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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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まさか、推しと喋る日が来るなんて思ってもみなかった。
だって、普通、考えられない。相手はプロのバレーボール選手で、一般人の私は何千人といる観客の内の一人だ。
彼の試合を直で観るのもまだ二回しかないし、殆どがスマホかノートパソコンの画面越しで見ていた私が、沢山の彼のファンを差し置いて、彼と喋る機会を設けてもらうなんて。
たまたま合コンで彼の元チームメイト且つお友達の木葉さんと出逢えて、その繋がりで赤葦さんと出逢えて、......巡り巡って、私の推しである木兎光太郎とも出逢えることになってしまった。
彼と出逢う為の努力を何もしてないのに、本当にたまたまの巡り合わせで、......現在、推しと一緒にご飯を食べている。
勿論、二人きりではなくて赤葦さんが一緒に居てくれてるけど......少なくとも、ご飯の味がよく分からないくらいには私の拙い脳みそは混乱を極めていた。
「ニンジャショーヨー!超格好良かったから日向の真似してみたんだけど、やっぱ感覚?難しくてちょっとだけレシーブ乱れてさ。ツムツムってそういうの直ぐ見抜くから、“ヘボいレシーブ寄越したからにはお前がキメろや!”っていう、無言の圧があったんだよな~」
「そうだったんですか......ギャラリーからはナイスレシーブに見えたんですが、プロの視点はやはり厳しいですね......でも、その後のフェイントに見せ掛けたロングプッシュは見事でした」
四人掛けのテーブル席では、赤葦さんと木兎光太郎が隣りに座り、先程の試合のことを楽しそうに話している。
赤葦さんの向かいに座る私は、テーブルの上に置かれた数々の韓国料理をちびちびと口に運びながら、二人の話をどこか遠くで聞いていた。
ここに赤葦さんと二人なら、木兎光太郎のここが格好良かったとか、このプレーが凄かったとか、あの時の笑顔が最高だったとか興奮しつつ語りに語りまくるのだけど......木兎光太郎本人を前にしてしまうと、自分でも驚く程に全く言葉が出てこなかった。
まず、オーラが凄い。元々日本人離れした白い肌に大きな金色の瞳、色素の薄いモノトーンの髪をアップバングにした彼は、背の高さや体格の良さも合わさって絶対的な存在感がある。
正直なところ見た目は厳つく見えるのに、その表情はびっくりする程愛嬌があり、声音や口調も明るく軽やかなので、性格面からとても親しみを持てるヒトだ。
だけど、いざバレーボールをするとなると途端に獰猛さを増し、戦いに身を投じる男性として怖いくらいの闘争心を剥き出しにする。
最高に格好良くて、最高に可愛い私の推しが、目の前で楽しそうに話しながらチヂミを食べてる。
すごい。あの木兎光太郎が目の前に居て、食事をしてる。私と同じように、韓国料理店特有の香ばしい空気を吸って、笑顔で話してる。画面越しじゃなくて、直で。
.......いっその事、私抜きにしてずっと赤葦さんと話しててほしい。私はギャラリーでいいから。とてもじゃないけど、まともに話しをできる状態じゃない。
「......あれ?もしかしてこれ、おにぎり宮のおにぎり?え、ごめん、あかーしコレ夕飯だった?」
「あぁ、大丈夫です。明日食べますんで......今日のチケット、俺が買ったんですがそのお礼にって安住さんがくれたんですよ。彼女も、おにぎり宮のファンみたいで」
「!」
仮にも営業部に所属してる身として一番ダメな思考に陥ってる中、きっと気を利かせたのであろう赤葦さんが私へ話を振ってきた。
眼鏡の奥の瞳が「ね?」と語りかけ、思わず箸を置き「あっ、はい」と何ともひねりのない返事をすると、木兎光太郎はきらりと瞳を輝かせた。
「お、そうなの?俺もサムサムのおにぎりめっちゃ好き!すげぇ美味しいよな~!」
「.............っ、」
冗談ではなく、本当に光ってるんじゃないかと思う程眩しい笑顔を向けられて、たまらずひゅっと息を飲む。
......あ〜......まずい、顔が熱い。心臓、うるさい。どうしよう、泣きそう。
「中味何が好き?俺はまず牛しぐれでしょ?あとシャケと、明太子と~......」
「.............」
「......俺は高菜明太も好きです。あと、期間限定の肉味噌も最高でした」
「え、何それ俺知らない!めっちゃ美味そうじゃん!」
「はい、めっちゃ美味かったです。鳥そぼろに赤味噌だったかと思うんですが、ネギと生姜が入っててとても香ばしくて。安住さんは食べましたか?」
木兎光太郎の笑顔に感激してなかなか喋れない私を、赤葦さんは宣言通りすかさずフォローしてくれる。
