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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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「.......ありがとうございます、拝読しました。ストーリーの勢いもあるし、最後のページのアングルもいいですね。先生......宇内さんのこだわりを感じますし、台詞もグッときます」
漫画のラフであるネーム原稿を一通り読み、ひとつ深呼吸してから向かいに座る長い黒髪が印象的な男性に声を掛ける。
先程ドリンクバーでなみなみ注いできた蛍光グリーンが鮮やかなメロンソーダを飲んでいた相手は、ほんのり疲れが乗った瞳をこちらへ寄越してへらりと笑った。
「マジですか、ありがとうございます。そこ、すげー気合い入れたんで嬉しいです」
「はい。宇内さんらしい、丁寧で、躍動感のある魅せ方だと思います。この台詞も、次の展開に期待が膨らみますね」
率直な感想を述べると、俺が担当している漫画家の一人であるその人......宇内先生は俺より歳上でありながらも、にこにこと嬉しそうな人懐こい笑顔を素直に浮かべる。
「へへ......赤葦さんから褒められると、なんか自信湧きます」
「.......俺、もしかしていつも厳しいこと言ってますか?すみません、気を付けます」
「あ、そうじゃなくて!厳しくはないですけど...赤葦さん、ネームとか原稿の出来が本当に良い時はしっかり褒めてくれるから......よっしゃ頑張るぞって、やる気出るっていうか」
まぁ、俺がちょろいっていうのもあると思うんですけど。
そんな言葉を付け加えて笑う宇内先生の言葉に、ふと先日の彼女とのやり取りを思い出した。
......プロのバレーボールの試合、通称VリーグのMSBYブラックジャッカル戦を一緒に観た後。木兎さんとのご飯に彼女を誘った際に、今の宇内先生と似たようなことを言われたのだ。
俺としては、別に変な建前などではなく、きちんと本心からの言葉を伝えているつもりだが......相手によって言い方がずるいと言われたり、相手が自身のことをちょろいと感じてしまったりと、どこか屈折して伝わってしまうことがあるようだった。
......思えば、高校の時に何度か木兎さんにも「あかーしソレずるい!」とよく分からないところで癇癪を起こされたことがあった気がする。
もしかしたら、その時も俺の言葉や言い方に何か差し障りがあったのかもしれない。
......とは言っても、その時一体何の話をしていたかなんて覚えてないから、確認のしようが無いのだけど。
「そういえば、先月号のワ●ピースめっちゃ面白かったですよね!ああいう展開本当に好きで!面白過ぎて逆にちょっと悔しかったんすけど、ここにきてナ●推していこうって思っちゃいました!」
「あぁ......はい、面白かったです。読者からも好評だったと聞いてます」
「ですよね!あれは格好良かったし、うわぁー!やられたー!ってなりましたもん!あんな展開描けたら、最高に楽しいだろうなぁ~」
「.............」
一人の漫画家として、そして一人の漫画ファンとしてその瞳をきらめかせ、同業者としての嫉妬と素直な賞賛を口にする宇内先生の言葉に、うっかり思考がそのまま口からこぼれた。
「.......“推し”と“恋愛感情”って、どう違うんですかね......?」
「え?」
突然そんなことを言い出した俺に、相手は当然きょとんと目を丸くする。
その反応にハッとして、慌てて何でもないですと返そうとすれば、人のいい宇内先生はおもむろに片手を顎の下に当てた。
「うーん......そうですね......あくまで俺個人の意見になりますけど、“推し”は憧れとか応援したいとか、ライクの方の好きに近い感じですかね?ほら、女性アイドルとかは、同性のファンも居たりしますし」
「.............」
何ですかそれwと茶化すこともなく、思いのほか真面目に取り合ってくれたこともあり、ついこちらもこの話題を続けてしまう。
「......ですが、“推し”が異性の場合は恋愛感情を伴う場合もありますよね?男性アイドルの女性ファンとか......逆もまた然りですが」
「うーん、確かに......。でも、反対に“推し”とは絶対付き合えないってヒトも居ますよね?特に二次元のキャラクターとかは割とそういうヒトが多いイメージがあります。キャラクターとしては好きだけど、実際現実に居たらタイプじゃない、みたいな......」
「では、異性の“推し”の場合、対象が現実に居るか居ないかで恋愛感情の有無が変わる......ということでしょうか?」
「いやぁー、それは極論じゃないですかね?現実に居ても“推し”に恋愛感情ない人も居ますし、その逆もそうじゃないですか?......というか、赤葦さんがそういうこと聞いてくるの珍しいですね。あ、もしかして恋愛要素入れてほしいとか、そういうのですか?」
