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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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これだけは今日中にやっておこうといくつかの業務を半ば無理やり進めて、気付いたら22時を過ぎていた。
夕飯は適当にコンビニで買って仕事の途中に休憩室で食べたのだが、この時間に退社して少し小腹が空いていた。
帰りがけに何か夜食を買って帰宅するのが一番てっとり早いとは思うものの......ふと頭に浮かんだ人物に、少しだけ黙考してから電話を掛ける。
相手はとっくに帰宅してるかもしれないし、むしろ今日は休みかもしれない。
もしくは業種的にいまだ職場に居る可能性も捨てきれないが、もし向こうの都合がつくならあわよくば話したいと思ったのだ。
先日、MSBYブラックジャッカルの試合を一緒に見に行き、その後木兎さんと一緒にご飯を食べた日から、彼女とは連絡を取っていなかった。
お互い仕事が忙しかったのもあるし......俺の場合は、少し連絡が取りづらかった理由がある。
あの日、木兎さんに俺が彼女のことを好きなんだろうと指摘され、あまりにも自覚がなかったのでその日は否定したものの、数日間ずっともやもやした後、今度は宇内さんにそのことをしっかり自覚させられた。
その間はどうしても俺から相手に連絡を取ることが出来なくて、反対に向こうからの連絡も特に無かったので、そのままずるずると年末近くまで来てしまったのだ。
「............」
仕事納めの日は目前で、その日を境に年末年始の休暇が始まる。
仕事終わりにご飯に行ったり、休みの日にバレー観戦に行ったりしているが......お互い純粋な休みに、木兎さん関連以外で二人で会いたいと伝えれば、彼女は一体どんな反応をするだろうか。
末永く友達でいてほしいと言うくらいだから、もしかしたら微妙な顔をされるかもしれない。
......でも、もし。少しでも、この関係を動かせる何かが彼女の中にもあったなら。
《......はい、安住です》
少し長めのコール音の後、普段よりも若干舌っ足らずなソプラノが耳元で聞こえる。
疲れてるのか、それとも酒が回ってるのかはわからないが、名乗った後で今電話してても大丈夫かと聞くと、向こうは何かを考えるように少し黙った。
《......あ、はい。大丈夫です》
「......あの、都合が悪ければ言ってください。別に急用ではないので......」
《いえ、大丈夫です。ごめんなさい、ちょっとお酒飲んでて、ぼんやりしてました》
電話して少しでも話せたらとは思ったが、別に相手に不自由を与えたい訳では無いことを伝えれば、優しい彼女は直ぐにそんなフォローを寄越した。
それが真実なのか気遣いなのかは電話伝いでは確認できない。しかし、お酒を飲んでいたという話を聞いて、もしかして今一緒に居るのは木葉さんなのではと直感で思い、聞いてみると違いますと笑われてしまう。
《木葉さんと飲む時は、赤葦さんにちゃんと声掛けますって》
「......そうですか......」
くすくすと耳元で聞こえる笑い声に年甲斐も無くどこかそわそわして、何ともぶっきらぼうな返事をしてしまう。
でも、木葉さんと二人で飲んでる訳ではなくてよかったと密かにため息を吐けば、今日は職場の人と友達と飲んでいて、タコの唐揚げが美味しかったと楽しそうな声が続いた。
タコの唐揚げも気になったが、“職場の人と友達”という言い方が妙に引っかかった。
会社での飲み会でもなく、友達同士のそれでも無いのなら......ふと頭に浮かんだ単語をそのまま口に出す。
「もしかして、合コンですか?」
《............》
俺の質問に、相手が黙った。
否定も肯定もしないのはおそらく、あまり言いたくなかったのかもしれない。
そこまで乗り気じゃないのか、はたまた別の理由があるのかはわからないが......それでも、彼女が現在合コンの席に居ることは変わらない。
《......そういえば、赤葦さんと初めて話した時も非常階段でした》
「............」
電話の向こうの彼女の現状に胸の奥がざわついて、無意識に手元のスマホを握り締めていれば、相手は唐突にそんな話題を寄越してきた。
個人的には合コンに参加してる意図とか、何時に解散なのかとか聞きたいところではあるものの、そんなことを聞ける立場では無いことも十分理解しているので、結局寄越された話題に流されることにした。
「......居酒屋の非常階段に居るんですか?ちゃんと上着着てます?」
深夜寄りの時間だから結構冷えるし、外に居るなら防寒はちゃんとしてるのかと聞けば、「ふふふ」と小さな笑い声だけ返ってくる。これ、絶対に上着を着てないやつだ。
風邪引きますよと注意しようとしたのに、再び向こうが別の話を始めてしまった。
