120% 4 U
name change
デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
“だから、赤葦さん。これからも、末永く友達でいてくださいね。”
そう言って笑う彼女は、どこかすっきりとしたような、それでいてひどく穏やかな空気を纏っていた。
何の駆け引きもない、うわべだけでもない、本当に心から告げているだろうその言葉を聞いて、......そういう関係がずっと理想だと思っていたはずなのに、なぜか胸の内がしっくりこないような、思考回路が一瞬停止するような感覚に陥り、直ぐに反応を返すことが出来なかった。
あまりにも不可解なその感覚に自分で驚いてしまい、どういうことだと軽く混乱する俺の横で、安住さんは満足そうに一つ頷いて、再び木兎さんの居るアリーナへ顔を向けてしまう。
もう暫く、その瞳に自分は映らないだろうことを彼女の横顔を見て確信してから、少しの動揺を隠すように眼鏡を掛け直した。
.......今まで安住さん以外にも、木兎さんのファンの女性とは何度か話すことがあり、都合がつけば食事に行くこともあった。
俺は木兎さんのことやバレーボールの話がしたくてそういう機会を設けたものの、相手の気持ちが徐々にそれらから逸れてしまい、代わりに俺のことや自身のことを話してくるようになると、......正直、少し窮屈に感じた。
最初こそ同じ視点で木兎さんのこと、バレーボールを見ていたはずのその人が、いつの間にか心変わりしてしまったような気がして、寂しいような、もどかしいような、......その人と話す時間が心地好いとはどうしても思えなくなってしまい、その変化がとてもしんどかったのだ。
また、相手にも非常に申し訳なくて、結局木兎さんのファンの女性とは何らかの予防線を張らせてもらっていた。
......同性の場合は何の問題も無いことも、異性相手になると途端に意味合いが違ってくる言葉や行動がある。
木葉さんによると、俺はその線引きが非常に下手で、特に女性に対する言動が“ある意味”問題があるらしい。
直せるものなら直したいと常々考えているのだが、木葉さん含む梟谷学園高校の先輩方には「赤葦はもうそういう人間だから、多分直すのは無理」と口を揃えて言われてしまった。
“そういう人間”とはどういうことかと詳しく聞きたかったのに、先輩方は皆ひどく抽象的なことを口にするだけで、結局具体的な指摘を受けることが出来なかった。
それに不満はあるものの、何かと俺の性格や性質を把握してくれている先輩方が口を揃えて「無理だ」と言うなら、おそらくは本当に難しい問題なのだろうと半ば無理やり飲み込んで、木兎さんのファンの女性と話す時は兎に角慎重になっていたのだ。
「.............」
だけど、安住さんはどうだ。
木葉さんと三人での食事を何度かして、この間は俺と二人で食事をした。
今までの経験上では、とっくに違和感を覚えてもいい時期であるのに、......俺に恋人が居る居ないで少しボタンの掛け違いはあったものの、彼女に関しては驚く程にスムーズに会話が出来ている。
むしろ、話せば話す程木兎さんのことやバレーボールのことをもっと話したいと思ってしまい、帰り際には「時間が足りない」と感じることも何度もあった。
お互いの仕事の話もすることはあるが、業種が少し似通ってるところがあるからなのか、それも全くノイズにならない。
とにかく木兎さんのことを、木兎さんのことだけをこれだけ熱く語れるヒトが居るなんて自分以外に正直居ないだろうと思っていたこともあり、木葉さん宅で初めてちゃんと安住さんと話した時はかなりの衝撃を受けた。
俺の話を呆れもせず、茶化すこともせず、無理に話を合わせることなく同じ熱量で受け止めてくれる相手が居るなんて、何とも出来過ぎた話だとも思った。
「.............」
......だけど、心の奥底ではもしかして、安住さんに少し期待していたのかもしれない。
一番最初にカラオケ店の外付け階段で会った時、木兎さんの試合動画をスマホで真剣に見ていた彼女に。
学生時代に木兎さんと同じチームで一緒にバレーをしていたことを話せば、「この幸せ者!」と返してくれた彼女に。
もしかしたら、この人なら大丈夫だと、......むしろ、そうであってほしいと、俺はずっと願ってたのかもしれない。
だから、先程の末永く友達で居てほしいという発言も、きっと心待ちにしていたはずで......
