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デフォルト:安住 晴【アズミ ハル】都内の印刷会社の営業部所属。
推しはMSBYブラックジャッカルの木兎選手。
最近の悩み:「いつか推しの印刷物の製作を担当したいけどなかなかチャンスが巡ってこないこと」
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赤葦さんには、彼女が居る。
そんなガセネタを寄越した木葉さんに詰めよれば、どうやら少し事情があったらしい。
彼の話によると、全ては渦中の赤葦さんを気遣ってのことだったようだ。
イケメンの赤葦さんは、木兎光太郎ファンの女性と仲良くなると、今のところ100%の確率で恋愛視されてしまうらしい。
赤葦さんは木兎光太郎の話をしたいのに、相手は自分の話をしたり赤葦さん自身の話をしたがってしまう。
そのことが、根っからの木兎光太郎ファンである赤葦さんにとってはどうしても不満に感じるようで、実際木葉さんに私と会ってみないかと言われた時も、正直なところ少し抵抗があったようだ。
そんな赤葦さんを不憫に思った木葉さんは、それなら私に元から赤葦さんを恋愛視させないようにすればいいのではと思いつき、例の赤葦さんには彼女が居るというガセネタを寄越したようだった。
......木葉さんが、赤葦さんの負担にならないようにって配慮したのはわかる。
でも、そうだったら最初から私にちゃんと話してくれればよかったのだ。
それなら私は赤葦さんのことでこんなに悩まなかったし、同期の友達に相談することもなかったし、回転寿司屋で地味にキレることもなかった。
最初から、私一人で空回っていたなんて......それってなんか、酷く理不尽じゃないか?
木葉さんの話を聞き終え、若干納得のいってない私の様子に気付いたんだろう。木葉さんが「今日は俺の奢りとさせて頂きます」と言ってきたので、タブレットで大トロとウニとイクラ、期間限定の伊勢海老、生ビールのおかわりを一気に注文した。文句は言わせない。
「......あの、すみませんでした。俺が木葉さんに変なこと話したばっかりに......」
「え?......あぁ、いえ、赤葦さん悪くないです。むしろ、私の方が変なこと言ってすみませんでした」
「......おいアズさん?お前コレ、ちょっとイイもん頼み過ぎじゃ......」
「あ、カニもある。美味しそうですね、頼んじゃお」
「.......ハイ、喜んで~」
「.............」
先程感じの悪い態度を取ってしまったというのに、優しい赤葦さんはその凛々しい眉を下げて謝罪してくれるが、赤葦さんは別に悪くない。
その後続いた木葉さんには少しお灸を据えてやると、木葉さんはうぐっと言葉を詰まらせて、諦めたようにため息を吐いた。
「.......話を、戻しますが......安住さんは、木兎さんの試合、俺と二人でも差し支えないですか?」
「.............」
流れているレーンから赤身マグロを取り、醤油をかけたところでそんな言葉をかけられて、お寿司から赤葦さんへ視線を移す。
真剣な顔も本当に格好良いなと場違いなことを思いつつ、赤葦さんに彼女が居ないのであればもう何も悩むことはないなと思い直し、へらりと笑った。
「......ハイ、喜んで~」
「おいw」
「......それ、本当にそのまま受け取って大丈夫ですか......?」
「ふふw大丈夫ですよ。木兎光太郎の試合、一緒に行きましょう!」
「.............」
先程の木葉さんと同じ言葉を返せば、木葉さんは可笑しそうにふきだして、真面目な赤葦さんは少し怪訝そうな顔で再度確認を取ってきた。
それに笑いながら本当に問題無いことを告げれば、赤葦さんはやっと安心した顔を見せる。
「......そういえば、この前MSBY対アドラーズの試合動画見たんですけど、アレめちゃめちゃ最高でした!木兎光太郎超キレッキレで!」
「あぁ、あの試合なら俺も見たわ。アレだろ?日向がまだトライアウトの時の」
「そうそう!日向翔陽も超格好良かった~!」
私の勘違いのせいで澱んでしまった空気を変えるべく、先日視聴した木兎光太郎の試合の動画の話を持ち込めば、察しのいい木葉さんは直ぐにそれにのってくれた。
さっきはちょっと怒っちゃったけど、木葉さんのこういう所が凄くありがたいし、友達としてとても好きだ。
「日向って木兎の弟子らしいぜ?」
「弟子?あ~、道理で格好良い訳ですね......あれ?でも、日向翔陽ってブラジルのビーチバレーの選手ですよね?木兎光太郎とはどこで繋がりが?」
「実は日向、高校の頃俺らと一緒に合同合宿してんだよね。その時にめちゃめちゃ仲良くなってた」
「えッ、えぇー!?何それ凄い!!凄い選手集めた強化合宿的な?」
「違う違う、そういうスポンサー居るやつじゃなくて、普通に学校間の合宿。で、コイツはその日向と木兎と自主練までやってた」
