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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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冷えに冷え切った真っ暗な体育館の真ん中で、鼻をすすり、しゃくりを抑え、勝手に出てくる涙を拭いながらひたすらに知っている曲を歌い続けていれば......あれだけ固く閉ざされていたここのドアが突然音を立てた。
びくりと肩が跳ねて、反射的にそちらへ顔を向ける。そのまま拳を構え、もしもまた保健室やプールのような得体の知れない何かが出て来たとしても、直ぐに攻撃出来るように重心を低くし、ドアから出て来るモノをひたすらに凝視した。
怖い。嫌だ。怖い。怖い。怖い。怖い。次から次へと馬鹿みたいに湧き出てくる恐怖心を意地だけで何とか押さえ込み、汗ばむ拳を固く握ったまま息を殺す。
────近付いたら、殴る。殴れ。迷うな。殴れ。殴れ。殴れ!!
「ミケッ!!!」
「!」
暗闇で視界が悪い中、ガタガタと音を立てて体育館に入って来たモノが、私を呼んだ。聞き馴染みのあるそれに頭より先に身体が反応し、びくりと肩がはねる。
体育館の真ん中で戦闘態勢を取ってる私の視界に、複数の人影が次々と現れた。......モノトーンの頭が特徴的な木兎君と、黒髪を立てた黒尾君。窓の微かな光に反射して金髪がきらりと光るのは孤爪君で、最後に入って来た赤葦君はなぜか私同様びっしょり濡れている。
永遠に続くのではないかと本気で思う程、静寂と恐怖を感じていた“ひとりぼっちの空間”が、たった今終わった。ひたすら待っていた彼らが、やっと来てくれたのだ。
......会えた......会えた。みんなに、会えた!!
「............ぅ......わ゙ああああ゙ッ!!!」
こちらに走ってくる四人の姿にぶわりと爆発したのは涙腺と思考回路だったようで、気が付けば小さな子供のような泣き声をあげながら彼らの元へ一目散に駆け出した。
「ミケ!!」
「ミケちゃん!!」
涙も鼻水も垂れ流しにして駆け寄る私に、先頭にいる黒尾君と木兎君がその腕を広げてくる。
体育館の暗闇は相変わらず続いているけど、自分一人じゃないだけで気持ちが全然違った。やっぱり、独りはダメだ。怖いものが余計に怖くなる。でも、もう独りじゃない。みんなが居る。四人と会えたから、もう独りじゃない。
「────っしゃオラ゙ァァアアアッ!!!」
「はッ!?」
「おわ゙ッ!?」
「えッ」
「うわッ」
男バレ四人とぎりぎりまで近付いたところで......助走が付いたスライディングをかまし、まるでボーリングの球とピンのごとく彼らを次々と転げさせた。
先頭の黒尾君の上に木兎君が乗っかり、赤葦君が乗っかり、最後に一番後ろに居た孤爪君がポトリと落ちる。
見事にミルフィーユ状態になった彼らを尻目によっこいしょと立ち上がれば、一番下に居る黒尾君から騒ぎ出した。
「......おま、何すんだいきなり!!つーか重ぇんですけど!!特に木兎!!」
「っくりした~!わはは!これは紛うことなき本物のミケちゃんですなぁ!」
「笑ってねぇではよ退け!!死にますけどマジで!!」
「孤爪、怪我してない?大丈夫?」
「......大丈夫......」
「後にしろ!!お前らワザとだろ!?」
黒尾君を潰しながら木兎君は可笑しそうに吹き出し、明るく笑う。その上に居る赤葦君は、自分の上に居る孤爪君の心配をし始めた。孤爪君も目をぱちぱちと瞬かせながらゆっくりと体勢を立て直そうとしているが、いまだ黒尾君その他を潰したままなので一番下になっている彼が不満の声をあげた。
先程まで続いていた静寂がまるで嘘のように消え、一気に騒がしくなった空間に心の底からほっとすると共に、お腹の底からメラメラと怒りの炎が立ち昇る。
「────はぁ?私ずっと一人だったのに?なんでそっちはみんな一緒なの?男子だけ連んじゃってさ?何それずるくない?いじめかっこ悪いんですけど!!」
「......いや、ボロクソに言うじゃん......」
「えぇ?別に、いじめて無いよ......?」
ミルフィーユ状態で重なり合うバレー男子共に眉を釣り上げながら己の怒りをそのままぶつけると、一番下の黒尾君と二番目の木兎君が困惑した色を浮かべて私を見てくる。
その視線にムッとした顔を返せば、孤爪君を先に立たせていた赤葦君が木兎君の上から退き、小さくため息を吐きながら「......思いの外、元気そうで良かったです」と口を挟んだ。相変わらずこの男は、ヒトを煽るのが本当に上手だ。
「はぁ?元気な訳無いでしょ?殴るよ?」
「殴るな殴るな。赤葦、あんまミケ刺激すんなって......」
