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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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偶然居合わせた木葉さんに声を掛けられ、情けない姿を晒した挙げ句そのまま木葉さんの自宅であるマンションへお邪魔することになった。
用件は聞かれないまま「とりあえず、俺の家来れば?」とだけ言われ、どうするべきかと悩んでいれば「何やってんだ行くぞ」と少し渋い顔をされる。どうやら俺に選択権は無かったらしい。
だけど、いくら俺が悩んでいるからと言って、こんな夜分遅くに学生時代の先輩に迷惑を掛けてしまってもいいものかと、しかもその悩みというのも己の恋愛関係のいざこざであり、彼女と友達である木葉さんを巻き込むべきか正直悩むところがある。
そんなことを考えながら鈍い反応を続けてしまうも、何かと口の上手い木葉さんのペースに乗せられ、結局勝手知ったる相手の居住地に足を運んでしまうのだった。
しかし、マンションに着いても「どうしたんだ」という質問はされず、「腹減ってる?カップ麺くらいしかねぇけど食う?」やら「風呂沸かしたから入ってこい。タオルと着替えは置いとく」やら、実に甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれる。
かつての先輩である相手にこんな至れり尽くせりなことをされては、後輩の俺の立つ瀬が無い。
なのに、俺の「大丈夫です、あの、本当にお気遣い無く」という言葉はことごとくスルーされ、気が付けば夜食を頂き、風呂を借り、寝間着まで借りてしまった。
飯を食い、入浴を終えると幾分か頭がすっきりして、次第に自分の図々しさがよりはっきりと認識され、本当に何をやってるんだと片手で顔を覆いがくりと項垂れた。
「ふー、スッキリした~。赤葦、ビール飲む?黒ラベルあるぞ」
「......いえ、結構です。あの、木葉さん、本当にすみません」
「お?......いつ開けたか覚えてねぇけど、ワインもあったわ。ちな赤」
「いえ、酒は本当に大丈夫です。......その、こんな夜遅くに、上がり込んでしまって......」
入浴後、冷蔵庫を覗きながらこちらに問い掛けてくる相手に「本当にすみません」ともう一度謝れば、木葉さんは缶ビールを片手に俺の方へ歩いてくる。
そのまま向かい合う形でどっかりと腰を下ろし、手元のそれを開けて缶のまま口をつけた。
「あー、うめぇー......そぉいや、木兎の試合以降アズとは会ってんの?」
「えッ......」
「......あ?あぁ、何、そういうこと?」
「......いや、どういう、ことですか......」
今まで何も聞かれなかったのに、突然核心に迫られて思わず狼狽えてしまうと、木葉さんは少しだけ目を丸くした。
「いや、アズと何かあったのかって思っただけだけど......え、何。どした?」
「............」
手元の缶ビールをテーブルに置いて、話の先を促す木葉さんにどうしようか少し悩み......この状況で黙秘するのもどうかと思い、「......実は......」という言葉を皮切りに、先程起きたことを順を追って木葉さんに打ち明けた。
ぽつぽつと語る俺の話を中断させることもなく、木葉さんはテーブルに肘をついて時折小さく相槌を打つ。
結局、俺の話が終わるまでプルトップを開けた缶ビールは放置されたままで、話の最後にそのことも詫びると木葉さんは「ビールだけは温くても美味いってアズが言ってたぞ」とニヤリと笑った。
しかし、俺がそれに何か反応する前に相手はそれを引っ込め、どこか居心地の悪そうに頭を搔く。
「つーか、要は俺がすげぇ要らんことしたって話だよな?や、マジでゴメン」
「え、違います。元はと言えば俺が蒔いた種なんで。木葉さんは全く関係無いです」
「いや、全く関係無くはないだろ」
「いえ、それは本当に気にしないでください。......でも、まさかこんなことになるとは思わなくて......いやもう、全部言い訳になるんですけど......」
「......まぁ、初対面からお前らめちゃめちゃ仲良かったじゃん?......俺からすると、結構予定通りに着地した感じはするけどなぁ」
「......着地、できればいいんですが......」
自分にも非があるだろうと勘違いする優しい木葉さんに首を振り、自然とまたため息が漏れる。
木葉さんは彼女と会わせるにあたり俺のことを色々と考慮してくれただけであって、その原因を作ったのは紛れもない俺自身だ。
