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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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ミケの歌声が聞こえるという木兎の後に続き、ランダムに隣接する教室をどんどん進んで行く。
めったなことが無ければ入らない厳かな校長室から出れば、そこは廊下ではなく先生方のデスクが並ぶ職員室へ繋がっていた。
明かりのないそこは部屋の広さも手伝って、より一層不気味な雰囲気を醸し出していて反射的にぞわりと背筋に悪寒が走る。
それは前に居る木兎も同じだったのか、入室した途端ピタリと足を止めた。
「わ......ちょっとクロ、急に立ち止まらないで......」
俺の後ろに居た研磨が不服そうな声をあげたので、前に居る木兎が止まったんだから仕方ないだろと事態を説明すると、渦中の木兎は何故か早足で職員室に入り、きょろきょろと辺りを見回し始める。
「え、何、どうした木兎?」
「............」
「......木兎さん?」
急に様子が変わった木兎に声を掛けるも、木兎はまるで俺の事を気にせず室内を注意深く見回す。
続けて研磨が聞くも、無反応のままだ。
何処と無く困惑しているような木兎の様子に、一体何なんだと眉を寄せつつ嫌な予感をひしひしと覚えていれば、最後に職員室へ入ってきた赤葦がいやに落ち着いた声で、その予感を口にしてしまった。
「......もしかして、御木川さんの声、見失いましたか?」
「!」
赤葦の言葉に、木兎はようやくこちらの声に反応を示す。
ゆるりとこちらへ向いたその顔は、まるで悪い行いがバレた犬のようにひどく焦った、それでいてひどくしょぼくれたものだった。
「......うん......なんか、ここ入った途端ピタッと聞こえなくなっちゃった......」
「......マジか......」
「......校長室戻れば、聞こえる?」
観念したような木兎の言葉に思わず落胆してしまえば、研磨は直ぐにリカバリーを試みた。
最後に入った赤葦がドアを押さえててくれたので、職員室と校長室はドア一枚挟んでまだ繋がったままだ。
研磨の提案にいそいそと木兎が校長室へ戻る。
......しかし、数分後にはすっかり顔を曇らせて力無く首を振った。
どうやら、完全にミケの声を見失ってしまったらしい。
「......ごめん......こっち居る時は、ちゃんと聞こえてたんだけど......」
「......もしかして、木兎さんのせいじゃなくて......ミケが歌うのをやめたのかもしれない......」
「......それって、ミケに何かあったってことかよ?」
「......それは、わかんないけど......普通に疲れたんじゃない......?ずっと歌いっぱなしな訳だし......」
しょんぼりと項垂れる木兎に研磨が答え、それについ質問を投げてしまうと案外普通の回答が返ってきて、思わず目を丸くする。
でも、そうか。このおかしな状況下でうっかり失念していたけど、確かにずっと一人で歌い続けるのは普通に疲れるだろう。
ミケがどのくらいの時間歌っているのかはわからないが、少なくとも木兎がミケの声を見つけてから、体感時間で30分以上は経っていると思う。
......だけど、このままミケの声が聞こえないままだったら、また振り出しに戻ってしまうということか。
「もしくは、向こうが部屋を移動したとか......?」
「......あー......クソ、ミケにも何かメッセージ的なものが送れたらいいのにな......」
木兎が校長室から職員室へ戻ってきたことを確認して、赤葦はドアから手を離し室内へ足を進める。
赤葦の予測にたまらず顔を顰めながらも、職員室のどこかにミケに繋がる手がかりが無いかと思い、ひとまず電気を探した。
職員室の電気はどうやら部屋の奥にあるようで、暗がりの中俺が歩き始めると懐中電灯を持つ研磨が着いてきてくれる。
「つーかさ、またミケちゃんの声が聞こえたら、こっちもデカい声出せば俺らの声もそっちに聞こえねぇかな?」
「あー、どうだろうな......ただ、もしミケが体育館に居るとして、マイク使って歌ってるとかなら多分無理だろうな。それでギリ木兎が聞き取れるくらいのレベルなんだから、こっちがマイクすら使えないとなると、多分ミケも聞こえないだろ」
「あー、そっかぁ......俺、声のデカさは自信あんだけどなぁ」
「知ってる。あと態度もデカいな」
「自己肯定感もデカいです」
「おいコラァ!突然の大喜利やめてクダサイ!」
俺と研磨に続くようにして、梟谷の二人もきょろきょろと周りを見ながらも職員室の奥へと足を進める。
木兎の提案から話の趣旨が少しズレ、俺の冗談に梟谷男バレ副主将の赤葦がのると、木兎は面白くなさそうに喚いた。
それに赤葦と笑っていれば、今まで黙っていた研磨がふいに声を掛けてくる。
「......ねぇ、クロ......職員室って、校内放送用のマイクとかなかったっけ?」
「!!」
研磨の言葉に、俺も木兎も赤葦もハッとした。
そうだ、それがあった!生徒を職員室に呼び出す時とか、何か緊急の連絡がある時とか、先生達は職員室からアナウンスを掛けているはずだ。
俺も猫又先生に何度か校内放送で呼ばれたことがあるのに、どうして直ぐに思いつかなかった!
