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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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今目の前で起きたことが信じられなくて、空を切った右手を伸ばしたまま硬直していると、俺の後ろから走って来た赤葦が躊躇うことなく真っ暗なプールへ飛び込んだ。
水しぶきが上がり、大きな水音がプールサイドに響く中、「御木川さん!!!聞こえますか!?御木川さん!!!」と叫ぶ赤葦の必死な声が、どこか遠くに聞こえる。
────ミケが、プールに落ちた。
暗くてよく見えなかったけど、多分何かに右腕を引っ張られ、無理やり引き摺られているようだった。
真っ黒な夜の水面には相変わらず赤葦の姿しか無くて、心臓がどくどくと嫌な音を立てるのに、全身の血の気が引いてるのかヒヤリと冷たいものが走る。
“孤爪君、助けて。”
耳にこびりついたミケの怯えた声と、こちらに懸命に伸ばされていた細い腕。
怖い、怖いと訴える泣き顔が目に焼き付いて、ひどい後悔だけが頭を占める。
助けられなかった。あんなに怖いと泣いていたのに、俺に助けてと言っていたのに、その手を取ってあげられなかった。
真っ暗な水面には今も赤葦の姿しか見えず、キャラメル色の彼女の行方はいまだ不明のままだ。
......ここに居たのが、俺じゃなかったら。赤葦やクロ、木兎さんだったら、ミケのことを助けられたかもしれない。
いや、違う。そもそも俺が、プールを調べたいなんて言い出さなければ、こんなことにはならなかった。
.......俺の、せいだ。このままミケが見つからなかったら......ミケが死んだら、どうしよう。
《落ぉぉぉちぃぃぃ着ぅぅぅけぇぇぇぇええええッッ!!!!》
「!!!」
最悪の想像が脳裏を掠め、ゲームでよくあるような、“目の前が真っ暗になる”状態をしんどい程はっきりと体感した、矢先。
木兎さんのバカでかい声が、真っ暗なプールサイドいっぱいに響き渡った。
あまりの声量にびくりと肩が跳ね、反射的に音の発信源を探すと、機械室からほど近いタイル張りの床にミケのスマホが落ちているのに気付く。
「.............!」
数十分前、俺と赤葦が機械室を捜索し始めた時、俺からミケに返したはずだ。
それがそこにあるということは、意図的か無意識かはわからないものの、プールに引きずり込まれたミケが、完全に水に落ちる前にスマホを手放したのだろう。
......だけど、これで完全にミケとだけ連絡が取れないことが確定してしまった。
スマホごと水の中に落ちてもきっとダメだっただろうけど、......俺と赤葦、クロ達とは話せるのに、一番怖がりなミケとだけ話せなくなるなんて。
《あかーし!!孤爪!!何があったか話せ!!》
「.............」
《おい、聞こえてんだろ!?返事しろ!!孤爪!!赤葦!!》
木兎さんの力強い声は、まるでこの真っ暗な空間を照らす一筋の光のようで、たまらずそちらへ意識が向いたのと同時に自然と足が向かった。
スマホを手に取り、一度深呼吸をしてから極力落ち着いて話そうとするも、情けないことに少しだけ声が震えた。
「.......ミケが、プールに落ちた......何かに、引きずり込まれた......」
《─────ッッ!!!》
プールから目を離さないままで状況を話すと、スマホの向こうで二人が息を飲んだのがわかる。
不安と後悔、罪悪感がより一層心身にまとわりついた。
「.......今、赤葦が、プールに入って探してる......だけど、居なくて......全然、見つからなくて......ごめん......ッ」
《.............》
「.......俺が、一番近くに居たのに、助けられなかった......ミケ、俺に助けてって、言ってたのに......」
ミケには技術室と保健室で二度も助けて貰ったのに、俺は何にも出来なかった。
現実の不甲斐ない自分がひどく情けなくて、己の無力さに吐き気がしそうだ。
滑稽な懺悔にも聞こえる俺の話に、木兎さんとクロは何も言えないのか、はたまた掛ける言葉を探しているのか、電話の向こうはしんと静まり返っていた。
この場には赤葦がミケを探す声と水音だけが聞こえ、夜のプールサイドの闇が少しずつ暗さを増していくようにも感じた。
《............木兎、ちょっと貸して》
