたことで、会場全体がわっと盛り上がる。
沢山の音や活気で満ち溢れる中、ついに推しの姿を私の二つの水晶体が捉えた。
MSBYブラックジャッカルの黒を基調にしたユニフォームに、彼特有の腿から膝までのサポーターを両脚に付け、トレードマークであるモノトーンの髪、ガッシリとした大きな身体、案外色白の肌に満月色の大きな瞳を携えたその人は、ぐるりと観客席を見回すと太陽みたいな笑顔を浮かべ、楽しそうに手を振る。
距離は遠いけど、でも、目の前で動く彼、木兎光太郎の姿を初めて生で見られたことに、ああ、この人は本当に存在するんだなぁとすっかり感動してしまい、ウォーミングアップをする段階で少しだけ涙が出た。
我ながら気持ち悪いなとは思うものの、人間ひどく感動すると理性よりも感情の方が先走るらしく、何度も視界をぼやけさせながらも木兎光太郎の姿を必死に目で追いかけ続けた。
そうしている内に待ちに待った試合が開始され、審判のホイッスルと共に歓声が上がる。
スターティングメンバーの名前が紹介された時は、その中に木兎光太郎の姿があったことにほっとして、彼の名前がアナウンスされると同時に簡単なパフォーマンスを繰り出す姿がとても可愛くて笑ってしまった。
相変わらず惜しみなくファンサービスをしてくれる人だ。
だけど、バレーボールの試合が始まった途端、その可愛い姿はすっかり鳴りを潜める。
大きな満月色の瞳で常にボールを追い、驚く程俊敏に動き、時には羽が生えているのではないかと思う程天高く跳び、かと思ったら床すれすれまで落ちたボールを飛び込む形で拾い上げる。
兎に角よく動く木兎光太郎の姿を懸命に追っていると、金髪のセッターからのボールがいよいよ彼に上がった。
木兎光太郎が高く飛び上がる、そのネットの向こうには相手選手が二人、長い腕を伸ばしてブロックしようとしている。
「.............っ!」
それでも木兎光太郎のスパイクは轟音を奏で、相手の腕の間をすり抜けるようにボールが発射された。
弾丸のようなそれは相手チームの選手にレシーブされたが、スパイクの威力を殺しきれずにボールはコートの外へ弾かれる。
木兎光太郎の得点に歓声がどっと沸き上がり、観客席をぐるりと見回した彼は大きな声で「せぇーのッ」と楽しそうに音頭を取った。
「ボクトビィィーーーームッ!!!」
「ヘイヘイヘーイ!!」
沢山の人達が楽しそうに声を合わせ、両手の親指を立て、人差し指で木兎光太郎を指し示す。
彼らの声に応えるように、木兎光太郎も同じポーズを取り、天高く指鉄砲を打った。
まるで小さな子供のようなパフォーマンスであるものの、観客も、木兎光太郎も、敵味方の両チームもみんな楽しそうに笑っている。
.......あぁ、なんて、なんて素敵な空間なんだ。
きらきらと輝く体育館に、「楽しい」空気が充満する。
「ワクワク」と「ドキドキ」が身体中を包み込む。
心が震えて、力いっぱい「楽しい」と叫ぶ。
こんなに素直に感動したのは、本当にいつ振りだろう?