《そうだ、聞いてくださいよ。今日木兎光太郎の撮影現場に居た人とお話しして、木兎光太郎、すごく良い人で格好良かったって。その話聞いて、改めて惚れ直しちゃいました》
「.............」
《やっぱり、木兎光太郎は最高ですね。一生推します》
「.............」
《.......すごく、好きです。きらきらしてて、優しくて、格好良くて......》
「.............」
《.............本当、大好き......》
「.......っ、」
唐突に始まった話を黙って聞きつつ、合コンに行っても木兎さんのことを話すなんて、この人本当に木兎さんのこと好きだよなと思っていれば......ふと耳元の声が甘くゆるみ、愛おしげに囁かれた言葉にたまらず息を飲んだ。
自分に向かって言われたものではないと分かってはいるものの、他意はなくとも気になっている相手からそんなことを言われれば、こちらとしてはもう反応せざるを得ない。
......こんなにも、木兎さんを素直に想ってくれて、俺の木兎さんの話にも付き合ってくれて、それを嫌がらず、呆れることもせず、心の底から一緒に楽しんでくれる人がそうそう居ないことは、とっくの昔に知っている。
......後にも先にも、この人しか、きっと。
「............安住さん。あの、俺、」
《あれ、何してんのこんな寒い所で》
「!」
思わず気持ちが昂って、ここが外であることも忘れて想いを伝えようとした、矢先。
電話の向こうから聞き慣れない男性の声がして、一気に頭が冷えた。
そんな俺を他所に、彼女とその男性の会話が電話越しに続く。
《ごめん電話か!失礼......あ、コレ着てな。流石に風邪引く》
《え......あ、や、大丈夫です。もう戻るんで......》
《いいからいいから。今日結構寒いじゃん、鼻赤くなってるし》
《え、うそ、やだ、恥ずかし......》
「............」
会話から推測して、おそらく薄着の彼女に自分の上着を寄越したのだろうその男性は、短いやり取りの後直ぐに居なくなったようだ。
そこまでしつこさを与えず、さらりとスマートに上着を寄越すその手腕に見事だなとは感じつつ...己の中に確実に拡がる怒りにも似た感情に、自分が嫉妬しているのだと嫌という程自覚した。
《......すみません赤葦さん。じゃあ、戻るんで......》
「どこの居酒屋に居ます?名前と場所教えてください」
《え?》
「今から迎えに行くので、場所を教えてください。あと、その上着はさっさと持ち主に返してください。優しさか牽制かわからないので、くれぐれも下手なこと言わないでくださいね」
《......え......と......あ、赤葦さん?もしかして、酔ってます?それとも暫く寝てないとか?》
「睡眠は足りてませんが素面です。早く場所を教えてください」
《......え、大丈夫です。友達居ますので、その子と帰ります》
「俺が心配なんで、迎えに行かせてください」
迎えに行くという俺の申し出に、向こうが少し困惑していることは電話越しでも分かった。
それはそうだ。恋人でもない、比較的に最近知り合った友人である俺がいきなりそんなことを言っても、何だどうしたと相手を驚かせるだけだろう。
......だけど、俺の居ない所で、他の男の上着を借りる彼女の姿を電話越しに想像しただけで、腹の奥が煮えるような、ひどく腹立たしい気持ちになるのだ。
その子に触るな。そいつと喋るな。そっちを見るな。
早く行きたい。顔が見たい。木兎さんのことを喋るなら、俺が一番適任だろ。
気を抜けばそんな毒占欲がボロボロと零れてしまいそうで、懸命に気を引き締めるも向こうは頑なに俺の申し出を断ってくる。
《大丈夫です。ちゃんと帰れます。赤葦さんの体調の方が心配なので、今日はもう寝てください。人間、寝ないと死にますよ》
「............ッ、」
なかなか自分の居場所を口にしないことへのもどかしさと、こんな時でも俺の心配をする彼女の優しさにグッときて、理性が一気にクラッシュした。
「安住さんに会わないと心配で眠れません。迎えに行きます」
いつもだったら絶対口にしないような本音をすっかり零してしまい、数秒後にハッと我に返る。
慌てて口に手を当てるも、今の発言が無くなる訳では無い。
......まずい、やってしまった。今のは流石にないだろう。恋人でもない男にこんなことを言われても、きっと気持ち悪いだけだ。
電話の向こうで引かれていたらどうしようと青ざめながら謝ろうとすれば、事態は思わぬ展開を迎えた。
《.............好きです......》
「......え?」
《............私、赤葦さんのことが好きです......》
「............」
耳元で聞こえた小さな声に、思わず耳と頭を疑った。己の欲望に塗れた脳みそによる幻聴だと思ったからだ。
頭が追い付かない状態でたまらず黙ってしまうと、相手はひどく静かな声で言葉の先を続けた。