「!」
ここで第3セット開始のホイッスルが鳴り響き、反射的に意識がバレーボールの方へシフトチェンジする。
試合が始まるなら、今は俺の生涯のスターを応援するべきだ。
再び元気にコートへ入る木兎さんの姿を見て、胸のもやもやは一先ず端に追いやり、MSBYと木兎さんの応援に全力を尽くした。
▷▶︎▷
5セットマッチの試合は白熱を極め、俺も安住さんも全力で応援したものの......今回は残念ながら、木兎さんの所属するMSBYブラックジャッカルは敗北を期してしまった。
最後のボールが落ちた瞬間、たまらずお互い悲鳴に近い声を上げ、落ち着くまでに暫し時間を要した。
思考回路や脈拍が正常値に近くなってから、荷物を纏めて出口へ向かう。
あのプレーが良かった、ここの木兎さんが格好良かった等と熱く語り合いながら歩いていると、ふと相手が視線を他所に逸らした。
「あ、おにぎり屋さん出てる......!」
「!」
ぽつりと零された言葉に、反射的に彼女の視線を追うと、「おにぎり宮」と書かれたシンプルな黒いのぼりが見えた。
落ちていた気分が少し上昇しつつも、リサーチ不足で今の今まであの店に気が付かなかったことに後悔の念が滲み出る。
「しまった、今日は出店してたのか......!」
「赤葦さんもご存知ですか!あそこのおにぎり、美味しいですよね!」
「はい。種類や味もさながら、食べ応えも十分で最高だと思います。いつもは事前に調べて試合前に買ってるんですが、うっかりしてしまいました......」
「おお、ヘビーユーザーですね......じゃあ、早く行きましょう!まだ残ってるかもですよ!」
俺のおにぎり宮愛の話をすると、安住さんは目を丸くしてから直ぐにおにぎり宮へ駆け出した。
まさか走るとは思ってなくて、今度は俺が驚きながらも彼女の後についていくと、安住さんは先にショーケースを見て「やった!まだありますよ!」と嬉しそうにはしゃぐ。
何とも無邪気なその姿に思わず笑ってしまえば、俺と同じ心境だったようで、おにぎり宮の店主も可笑しそうにふきだした。
「......おぉ、赤葦クンやん。なんや、今日来てたんか」
「ご無沙汰してます。いつもは調べて来るんですが、今日はうっかりしてしまって......誠に遺憾です」
「はははッw相変わらずおもろいなァ......今度ツムにすべらんワザ教えたってや。アイツ全然おもんないねん」
黒のキャップ帽を被る店主の治さんは、俺に気付くと快く挨拶をしてくれた。
そのまま少し話していると、安住さんがきょとんと目を丸くしてこちらを見ていることに気が付く。
大方、俺と治さんが知り合いなことに驚いているのだろう。
「安住さん、こちらMSBYのセッター、宮侑選手のご兄弟の宮治さんです。同い歳なのと、俺がここのおにぎりに惚れたのと、木兎さん繋がりで知り合いになりました」
「.............何ですって?」
俺の説明に、相手は更に不可解そうな色を浮べた。
俺と同い歳というところか、宮侑選手のご兄弟というところか、それとも推しの木兎さん繋がりでというところか、はたまた全部なのかは分からないが、とにかく情報を上手く処理出来ていないといったような様子だ。
ちょっと待ってという感じで片手で軽く額をおさえる安住さんに「大丈夫ですか?」と声をかけていると、ショーケースに肘をついた治さんが笑いながら会話を続け、その内容に思わずぎくりとする。
「ええなァ、カノジョ。一緒来とるゆうことは、ぼっくん公認?」
「......いえ、彼女ではなく友人です。木兎さんのファンなんです」
「えッ、赤葦クンよりぼっくんなん?へぇ、そら珍しいな......赤葦クンもめっちゃ男前やん。なぁ?」
「ちょっと、治さん......」
治さんの誤解に内心焦りつつ、今現在の事実を口にすれば治さんは目を丸くして、素っ頓狂な話を安住さんに振る。
何処と無く居た堪れない話題に顔を顰めながら治さんを咎めると、話を振られた彼女は眉を下げて小さく笑った。
「赤葦さんも男前ですが、木兎光太郎も男前ですよ。......梅おにぎりと昆布のおにぎり、どっちが美味しいかと聞かれても困ります。どっちも美味しいんです」
「.............」