それに何とか声を振り絞り、「頂きました、美味しかったです」と返事をすると、木兎光太郎は「うわー!いいなー!」と心底羨ましいと言ったような反応を見せた。
うう、本当、可愛い。何その顔。画面越しで見たことのない表情を見せるのはやめてほしい。動悸が、すごい。
「そういえば、今日木葉は来てないの?安住さんて木葉の友達なんでしょ?」
「......木葉さんも行きたがってたんですが、残念ながら今は地方での研修期間だそうです。あと、安住さんは俺の友達でもあるので」
ふいに名前を呼ばれたことにぎくりとしていれば、赤葦さんがきちんと会話を繋いでくれる。
今日ここで初めてきちんと顔を合わせた時、私と出逢った経緯を赤葦さんが簡単に説明してくれたので、木兎光太郎は私を木葉さんの友達だと認識したんだろう。
それに対して赤葦さんが少し顔を顰めたのが、場違いながらもちょっとだけ可笑しかった。
「そっか。じゃあ、俺とも友達か!」
「み゜ッ」
「いや、何でですか。木兎さん、初対面でしょうよ」
私をフォローしてくれてる優しい赤葦さんを内心で笑ってしまったのが罰当たりだったのか、推しである彼からあまりにも衝撃的な一言を発せられて、反射的に喉がひしゃげたような声が出た。
驚きのあまりひどく不可解な音を出した私の向かいで、赤葦さんが冷静に対応する。
「え、だって木葉とあかーしの友達なら、俺の友達と言ってもカゴンじゃなくね?使い方合ってる?」
「.......合ってますが、過言です。というか、どんな理論ですかそれ......安住さんもびっくりしてるじゃないですか......」
「えー?ダメなの?安住だからアズアズだなって思ってたのに」
「─────」
途端、ぐらりと世界が揺れる。
......木兎光太郎、今、なんて言った?
アズアズって、なに?......もしかして、私のこと?
「ちょっと、木兎さん......俺の友達とは言え、初対面の女性をいきなりあだ名で呼ぶのは......」
「あの、すみません」
「え?」
木兎光太郎の発言に、流石にそれはと赤葦さんが口を挟んでくれたものの......あまりの衝撃の強さに私の中のナニカがプツンと切れて、考えるより先に言葉が零れた。
突然会話を遮った私に驚いたようで、赤葦さんも木兎光太郎も目を丸くしてこちらを見つめる。
二人の視線を受け、細く長いため息を吐いてから...ゆっくりと、木兎光太郎へ顔を向けた。
「.......ありがとうございます。あだ名で呼んで頂いて構いません。......それと、貴方のバレーが本当に好きです。いつも元気を貰ってます。今後益々のご活躍を、一人のファンとして心より願ってます」
「.............」
先程のあだ名呼びのおかげで思考回路がパンクして、なんだか逆に至極冷静になってきた私は、初めて彼に笑顔を見せてずっと思ってきたことをはっきりと口にした。
先程までずっと黙りこくっていた私の変化に相当驚いたのか、木兎光太郎も赤葦さんもぽかんとした顔を向けたまま、何も言わずにただぼんやりと私を見ている。
どちらとも、とても格好良い顔をしているのに、あ然とした表情になるとなんだか凄く可愛らしいなと若干失礼なことを思いつつ、にこにこと笑ったまま自分のカバンを手に取った。
「......あと、おにぎり宮では梅と昆布が好きです。自分で作ってもあんなに美味しくならないというか、味に深みが出ないので、その道を極めたヒトってやっぱり凄いなと思います」
「.............」
「......今日はありがとうございました。この御恩、一生忘れません」
「え」
座ったままであるものの、深々と頭を下げて御礼を述べる私に、ようやく我に返ったのか私の独壇場はここで終わりを告げた。
喋りながらテーブルの下でお会計の準備をして、本来は赤葦さんへチケット代を渡す用だった封筒にお金を入れてからゆっくり立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「待ちません」
「安住さんっ!」
私が帰るつもりであることをいち早く察した赤葦さんが待ったを掛けてくるが、先程私が彼に言われた言葉をそのまま返すと、立場が逆転しているものの同じようなやり取りが続いた。
でも、さっきは赤葦さんが私の待ったを聞いてくれなかったから、今度は私がお返しだ。
というより、早い話が頭と心のキャパシティがもういっぱいいっぱいで、これ以上木兎光太郎と話せば確実に私の中のヒューズが飛ぶ。
そのせいで木兎光太郎を困らせたり、万が一にも嫌な思いをさせたら本当に死んでも死にきれない。
赤葦さんは大丈夫だと言ってくれたけど......大好きな推しを前にして、一人のファンとして、一人の人間としてやっぱり迷惑を掛けたくないし、好きな人にはやっぱり嫌われたくないのだ。
「......今日、楽しかったです。本当に、本当に楽しかったです。......だから、もう十分です。すっごい幸せです」
