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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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空気はめっきり寒くなり、印刷業界の繁忙期を迎える少し前。
私は再び都内の総合体育館へ足を運び、最高にして最強の推しであるプロのバレー選手、木兎光太郎に会いに来ていた。
「すみません、お待たせしました」
待ち合わせ時間の10分前に、ベージュのチェスターコートに黒のタートルネックとジーンズを合わせた赤葦さんがやって来た。
先に私が居ることに気付いた彼はわざわざ走ってきてくれたようで、ずり落ちそうになってる黒縁眼鏡をかけ直しながら開口一番謝罪してくる。
「いえ、全然です。木兎光太郎に会えるのが楽しみ過ぎて、早く来ちゃっただけなので」
律儀な赤葦さんに問題ないことを返すと、息を整えた相手が「奇遇ですね、俺もです」と軽くふざけてきたので、その言葉に思わずふきだしてしまった。
お互い木兎光太郎がめちゃめちゃ好きなことを知ってるのに、今更何がどう奇遇だと言うのか。
「......でも、今日の安住さん、その、いつもと雰囲気が違うので、声を掛けるのを少し躊躇いました......」
「あははっ、確かにwでも、木兎光太郎に会うなら完全装備で会いたいので、今日は気合い入れました」
「.............」
続いた赤葦さんの言葉に、また笑ってしまう。
まぁ、赤葦さんが躊躇うのも無理はない。
いつもは仕事終わりに会うので、地味なパンツスーツとか素朴なオフィスカジュアルな服しか着てなかったけど、今日は休日で、しかも大好きな推しに会う日だ。
いつもの何倍も時間をかけて化粧して、髪の毛も整えて、お気に入りのピアスもつけてきた。
グレーのロングコートに白ニットのセーター、黒のマーメイドスカートと同色のブーツを合わせた私の姿は、仕事をしている時と結構な違いがあると思う。
でも、まぁ、多かれ少なかれ女性というもの、そういう所があるのではないでしょうか。
「じゃあ、中入りましょう!私ここ初めて来たので、さっきまで会場の......座席表?図面?スマホでめっちゃ見てて、今日の座席からの景色ずっとシミュレーションしてました」
「.............」
「コート全体見るのは余裕かなって思ってて、でもこの位置なら選手の表情も......というか、木兎光太郎の顔も?結構よく見えるんじゃないかなぁ~なんて。今日だけ視力3.5とかになればいいのに」
「.............」
「.......赤葦さん?」
木兎光太郎の試合を見る為に、色々とがっつり気合い入れてきたことを暴露してしまったので、調子に乗ってオタク全開で話してしまい、ふと気付けば赤葦さんを置いてきぼりにしてしまっていた。
彼が何の反応も返さないことが珍しくて振り向くと、赤葦さんはなぜか少し焦った様子で「あ、すみません」と言い、私の隣りまで早足で来てくれる。
もしかして、赤葦さんが結構引くくらい自分のテンションが高かったのでは直ぐに思い当たり、「ごめんなさい、今のはキモかったですね。忘れてください」と謝罪を述べれば、優しい赤葦さんは「いえ、違うんです」と頭を振った。
「.............」
「.............」
「............視力を、回復させるのは難しいと思いますが、動体視力を鍛える方法ならありますよ。プロボクサーが実際トレーニングとしてやっていたことなんですが......」
今、赤葦さんが話し始める前に少しだけ妙な間があったような気がしたけど、動体視力を鍛える方法を丁寧に教えてくれる赤葦さんの話が思った以上に面白くて、ついそちらに意識が向いてしまう。
そのまま話は木兎光太郎のことになり、赤葦さんの様子もいつも通りの感じに見えたので、会場内に足を向けながら結局すっかり話し込んでしまうのだった。
▷▶︎▷
私にとって、人生2回目のスポーツ観戦。推しの木兎光太郎を直で見るのも2回目だったけど、やっぱり画面越しで見るのと実際に見るのは全然違って、心も身体も興奮冷めやらずといった感じだった。
きらきらと光る体育館の照明器具の光に当てられて、木兎光太郎はコートの中を縦横無尽に動き回る。