「ミケ。」
怒り狂う私とは対照的に淡々としてる赤葦君にカチンときて、たまらず拳を握るとようやく起き上がった黒尾君が私と赤葦君の間に入る。
止めないで黒尾君と文句を言う前に、やけに耳に響く孤爪君の声が私を止めた。反射的にそちらに顔を向けると、孤爪君がゆっくりと近付いて来る。
「............プールに、落ちた時......助けられなくてごめん」
「!」
ぽつりと呟くように寄越された言葉に、思わず目を見張った。プールに落ちる寸前、真っ先に駆け寄ってくれた孤爪君に私は咄嗟に助けを求め、彼に手を伸ばした。
......そうしてしまったばっかりに、もしかして、孤爪君は、
「......怖い思い、させてごめん。ずっと独りにしてごめん」
「............」
「......俺はミケに、助けて貰ったのに......結局何も返せなかった......」
「そッ、そんな事ない!」
「!」
静かな声音で続く彼からの謝罪に、思わず大きな声が出た。私の声にびくりと肩を揺らし、孤爪君はその猫みたいな目を丸くする。
だけど、本当にそれは違う。確かに孤爪君に助けを求めてしまったけど、私がプールに落ちたのは何か変なのに捕まったからだし、決して孤爪君が私を助けられなかったせいじゃない。だから孤爪君が責任を感じることは全然ない訳で。
それに、孤爪君に沢山助けてもらった。判断を仰ぐ相手は決まって孤爪君だったし、階段ではジャージの裾を掴ませてもらった。プールに落ちた時だって、必死に手を伸ばしてくれたのは孤爪君だ。
そのことを伝えなければと息を吸った、矢先。普段無表情か顰め面が多い彼が、眉を下げながらも穏やかに笑った。
「ミケが無事で、本当によかった......」
「────」
初めて見るその優しい表情に、本当に私の無事を喜んでいるんだろうその心底安堵した声に、波立っていた感情が一度プツリと切れた。どうやら無意識下ではずっと緊張状態が続いていたようで、それがやっと解除された瞬間、私の目からはらはらと温かい雫がこぼれた。
「............ぁ......」
「!!!」
一瞬何が起きたのかわからずぼう然としてしまったが、直ぐに自分が泣き出したことを認識し、慌てて涙腺を閉めようと努めたものの......一度決壊したそれを急に止めるのはどうにも難しく、気付けば次から次へと涙が溢れてくる。
ゴシゴシと目元を擦っても、いくら拭っても止まらない涙に心の強ばりが溶けていき、ついには弱虫な自分だけが残った。
「......わ゙ぁん......ッ......こ、ごわ゙がっだよ゙ぉ......ッ」
ぼろぼろとみっともなく泣きながら、小さな子供のように泣く。だけど、だって、本当に怖かったんだ。暗くて、ひとりで、寒くて、怖くて、怖くて、怖くて。気がおかしくなるかと思ったくらい、心の底から怖かった。
「......ミケ......」
「......もゔやだよ゙ぉ......ッ......ひ、ひとりに゙、しない゙でぇ......ッ」
「─────」
次々零れる涙を両手で拭いながら、子供のように鼻をすすりながら四人に頼み込む。
彼らがそばに居るだけで、こんなに安心するなんて。ほっとするのを通り越して、感情が見事にバグってこんなに涙が止まらなくなるなんて、ひとりにされるまでちっとも気付かなかった。
知らず知らずのうちに、私はきっと何度も彼らに支えられていたのだ。大丈夫かと気にかけてもらって、恐怖を紛らわす為に話し掛けてもらって、私の我儘にも付き合ってもらってた。
だから、もう、離れたくない。もう、絶対、離れない。お願いだから、一緒に居させて。ひとりは、もう嫌だ。
「っ、ごめん......!!ミケ、マジでごめん......!!」
「ミケちゃんゴメンなぁ!!もう絶対ひとりにしないからぁ!!」
「ゔん゙......ッ」
年甲斐もなくボロ泣きする私を、黒尾君と木兎君がまるでスクラムでも組むかのようにガシリと抱き締めてきた。二人とも身体が大きいのですっかり埋もれてしまうが、彼らの優しさに、その体温に再び涙腺が崩壊し、ズビズビと鼻をすすりながら私も二人に思い切り抱きつく。
「......ぐる゙の゙、お゙ぞい゙じぃ゙......!!な゙に゙じでだの゙ぉ゙......!!」
「うんもう全面的に俺らが悪いです!!」
「すんませんした!!」
ぐずぐずに泣きながら文句を言えば、彼らはごめんごめんと口を揃えて謝り、隙間も無い程ぎゅうぎゅうに三人で纏まる。
それを二年の二人がどんな顔で見ていたのかはちょっとわからないが、口を挟んでこない限り多分水を差さないようにしてくれてるんだろう。空気を読むのは人一倍長けてそうな二人だし。
黒尾君と木兎君との三年スクラムで少しずつ心が落ち着いてきて、ひとつ大きく息を吐くと反射的に大きなくしゃみが出た。