「あ、いえ、すみません。別にそういう話ではなくて......その、ふと気になったというか......」
「そうですか......」
「.............」
「..............もしかして、リアルの話ですか?」
「え」
俺のどうでもいい話で宇内先生に不要な心配を掛けてしまったなと内心で反省していれば、エッジの効いた質問をされてたまらずギクリとしてしまった。
この人は、時折妙に鋭い所があるのだ。
「赤葦さんもしや、木兎さん以外に推しが出来ました......?......あ、もしかしてその方、女性なんじゃないですか?」
「......いや、あの、別にそういう話じゃ......」
「じゃあどういう話ですか?俺聞きたいです、赤葦さんの話。聞かせてください」
「.......いえ、俺の世間話で先生の貴重なお時間を割いてもらう訳にはいきません。時間は有限です、原稿を進めましょう」
「いえいえ、赤葦さんのそういう話も大変貴重じゃないですか。このままだと俺、そっち気になってイマイチ集中できません」
「......それは困ります......」
「あと、外で“先生”はやめてくださいって。......もしかして、内心結構焦ってます?」
「.............」
一度狼狽えてしまえば最後、好奇心旺盛の宇内先生は次から次へと追撃してくる。
その姿はさすが元烏野のエースと言うべきか、大人になった今でも鮮烈に記憶に残る、あの攻撃特化型のカラスそのものだ。
......かつて、そのカラス達と合同合宿を行い、何度も試合をした経験がある俺は、一度狙いを定めたカラスが早々諦めないことをとおの昔に知っている。
宇内先生が烏野のエースとして高校バレーの最前線で戦っていた時、俺はまだ梟谷にすら入っていない小さな子供だったけど......烏野というチームは、一度火を付けてしまえばとても厄介なのである。
「..............わかりました、お話しします。その代わり、俺の話が済んだら原稿の方を進めてください。これは取り引きですよ」
それならば、ここで押し問答を繰り返してもただ時間を無為に捨てるだけだ。担当編集として、それはたまったもんじゃない。
ため息を吐きつつ観念すると、宇内先生はぱっと表情を明るくして「はい!」と元気よく頷くのだった。
▷▶︎▷
「はー......なるほど......木兎さん推しの女性ですか......」
最近何かと考える機会が増えた安住さんとのことを、プライバシーを意識しながらかい摘んで話す。
それを一通り聞き終えた宇内先生は、腕組みをしながら二、三度頷いた。
「しかも、赤葦さん張りの熱狂的なファン」
「その言い方はちょっと......」
「その方に直接聞いてみたらいいんじゃないですか?木兎さんのこと、男性としても好きなんですか?って」
「.......俺と彼女の共通の友人が、以前同じことを聞いたそうで......その時は、恋愛対象ではないと言っていたらしいです」
「え?そうなんですか?じゃあ、答えは出てるじゃないですか」
「......まぁ、そうですね......」
「.............」
俺の答えを聞きながら、宇内さんは少し考えるように口を閉じる。
以前、木兎さんとご飯を食べた時に、木兎さんから「赤葦、あの子のこと好きだよね?」と爆弾発言されたことは当然伏せているのだが......この人はこの人で、素っ頓狂な発言を寄越してきた。
「......その方が、赤葦さんのことを好きという可能性は全く無いんですか?」
「え?」
不意をつかれた発言に思わず間抜けな声が出ると、相手はふんすと息巻いて言葉を続けた。
「いや、赤葦さんめちゃくちゃモテるじゃないですか。さっきの話じゃないけど、赤葦さん推しの女の人、実は俺の知り合いにも結構多いんですよ?」
「え......推し、って......いや、俺一般人ですけど」
「今の時代、一般人でも推されることはあるんです。赤葦さん、頭良いし優しいし、イケメンだし背も高いし、仕事も出来るじゃないですか。......だから、その方が赤葦さんに惚れてても何もおかしくないですよ」
「......それは、買い被り過ぎですよ......」
「下手な謙遜は時に猛毒ですよ。俺が惨めになるんでそこは認めてください」
「.............」
それはどうなんだと思ったものの、有無を言わさぬ様子で言いきられてしまえば、こちらとしてはもう黙るしかない。
......しかし、一つ前の話にはきちんと返答をしなければと思い直し、宇内先生の表情を窺いながらゆっくりと口を開いた。
「.......でも、彼女が俺を、男として好きかというのは無いと思います」
「え、どうしてですか?」
「.......末永く友達でいてほしいと、言われましたから」
「.............」
話題が話題のせいか、何とも言いようのない居心地の悪さをひしひしと感じつつ受け答えを続けると、今度は宇内先生がその大きな瞳をきょとんと丸くする。
「......そんなの、女性特有の駆け引きかもしれないじゃないですか」
「それは無いです」
「え」