「孤爪ナイス!それでミケちゃんに声掛ければいいじゃん!多分校内に居るんだろうし、絶対聞こえるだろ!」
「......放送機器なら、大抵電力の近く......配電盤の近くにありそうなものですが......」
「あ、多分これじゃねぇか?ここの電気の隣り、ハンドマイクみたいなヤツがついてる」
壁に並ぶ職員室の電気のボタンをポチポチと押しつつ、隣りにある見慣れぬ機器を指させば、三人はマジマジとそれを見つめた。
覚束無いものの記憶を辿れば、確か先生達は校内放送を掛ける時、この機械を使っていた気がする。
「......しっかしアイテムは見つけたものの......校内放送なんざやったことねぇぞ......」
「......俺、やり方分かります」
「え、マジ?」
「マジです。うちと機械が一緒であれば、おそらく使えます」
「なんで?もしや放送委員とか?」
「違います。......この人、よく呼び出し掛けるので」
校内放送の機械を見つけたはいいものの、それをどうやって使うのかが分からないという問題が浮上した途端、思いのほか直ぐに解決策が出た。
まさかの他校生、赤葦が名乗り出るとは思わず俺も研磨も目を丸くして赤葦を見てしまうと、赤葦は淡々とした口調で己の主将を指差す。
「......わざわざ校内放送で?スマホあんじゃん」
「木兎さん、学校内うろちょろする割に全然スマホを携帯しないんすよ。最初は先生方にお願いしてたんですが、あまりにも頻度が多いんで最近は俺が校内放送で呼んでます」
「............」
疑問に思ったことを聞けば、トラブルメイカーである木兎ならではの理由が返ってきて、たまらず俺も研磨も言葉を無くしてしまう。
何だそれ。テーマパークで迷子になるちっちゃい子供と一緒じゃねぇか。
「......なんつーか、マジでお疲れさん......木兎お前、あんま赤葦に世話かけさせんなよ。スマホくらい携帯しろ」
「黒尾が木葉みたいなこと言う......」
「木葉にも言われてんならとっとと癖付けろよ鳥頭か」
「ははん?フクロウは鳥じゃなくて菌類なんだぜ!」
「は?......ああ、ドヤ顔のところごめんなさいネ?猛禽類は鳥です」
「え!?そうなの!?だってこの前赤葦が......」
「すんませんソレ嘘です。まさか本気にされるとは思わず......面白かったので黙ってました」
「えぇッ!?あかーしヒドイ!!」
普段の赤葦の苦労が垣間見えて、赤葦を労りつつ木兎に少し物申すと、木兎はなぜかドヤ顔で不可解な返答をしてきた。
しかし直ぐにコイツがどうしてそんなことを言ってきたのかが予測され、正しい知識に訂正してやると木兎を騙した犯人が相変わらず感情の乏しい表情でするりと白状する。
騙された木兎は大変ご立腹だが......なるほど、赤葦はこういうところで粛々と木兎に報復しているらしい。
流石あの梟谷で副主将を勤めるだけある。
ただでは転ばない赤葦に、こいつのバレー同様静かな執念のようなものを感じていれば、「......ねぇ。校内放送、するんじゃないの?」と研磨が少し呆れた声をもらしたところで、ブレにブレた話がようやく本題へ戻ったのだった。
▷▶︎▷
冷え切った体育館で一人、伴奏も無しで歌い続ける。
水分補給なんかもして無いから、喉に違和感を覚えて一度咳き込むとそのままぷつりと音が途絶えた。
ゲホゲホと暫く咳き込んで、何度か呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いてきたところで深く息を吸って、吐いた。
咳き込むのは喉を酷使してるからだ、喉で歌うな腹を使えと耳にタコが出来るほど先輩方には言われたけど......いや、これは無理でしょ。限度があるでしょ。
こんな劣悪な環境でキラキラピカピカな声で歌える人が居るなら見てみたいものだ。ファンクラブ入ってやるよ。
自分の状態にも、あっさりと音の無い空間に戻る体育館も面白くなくて、やさぐれた気持ちになっていればくしゃみが立て続けに2回出た。
「......寒い......疲れた......」
口に出した途端、一気に気力が失せて力無く舞台の真ん中でしゃがみ込む。
沢山歌って少しは体温が上がったものの、濡れた状態で若干の汗をかいてしまったから止まってしまえば直ぐに冷えきってしまう。
でも、流石に疲れた。もう何曲歌ったのかもわからないし、歌詞を覚えてるものはすっかり歌いきってしまった。
「......もう、やだ......帰りたい......」
膝の上に腕を乗せ、顔を埋める。
目を閉じると本当に真っ暗になって、たまらず弱音が零れた。