「.............」
「赤葦さん、今日もありがとうございました。......ぼ、木兎選手も、本当に、ありがとうございました......!今度牛しぐれ、絶対買います......!」
赤葦さんを困らせてるのは心苦しいが、これ以上ここに居る方がもっと困らせてしまうだろうと思い、少し強引に気持ちを伝え、立ち上がってからもう一度二人に頭を下げた。
テーブルの上にお会計が入った封筒を置いて、二人が何かを言う前に足早に店の出口へと向かう。
「.......アズアズ!!」
「!」
瞬間、背中から真っ直ぐな力強い声が飛んでくる。
まるで彼のサーブのようだと思いながら反射的に振り向くと......目を丸くする赤葦さんの隣りに座った木兎光太郎は、なぜかとても楽しそうな笑顔を見せた。
「また飯行こう!で、次は帰さないから、ちゃんと心の準備して来て!」
「み゜ッ」
「ちょッ、アンタ大声で何言ってんすか!?」
木兎光太郎のあまりにも語弊のある驚きの発言に、私のひしゃげた声と赤葦さんの珍しくも焦ったような、怒ったような声がほぼ同時に重なった。
そして、彼の大きな声は勿論この店のお客さんにもしっかり聞こえたようで、少しの沈黙の後この場はすっかりお祭り騒ぎとなった。
「おー!いいぞ兄ちゃん!気張れや~!」
「やだ、すごー!やばー!」
「いいな〜、あんなこと言われてみた~い」
色んな席から楽しそうなはしゃぎ声が上がり、拍手が起こり、指笛が鳴る。
それに対して、木兎光太郎は首を傾げながらも笑ってガッツポーズを見せ、隣りの赤葦さんは頭を抱えている。
......他人同士のはずなのに、一気に盛り上がりを見せた店内を見て、恥ずかしい気持ちは確かにあるものの、木兎光太郎の影響力を肌で感じた気がしてたまらずふきだしてしまった。
......あぁ、やっぱりこの人、すごい!
簡単に他人同士を繋ぐというか、本当に盛り上げ上手というか......とにかく、楽しい空間を作り上げる天才だ!
ただし、赤葦さんだけは除かれるようだったけど、私は何だかとても楽しくなってしまって、お客さん達と一緒になってけらけらと笑いながらこのお店を後にしたのだった。
「やー、アズアズいいな!帰っちゃった理由がちょっとわかんないけど、でも別に、俺が嫌な訳じゃないってことだよな?」
「.......そうですね......そう、ですけど......」
彼女が店を出てからも暫く店内は騒がしく、掛け違えた色恋沙汰で他所の人達と散々盛り上がってから、ようやく木兎さんとの食事は再開された。
一先ず木兎さんの向かいの席に移り、額をおさえる俺の前には先程ここの店長から「盛り上げてくれたサービスデス」とカタコトの日本語で寄越されたスンドゥブが誇らしげに湯気を上げている。
「......木兎さんは、プロのスポーツ選手なんですから......プライベートでこういう目立つ言動は、極力控えた方がいいと思います......」
「そう?まぁいいじゃん、スンドゥブ貰えたし。温かい内に食べようぜ」
「......あと、さっきの言い方も良くないです。安住さんは笑ってくれてましたが、下手したらセクハラと取られますからね」
「ハイハイわかったわかった。以後気を付けマス」
「.............」
れんげでスンドゥブをよそりながら軽い返事をされ、本当にわかってんのかこの人と思っていればスンドゥブの入ったとんすいを寄越された。
プロのバレー選手によそってもらってしまったことを少し気にしつつ「すみません、ありがとうございます」と受け取ると、木兎さんは鼻歌交じりに自分の分をよそる。
「......でも、あかーしが俺と会うのに友達連れて来たの初めてだったし、どんなヤツなのかな~って思ったら、まさかの女の子でびっくりしちゃった」
「.......あー......まぁ、そうですよね......」
「ずっと静かだったのに、いきなりめっちゃ喋ったと思ったら、直ぐ帰っちゃうとかマジで意味わかんねぇwでも、笑うとめっちゃ可愛いし、おにぎりの話もすごい感じよかった!もっと色々話したかったな~」
「..............そう、ですか......本人には、伝えておきますね。きっと喜びます」
木兎さんの素直な感想に、思考回路が一時停止する。
だけどそれはほんの一瞬で、何とか不自然にならないように会話を繋いだ。
木兎さんを好きな彼女が、木兎さんにとっても好印象だったのは良い話のはずだ。
.......それなのに、どうしてこんなにしっくりこないんだろう。
なんでこんな、腑に落ちない気持ちになるんだ。
「.......あのさぁ、俺の勘違いだったら悪いんだけど......」
「?」
どこか悶々とした気分でスンドゥブを食べていれば、れんげを片手に木兎さんがそんな言葉を寄越してきたので、咀嚼しながら視線をそちらへ向けた。
「......赤葦、あの子のこと好きだよね?」
(途端、柔いはずの豆腐で思い切り噎せた。)