「!」
暫くの沈黙の後、耳に馴染んだ声が聞こえて、それが直ぐクロのものであると頭が判断する。
クロとミケは同じクラスで友達で、......そしておそらく、クロはミケのことが好きだ。
そんな相手に、一体どんな顔をして話せばいいと言うのか。
咄嗟に頭が真っ白になると......いつも通りの声音で「研磨」と呼ばれた。
《......よく聞けよ。ミケが落ちたのはお前のせいじゃない》
「っ、......クロ、でも、」
《研磨のせいじゃない。俺も、木兎も、赤葦も、......ミケだって、そう思ってる。研磨がどう思ってても、それだけは絶対認めねぇからな》
「.............」
《......赤葦、プールの中入ってるっつってたけど、危なくないか?赤葦まで引きずり込まれたらヤバいだろ》
「.......うん......」
《......おい、赤葦!聞こえるか!?とりあえず上がれよ!危ねぇから!》
クロの声は本当にいつも通りで、その声のおかげで、パニックしていた思考回路が徐々に落ち着いていく。
たまらず瞳を伏せて小さく息を吐くと、クロは次に赤葦のことを呼んだ。
しかし、未だ真っ暗なプールに入ったままの赤葦には聞こえてないのか、赤葦は全く反応を返さない。
ザブザブと水を掻き分ける音と、プールに落ちたミケを呼ぶ赤葦に俺からも声を掛けようとした瞬間。
《──────赤葦ィッ!!!》
「!」
手元にあるスマホから、驚く程真っ直ぐ響く木兎さんの声が放たれた。
まるでこのプールサイドの空気を裂くような勢いで聞こえたそれは、己の主将兼エースの声でもあって、今度こそ赤葦にちゃんと届いたようだ。
一心不乱にミケを探していた赤葦の動きが、ピタリと止まった。
《......ミケちゃんなら大丈夫!!よく分かんないオバケ?殴っちゃうような子だぜ!?絶対なんかしら動いて、自分で回避してるって!》
「.............」
《それに、音駒のプールってヒト一人探せないほどそんなデカくて深いのか?もしかしてミケちゃん、もうプールには居ないとかない?》
「.............」
真っ暗なプールサイドに大きく響くその声の力強さに、俺も赤葦も何も言えず、ただただ音源のスマホを見るばかりだ。
......だけど、木兎さんがそう言うと、ミケなら本当に大丈夫なのではという希望が見えてくる。
実際どうなのかは全くわからないものの、それでも、確実に俺達の思考の大きなブレは治まってきて、ようやく通常通りの思考回路が戻ってきたような気がした。
「.......赤葦。ここの電気つけて、上から探そう。その方が、多分早い......」
「..............わかった」
ゆるりと頭を回して、今の状況の最善だろう行動を提案すると、赤葦も気持ちが落ち着いたのか直ぐにプールから上がり、濡れた髪をうっとおしそうに片手で後ろへ流した。
そのまま二人で先程の機械室へ戻り、赤葦にはドアが閉まらないよう押さえてもらい、俺は機械室の奥で見つけた配電盤の扉を開ける。
その中にズラリと列ぶ何らかのスイッチをひとまず全てONにすれば、数分後には何の変哲もない明るいプールサイドが現れた。
しかし、プールの中に“何か”が居たことは確実なので、お互い細心の注意を払いながら、明るくなったプールの水底を急いで確認する。
確か、ヒトは呼吸できない状況が4分~6分続くと意識障害を起こし、10分にもなると死亡する確率が一気に上がるらしいと、何かの本で読んだことがあった。
ミケがプールに落ちてから、正確には計ってないけどおそらく5分以上は経っていると思う。
もし、水中に居るままなら直ぐにでも引き上げて、救命措置をしなければ本当に危険な状態だ。
「..............居な、い......?......ねぇ、赤葦、そっちは......ッ?」
「..............こっちにも、居ない......多分、ここから移動してるみたいだ......」
言いようのない不安と緊張を抱えながら、慎重にプールの中に目を凝らすも、特有の真っ直ぐなラインが引かれた塩素の水の中には、俺も赤葦もミケの姿を発見出来なかった。
それが良いことなのか悪いことなのか直ぐには判断出来ないが......とにかく、最悪の状況を目の当たりにすることが無かったので、どちらからとも無く深く息を吐き出して、その場にしゃがみ込む。
《......っはあぁぁ~......そっか、居ないか......!よかったァ......!》