《友達で居てください、なんて......嘘吐いてごめんなさい。あの時は心からそう思えたんですが、......ごめんなさい、無理でした》
「......え、あ......ちょ、っと待ってくださ」
《騙してごめんなさい。だから、迎えは結構です。おやすみなさい》
「そんな、待っ、安住さん!!」
まるで自白するような彼女の言葉に、混乱しつつも何とか会話を試みようとしたものの、通話は一方的に切られてしまい、直ぐ耳元で聞こえていた声は呆気なく消されてしまった。
嘘だろと焦りながら再び通話を試みるも、発信音だけが鳴り続け、しまいには勝手に切れてしまう。どうやら向こうが電源を落としたらしい。
「......くそ......ッ」
無駄だと知りつつ何度か通話を続け、電話に出てくれとメッセージを送ってみるも一向に既読は付かない。
逃げられた。完全に言い逃げだ。しかも、結局居場所も教えてくれなかった。これでは迎えにも行けないじゃないか。
上着を寄越した男は、多少なりとも彼女に気があるはずだ。
この後他の店で二人で飲みに行ったり...酒の回った彼女に乗じて、ホテルに連れ込むなんてことがあったら。
“私、赤葦さんのことが好きです。”
全身の血液が一気に沸騰するような最悪な想像が頭を掠めた途端、先程耳元で聞こえた彼女の声がふわりとリフレインする。
俺のことを好きだと言いつつ、嘘を吐いてごめんなさいと謝るその声は、本当に寂しそうで、辛そうで、聞いているこちらが悲しくなる程の悲壮感を携えていた。
......あの夜、俺が木葉さんに余計な相談をしなければ、彼女にこんなことを言わせずに済んだのに。
聡くて、優しい安住さんのことだ。俺への告白を口にして、きっと傷付いたに違いない。
彼女が一体いつから俺へ好意を向けていたのかは分からない。だけど、俺が余計なことを話してしまったばっかりに、あの人はきっと悩んで、傷付いて、......それでも、俺の前では何事も無いように朗らかに笑ってくれていたのだ。
俺に恋人が居ると思っていた時だって、彼女はとても誠実に俺と接しようとしてくれた。
優しくて、賢くて、いい子なんだ。本当に。
“............この、幸せ者!”
瞬間、初めて会った時の彼女の言葉を思い出した。
まだお互いの素性も、名前すら知らなくて、俺が勝手に彼女のスマホを覗き見た後に木兎さんとの思い出を自慢げに語った、あのどうしようもない夜。
職場の付き合いで行ったカラオケ店の非常階段で、素っ頓狂な男が口走った嘘か誠かわからない話に、彼女は楽しそうに笑ってそう告げたのだ。
俺の一番大切な思い出を、俺達が世界の中心だったあの頃を、「幸せ者」と返してくれたあなたのことを、俺はきっと、あの瞬間から好きだと感じていたんだろう。
だから、もう一度会いたかった。彼女の名前を聞いておけばと、連絡先を交換しておけばよかったと、暫く後悔した。
奇跡的に木葉さんを通じて再会できた時は心底嬉しかったし、木葉さん宅でお好み焼きとたこ焼きを食べながら木兎さんの話をしたあの夜は、本当に喋り過ぎてしまったと今でも少し反省するくらいだ。
誤解が解けて、一緒に木兎さんの試合を観た日もすごく楽しくて、彼女が木兎さんのことをすごく想ってくれてるのがわかったから、木兎さんにも彼女のことを知ってほしくて、身勝手だとは知りつつも二人を会わせた。
残念ながら彼女には少し荷が重かったようで、結果的に早退してしまったが......今にして思えば、唯一無二のスターである木兎さんにも、安住さんの魅力を承認してもらいたかったのかもしれない。
小さな子供が唯一無二の母親にお気に入りのおもちゃを見せるような、そんな拙い承認欲求がきっと自分の中にあったのだ。
だから、木兎さんはそれを指摘した。
「............あ゛ーーーーーー......!!」
相手に通じないスマホを握り締め、たまらず顔を覆いながらその場にしゃがみ込む。
端に寄ってるとは言え人の行き来のある駅前でそんなことをすれば、当然通行人の何人かが怪訝そうな顔をこちらに向けてきた。
しかし、それに構ってる余裕なんて今は全く無くて、とにかく頭を占めるのは無能な自分への後悔と彼女への懺悔、......それなのに、彼女のことをどうしようも無く好きだと思う手前勝手な情欲だった。
つい先日、宇内さんのところで戒められたはずなのに、またこんな酷い体裁を晒してしまうなんて。自分の無能さにつくづく嫌気がさす。
「............え、ウソだろ。もしかして、赤葦?」
お得意のネガティブ思考をフル回転していた俺の耳に、聞き慣れた心地よい声がスっと入った。
導かれるようにしてゆるりと顔を上げると......駅前のイルミネーションの光に反射する色素の薄い綺麗な髪に、切れ長の目をぽかんと丸くした高校時代の先輩......木葉さんの姿が、そこにあった。
救世主、その名はミスター器用貧乏
(俺はもうセッターじゃないのに、貴方は変わらず助けに来てくれるんですね)