「.......それを言われた時、......向こうはとても、穏やかだったんです」
「.............」
「.......まぁ、それが演技なら、話は別ですけど......でも、今までの付き合い上、そこまで器用なヒトだとは思えません」
「.............」
「.............」
「.......だとしたら、もしかしてそれ、予防線なんじゃないですか?」
「え?」
あの時、木兎さんの試合を一緒に観た時に言われた言葉を、彼女の表情を思い出しながらそう話すと、宇内先生は再び思いもよらない切り口で切り込んできた。
「や、あくまで俺の見解に過ぎないですけどね?......でも、その言葉の意味って、2パターンありそうだなって思うんです」
「......2パターン?」
「はい。1つ目が、本当に相手に恋愛感情が無くて、これ以上踏み込まれないように“赤葦さん”に予防線を張るパターン。多分、赤葦さんはそうだと思ってるんですよね?」
「.......はい」
俺の意向を確認する相手に、やや気遅れ気味に頷く。
そのままおとなしく話の続きを待っていれば、宇内先生は顔にかかる長い髪を一度耳に掛け、言葉を続けた。
「で、もう1つが......相手の方が赤葦さんにあまり踏み込まないように、自戒の意味を込めた“自分自身”に予防線を張るパターンです」
「.............」
「.......憶測ですけど、赤葦さん、その相手の方に何か制限するようなことを話しませんでしたか?もしくは、そういう行動を取ったとか」
「.............!」
宇内さんに聞かれて、たまらずハッとする。
......もし、その見解が当たってるなら、制限というのはきっとあのことだ。
以前、木葉さんの気遣いで俺に恋人が居るというウソの話になっていた時、確かに彼女は俺との距離感をひどく気にした。
その後の回転寿司屋で何とか誤解はとけたものの......頭の回る彼女のことだ、万が一にも俺との間に恋愛感情が発生しないよう、きっと予防線を張ったのだろう。
......おそらくは、俺に気を遣ったのだ。
俺が木兎さんのファンの女性と、友人として上手く付き合えないと気に病んでいたことを、木葉さんから聞いてしまったから。
「.............」
「.......あー、いや、あくまで俺の憶測ですよ?実際は全然違うかもしれないし、ほら、俺漫画脳なので、現実とちょっとズレてるかも!」
「.............」
どうにも思い当たる節があり、思わず言葉を無くす俺に優しい宇内先生は慌ててそんな言葉を付け足してくれる。
......それでも、俺の中では「自業自得」という言葉が脳内を、心の中をずっしりと占拠していた。
そもそも、お好み焼きを食べながら木葉さんに打ち明けた内容からもう、烏滸がましいものだったのだ。
木兎さんファンの女性から、自分へ好意を向けられると困惑してしまうと豪語していたのに、......いざ、本当に木兎さんの話が心置きなく出来るヒトに出逢えた途端、今度は俺がそのヒトを気になってしまうなんて。
何とも都合の良い話で、なんて自分勝手な話だ。
今の俺の状態は、まさに自業自得だった。
「.......まぁ、実際その人がどういうつもりで、末永く友達でいてほしいと赤葦さんに言ったのかは、今ここではわかりませんが......その言葉に少しでも違和感を覚えたのなら、何かしら動いた方がいいんじゃないかと、俺なら思っちゃいますね......」
「.............」
「そういうのって多分、時間置けば置く程その時の色んな気持ちがどんどん有耶無耶になって......最終的に“ただの言葉通り”になるっていうか、相手も自分も自己完結しそうじゃないですか。お互い、大人だから」
「.............」
「......だから、その、......あー......なんかこう、上手く言えないんすけど、もっとシンプルでいいんじゃないですか?結局のところ、相手の気持ちや行動は不確定な訳だし、それを考え過ぎてもドツボにハマるだけですよ......」
「.............!」
ソレを聞いた瞬間、思い出した。
目が眩むような照明の光と、建築美を感じる高い天井。
春高準々決勝、狢坂との試合で情けなくも調子を著しく崩し、ベンチからコートを見た、あの瞬間。
......自分がコントロールできるのは、自分の思考と行動だけ。
重要なのは常に「次、自分に“できる事”と“すべき”事」だと、あの時痛いほど思い知ったはずなのに。
「.......ありがとうございます。肝に銘じます」
「いや、偉そうなこと言っちゃってすみません......なんか、すげぇ語っちゃいました......」
「そんなことないです。......俺だけで考えても釈然としなかったと思うので......宇内さんの話を聞けてよかったです」
だから、ありがとうございます。
頭を下げると、俺より大人の宇内先生は少し戸惑いながらも照れたように笑った。
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