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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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通話が終わった安住さんが小走りでこちらへ戻って来ると、治さんが間髪入れずに「カレシ?」と身も蓋もない質問を寄越した。
本当に勘弁してくれと半ば怒りながら諌めると、野暮なことを聞かれた本人は明るく笑いながら「残念ながら、お母さんでした。あと彼氏は居ません」とスムーズに応えてくる。
治さんの発言は、今のご時世だしセクハラもいい所だ。イケメンだろうが何だろうが、相手によっては本当に許されないことだってある。わかってんのかこの人。
「それより、おにぎりのお会計足りました?細かいのあるんで出しましょうか?」
「や、赤葦クンまだ決めかねとる」
「え......」
「ちょっと、赤葦さん。遠慮は無しですよ。好きなの選んでください」
治さんに眉を寄せていれば話の矛先が自分へ向かい、そういえばさっきそんな話をしたことを思い出して「......じゃあ、お言葉に甘えて......」とおにぎりを2つ注文すると、安住さんは最後にあれこれプラスして、結局6つも頂いてしまうことになった。
さすがにそれは多いのではと意見しようとしたものの、彼女はさっさと財布をしまい、治さんから自分の分のおにぎりが入った袋を受け取る。
「毎度おおきに。また来てやー」
そんな言葉がすっかり板についた治さんに別れを告げ、おにぎり宮の袋をぶら下げて一先ず出口へと向かった。
「......なんか、こんなにすみません。ご馳走様です」
「いえいえ~、おにぎり残っててよかったです。それに、赤葦さんに今日誘って頂いて、木兎光太郎のバレー観られて本当に嬉しかったので!」
「.............」
再び二人になり、おにぎりのお礼を言えば素直な言葉と笑顔が返ってくる。
ああ、この人は本当に木兎さんが好きなんだなと俺でさえ感じてしまう程のその楽しそうな様子に、たまらず小さく息を吐いた。
自分がとても好きなものを、同じようにとても好きだと思ってくれる安住さんの言葉は、本当に心地が好い。
「......でも、次は勝ち試合見たいですね!私多分、向こう3日は悔しいです」
「ふふ、俺もです。木兎さん含め、MSBYが調子悪かった訳では無いと思いますが......今日は相手の方がノッてましたね」
「うんうん。ネットイン?もよくありましたもんね~。アレは取れないですよ......」
安住さんと今日の試合のことを話しながら歩いていると、今度は自分のスマホが着信を知らせた。
先程とは逆の立場になり、彼女に断りを入れてから少し離れたところで電話の相手を確認すると......今しがた話をしていた木兎さんからだった。
おそらく控え室から電話してくれてるんだろうと思いながら、通話ボタンをスライドさせてスマホを耳に当てる。
「......はい、赤葦です」
《あ、もしもしあかーし?お前今どこ居る?あ!そうだ!今日の試合、俺が見つけたのわかった!?あかーしにビーム打ったの、ちゃんと気付いた!?》
電話に出た途端、まるでびっくり箱でも開けたような勢いで木兎さんは電話の向こうから元気を発信する。
「はい、気付きました。大変恐縮ですが、ファンサありがとうございます。よく見つけられましたね」
《だろ〜!?めっっちゃ探したかんな!》
「いや、試合中に何してんすか。ちゃんと集中してくださいよ......え、だから今日負けたんですか?」
《ちっげぇし!!ちゃんと集中してましたァ!!......でも、折角あかーし来てたのに負けちゃってごめんなぁ......普通の俺を見てほしかった......!》
「......見応えは十分でしたが......そうですね、次は勝利をおさめる瞬間が見たいです」
できたら、ボクトビームで。
今日の結果を悔しがる木兎さんにそう伝えると、「任せろ!絶対勝つ!」と力強く返してくれた。
不確定な未来を言い切ってしまうところが凄いけど、この人なら本当に実現させてしまいそうで、たまらず笑いがもれる。
《で、あかーしこの後空いてる?飯行かない?》
「......あー......」
《あ、なんか用事あるならいいんだけど。俺もう何日かコッチ居るし、別に今日じゃなくても、どっかで行ければ!》
「.............」
次に続いた言葉に咄嗟に言葉を詰まらせると、気のいい木兎さんは直ぐにそんな話に切り替えてくれた。
一瞬どうしようか黙考して、......ふと頭に浮かんでしまった自分本位な提案を、遠慮しつつもゆっくりと持ちかける。
「......あの、木兎さん。大変手前勝手な相談なんですが......」