......だけど、自分から「恋愛対象に見てほしくない」と境界線を引いたというのに、相手にもそのことで色々と気をつかってもらったというのに、...ここに来て、俺が彼女をこんなに好きになってしまうなんて。
我ながら酷い手の平返しだと思う。果てしなく利己的で、全く道理にかなってなくて、彼女のことを振り回すだけ振り回し、存分に困らせて傷付けた。
普通に考えればこちらからこれまでの事を謝罪して、安住さんは全く悪くないことを伝えてから、......彼女から、身を引くべきなんだと思う。
......きっとそうだと頭でわかっているくせに、どうしても、どうしても諦められない。
「......こんなことを頼んで恐縮ですが、一度安住さんに連絡取って貰えませんか?......俺だと電話も全部スルーで、既読も付かないので......」
「あらまぁ......いいよ、ちょい待ち」
あまりにも身勝手な自分自身にうんざりしながら、それでも尚彼女との接触を図りたい気持ちが抑えられず木葉さんに相談すれば、木葉さんは二つ返事で己のスマホを手に取ってくれた。
暫く木葉さんのスマホのトーク画面に意識を向けていたが、残念ながら向こうからの反応は全くない。
「......あー、俺もダメかも。てかコレ、電源落としてんじゃねぇかな」
「......そう、ですか......」
「......今日連絡取んのは無理かもなァ。心配かもしんないけど、明日またトライしてみ」
「............」
「いや、大丈夫だって。アイツ地味に酒強いの知ってるだろ?それにほら、お前に彼女が居るからってサシ飲み断るヤツがたかが合コン相手にお持ち帰りされたりするかよ?俺が言うのもなんだけど、アズは結構そういうのシッカリしてる子よ?」
「............」
木葉さんも連絡が取れないとわかり、落胆する気持を隠せず口を結んでしまうと、俺より先に安住さんと知り合っていた相手は俺の思考を先回りしてそんな言葉を寄越した。
それは、わかる。彼女が酒に飲まれて男とそういう行為をするとは正直考えにくい。治さんの言葉を借りるなら、彼女は本当に『賢いコ』なのだ。
「......ですが、安住さんの意志とは関係無く強引に連れ込まれたら......きっと勝てません」
「............」
しかも、きっと彼女は今傷付いている。どうしようもなく無神経な俺のせいで。
もし、あの電話の後、泣いていたら。その涙を、彼女にコートを貸した合コン相手が見たら。
気になる女性が泣いていて、それを慰めない男なんて、多分居ない。
俺だって安住さんが泣いていたら絶対に一人にしないし、落ち着くまでずっとそばに居る。
......それを今、他の男が彼女にやっているのだろうと思うと腹の奥がざわざわと騒ぎ、息が詰まった。
「赤葦お前、......ごめん、言っていい?」
「............どうぞ」
「......お前マッッッジでめんどくせぇな??ンな拗らすならもっと早く動けっての!何してたんですか今まで!?」
「............ッ、」
勝手な妄想に勝手に苛ついていれば、大きなため息を吐いた木葉さんからド正論をぴしゃりと喰らい、今度は言葉が詰まった。
もう、この件に関しては返す言葉が全く無い。俺がもっと早く彼女に告白していれば、......告白まではいかなくても、せめて恋愛対象であると認識してもらっていれば、きっとこんなことにはならなかったのに。
「......安住さんと、木兎さんのことを話すのが楽しくて......本当に、楽しかったから......この関係を壊したくなかったんです」
「......だから、向こうから告ってくんの待ってたってか?」
「違います!そうじゃなくて......今まで、木兎さんの女性ファンの方と話して、俺に友人以上の感情を抱かれた時、......どこか、空しくなってしまったというか......俺はただ木兎さんの話をしたいだけなのにと、勝手に裏切られたような気持ちにもなってしまって......」
「............」
「......だから、もし俺が安住さんのことを好きだと告げたら、彼女も同じような気持ちになるんじゃないかと......もう二度と、今みたいに笑ってくれなくなるんじゃないかと思うと、怖かったんです......」
「............」
木葉さんに自分の気持ちを正直に吐露してしまえば、何とも情けない姿がくっきりと浮かび上がってくる。
もういい大人だと言うのに、まるで学生の恋愛模様のような何とも青くさいことをダラダラと続けてしまっていた。