こんな素っ頓狂なお化け屋敷に一人にされたことがムカついて、ここから出られないことにもムカついて、ふざけんな早く誰か来いと思いながらガンガン歌ってたけど......ここに来て、ついに心が折れた。
あんまり考えたくなかったけど......だって、私の声が本当に黒尾君達に届いてるかなんて、どうやったって確かめようが無い。
私がどんなに大きな声を出しても、早く来てと願っても、助けてと思いながら歌っても......黒尾君達には、全然聞こえてないのかもしれないのだ。
だったら、意味無いじゃん。頑張って歌っても疲れるだけじゃん。全部無駄じゃん。
「......ほんと......バカみたい......」
どんどん落ちる思考は止まることを知らなくて、今まで歌っていたことが全部無意味に思えて仕方無かった。
誰かに聞いてほしいのに、延々とヒトカラやってたようなものだ。
誰にも届かずに、誰とも繋げられずに、ただただ独りで。
静寂という言葉を具現化させたような館内に、突然軽快なチャイムが響く。
聞き慣れたその音楽は呼び出しのアナウンス等でよく聞くものだったが、この異様な空間で聞くと途端に恐怖が煽られる。
一体何の合図なのか、また何か変なものが出るのか、......何か、また怖いことが起こるのか。
「............ッ!」
反射的にマイクを置いてから立ち上がり、拳を構えて戦闘態勢に入る。
怖い。凄く怖い。だけど、絶対呆気なくやられたりしないからな。
全力で抵抗して、全力で殴ってやる。
《......御木川さん、聞こえますか?赤葦です。生きてますか?》
「!?」
誰も居ない体育館の舞台に一人、ファイティングポーズで息を殺していれば、マイクを通した抑揚の無い声で名前を呼ばれた。
不測の事態に精神的負荷がたくさん掛かっていたからか、聞き覚えのあるその声にたまらずどっと力が抜ける。
......というか、生きてますか?って、何。それ聞くならもっと感情出せ。
《なんであかーしはそうなの!?そこは大丈夫?とかさァ!もっと優しく聞けよ!》
「!」
突然聞こえた赤葦君の声に呆気に取られていると、今度は元気の良い木兎君の声が聞こえて、ぴくりと肩が跳ねた。
赤葦君の声は落ち着いた、しっとりした声だけど、木兎君の声は明るくて、はきはきとした声だ。声だけでも、やっぱりこの二人は正反対だとわかる。なのに仲が良いんだから、本当に不思議で面白い。
《ミケ!聞こえるか!?絶対見つけるから待ってろ!》
「......黒尾君......」
何だかとても久し振りに聞こえる梟谷の二人のやり取りをぼんやりと聞いていれば、一番馴染みのある黒尾君の声が聞こえ、無意識に名前を呼んでしまう。聞こえる訳ないのに。
《お前の歌、ちゃんと聞こえてるからな!俺らが行くまで歌い続けろ!絶対行くから!》
「!!」
瞬間、目の前がぱちんと弾けた気がした。
......黒尾君って、なんでいつも欲しい言葉を欲しい時にくれるんだろうな......。
さっきまでのドロドロとした暗い気持ちが、嘘みたいに溶けていく。
無駄だと思っていたことが、ちゃんと意味を成していた。繋がらないと思っていた歌が、ちゃんと届いてた。
黒尾君と、木兎君と、赤葦君と、孤爪君に、ちゃんと届いてたんだ!
《ミケちゃん!俺、歌ってほしい曲あるんだけど!いくつかリクエストするから、知ってたら歌って!その歌辿って行くから!》
「............ふはっ」
まるで太陽みたいな明るい声で、おそらく自分の好きな曲であろうものをいくつか口にする木兎君につい笑ってしまうと......この中できっと一番“こういうコト”に抵抗があるであろう彼の声が聞こえ、たまらず目を丸くした。
《......ミケ。ちゃんと届いてるから...大丈夫だよ......》
「............!」
《......もう少し、待ってて......迎えに行くから》
「.........うん.......っ」
孤爪君の小さくも穏やかな声に、じわりと水気を帯びる目元を乱暴に擦りながら、頷く。
その後ガヤガヤとうるさく騒いだ後、ガチャンと乱暴に切れた滅茶苦茶な校内放送にすっかり気を抜かれて、何だ今のと笑いながら床に置いていたマイクを取った。
スイッチが入りっぱなしだったそれを口元に持っていき、ゆっくりと息を吸う。
『......聞こえるなら、早く来やがれバレー馬鹿ぁ〜!!!』
私史上、最大音量で叫んだメッセージは、電気のついた明るい体育館に大きく反響した。
さぁ、繋げ!!!
(おっっっそいんだよ!ばーか!)