「ほあ〜......!赤葦さんも、木葉さんも、やっぱり凄いんですね......!それなのに、ド庶民の私がキレ散らかしてすみませんでした......」
「なんだよド庶民てw俺らもド庶民だよw」
驚きの学生時代の話を聞き、改めて二人とも凄い世界に身を置いていた人達なんだなと感心すると共に、先程の自分の振る舞いが申し訳なく思えてその場で頭を下げると、木葉さんはまた可笑しそうに笑った。
「だからまぁ、しっかり応援してきてくださいよ。研修頑張る俺の分までサ」
「はい、託されました!今度の試合、超楽しみですね!待ち遠しいです!」
「.............」
木葉さんの言葉に、我ながら現金だなと思いながらも元気よく返し、木兎光太郎の試合がまた生で観られるかもしれない可能性に胸を躍らせる。
ここで先程頼んだビールとお寿司が来たので、それぞれ一貫ずつ自分のモノにして、残りは木葉さんと赤葦さんに譲った。
「......俺も、超楽しみです」
「!」
おかわりのビールを飲もうとした際、赤葦さんが日本酒のお猪口を持って小さく笑ったので、たまらず中ジョッキと小さなお猪口で軽く乾杯してしまうのだった。
▷▶︎▷
木葉さんと赤葦さんとのご飯会から、また数日が経った。
人間関係の悩みが一つ解消されたこと、誰よりも大好きな推しに会いに行けるかもしれないこと、その二つがとても嬉しくて、自然と仕事にも気合いが入った。
最近は大手の学習塾の広告チラシのコンペがあり、それの受注権を手にする為に何度も打ち合わせして、チラシに記載する内容やデザイン、コンペの為のプレゼン資料の作成等を次々とこなしていく。
ライバルである同業他社との差別化を考え、うちの印刷会社の強みである精密且つ鮮やかな色彩を押して、この学習塾の情報や授業内容、雰囲気等をひと目でわかり易いフォーマットと文章で記載した。
これ一枚見れば、この学習塾の大体のことがわかるような、言わばこの学習塾の簡単な取扱説明書のような、そんなチラシを作成した。
色味も明るくて綺麗だし、内容もわかり易く頭に入ってくる。
写真や構図もスッキリしてるし、これは凄くいいものが出来たなと我が社ながら鼻高々になりながら、自信を持ってプレゼンに臨んだ。
相手先の反応もよかったし、これは絶対ウチに決まるだろうと思っていた、のに......落札したのは、他所の大手広告会社だった。
「なんでウチじゃダメだったの~!?凄く良かったのに~!」
コンペの結果を聞いて、自信があったからこそ衝撃も大きく、半泣きで机に突っ伏す。
「やっぱプレゼンの差かなァ?選ばれたとこ、やたら盛り上がってたもんなァ......」
「いやぁ、プレゼンはどっこいどっこいだろ。でも、インパクトは強かったよな。あんな風にデカデカと文字と写真だけ載せるの、結構勇気要るもんなぁ」
「でも、あのデザインじゃ肝心の塾の情報全然載せてないし、あれじゃあ場所とか授業内容とか全然わかんないじゃん!」
「そこはQRコードで検索してってことだろ。でも、遊び心満載で面白かったよなw問題文があって、正しいQRコード選ばないと塾の情報得られないとか、チラシからもう英語のテストみたいな。あれはやられた!って思った。問題文もなかなか笑えるものだったし、暇してたらついやっちゃうだろw」
「えぇー......そうですかァ?」
選ばれた会社のチラシを思い出しながら、一緒にコンペに行った同僚と話す。
ウチのものとは全く違うデザインで、インパクトを極端に重視したそれが選ばれたことにどうしても納得できなかった。
だって、絶対わかり易いのはこっちだったし、あれじゃあパッと見何のチラシだか全然わかんないものだったのだ。
確かに斬新だとは思ったけど、どうしてそれが選ばれたんだろう。学習塾なのに、あのチラシじゃちょっと派手過ぎる気がする。
「......ま、お互い気になったとこメモして、明日またフィードバックしよう。今日はそのまま直帰していいってサ」
「.......私が、足引っ張ったかな......」
「ンなことねぇし、元気出せって!ほら、あの、なんだ、バレーのケンシロウの動画でも見てさ!」
「こーうーたーろーうーでーすー!!木兎光太郎!もう、いい加減覚えてくださいよ!超凄い選手で最高に格好良いんですから!」
何やかんや優しい同僚が落胆する私を慰めようとしてくれるが、また推しの名前を間違えられて思わず大きめの声を出すと、相手は「あー、悪い悪い」と謝りながらもからりと楽しそうに笑った。
「ま、今はどうしても感情的になるだろうから、一旦頭落ち着かせて、また明日ミーティングしようぜ」
「.......先輩は、悔しくないんですかぁ......」
「は、超悔しいですケド?でもまぁ、アズよか三年分経験値積んでっから、その違いかもなぁ」
「.............」
そう言ってまた笑う相手に、改めて同僚の人としての大きさと、自分の器の小ささを実感してしまうのだった。