特徴的なモノトーンの髪も、雪のように白く色素の薄い肌も、満月色の大きな瞳も、極限まで鍛え上げられた逞しい身体も、木兎光太郎を構成する全てのものがきらきらに光っていて、彼が動く度、笑う度、ああ、やっぱり私はこの人が好きだなと思わずにはいられなかった。
木兎光太郎が所属するMSBYブラックジャッカルは、宮侑、佐久早聖臣、犬鳴シオン、アドリア・トマスと正直言ってアイドルグループか何かかと疑うようなイケメンが揃うバレーチームだ。
だけど彼らのバレーボールには清涼さなんか欠片も無くて、ひどく獰猛で、時に狡猾で、その名の通りまるで野生の肉食動物をそのままバレーに変換させたようなプレーを見せる。
集団で狩りをするような彼らのバレーボールは、驚く程に鮮やかで強烈だ。
その中でも、木兎光太郎のバレーはどうしたって特別で、私の二つの水晶体は彼にだけフォーカスを合わせ、その姿を必死に追い掛けた。
「っ、ウソでしょ上げたァ!?今誰も居なかったのに!?」
「今のはおそらく、“自分”を囮にしたんだと思います。わざとスペースを作って、そこにスパイクを誘い込んだんですね。確か、以前MSBYに居た日向が対アドラーズ戦でやっていたかと思うので、それに影響を受けたのかもしれません」
誰も居なかったはずのコートの左後ろ。狙って放たれた相手のスパイクを、木兎光太郎がオーバーレシーブで拾い上げた。
まるで瞬間移動でもしたかのように思えたけど、赤葦さんの解説によるとそれらは全て木兎光太郎の作戦だろうことを知り、その凄さと格好良さにたまらずふるりと心身が震えた。
木兎光太郎が上げたボールは見事なまでにセッターの宮侑へ繋がり、他の人達が我こそはと次々と名乗りを上げる。
ギラギラとした闘争心同士が熱気とともにぶつかり合う中......金色の司令塔が選択したのは、先程スーパーレシーブを見せた木兎光太郎だった。
ボールを拾ったと同時に助走に切りかえ、その勢いのまま踏み切った高いジャンプは、大きなフクロウが天高く飛び立つ姿にも見えてとっさに息を飲む。
腕を力強く振り切ったかと思いきや、直前にフッと力がゆるんだ。
「っ、フェイント!?」
「いや、読まれてる......!」
思わず声に出た私の思考に、赤葦さんが返す。
木兎光太郎は強打と見せ掛けて、軽くボールを弾くのだろうと思っていれば......そのどちらでもなく、ブロッカーの間からボールを前に押し出すように打った。
「ロングプッシュ!上手い!」
赤葦さんの明るい声と同時に、フェイントに警戒して前のめりになっていた後衛の後ろへボールが着地する。
途端、会場がどわっと盛り上がり、観客の中には木兎光太郎へ指鉄砲を撃つ仕草をする人も居た。
基本的に『ボクトビーム』が撃たれる時は、木兎光太郎が『元気球』と呼ばれるスーパースパイクが決まった時だけど、ナイスプレーが出た時もたまにやってくれる時がある。
だから、木兎光太郎が得点するとついそわそわと期待してしまうのだけど......ふいに、彼の満月色の瞳がこちらへ向いた気がした。
「!」
大きな目を凝らすように、片方の目を器用に細めた木兎光太郎の様子に私だけじゃなく周囲の人もなんだなんだと小さくざわめいていれば、木兎光太郎はパッと顔を明るくさせる。
「ヘイヘイヘーイ!!」
「!!!」
すると、突然。木兎光太郎は嬉しそうに笑い、こちらに向けて指鉄砲を撃ち放った。
まるで誰かに狙いを定めて撃ってきたようなその動きに、驚異と歓喜の声がそこら中から上がる。
「.......ふはッ、凄いな......!」
「.......!」
びっくりして目を丸くしたまま固まっていれば、隣りに座る赤葦さんが辛抱たまらずといった感じにふきだした。
ここで、やっと気が付く。もしかして今のは、かつてのチームメイトであり、かつての相棒である赤葦さんへ向けて撃ったのではないだろうか。
でも、こんなに沢山の人が居るのに......何百人、もしかしたら何千人といる観客の中から、たった一人の赤葦さんを見つけて、自分のファインプレーを見せつける。
『ねぇ、あかーし!今の見た!?ちゃんと見てた!?』
そんな声が聞こえてきそうな程、木兎光太郎は無邪気に笑い、満足そうな顔をしてコートに戻った。
赤葦さんも眉を下げつつも楽しそうに笑い、拍手を贈る。
そのやりとりを間近で見て、彼らの強い絆をしっかりと感じてしまった。
......ああ、やっぱり好きだな。木兎光太郎も、バレーボールも、赤葦さんも、すごく素敵で、最強で、最高だ。
この空間にいると楽しくて、わくわくして、どきどきして、とても面白い。