「ぶぇっくしゅッ!!」
「ちょwなんつー豪快なw」
「大丈夫?寒い?あ、俺のシャツ着る?」
ブヒャヒャと可笑しそうにふきだす黒尾君の横で、木兎君の優しい心遣いにたまらずキュンとしてしまう。
「え!それって彼シャツ?いいの!?木兎君結婚して!」
「はぁ??」
「おぉ、なるほど......コレが本物のリアクションか~」
「え、何?何の話?」
あまりにも棚から牡丹餅な展開にわくわくしながら彼シャツを催促すれば、途端に顔を顰める黒尾君とよく分からないことを口にする木兎君のダブルパンチに首を傾げる羽目になった。
黒尾君はさておき、本物のリアクションて何だと木兎君に聞こうとしたのに、ふと視界に入った人物の様子が気になりうっかりそっちを先に聞いてしまう。
「ていうか、なんで赤葦君もびしょ濡れなの?」
「!」
私の質問に、赤葦君はピクリとわずかにその凛々しい眉を動かした。その後視線が合ったと思えば、素っ気なく顔を逸らされてしまう。え、何。感じ悪......あ、もしかして、この歳にもなって私が大泣きしてたことにドン引きしてるのか。
でも、そんなこと言ったってさぁと心の中で言い訳していれば、近くに居る木兎君が明るく笑いながら返事を寄越してくれる。
「あ、そうそう!実はさ、あかーしの奴プールにミケちゃん落ちた後、」
「滑って落ちました」
「あれ??あかーし??」
「え!そうなの?あはは!何してんの!ドジっ子じゃん!w」
「............」
木兎君の言葉を遮るように言葉を放った赤葦君に、たまらず吹き出す。なるほど、さっき顔を逸らしたのはそういうことだったのか。プールから出て来たバケモノにびっくりして、足滑らして落ちちゃうなんて、いつも冷静沈着な赤葦君らしくなくてなんだかとても可笑しかった。
私同様びしょ濡れの赤葦君にけらけらと笑っていれば、実に面白くなさそうな顔をした相手は仕返しとばかりに鼻で息を吐く。
「真っ先に落ちた人に言われたくないです」
「はぁ?私はなんか変なのに腕引っ張られたんですぅ。自分で落ちた訳じゃないから!」
「だったら腕掴まれる前に気付いてくださいよ。プールから機械室まで結構リーチあったでしょう」
「プールからあんなの出てくるなんてわかんないじゃん!背後からだったし、気付くのとか普通に無理ですけどぉッくしゅんッ!!」
「あぁ、ほら、ミケちゃん着てなって。風邪引くから」
「ゔ~、ありがとう......木兎君本当に優しい」
「ミケちゃんあのね?あんなこと言ってるけど、あかーし本当は、」
「木兎さん。怒りますよ」
「えッ、なんで??」
相変わらず粗塩対応な赤葦君と言い合ってしまえば、彼の先輩である木兎君がガバリと濃紺のTシャツを脱いで私に寄越してくれる。
まだ話の途中だけど差し出された彼シャツに一気に意識がそちらに逸れて、そわそわしながら温もりの残る木兎君のTシャツを上から被った。
「......うーわーッ!彼シャツ!やばー!大きい!んふふ、汗くさい!」
「え!くさい?ごめん!」
「全然平気~!あったかい~!」
自分史上初めての彼シャツに先程までの湿っぽい気持ちが嘘のように吹き飛び、最高に浮かれた気分になってその場でくるくると回る。あったかいし、サイズ大きいのドキドキするし、木兎君の服ってところがもうポイントが高過ぎる。本当に貸してくれるなんて、こんなのどこの少女漫画だ。木兎君の上裸も何とも筋肉質でご立派だし、最高かよと浮かれていれば「お言葉ですけど、彼氏じゃないので彼シャツじゃありません。ただの梟谷Tシャツです」と黒尾君から冷静に指摘された。
「ン゙ッ......うるさいなぁ!そんなんわかってますぅ!」
「ねぇ。ミケはずっとここに居たの?」
完全に水を差されたことにムスッとしながら答えれば、今度は孤爪君から至極真面目な質問を寄越される。
そうだった。みんなには会えたけどまだ学校の外には出られてないことを思い出し、記憶を辿りつつ孤爪君の質問に答える。
「うん。プールから出たらなんか体育館に居てね?折角電気つけてたのに消えるし、なんかめっちゃ寒いし、窓もドアも開かないからとりあえず歌って救難信号出してたんだけ、ど......あれ?そういえば孤爪君達どうやって入って来たっけ!?え、どこ開いた!?」
「え?どこって......」
説明してる途中、どこも開かなかったはずのドアから彼らがやって来てることに気付き、慌てて入って来た場所を聞くと四人は一斉に後ろを振り向いた。
彼らの視線を辿れば、そこはこの体育館の通常の出入り口であるドアだ。瞬間、黒尾君がそこへ走った。
「......あ、まずい......」
「え?」
ガチャガチャとドアノブをいじる音が暫くして、その後遅れて黒尾君の低い声が小さく聞こえる。
「......開かなくなってる」
ミイラ取りがミイラになる
(もおおお!何してんの~!?)