まるで、自分の心をポコッと取り外して、ジャブジャブ洗濯しているような気分だった。
試合は一進一退を繰り返し、木兎光太郎の居るMSBYブラックジャッカルが結果的に勝利を収めた。
一から十まで感動しっぱなし、結局試合中ずっとズビズビ泣いてしまい、終わった後も感動が止まらず暫く席に座って木兎光太郎のプレーの余韻に浸っていた。
周りの人からは絶対になんだコイツと思われていただろうなぁとは思いつつ、最後までそっとしておいてくれたことにはもう感謝しかない。
まぁ、ただ単に泣いてる私に関わりたくなかっただけなのかもしれないけど。
涙やら情緒やらが少し落ち着いてきたところで、やっと席から立ち上がりのろのろと出口へ歩みを進める。
その道すがら応援グッズを売っている簡易的な販売所と軽食を売っているお店が目に入り、何か買っていこうかなと思った矢先、手に持っていたスマホが着信を知らせた。
震えるそれに目を落とせば、同僚の名前が表示されていてたまらずため息を吐いた。
幸せな時間はそう長くは続かない。楽あれば苦ありという言葉を創った人は、人生の形みたいなものをよく捉えているなと常々思ってしまう。
「.......はい、安住です」
《え、マジか。すまん、泣く程嫌なら切るわ》
鼻をすすり、電話に出ると泣いていることが直ぐに相手にバレた。
若干気後れしているような同僚の声に、ここはお引き取り願おうかと一瞬考えたものの、私に電話が来るということは何かトラブルがあるんだよなぁと頭を悩ませる。
「.......いや、大丈夫。何かありました?」
《いや、マジでごめんな。ちょっと早めに話通した方がいい案件でさ......今ニュースで速報入って、某メーカーのイメキャラ予定だった俳優、飲酒運転でパクられた》
「うっそ......え、待って、じゃあパンフとかポスターとか全部差し替え......?」
《メーカーから連絡来て、急遽イメキャラ変更して、撮影は今夜から始めるらしい。早ければ三時間後にデータがくることになってる》
「.......ちなみに、工場長様にご連絡済みですか......?」
《“そのままの方が話題性あっていいじゃねぇかクソが“ですって。もー、激おこプンプン丸でマジ怖ぇの》
同僚の疲労を含んだ笑い声を耳元で聞きながら、思った以上の緊急事態に軽く目眩を覚えつつ腕時計を確認する。
今の時刻は21時を少し過ぎた辺りだ。
これから三時間後となると確実に帰宅できない訳だが、この担当は私と電話の向こうの同僚なので、いくら定時上がりだとは言え向こうにだけトラブルに対処してもらうというのは気が引けるものだった。
「.............」
少しだけ瞳を閉じて、ゆっくりと静かに深呼吸をする。
まぶたの裏には天高く指鉄砲を打つ木兎光太郎の姿が浮かび、目を開けると幾分か気持ちが整えられた。
「わかりました、今から戻ります。一時間くらいで着くと思う」
《いや、本当ごめん。ありがとうございます》
「......夜ご飯食べました?おにぎりでいいなら買ってくけど」
《え、なんでおにぎり限定なん?w》
「目の前にめちゃめちゃ美味しそうなおにぎり売ってるから」
このまま職場に戻ることを決めて、長丁場になりそうなので食料を調達しようと思った私の目に、綺麗に結んであるおにぎりが映る。
お腹も空いていた為か非常に魅力的に見えたので、同僚に好みの具だけ聞いて早足でその売店へ向かった。
コンビニのものより少し大きめなそれを眺めること数秒。同僚の分と自分の分、プラスアルファを頼むと黒いキャップ帽を被った若い店員さんは手際良く会計と袋詰めをしてくれた。
「......あれ?すみません、お味噌汁は頼んでないんですが......」
お釣りと袋を受け取るとなぜかインスタントの味噌汁が1つ入っていて、戸惑いがちに声を掛ければ店員のお兄さんはその綺麗な顔を楽しそうに緩めた。
「ウチのおにぎり、めっちゃ美味そう言うとったやん。嬉しいわァ思ってな、サービスや」
「.............」
にっこりと嫌味なく笑われて、思わず目を丸くする。どうやら先程の電話を聞かれていたらしい。
ちょっと恥ずかしいなと思うものの、お味噌汁のサービスは心底嬉しかったので素直にご厚意に甘えることにした。
「ありがとうございます。今度は違う中味のヤツ、買いに来ます」
お礼と共にまた買いに行くことを約束すると、お兄さんはニヤリと口角を上げて「ほな、兵庫で待っとるな」と愉しそうに返してきた。
聞くと、このおにぎり屋さんの本店は兵庫の方にあるらしく、今日は特別に都内へ出店しに来てるそうだ。
流石に近い内に買いに行くのは無理なので、とりあえずお店の名刺だけ貰っておにぎり屋のお兄さんと別れる。
その後、職場に戻ってから食べたおにぎりは思った以上に美味しくて、直ぐに買いに行けない距離にあるおにぎり屋さんを少し恨めしく思った。
袖振り合うも多生の縁
(おにぎり以外も、結んだろか。)