《テマエガッテ》
「......俺の、我儘な相談なんですが、......友達も今日、ご一緒してもいいですか?」
《あ、そっか。お前今日、友達と来てんだっけ?うん、俺は全然オッケー!赤葦の友達とか、会うの超楽しみ!》
おずおずと聞いた俺とは対照的に、木兎さんはからりと明るい声で直ぐに了承してくれた。
木兎さんの性格から、おそらく嫌だとは言われないだろうと思っていたが、実際その通りの返事を貰えると心底ほっとする。
「......ありがとうございます......あ、でも、まだ相手の予定を聞いてないので、もし向こうに何か予定があったらまた変わるかもしれません」
《りょーかい!じゃあわかったらまた連絡して。あ、この後ちょっとミーティングあるから、ラインで頼む》
「わかりました。では、また後で」
そんなやり取りを最後に通話が終わり、スマホを片手に持ったまま、今の流れを何も知らない彼女の元へ戻る。
「すみません、お待たせしました」と詫びを入れれば、相手はにこりと笑いながら「いえいえ」と返してくれた。
「......あの、安住さん、この後何か予定はありますか?」
「いえ、特には。赤葦さんも何も無ければ、ご飯でも行きます?」
「.............」
俺の言葉から先回りしてくれたのか、治さん曰くその“賢い子”は今後の予定をスマートに提案してくれた。
こういう所が本当に頭が下がるなと思いながら、先程の自分本位な提案を少しの緊張と共に今度は安住さんに伝える。
「......そのこと、なんですが......木兎さんが来ても、構いませんか?」
「.....................なんですって??」
俺の言葉に、即答した木兎さんとは違い安住さんはたっぷり間を置いてから不可解そうな顔をした。
まぁ、それはそうだろう。なんの接点もない自分の推しであるプロのバレー選手といきなり会わないかと言われたら、きっと誰でもそんな反応になるに違いない。
「いきなりすみません......さっきの電話、木兎さんからで......今日飯行かないかって誘われました」
「え!?いや、すご......!や、行ってきてくださいよ!どう考えてもそっち優先ですって!こっちはお構いなく!」
「いえ、優先とかではなく......俺が、安住さんと木兎さんの三人で飯行けたらなって思ってるんです」
「......え......」
「......すごく、楽しそうなので......」
「.............」
彼女の性格上、自分はいいから木兎さんの方へ行けと絶対返してくるだろうと予想していたので、今度は俺が先回りして言葉の続きを述べると、相手は目を丸くしたままぽかんと固まった。
「......ちなみに、木兎さんからはOKもらってます」
「えッ!?」
「なので、安住さんさえ大丈夫であれば、三人でどうかなと」
「.............」
追い討ちをかけるように木兎さんのことを話せば、安住さんは驚いた声を上げ、その後ゆるゆると眉を下げていく。
「.......えぇー......そんな、......えぇー......?」
「.......まぁ、あくまで俺の我儘なので、無理にとは言いませんが......」
「.......む、無理と、いうか......その、......こ、心の、準備が......!」
「......それは、大丈夫です。あの人、人間びっくり箱みたいなものなので......いくら整えたところで落ち着かないと思います」
「え......えぇー......?」
「でも、その点は俺がフォローするので。そこは安心してください」
「.............」
戸惑う相手になるべく負荷を与えないよう、表情を見ながら注意して言葉を選んでいく。
ただでさえ、彼女は頭の回転が早い営業マンだ。自分が不利だと思う状況で更に負荷を掛けてしまえば、この案件は確実に流れてしまうだろう。
「.......で、でも......」
「.............」
「.............その、“そういうつもり”で、赤葦さんや木葉さんと友達になった訳じゃ、ないですし......」
「.............」
「.......それに、やっぱりずるいんじゃないかって、思って......しまって......」
「.............」
眉を下げたまま、いつかの夜に聞いた話を彼女は再び口にする。
そういうつもりと言うのは、木兎さんに近付くことを目的として俺や木葉さんと交友関係にあったということだろう。
......俺が言うのも気が引けるが、彼女は本当に真面目で、義理堅いヒトだなと思ってしまう。
でも、その気持ちもわからなくはない。俺がもしそっちの立場だったら、そう考える可能性も充分あるからだ。
「.......安住さんが、心から木兎さんを応援してることは、今までの経緯でわかります。安住さんの人となりを知ったうえで、......俺が、木兎さんに会ってほしいと思ったんです」