木兎光太郎も最高に格好良いし、本当に素敵なヒトで、最強に推せる。木兎光太郎しか勝たんってヤツだ。
「.............」
そんなオタク全開な話をしても、呆れることなく、笑ったりもせず、茶化さずに聞いてくれるのが今隣りに居る赤葦さんで、そういう人の存在はやっぱり物凄く貴重で、極めて希少で、有難いことだろうと改めて思い知った。
もしかしたら、この会場にいるヒトとはそれなりに話が合うのかもしれないけど、今現在、私が木兎光太郎の話ができる人はこの赤葦さん一人だけだ。
周りにはこんなに沢山のヒトが居ても、なんかしらのご縁があって出逢えたのは、この中で赤葦さんしか居ないのである。
「.......あの、赤葦さん。最初にカラオケ店の階段で会った時、私、赤葦さんに“この幸せ者!”って言ったの、覚えてます?」
「!」
先程の木兎光太郎の得点が丁度第2セットの区切りとなり、コートチェンジとハーフタイムで観客にもちょっとした休憩時間が設けられた中、ぽつりと零した私の言葉に赤葦さんは直ぐに反応した。
「はい、覚えてます。まさかそんな風に返されるとは思わなくて、すごく印象に残ったので......」
「.............」
慣れた手つきで眼鏡を掛け直しつつ、返してくれた相手の言葉に思わず笑い、小さく息を吐く。
「......あの時は、単純に赤葦さんのこと、いいなぁって思ったんですけど......でも、今こうやって木兎光太郎の試合見て、応援して......最高に楽しい時間過ごせていて、私も十分幸せ者だから、もうやっかむのやめます」
「.......え、やっかんでたんですか?」
「......まぁ、あの時は少し。......や、木葉さんと赤葦さんで盛り上がってる時も、ちょっとあったかも......」
「.............」
私の話に、赤葦さんは呆気に取られたように目を丸くしてこちらを見る。
普段凛々しい顔をしている赤葦さんが、そんなふうに表情を崩すのが少し可笑しくてまた笑ってしまったものの、伝えたい気持ちをまだ口にしていないのでそのまま話を続けた。
「......でも、赤葦さんとあの時逢えたから、私、木兎光太郎の試合見に行こうって思ったんです。高校時代のセッターと、彼の相棒と逢えたってことは、木兎光太郎の試合を見てこいっていう神様からの啓示かもって思って」
「.............」
「そしたら、やっぱり最高で。勿論動画も楽しいし、見やすいんですけど、......直接見るバレーボールは、自分の目で見る木兎光太郎は、想像の何倍も楽しくて、面白くて、格好良かった。本当、......見に来てよかったって、心から思いました」
「.............」
軽く目を伏せて、ゆっくりと深呼吸する。
今日、木兎光太郎の試合を見て、彼のバレーボールを見て、思った。
今まで赤葦さんのことを色々とぐるぐる考えていたけど、......やっぱり、私の根底には木兎光太郎が大好きだっていう気持ちがあって、その気持ちを分かり合える貴重な人が、赤葦さんだ。
そして、木兎光太郎にとってかつての相棒である赤葦さんの存在は、やっぱり特別なんじゃないかと思う。
じゃないと、試合中にあんなパフォーマンスはやらないだろう。
赤葦さんも木兎光太郎のことをとても大切に想っているのは知ってるし、今だってとても楽しそうで、うんと幸せそうだ。
......私の推しである木兎光太郎がとても大切にしてる存在で、私にとって木兎光太郎の話を笑わずにきちんと聞いてくれる、大事な人。
それを理解して、私の中で答えが纏まった今、...一体何を悩む必要があるのだろう。
「ありがとうございます。赤葦さんのおかげで、木兎光太郎の試合が見られてます。......今、最高に幸せです」
「.............っ、」
瞳を開けて、赤葦さんを真っ直ぐ見て、感謝の気持ちを伝える。
自分が男だったらとか、彼女がどうとか悩んでいた自分がなんだかひどく幼稚に感じて、そしてとても自分勝手だったことに心底呆れたくなるものの、それらの反省会は一先ず家に帰ってからにしよう。
「.............だから、赤葦さん......」
私の推しが大事にするこの人を、私の推しを大事にしてくれるこの人を、悲しませたくないし、裏切りたくない。
「......これからも、末永く友達で居てくださいね」
優しい赤葦さんを傷付けるのなら、こんな気持ちは指鉄砲にして、天高く、それこそ宇宙の彼方まで撃ち放ってしまおう。
ボクトビームで飛ばして
(大気圏で燃え尽きた、私の恋の成れの果て。)