「............うん......」
《水ん中に居ないなら、とりあえず大丈夫だろ!ミケちゃんきっと神回避したんだな!運動シンケーバツグンだし、ハンシャシンケーも良さそうじゃん!》
「.......そう、ですね......」
俺と赤葦の報告に、電話の向こうのクロは心底安堵したような声をもらし、木兎さんは一段と明るい声を上げた。
酷い緊張状態から一時的に解放され、どっと力が抜けると共に唯一元気な木兎さんが話を続ける。
《あ、つかあかーし、今ずぶ濡れなんじゃね?大丈夫?》
「俺は、問題ないです......心配なのは、御木川さんです。俺と違って女性ですし、身体を冷やす前に早く見つけないと......」
「.............」
木兎さんの言葉に、赤葦は紺色のTシャツを脱ぎ、鍛えられた逞しい腕で軽く絞っていくらか水気を逃がした。
その後簡単にシワを伸ばしてから、再び濡れたそれを着る赤葦を黙って見ていると、電話の向こうのクロもおそらく俺と同じことを思ったようで、疑問をそのまま口にしてくれた。
《.......赤葦お前、ミケ居ないとやけに素直だな......?》
「は?」
《いや、お前のことだからてっきり“バカは風邪引かないから大丈夫”くらいは言うのかと......》
「.............」
クロの言葉に、赤葦は思わずといった感じで切れ長の目を丸くする。
でも、今の赤葦の発言は俺も少し驚いたから、特に口出しせずに二人の会話を聞いていれば、もう一人の傍聴人がとても彼らしい意見を述べた。
《あかーし、ミケちゃん居る時も優しくしてやりゃァいいのに》
「..............俺はいつでも優しくしていますが」
「.............」
《アイツがここに居たらお前、秒ではっ倒されんぞ》
チャプリ、チャプリと断続的な水音が響く中、ヘンに落ち着いた声で淡々と答える赤葦の言葉に、本当に難儀な性格してるなぁと思う。
それと同時に、クロが少し呆れたように真っ当なセリフをピシャリと叩き付けるのだった。
▷▶︎▷
「.......よかったな、黒尾。まぁ、ヒトマズだけど」
「.............」
スピーカーの状態にした研磨のスマホから少し離れた位置で、木兎は普段よりずっと声を潜めてそんな言葉を寄越した。
コイツ、小声で話せるのかと思わず驚いてしまうと、木兎は右手の人差し指を軽く自分の口元に当てる。
その動作を見て、おそらく電話の向こうの研磨と赤葦には聞かせないように配慮しろということだろうと思い、一時的にスマホのスピーカー部分を手の平で覆い、お互いの顔から遠ざけるように持つ。
「お前までやべー顔すっからちょっと焦ったけど、落ち着いてくれてよかった」
「............あー......正直、さっきはマジでヤバかったわ......お前居てくれて助かった......」
お互い小声で話しながら、たまらず苦笑がもれる。
......ミケがプールに落ちる音がした時、一瞬にして頭が真っ白になった。
一気に血の気が引くような、それでいて、カッと頭に血が上ったような、とにかく尋常じゃない程の負荷が脳に掛かり、言葉が出て来なくなった。
ミケは大丈夫なのか、直ぐに助けてやれるのか、そう言えば怪我をしていたし、ちゃんと泳げるのか。
そもそも、ミケを引きずり込んだヤツから、水中で逃げられるのか?
考えれば考える程嫌な方へ思考が転がり、それなのに何も出来ないこの状況に激しい憤りと酷い後悔しか出てこない。
────何を、してるんだ俺は。
夜の学校をあんなに怖がっていたミケがプールに落ちたのに、こんな所で何をぼさっとしてるんだ。
護ってやると、言ったのに。怖がらせて、泣かせて、......そのまま、もし、死んだり、したら。
最悪の事態まで考えて、思考がどん底に転がり落ちた矢先、木兎の「落ち着け!」という声で我に返ることができた。
......本当に、コイツが隣りに居なかったら、あのままマジで動けなくなってたと思う。
「.......ありがとな、木兎。お前、本当にスゲーよ」
先程のことを思い出し、たまらずため息を吐いてから、心の底から感じた気持ちをそのまま口に出した。
俺の言葉に、木兎は人懐こい笑顔を浮かべ、「ヘイヘイヘーイ!!待ってろミケちゃん!直ぐ見つけるぜ~!!」と一際明るく、デカい声で言うもんだから、悔しいけどコイツには一生適わないんだろうなと思わずにはいられなかった。
木兎光太郎と書いて“最強”と読む!!
(オイ、漢字を漢字で読むんじゃねぇよ......)