【お疲れ様です。木兎さんの試合のチケット、2枚取れました。座席はまだわかりませんが、わかり次第また連絡します】
その日の夜、自宅でスマホを弄っていれば赤葦さんからそんなメッセージを貰った。
その内容に、落ち込んでいた気持ちが少しばかり浮上する。
【お疲れ様です、チケットありがとうございます!全部お任せしてしまってすみません......次会う時にお支払いしますね】
【いえ、俺が言い出したことなので、気にしないでください。むしろお付き合い頂きありがとうございます】
【いやいや!こちらこそ、ご相伴に預り?ありがとうございます!早く木兎ビーム撃ちたい~】
いつも何かと忙しい相手も今は時間があるのか、直ぐに返信がくる。
あぁ、修羅場じゃないから、連絡寄越してきたのかとぼんやりと思っていれば、【差し障りなければ、少し電話してもいいですか?】と予想外のことを尋ねられた。
一瞬どうしようかと迷ったものの、そういえば以前は断ってしまったことを思い出し、思い切って赤葦さんへの通話をこちらから試みた。
コール音が鳴り始めると、直ぐに耳元で落ち着いた声が聞こえる。
《......はい、赤葦です》
「安住です#、こんばんは。大丈夫だったんで掛けちゃいました」
《こんばんは......あの、俺から掛けるつもりだったんですが......わざわざすみません》
「いえいえ。でも、何かありました?」
《......何かあった訳では無いんですが、文字打つより実際話した方がスムーズかと思いまして》
電話の理由を聞けば、効率性を求めただけで、そう大したものでは無いらしい。
しかし、次に続いた話にたまらずすっ転びそうになった。
《そういえば、木兎さんに今度の試合観に行くこと伝えました。あの人、とても喜んでましたよ》
「えッ!?あっ、......うわ、わ、......うわぁ~!?」
《ふふふw落ち着いてくださいw》
勢い余って語彙力を失う私に、赤葦さんは可笑しそうにふきだす。
でも、そういえばこの人は木兎光太郎と普通に連絡を取れる人で、何ならいつでも会えてしまう友達で、彼の後輩なんだった。
直接は関係してないけど、むしろ自分は全くの部外者なんだけど、なんだか赤葦さんとこうやって普通に話しているのが凄いことに思えてしまい、今まで萎んでいた気持ちがむくむくと急速に膨らんでいく。
「......あ~、なんかもう、今の話で一気に上がりました......ありがとうございます。元気出ました」
《......何か、あったんですか?》
「.......仕事が、少し上手くいかなくて。反省兼少し不貞腐れてたんですけど、......お陰様で、ちゃんと切り替えられそうです」
《.............》
「すみません、愚痴っちゃって。赤葦さんの方がよっぽど大変なのに」
《そんなことないですよ。安住さんこそ、いつもお疲れ様です》
「ありがとうございます......今日は木兎光太郎の試合動画少し見て、元気を充電してから寝ます」
《......はい。心身共に、とても良いケアだと思います》
木兎光太郎の話をしただけで気分が浮上してしまうなんて、自分の機嫌のお手軽さに少し笑ってしまうものの、そのことを茶化さずに聞いてくれる赤葦さんの存在は、とてもありがたいなと密かにしみじみと感じてしまった。
《今日もお疲れ様でした。ゆっくり休んでください》
「ありがとうございます。赤葦さんも、お疲れ様でした。おやすみなさい」
《はい、おやすみなさい》
そんな挨拶を最後に、耳元で聞こえていた心地の良い声がプツリと切れる。
赤葦さんは本当に優しいし、木兎光太郎の話も付き合ってくれるし、......もし、赤葦さんと恋人関係になれたら、きっとすごく最高だろうなとスマホを手に持ったまま考える。
.......だけど、それは到底叶わないことであると、先日の回転寿司屋で証明されてしまった。
赤葦さんが私とこんな風に話してくれるのは、私が“純粋な木兎光太郎ファンである”ということが前提にある。
極端な話、赤葦さんのことを好きな女性がそれを手段にして彼に接触するという行為が、赤葦さんにとってどうしようもないストレスを与えることになるんだろう。
つまり、私がもし赤葦さんのことを恋愛視していることがバレてしまえば最後、赤葦さんは「そうですか......」と落胆し、きっと裏切られたような気持ちになるに違いない。
結局のところ、赤葦さんに彼女が居ようが居まいが関係無く、私と赤葦さんは最初から繋がらないようになってたのだ。
......だったら、友達の関係で十分だ。
折角出逢えた素敵な男性ではあるけど、......多分、このままいくと好きになってしまうだろうけど、誰かを好きになったからといって、それが全部成就する訳じゃないってことを、とっくのとおに知っているから。
手繰り寄せるは、ハズレくじ
(最初から先が無いことを知っていれば、きっと笑っていられるから。)