相手の賢さと優しさに漬け込んで、すっかり甘えていたのだ。そんな彼女と連絡が取れなくなり、自分以外の男が彼女の近くに居るという最悪の状況に立たされたことでやっとそれを理解しても、もはや後の祭りである。
現段階で何も出来ない間抜けな自分がどうしようもなく情けなく、同時に心底辟易した。
「......それってさ、アズも一緒だったんじゃねぇの?」
「............え......?」
暫く無言の時間が続いてから、先に話し出したのは木葉さんで、その内容に遅れて反応する。
鈍く聞き返す俺の態度に木葉さんは怒りも呆れもせず、一つ息を吐いてから言葉を続けた。
「いや、赤葦が今言ったこと。それって多分、アイツにも当てはまるだろ。だってアイツ、お前のこと好きなんだから」
「!」
「まぁ、あくまで俺の意見ですけど?アズはさ、良くも悪くも義理堅~い奴なのよ。だから赤葦のこと好きになっても、お前から恋愛対象に見ないでほしいって要望が来てるなら、それを墓場まで持っていくタイプだと思うのね。できる営業マンほど口が堅いって言うし......それに、アイツもお前と木兎トークするの、すっげぇ楽しかったみたいだし」
「............」
「......でも、そんなアズがお前に好きだって言ってきた訳じゃん?それってさ、普段の自分保てなくなるくらいお前に惚れてたからじゃないの?」
「────」
「そうでもなきゃ、お前との楽しい木兎トークタイムまるっと失うリスクまで背負って告ってこねぇだろ。お前にフラれても今までと同じように楽しく居られるだろう、なんて思う程脳天気な奴でもねぇしなァ」
「............」
「......まぁ、だから今お前から逃げてんだろうな。このまま音信不通になって、自然淘汰がお望みだったりして?」
「............」
ここまで一息に話して、木葉さんは放置したままの缶ビールをぐいっとあおった。
きっと温くなってしまっているであろうそれを満足そうに喉に通す相手を前にして、今言われたことをもう一度頭で繰り返し、考える。
『そ、そんな駆け引きがあるの......!?この僅か数秒で......!?え、待って?もう一回戻していい?』
『たまたまお友達の木葉さんと赤葦さんに出会えたからといって、私が木兎光太郎に会うのはちょっと気が引けるというか......ズルいのではと思うんです。なので、ちゃんと正規の手続きをして、木兎光太郎のファンとして会いに行きます』
『推しが同じ漫画読んでて、面白い、楽しいって気持ちをファンが共有出来るのも嬉しいし、しかもその漫画が推しの影響を僅かでも受けて創られてるとか、......なんというか、こう、循環?っていうか、繋がってるって感じがします』
『彼女が居るヒトと、二人で出掛けたくありません』
『赤葦さんも男前ですが、木兎光太郎も男前ですよ。梅おにぎりと昆布のおにぎり、どっちが美味しいかと聞かれても困ります。どっちも美味しいんです』
『ありがとうございます。赤葦さんのおかげで、木兎光太郎の試合が見られてます。......今、最高に幸せです』
『............この幸せ者!』
木葉さんに言われたことを考えると、これまで安住さんと話したことが一気に蘇った。
木兎さんのことを話す瞳はきらきらと輝いて、俺ですら眩しいと思う程だ。それ程木兎さんに焦がれているというのに、俺や木葉さんの紹介で木兎さんに会うことは決して望まない。
俺の仕事のことをこんな風に捉えてくれるのは心底嬉しかったし、正直かなり感動してしまって誤魔化すのに必死だった。そんなだから、木兎さんの試合を二人で観に行くことを渋られたのが結構ショックで、......恋人云々の誤解が解けてよかったけど、ここまで誠実に俺との付き合いを考えてくれたのは安住さんが紛れもなく思慮深い人であるからだろう。
治さんの下世話な質問に“おにぎり”で嫌味なく返すその手腕には脱帽したし、何より木兎さんのバレーを見ることができたのは畏れ多くも俺のおかげだと言い、ひどく純粋な笑顔で御礼を告げてくる。
これ程までに俺の頭に、心に浸透している彼女との記憶が自然淘汰されてしまうなんて......そんなこと、絶対にさせたくない。
言い逃げされて終わりなんて、俺は絶対に認めない。
「............もし、このまま音信不通になるなら、俺にも考えがあります」
片手で覆うようにして眼鏡を掛け直し、腹式呼吸に近い感じで細く長く息を吐く。
おそらく今後俺から距離を取るであろう彼女を追い掛ける為に木葉さんに協力をお願いすれば、救世主様はにやりと笑い「そうこなくっちゃ」と満足そうに頷いてくれるのだった。
猛禽類に火がついた
(性分上、追われる側より追う方がずっと得意だ。)