「なので、まずこの2つください。あとは......赤葦さん、どれ食べます?チケット取って頂いたので、お礼はこちらのおにぎりでいいでしょうか?」
「え?......あ、いや、そこは気にしなくていいですよ......本当に」
流石印刷会社の営業部というべきか、治さんの野暮な話を嫌味なくスマートに受け流して、話題をおにぎりへとすり替えた。
相手に不快感を与えないその話術は、本当に見事だ。
「......君、めっちゃおもろいな!安住サン?やっけ?」
「はい、安住と申します。......あ、この間お店の名刺頂いたので、私の方もよかったら」
「この間?......あー、もしかしてアレか?前の東京の試合?......ん?もしやそん時、味噌汁渡したヒト?」
「え!そう!ソレです!凄い、よく覚えてますね!」
彼女から名刺を受け取りつつ、断片的に思い出したように話す治さんの言葉に、安住さんはぱっと顔を明るくさせた。
その反応に、治さんはキャップ帽を被り直しながらにっこりと笑う。
「せやろ?別嬪さんはちゃんと覚えてんねん」
「!」
「やだ、お兄さん商売上手......!そんなこと言うと、言い値でおにぎり買いますよ」
「はははッw言い値か、そらエグイなw」
「.............」
あまりにも予想外な言葉に再びぎくりとしたものの、当の本人達はけらけらと明るく笑うだけに終わっていたので、どうやら今のは関西ジョークだったらしいことに遅れて理解した。
......でも、治さんと話す安住さん、なんか、凄くいきいきしてるというか......木葉さんと話してる時に似てる気がする。
楽しそうにふざけ合う二人を見ながら、何処と無く疎外感を覚えていると、ふいにスマホの着信を知らせるバイブ音が響いた。
一瞬自分かと思ったが、どうやら音の発信源は安住さんだったようだ。
「......あ、ごめんなさい。電話来ちゃったので、少し外しますね」
「あ、はい。どうぞ」
「お兄さん、支払いこれでお願いします。赤葦さんは好きなおにぎり選んでてください」
「え、いや、だから......」
ちらりとスマホを確認して、安住さんはショーケースの上にある金銭トレーに1万円札を預け、俺に声を掛けてからさっさとこの場を離れてしまった。
購入するおにぎりは自分で払うつもりでいるのだが、彼女はそれを良しとしないらしい。
どうしたものかと考えつつ、とりあえずおにぎりを選んでいると、治さんが声を潜めて「電話、誰からやろな?さては本物のカレシか?」と探りを入れてきた。
「......いや、恋人は居ないと言ってたので、多分仕事の電話かと......」
「ほーん?そら、......“おりこうさん”よな......?」
「え?」
彼女の恋人云々に妙に拘る相手のそれに、勘弁してくれと思いつつ少しだけ情報を提供するとよくわからない言葉を返されて、思わず聞き返してしまった。
どういう意味だと治さんを見ると、その整った顔を愉しそうにゆるませる。
「......あぁ、すまんすまん。赤葦クンは、あのコのことオトモダチやゆうてたけど......俺はああいう賢いコ、めっちゃ好みや思ってなァ......」
「.............」
ニコニコと笑いながら寄越された言葉が、本心なのか冗談なのかすっかり判断に迷ってしまった。
簡単にヒトを惑わせてしまうその手腕は、かつての春高で見た強豪稲荷崎高校のプレースタイルそのものだ。
「.............東京出店を考えて頂ければ、俺の話なんかいくらでも提供しますよ」
完全に負け惜しみになることはわかりつつ、元梟谷学園高校生としてやられてばかりで終わる訳にもいかずにそう返してやれば、治さんは「フッフwここでそう来るかw自分ほんまブレないなァw」と可笑しそうにふきだした。
......でも、この人が本当に安住さんに好意を寄せているのだとしたら、俺は彼女を紹介し、協力してあげるべきなんだろう。
「.............」
頭ではそう考えているものの、......心の奥底で、どこか抵抗がある自分の不可解な感情に引っ掛かりを覚えながら、見て見ぬふりをするのだった。
翻弄すんのは専売特許、得意分野ですわ。
(......狐に化かされるなんて、冗談じゃない。)