「.............」
「......木兎さん、俺の友達に会うの、楽しみだって言ってましたよ」
「.............」
だけど、そんな彼女だからこそ、木兎さんに紹介したくなった。
多分、木葉さんが俺に彼女を紹介したのも同じ理由なんじゃないかと思う。
純粋に、真っ直ぐに木兎さんを見つめるその瞳は、紛れもなく俺達梟谷と同じように輝いていたからだ。
「.............わ、私......面白い話とか、全然出来ないし......」
「いや、何言ってんですか。飯の時、毎回俺と木葉さんを腹痛くなる程笑かしてくれるのは誰ですか」
「そ、れは、お酒入ってるから!」
「はぁ......」
「.......それに、そこまでバレー、詳しくないし......変なこと、口走るかも......」
「大丈夫です、フォローします」
「......気持ち上がり過ぎて、な、泣くかもしれないし......!」
「......大丈夫です、ティッシュ渡します」
「.............何か、無神経な、ことをして......木兎光太郎が、嫌な思いをしたり、......嫌われたり、したら......私、死んでも死にきれません......」
「.............」
俺の思惑とは裏腹に、相手はなかなか首を縦に振ってくれず、いまだ及び腰だ。
しかも、向こうの考えや気持ちが手に取るようにわかる......というより、どちらかと言えば痛いほど共感できてしまうので、強引に事を運ぶのは些か心苦しいところではあるものの......彼女が木兎さんと対面する際、不安に思う最大要素はそれかと感じ、小さく息を吐きながら「安住さん」と名前を呼んだ。
「......大丈夫。それは、俺も同じです。......だけど、木兎さんはそうそう誰かを嫌ったりしません」
「.............」
「.......俺が居ます。だから、大丈夫ですよ」
「.............」
きっと、会いたい気持ちは確かにあるだろうに、即決できない彼女はそれだけ木兎さんのことを真剣に、慎重に、真摯に考えてくれているのだろう。
.......だから、どうにも背中を押してやりたくなるのだ。
「.............」
「.............」
「.............」
「..............赤葦さんって、ほんと、ずるい......」
「え?」
少しの間、無言の状態が続いた先で、安住さんは俯いたまま深いため息を吐いた。
彼女の様子と告げられた言葉に思わず目を丸くして聞き返してしまうと......相手はゆっくりとその顔を上げ、少し恨みましげな視線を寄越した。
「.......そうやって、担当の漫画家さんを口説き落としてるんですね......」
「.............」
「.............」
「.............すべて、本心ですよ」
「っ、だから、そういう......っ......ああ、もお......!」
突然、予想外のことを言われたので少し面食らいながらも言葉を返すと、安住さんはなぜか面白くなさそうに顔を顰めた。
何か気に触るようなこと言ってしまったのかと思いひやりとしたが、次に続いた言葉に思わず顔が明るくなる。
「.......でも、私本当にキモいし、にわかだし、絶対会わない方がいいってわかってるのに......赤葦さんがそう言うから、......会って、みたく、なっちゃうじゃないですか......」
「.............!」
「......ああ、もう......!敏腕編集者、マジで怖い......!上手くノせられてるのわかるのに......!私、すごいチョロい......!」
「.............」
「......ヴァーイ関係の営業、今後絶対勝ち目ないじゃん......!......本当に来たら、どうしよう......」
「.............ふはっ」
顔を顰めたまま、口元に片手を当てて割りと本気で悩んでる彼女の様子に、たまらずふきだしてしまった。
「......お褒め頂き光栄です。では、安住さんもOKってことでいいですよね?」
「.....................ゃ、やっぱ、ちょっと待って!!」
「待ちません」
「赤葦さんっ!!」
手元にあるスマホを打ち始めた矢先、安住さんがひどく焦って待ったを掛けてきたものの......その困った顔が少し可愛くて、わざと素っ気ない返事をすれば勘弁してくれと言うような声音で名前を呼ばれた。
そのままどうにかして俺の気を引こうと必死になる安住さんに、何処と無くこそばゆい気持ちを抱きながら、俺のスマホの攻防戦を暫く楽しんだのだった。
手のひらで踊らされる
(踊っているのは、俺か彼女か。)